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アルバイターガレイト
元最強騎士と元部下の別れ
しおりを挟む「モーセさん、もしかしてそれは、全身黒ずくめで、身長がすこし低めの方では……?」
「あら、知っておられるのですか、ガレイトさん」
「知っているも何も、我々はすでに山で、その戦闘員と接触しています」
その場にいたイルザードとグラトニーが頷く。
「戦闘員……」
何か引っかかるのか、モーセは眉を顰めると、すこし俯いた。
「その方もサキガケと名乗っていました」
「黒髪で、髪を後ろに縛っていましたか……?」
「いえ、目だけを出した黒い布で顔全体を覆っていましたので、そこまでは確認できていません」
「……そうですか。ですが、あたしが記憶している限りだと、サキガケさんは戦闘員ではないと思いますよ?」
「戦闘員ではない?」
「ガレイトさん、その方はご自身の事を、戦闘員と言っていましたか?」
「言っていませんが……ということは、もしかして……」
「はい。サキガケさんはあたしと同じ、波浪輪悪の職員です」
「そ、そうだったんですか……」
「じゃが、見たことろ、あのサキガケとかいう者、かなり場馴れしておったがの」
「そうですね。まずはそこから話したほうがよさそう……なのですが──」
モーセがイルザードを見る。
「む、なんだ?」
「ここから先の会話はすこし込み入ったものになってきますので……」
モーセにそう言われると、イルザードは頬を緩ませた。
「なるほど。部外者はここらで退場願いたい……ということか」
「すみません。大事なことですので」
「いや、謝らなくていい。どのみち、そろそろ帰るつもりだったのだ。長居してはガレイトさんに迷惑がかかるしな」
「すでに迷惑だがな」
ガレイトがぽつりと呟くが、それをかき消すようにモニカがパチンと手を合わせる。
「よし、じゃあキリもいいし。そろそろイルザードさんの送別会でもしよっか」
「送別会?」
イルザードが首を傾げる。
「おまえがもうヴィルヘルムへ帰るから、モニカさんが企画してくださったんだ。感謝しろよ」
「私のために……ですか?」
「──で、できました……!」
厨房からブリギットの声が聞こえてくる。
それと同時に、店内にすこし鴨肉特有のすこしツンとした臭いが漂い始める。
「お、もう出来たみたいだね」
モニカは立ち上がり、厨房のほうを一瞥すると、処理の終わった野草数本を手に、厨房まで早歩きで向かった。
しばらくして、今度は店内に芳しい出汁の香りが漂い始める。
「んじゃ、そっち持っていくからねー!」
モニカがそう言うと、ガレイトはテーブルに敷き詰められた野草を抱え、別のテーブルの上へと移す。
グラトニーがテーブルに鍋敷きを置くと、大きな鍋を抱えたモニカが、よたよたと歩きながら、そこへ静かに置いた。
ぐつぐつぐつ……!
鍋の中で艶のある鴨の肉と、モニカが下処理をしていた野草が煮えている。
ガレイトはそれを見ると、モニカの顔を見た。
「モニカさん、これは……」
「鴨鍋だよ」
「鴨鍋……ですか」
「ふふ……なに? がっかりした?」
すこしだけ目を伏せたガレイトに、モニカがめざとくツッコんだ。
「い、いえ、そのようなことは……ブリギットさんやモニカさんが作る料理は、どれも美味しいですので……たとえ二日連続で食べても……はい」
「はい。ってなによ、はいって」
「す、すみません……」
「……でも大丈夫。ガレイトさんたち鴨狩組の三人はすでに食べたって聞いたけど、あの時は山の中で、まともな調味料とかなかったでしょ?」
「ああ、はい。たしかに、鴨だけの味というか……」
「だから、今回はその豪華版……というには、肉以外の具が微妙だけど、それでも全然違うから、遠慮せず食べてみてよ」
モニカがそう言うと、厨房のほうから人数分の食器を持ってブリギットが現れる。
モニカは、ガレイトがそれを受け取ったのを見ると、ガレイトの取り皿に素早くよそってみせた。
「い、いただきます……」
ガレイトはそう言うと、ゆっくり汁に口をつけた。
ゴクン……。
汁を飲み込んだガレイトは、カッと目を見開くと、プリプリとした皮付きの肉を口へ放り込んだ。
もぐもぐもぐ……。
ガレイトは鼻息をすこし荒げながら、味わうように鴨肉を咀嚼している。
「どう?」
モニカが他の取り皿によそいながら、ガレイトに尋ねる。
「う、美味いです。……とても」
「でしょ? 全然違うでしょ?」
「はい。山の中で食べた物よりも断然こちらのほうが。あの時感じていた肉の臭みが全くない……あの、この野草はなんだったのですか?」
ガレイトが野草を箸でつまむと、そのまま口の中へと入れた。
「すこし苦味はありますが、噛むたびに鼻にツンとしたセロリのような良い香りが……スイセンですか?」
「いや、そんなの食べないから。……これは芹だね」
「セリ……?」
「本当はネギとか三つ葉とか、もっと洒落た物入れたかったんだけどさ、さすがにそういう、お店で並んでそうな食材はまだ売ってないみたいだからさ、自分たちでとりに行ったの」
「ああ、なるほど。では、このセリが肉の臭みを消しているのですね」
「うん、それもあるけど……」
「それだけじゃお肉の臭いは完全に消えないから、お酒も入れてるんです」
ブリギットが取り皿と箸を持ちながら答えた。
「酒……ですか?」
「うん。お米から作ったお酒だよ」
「米から……」
「度数はそんなに高くないから、他のお酒よりもちょっと甘いお酒なんです。だから、熱でアルコール飛ばせば、甘みだけが残るの。鴨肉はお酒とよく合うし、そこにセリを入れたら、アクセントにもなるんだよ」
「なるほど……それで、肉の中にほのかな甘みも感じるのですね」
「はい。お肉とお酒って、基本相性がいいから、覚えておくと……その、いいかもですね」
「ふむふむ……勉強になります」
ガレイトは持っていた取り皿をテーブルに置くと、メモ帳を取り出してサラサラとペンを走らせた。
「……美味い」
ぽつりとイルザードが呟く。
それを聞いたガレイトは、まるで自分の事のように嬉しそうにした。
「ふ、どうだ。ブリギットさんの作った料理は美味しいだろ?」
「はい。私にはいまいち、何がどう美味しいのか説明できませんが、これが美味しいというのはわかります」
「相変わらず何を言っているのか分からんが、おまえが満足しているのなら何よりだ」
ガレイトがそう言うと、イルザードはすこし不服そうな顔でガレイトを見上げた。
「……満足はしてませんけどね」
「どういう意味だ?」
イルザードはガレイトの問いを無視すると、雑に肉を口の中へと放り込んでいった。
◇
オステリカ・オスタリカ・フランチェスカの前。
自分の身の丈ほどあるカバンを手に、イルザードは頭をスッと下げた。
「この度は、突然の来訪にも関わらず、快く迎えてくれて感謝する」
「ううん、こちらこそレンチンの件でいろいろ助かったよ」
「フ……なに、あんなのは助けた内には入らんさ」
「だからさ、よかったらまた来てよ」
「……いいのか?」
「うん。あたしもブリも、腕によりをかけてご馳走を作るからさ」
モニカがそう言うと、ブリギットもこくこくと頷いた。
それを見たガレイトは、口から出かけていた『もう来ないでいい』を引っ込めた。
「ありがとうモニカ殿。そう言ってもらえると、私の心も軽くなる。心残りがないと言えば……」
イルザードはそこでガレイトを一瞥した。
「まあ、嘘になるが、ガレイトさんの元気そうな……充実した顔が見れて満足だ」
イルザードはそう言うと、再びガレイトたちに頭を下げた。
「それでは──」
「イルザード」
イルザードが踵を返そうとして、ガレイトが呼び止める。
「なんですか、ガレイトさん」
「……今回は無理だったが、次こそは約束通り、誰に出しても恥ずかしくない料理を作って、おまえに食べさせてやる」
それを聞いたイルザードは、驚いたように目を見開いて、口をあんぐりと開けた。
「や、約束……覚えていたのですか……!?」
「無論だ。……だから、その時になるまで勝手に来たりするんじゃないぞ」
「は、はい……! ガレイトさんが一人前になるまで、私、ずっと待ってますから……!」
「達者でな、イルザード」
「はい! ガレイトさんこそ、お元気で……!」
イルザードはそう言うと、再び歩を進めた。
帰り際のイルザードの足取りは、すこし軽いように見受けられた。
それを笑って見送っていたモニカは、茶化すように、ガレイトのわき腹を肘でつついた。
「……なんだかんだいって、ガレイトさんもイルザードさんの事大事に思ってるんじゃん」
モニカがそう言うと、ガレイトは真顔で口を開いた。
「いえ、こうでも言わないと、あいつまた来るかもしれないので」
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