上 下
44 / 147
アルバイターガレイト

元最強騎士の鴨狩

しおりを挟む

「──おい、起きろイルザード」

「ふごがッ!?」


 オステリカ・オスタリカ・フランチェスカの外壁に、もたれかかるようにして眠っていたイルザードの頬を、ガレイトがぺちぺちと叩く。
 イルザードは虚ろな目をこすり、めいいっぱい伸びをすると、改めてガレイトの顔を見た。


「……おやすみなさい」

「起きろ馬鹿者。もう朝だ」

「はら? もうそんら時間でふか……?」


 布団代わりにしていた新聞紙を引っぺがし、キョロキョロと辺りを見渡すイルザード。


「いや、今日は昨夜の延長で、食材の調達だ」

「……あれ? お店は? 今日は休みなんですか?」

「どうせ人なんて来ないから、と。モニカさんが……」

「なるほど。それなら問題ないですね」

「う……いや、問題しかないが」


 ガレイトが頷きかけて、一人小さく呟く。
 イルザードはそれを尻目にゆっくり立ち上がると、今度はわざとらしく、胸を強調するように、もう一度大きく伸びをした。
 しかし、ガレイトはそんなことなど歯牙にもかけない。


「どうだ、今度こそ目が覚めたか?」

「……いえ、若干、傷つきました」

「なんの話だ」

「そういえばガレイトさん、昨日の件はどうなったんです?」

「昨日……ビストロ・バラムンディの件か?」

「バラムンディ? ああ、いえ、そんな事じゃなく──」

「〝そんな事〟って……おまえのせいで大変だったんだぞ。昨日からずっとあそこは大騒ぎで、さっきようやくひと段落ついたところだ。結局、膝蹴りのショックでレンチン氏は前後不覚。犯人を、現場にいたガザボトリオに擦り付けることは出来たが……もしバレていたら、どうなっていたことか……」

「はいはい。あとでガレイトさんの慰め物になればいいんでしょ?」

「おまえというやつは……」

「私が気になっているのは、ブリギット殿とガレイトさんをパパと呼ぶ子のことですよ。ガレイトさん、いたいけな少女と幼女を、夜の山中に放置して帰ってきたんでしょう?」

「誤解を招く言い方を……していないな。珍しくおまえの言う通りだ。俺が全面的に悪い」

「ていうか、なんなんですか、〝パパ〟ってガレイトさんそんな趣味があったんですか?」

「おい、そこは誤解するな。それに関しては不可抗力だ。それについては、俺も困っているんだ」

「ははあ、そんなこと言って、ぶっちゃけ下半身はギンギンなんでしょう?」


 ガレイトは心底面倒くさそうに、地面に向けて息を吐き捨てた。


「……あの後、グラトニーさんがブリギットさんを連れ帰って来てくれたようでな。どうやら、何事もなかったようだ」

「ほほう、それはよかったですね。でも、たしかガレイトさん、ものすごい勢いで山のほうへ向かってましたよね?」

「俺とすれ違いになったらしい。結局そのまま山で捜索していたのだが、明け方になっても見つからなくてな。さすがにおかしいと思い、店に戻ってみたらすでに二人は戻っていたということだ」

「なるほど。おっちょこちょいさんですね」

「返す言葉もないな。だが、事情を話したらブリギットさんもグラトニーさんも納得してくれた」

「それで誤解も解けたと」

「それで話は戻るが、ブリギットさんもおまえに礼を言っていた」

「お礼?」

「そうだ。だから、俺もおまえに礼を言っておく」

「……話が見えないのですが」

「おまえがいなかったら、モニカさんも、オステリカ・オスタリカ・フランチェスカも危なかっただろう。……ありがとう、イルザード」


 そう言ってガレイトが頭を下げると、イルザードはまるで魂が抜けたように、ボケーとその様子をただ見つめていた。


「……なんだ。どうした」

「い、いえ、ガレイトさんが私に……というか、王以外に頭を下げるなんて……初めて見ました」

「そうだったか?」

「はい。……ガレイトさんの初めて、奪っちゃった」


 イルザードは頬を真っ赤にすると、「きゃっ」と言って、手で恥ずかしそうに顔を覆った。
 ガレイトは小さく舌打ちをすると、そのまま店内へと入っていった。


 ◇


「『バラムンディ氏は一命を取り留めたものの、頭部に強い衝撃を受け、事件前後の事は覚えておらず、たまたま現場にいたギルド所属のガザボトリオが逮捕された』……と」


 オステリカ・オスタリカ・フランチェスカ店内。
 カウンターで新聞の内容を音読していたモニカが、ちらりと顔を上げる。


「……まあ、とにかく、これでしばらくは、奴さん、嫌がらせなんてしてこないだろうね」


 モニカは読んでいた新聞を綺麗に折りたたむと、ポイッと椅子の上に置いた。


「食材も、うちまで回ってくるようになるでしょうか?」


 モニカの近くに立っていたガレイトが尋ねる。


「……どうかね。そもそも、レンチンがケガをしたからといって、あの経営店全店舗が回らなくなる……みたいなことはないだろうし。前にも言ったと思うけど、今はあの人、まったく料理作ってないしね」

「そうですか……」


 肩を落としてシュンとするガレイト。


「まあ、でも、多少は流通の規制も緩くなってくるんじゃない?」

「そうですか……!」


 顔を上げ、表情がぱぁっと華やぐガレイト。


「……今更だけど、ガレイトさんって結構表情豊かだよね」

「そ、そうですか?」

「そういえば……かなり変わりましたね、ガレイトさん。今朝もそうですけど」


 イルザードがガレイトの顔をまじまじと見つめながら言う。


「え? もしかして、昔のガレイトさんってこんな感じじゃなかったの?」

「いや、幼少の頃のショタガレイトさんについては私も知らないが」

「あたし、べつに子どもの時のガレイトさんについて訊いてないよね……」

「私が団に所属した時は、常に眉間に皺が寄っていたな。いつも険し……むっつり顔で、近寄りがたい雰囲気だったと記憶している。今考えてみれば、おそらくエッチなことばかり考えていたのだろう」

「おい、著しく俺の評判を貶めるな」

「……と、このように、ひねったツッコみを入れるなんて、とても考えられなかったな」

「へえ~、そうなんだ。意外」


 モニカとイルザードが、からかうようにガレイトを見る。


「お、俺の事はもういいでしょう。それよりも、昨日の続きと行きましょう」

「ん、そうだね。あたしとイルザードさんは野草とか、自生してる野菜とかを中心に探してくるから、ガレイトさんはブリとグラトニーちゃんを連れて、昨日に引き続き、グランティ・ダックを獲ってきて」

「わかりました」

「昨日も言ったけど、この時期だとちょうど脂が乗ってていい感じなの。焼くだけでかなりの甘みが出るから、ガレイトさんが調理するのにもちょうどいいと思う」

「はい。それで、やはり下処理は現地で……?」

「うん。臭くなるから、なるべく仕留めてからすぐのほうがいいね。ほかになにか質問ある?」

「質問、質問……ああ、そうでした。グランティ・ダックの生息地は……?」

「おっと、そうだったね。昨日もそれブリに言われたんだった。たぶん、この時間帯なら湖畔とか、水辺にいると思うよ。この近くならグランティ湖が一番近いんじゃない?」

「グランティ湖ですね、わかりました」

「それじゃあ、そろそろ行動開始といこうか……!」


 モニカがそう言って席から立ち上がると、イルザードとガレイトもそれぞれ準備に取り掛かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

追放された聖女の悠々自適な側室ライフ

白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」 平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。 そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。 そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。 「王太子殿下の仰せに従います」 (やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや) 表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。 今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。 マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃 聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。

大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います

騙道みりあ
ファンタジー
 魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。  その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。  仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。  なので、全員殺すことにした。  1話完結ですが、続編も考えています。

晴れて国外追放にされたので魅了を解除してあげてから出て行きました [完]

ラララキヲ
ファンタジー
卒業式にて婚約者の王子に婚約破棄され義妹を殺そうとしたとして国外追放にされた公爵令嬢のリネットは一人残された国境にて微笑む。 「さようなら、私が産まれた国。  私を自由にしてくれたお礼に『魅了』が今後この国には効かないようにしてあげるね」 リネットが居なくなった国でリネットを追い出した者たちは国王の前に頭を垂れる── ◇婚約破棄の“後”の話です。 ◇転生チート。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げてます。 ◇人によっては最後「胸糞」らしいです。ごめんね;^^ ◇なので感想欄閉じます(笑)

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

勝手に召喚され捨てられた聖女さま。~よっしゃここから本当のセカンドライフの始まりだ!~

楠ノ木雫
ファンタジー
 IT企業に勤めていた25歳独身彼氏無しの立花菫は、勝手に異世界に召喚され勝手に聖女として称えられた。確かにステータスには一応〈聖女〉と記されているのだが、しばらくして偽物扱いされ国を追放される。まぁ仕方ない、と森に移り住み神様の助けの元セカンドライフを満喫するのだった。だが、彼女を追いだした国はその日を境に天気が大荒れになり始めていき…… ※他の投稿サイトにも掲載しています。

嘘つきと言われた聖女は自国に戻る

七辻ゆゆ
ファンタジー
必要とされなくなってしまったなら、仕方がありません。 民のために選ぶ道はもう、一つしかなかったのです。

あなた方はよく「平民のくせに」とおっしゃいますが…誰がいつ平民だと言ったのですか?

水姫
ファンタジー
頭の足りない王子とその婚約者はよく「これだから平民は…」「平民のくせに…」とおっしゃられるのですが… 私が平民だとどこで知ったのですか?

処理中です...