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アルバイターガレイト

元最強騎士とちゃっかり受付嬢

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「──おはようございます、ガレイトさん!」


 早朝とはいっても、ここ数日のように夜が明けきらぬほど早い朝ではなく、通りにそれなりに人がいる時間帯。
 オステリカ・オスタリカ・フランチェスカの店の前で掃き掃除をしていたガレイトの前に、一人の女性がにこやかに話しかけた。ガレイトはその女性に気が付くと、掃除の手を止め、さわやかな笑みを返した。


「おはようございます。えーっと……あなたはギルドの受付の……」

「モーセ。モーセ・アンドレウです」

「ああ、モーセさん。失礼しました。……ご出勤ですか?」

「いえ、今日は休みなんです。ギルド」

「定休日ということですか?」

「ああ、いえ。ギルドは基本年中無休です。なので、今日はあたしの定休日、ということですね」

「なるほど、そうでしたか。では、お散歩中でしょうか?」

あたらずといえども遠からず、ですね。お散歩はそのついでです」

「ついで……?」

「はい。ガレイトさん、あなたにお話があって、こちらのほうまで伺わせていただきました」

「俺に用……ですか?」

「はい。……ああ、お時間はとらせません。ほんの数点、確認したいだけですので」

「は、はぁ……」

「……ところでガレイトさん、聞きましたよ」

「何がですか?」

「このレストランで働くことになったのですよね?」

「はい、おかげさまで。念願かなって、ダグザさんのお店で働けることになりました」

「ふふ、よかったですね。おめでとうございます」

「ありがとうございます」

「……それで、ですね。早速本題へと移らせていただきたいのですが、ガレイトさん、あなたは現在料理人としてギルドに所属していましたよね?」

「はい」

「ギルド所属の冒険者や料理人、あたしたちみたいな職員は、原則として他の組織や、営利目的で運営されている団体に所属できないのはご存じですか?」

「……え?」

「やはり、ご存じなかったようですね」

「す、すみません。てっきり、そういうのは自由なのかと」

「そうですね。たしかに〝原則〟とは名ばかりで、その実情は、ギルドに隠れて色々な仕事をしている冒険者や、料理人の方はたくさんいらっしゃいます」

「隠れてだなんて、そんな──」

「──ですが、規則は規則。二重就業は二重就業。職員やそれに準ずる者がその行為を発見し次第、罰として違約金を本人、またはその所属団体から、いくらかを徴収することになっているのですが……」

「ば、罰金……」


 モーセが蛇のような視線をガレイトに向けると、ガレイトはまるで蛙のように、脂汗を額から滲ませながら固まってしまった。


「さすがにこのレストランから罰金そんなのを徴収すれば、それこそレストランにとって大ダメージとなってしまいますよね?」

「おっしゃる通りで……」

「あたしはモニカとは腐れ縁ですので、このレストランの経営状況がどのようなものかも理解しています」

「俺も現状についてはそこそこ理解しているつもりですが……それを鑑みても、やはり罰金を徴収されるのは……」

「ええ。もちろん、あたしもそんな事はしたくありません」

「でしたら……」

「ただ、これは個人的な感情の問題ではなく、組織としての問題。それはそれ、これはこれ、というやつです。友人とはいえ、時には冷酷な判断を下さなければいけないのです。──が、特別に今回は、あたしの独断……こほん。特例・・として、その行為に恩赦を与えることができるのです」

「ほ、本当ですか!?」

「ええ、本当です」

「あ、ありがとうございます、モーセさん! なんとお礼を申し上げれば……」

「ただし!」

「へ?」

「ただし、です。その代わり、ガレイトさんにはある条件を呑んでもらいます。名目上とはいえ、〝恩赦〟なわけですから」

「……わかりました。俺に出来ることでしたらなんでも」

「そこまで構える必要もありません。ちなみに、その条件ですが──このままギルドに所属していてください」

「所属……ですか?」

「はい。当ギルドを……波浪輪悪ハローワークを辞めないでください」

「それだけですか……?」

「それと、もうひとつ。これからはギルドの依頼も受けてください」

「俺に依頼……? ということは、料──」

「料理ではありません」

「そうですか……」


 ガレイトはあからさまに肩を落としてシュンとなってしまった。


「受けていただきたいのは冒険者用の、主に魔物の討伐依頼ですね。此度の火山牛キャトルボルケイノ討伐のような感じです」

「で、ですが、モニカさんにはもう、あのような危険な魔物とは戦ってはいけないと……」

「危険? 火山牛がですか? まあ、たしかに一般的な冒険者にとっては脅威ですが……」

「は、はい。たしかあの魔物、指定危険魔物に登録されている恐ろしい魔物だったんですよね」

「いや、恐ろしいっていってもガレイトさんにとっては……」

「恐ろしいじゃないですか。溶岩のように燃え滾る体なんて」

「でも、素手で鷲掴みにしてたような……」

「いえいえ、そのようなことは。おそらく、あの時はミトンでもつけていたんだと思います」

「いや、ミトンつけてても普通は燃えるんだけど……」


 シラを切り続けるガレイトに対し、すこし語気を荒げるモーセ。


「それに、俺は図体が大きいだけで、とても魔物の討伐なんて……なので、小動物の狩りくらいでしたら……まあ、なんとか……」

「でも実際、火山牛を仕留めたのはガレイトさんなんですよね?」

「そ、そんな事はありません。今回はたまたま、あの魔物が道端で息絶えていたのを、俺が拾っただけですが──」

「ガレイト・ヴィントナーズ。三十五歳」

「え!?」

「ヴィルヘルム・ナイツ所属。同様に、前任で、歴代最強騎士と謳われていたエルロンド・オプティマスとの一騎打ちの末、難なくこれを撃破。第二十二代団長の座を奪い取る」

「ちょ、ちょっと……! 誰が聞いているかわからないんですよ……!」

「以降、数年に渡りヴィルヘルム国の守りを盤石なものにする。しかし、とある戦争中、小隊の陣頭指揮を執っていたが、突如行方不明になる。数日後、ふらりと国へ、戻ったあなたは突然そのまま団長の座を退いた」

「な、なぜ……そのようなことまで……?」

「ガレイト・マヨネーズ・・・・・はさすがにないですよ、ヴィントナーズ・・・・・・・さん」

「う……!?」

「出所不明の、ガレイトを名乗る大男を、ギルドがなんの調査もせず、名簿に『はいそうですか』と登録すると思いますか?」

「で、では……俺の情報はもう……?」

「はい。波浪輪悪内で極秘裏・・・にですが、共有されています。なにせ大国の要人……それも、超有名人ですし」

「ご、極秘情報を、こんな通りで話すなんて……!」

「まあ、あたしたちの会話を聞いてる人なんていませんよ。なんなら、もうすこし詳しく話してもよろしいのですが……」

「か、勘弁してください……!」

「なぜガレイトさんのようなお人が、身分を隠して料理人を志しているのかは知りませんが、あなたには火山牛なんて魔物、嚢中のうちゅうの物を探るが如く、でしょう? そんなのは危険とは呼びません。ただの駆除と呼ぶのです」

「ですが……」

「いいですか、ガレイトさん。よく考えてみてください。確かにモニカとの約束を守るのもいいですが、珍しい魔物を狩れば、それはそれで、今回の火山牛フェアのようにレストランが儲かるんですよ?」

「店が、儲かる……」

「儲かれば儲かるほど、忙しくなるほど、そのぶん料理の勉強もできると思いますし」

「それは……たしかにそうですけど……」

「大丈夫。指定危険魔物なんて、そんなホイホイ出てきませんし、その魔物の死体も要らなければこちらで回収します。討伐者の名前も明かしません。さらに報酬も別途支給させていただきます」

「み、魅力的な提案……ではありますが……」

「人々を脅かす魔物が消え、魔物の肉でレストランが潤い、ついでにガレイトさんも料理を勉強することができる! まさにウィンウィンな関係、破格の条件だと思いますが!」

「……わかりました。やりましょう」


 ガレイトは数秒ほど低く唸ると、渋々モーセの提案を承諾した。


「やったー!」


 モーセは嬉しそうにぴょんぴょんとガレイトの周りを跳ね回ると、やがて、がしっとガレイトの手を握った。


「交渉成立ですね! これからよろしくお願いします、ガレイトさん!」

「は、はぁ……よろしくお願いします……」

「では早速ですが、狩っていただきたい魔物……というよりも、確認しておきたい事柄がありまして」

「い、いきなりですか?」

「いきなりです!」

「……わかりました。ですが、時間は改めさせてください。まだ掃除も終わっていませんし」

「はい! そりゃ、いつでも! ガレイトさんのお好きな時間帯で結構ですよ!」

「ではそろそろ……」

「あ、それと、じつはもうひとつお願いがあって……」

「ま、まだあるんですか……!?」

「今回依頼する任務なのですが……あたしも連れて行ってください!」

「……え?」
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