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就職試験
元最強騎士と就職試験 その4
しおりを挟む料理完成後、三人は厨房から再びホールのほうへと戻って来ていた。
モニカはホール内にあるテーブル席に着き、その横でガレイトがウェイターのようにうやうやしく立っている。そして、ブリギットは相変わらず、そんな二人を陰から震えながら見ていた。
テーブルの上には丁寧に焼き上げた魚と、黒いたわしのようなものが置かれており、モニカは『何故たわしが皿の上に盛り付けられているのかわからない』といった表情でそれを見ていたが、やがて顔を上げるとおもむろにガレイトに尋ねた。
「あの、ガレイトさんが作ったお肉の料理はどこへ……?」
「もちろん、それです!」
嬉しそうな表情でたわしを指さすガレイト。
「な、なぁんだ! これ、お肉料理だったのかぁ、なるほどね」
ポンと手を叩き、腑に落ちたような反応をするモニカ。
「どうぞ、ご賞味あれ」
「ご賞味……食べるんだよね……これ……」
改めてガレイトの作った肉料理を見るモニカ。モニカは張り付いたような笑みを浮かべたまま、じろじろと色々な角度からそれを眺めている。
「あの、なにか気になる点でも……?」
「えー……っと? 全部?」
「全部……」
「ま、まあ、そうだね。とりあえず、食べてみないことには始まらないか。これ試験だし……?」
モニカがちらりと横目でガレイトを見ると、ガレイトはそれに対してにっこりと微笑んで返した。モニカは口を一文字に結び、覚悟を決めると、ナイフとフォークを勢いよく持ち、それに近づけようとした。
「い、いただきま──」
「──食べちゃダメェェェェェェェ!!」
突然、ものすごい勢い走ってきたブリギットが座っていたモニカめがけ突進する。
モニカはブリギットの突進を受けると、椅子から転げ落ち、そのまま店内の壁に激突した。
両者はしばらく目を回していたが、やがてモニカが立ち上がると、責めるような視線をブリギットに向けた。
「い……ったぁ~……!? ちょっと……、何すんのブリ!」
「た、食べちゃダメだよ、モニモニ!」
「なんでよ!」
「し、死んじゃうから!」
「はあ? 死ぬ? 腹の調子が悪くなるのはわかるけど、死ぬのはないでしょ。いきなり何言ってん──」
「見てて!」
ブリギットはさっきまでモニカが手にしていたナイフを持つと、それを思い切りたわしに突き刺した。すると、その瞬間、まるで高温で溶かされたアルミのように、白い煙を巻き上げながらナイフが溶けていった。
「なぁ!?」
「なんと!?」
それを見ていたモニカとガレイトが目を見開いて驚く。
「こ、こういうこと……!」
事の一部始終を、ぽかーんとした顔で見届けていたモニカは、やがてキッとガレイトを睨みつけ、口を開いた。
「こ、ころ、殺す気かー!」
「そ、そんなわけは……」
ガレイトはモニカに怒鳴りつけられると、自身の無実を証明しようと、その危険物に手を伸ばした。
「食うなー!」
モニカの怒号が店内に響き渡り、ガレイトがピタッと手を止める。
「ていうか、なんでナイフが溶けて皿が溶けてないの……材質の問題……?」
急に冷静さを取り戻したのか、モニカはぶつぶつと独り言を言いながらガレイトに近づいて行った。やがてガレイトのすぐそばまでやってきたモニカは、眉をひそめながらガレイトを見上げた。
「あのね、ガレイトさ──」
「すみません! でしたァ……ッ!!」
モニカが言い終えるよりも先に、ガレイトはその場ですばやく膝を折ると、店の床に額をこすりつけた。
「す、すみません! まさか、ナイフまで溶かしてしまうとは……このガレイト、一生の不覚!」
「あやうくあたしの一生も不覚になるところだったんだけど……」
「本ッ当に、なんとお詫び申し上げれば……!」
ごつんごつんと何度も頭を打ち付けるガレイトをいまいち責める気になれなかったのか、モニカは短く嘆息を漏らすと改めてガレイトの後頭部を見た。
「……あの、さ。ちなみに、何入れたの? 普通、こうはならないと思うんだけど……?」
「こ、この街で入手した……」
「こっちで入手した?」
「その……」
「何?」
「薬屋が特別に調合した酸です」
「〝さん〟? さんって……あの……酸!?」
「すみません! すみません!」
「いやいや、ていうか、なんで料理に酸を……? 実験してたの?」
「に、肉を柔らかくしようと……」
「……はい?」
「肉の繊維を柔らかくして、食べやすくしようと……」
「いやいや、肉の繊維を柔らかくするってより、肉の繊維ぐちゃぐちゃになってじゃん! 溶けてるよ!?」
「皿に盛り付けるのに難儀しました」
「でしょうね! もう……溶けて、固まって、何かしらの化学反応を起こしてるよね? これ、兵器だよ! 料理という名の兵器だよ!」
「も、申し訳ない……! 今度からはきちんと酢を使います!」
「……いや、まあ、酢を使うパターンもなくはないんだけど、そもそも、繊維を柔らかくしたいんだったら肉を叩いたり、酒で煮込んだりすればいいでしょ! それを──」
モニカがそう言うと、ガレイトはポケットから手帳を取り出し、すらすらとメモをしていった。
「な、なるほど! 肉を柔らかくするには、酒か直接叩くか酒を使えばいいんですね……!」
「あの、勉強熱心なのはいいんだけど……それ、今することじゃなくない?」
「あっ、す、すみません……!」
モニカに指摘されると、ガレイトは恥ずかしそうに手帳を自身のポケットに押し込んだ。
「そもそもこのお肉、べつに何もしなくても柔らかいし」
「そ、そうなんですか?」
「うん。火山牛の肉って、そのまま軽く焼くだけでいいんだよ」
「そ、そうなんですか……!? 知りませんでした……」
「……うん。まあ、その知識がなかったとしても、指で触ったら肉の脂が溶けたりするよね……」
「な、なるほど。食材のコンディションは直に触って確かめる……」
「ていうか、逆になんで普通に焼かなかったの? フライパンとか塩とか胡椒とか、意味ありげに置いておいたと思うんだけど?」
「ああ、すみません、てっきりそういったインテリアかと……」
「い、インテリア……? ……うん。まあ、だから、ガレイトさんがやらかしたとしても、黒焦げになったり生焼けなったりとか、そういうの想定してたんだ」
モニカはそこまで言うと、腰に手を当て、今度は深いため息をついた。
「でも……酸って。斜め上だよ。いくらなんでも酸はないよ、酸は。だめだめ。そんなの料理に使わないで……」
「すみません。俺も、モニカさんをあっと驚かせようと……」
「あっという間に死んじゃうところだったんですけど?」
「う、うまい……! 料理だけに……!」
「……下手に機嫌取ろうとしなくていいから。それに、あんなの料理なんて呼べないよ?」
「本当に、申し訳ない……!」
「今回はブリが止めてくれたからまだしも……というか、ナイフがああなるんだったら、どのみち気づいてたと思うけど……まあいいや。今回の試験結果を言い渡します」
「も、もうですか……? ブリギットさんと相談は?」
「結果は火を見るよりも明らかだと思うけど……?」
「そ、そうですよね……」
「こんなの、ブリと相談するまでもありません。──ガレイトさん、あなたは不採用です」
モニカに改めて〝不採用〟を言い渡されると、ガレイトはその体勢のまま、大きく項垂れてしまった。
「それも……そうですよね。試験でへまをするならまだしも、モニカさんの命を危険にさらしてしまったのですから……このガレイト、出直して──」
「──ただし」
モニカの声に反応し、顔を上げるガレイト。モニカはその場にしゃがみ込むと、ガレイトと同じくらいの視線に合わせた。
「……へ?」
「料理長補佐としては雇いません」
「料理長補佐……としては?」
「はい。なので、当分はウェイターとして雇わせていただきます」
「う、ウェイター……ですか?」
「うん。ウェイター。料理を作ることはダメでも、運ぶことは出来るでしょ?」
「は、はい。もちろん。ですが、よろしいのですか?」
「うん。これに関しては正真正銘、ブリと話し合って決めたことだよ」
「ブリギットさんと……?」
ガレイトがちらりとブリギットを見ると、ブリギットは遠慮がちにこくりと小さくうなずいた。
「ほら、この店、女二人しかいないじゃない? だから、ガレイトさんみたいな力仕事をやってくれそうな人、ずっと探してたんだよ。それに、最近は色々あるしね」
「では、この試験は……?」
「これはほら、ガレイトさんが料理人志望だったからだよ。いきなりウェイターとして雇って、雑用なんてさせたりしたら可哀そうだと思ったの。でも、料理人なら料理人で、いちおうその適正は見とかなきゃいかないでしょ? だからこれは、そういうための試験」
「そう……だったんですか……」
「うん。まあ、料理人のほうの結果はあれだったけど……だから、もしガレイトさんがそれでよければ、料理人……としてではなく、ウェイターとしてこの店に残ってくれないかなって」
「料理人ではなく、ウェイターとして……」
「もちろん、きちんと料理も教えるつもり。仕事中はさすがにあれだけど、仕事終わりとか。……まあ、といってもガレイトさんが希望するならだけど」
「も、もちろん! やらせていただきます!」
ガレイトの答えを聞いたモニカは、振り返ってブリギットに尋ねた。
「……ブリも、それでいいよね?」
「う、うん……でも、本当に……私でいいの……ガレイトさん?」
「もちろんです! ブリギットさんでいいのではなく、ブリギットさんがいいのです!」
「え?」
「ダグザさん本人ではなく、ダグザさんから技を受け継いだブリギットさんだからこそ、見えるものや、感じた事、得た物があるのです! 自分を卑下なさらないでください!」
「が、ガレイトさん……」
「ブリギットさんはあんなにも美味しいシチューを作ったじゃないですか! また俺に、あのシチューを作ってください!」
「は、はわわわわ……!」
告白にも似たガレイトの言葉を聞いたブリギットは、その顔を真っ赤にさせると、再び物陰へと隠れてしまった。
「ぶ、ブリギットさん……?」
「ふふ。じゃあ、決まりだね」
モニカはそう言うと、ガレイトに手を差し伸べた。
ガレイトは嬉しそうな顔を浮かべると、急いで立ち上がり、モニカが差し出した手をそっと握った。
「ようこそ、オステリカ・オスタリカ・フランチェスカへ」
「……は、はい!」
「これからよろしくね、ガレイトさん」
「よろしくお願いいたします! モニカさん! ブリギットさん!」
ガレイトはそう言うと、二人に何度も頭を下げた。
「よ、よろすく、おねげえすます……です……」
誰もいない物陰からブリギットの声が響く。
「あはは、何やってんのブリ。ほら、こういうのは最初が肝心なんだから」
モニカはそう言うと、パタパタとブリギットのほうまで走っていき、強引にガレイトの前まで引きずっていった。
「ほら、目を見てちゃんと挨拶しな。ゆっくりでいいから、深呼吸して」
「すーはーすーはー……ひぃひぃ……ふぅふぅ……」
「こ、怖くないですよ~」
ガレイトがぎこちない笑みをブリギット向ける。
「ひぎぃ!? やっぱり……大きい……無理! あば……あばばばばばば……!」
ブリギットの顔色が急にドドメ色になり、滝のような汗をかき始めた。
「あ。やばい──」
モニカはブリギットが倒れる前に、その体をゆっくりと支えた。
「ぶ、ブリギットさん!?」
「うーん。まだダメか……こりゃ、なにか対策を考えないとね……」
慌てふためくガレイトをよそに、モニカは冷静な口調で言った。
「や、やはり、俺がここで働くのは色々と厳しいのでは……?」
「ま、そのうち慣れるっしょ。今回は泡吹いてないし」
「そんな楽観的な……ですが、なぜブリギットさんはここまで拒否反応を……?」
「まあ、やっぱガレイトさんが怖いからじゃない?」
「お、俺が……怖い……」
「ああ、冗談冗談……でもないか。まあ、色々あるんだよ理由」
「色々……?」
「……あたしから話すこともできるけど、これはブリの問題だからね。悪いけど、この子が話すまで待ってあげて」
「……わかりました」
「まあ、そのうち、気が向いたらいつかぽろっと話してくれるかもね」
「そうですか……」
「うん、それより、ブリを三階の寝室まで運んで行ってくれる?」
「はい」
ガレイトは静かに頷くと、モニカから気絶しているブリギットの丁寧に受け取った。
「あー……それにしても、こうやってブリを運んでくれる人がいるだけで全然ラクだわ」
「そんなによく気絶するのですか?」
「まあ、その日の気分によるよね」
「そんな占いみたいな……」
「……おぶったまま三階まで上るのがしんどくてね」
「あ、そうだ。あと、本当に昨日の火山牛もらっちゃってもいいの? あのサイズの火山牛を一頭丸々っていうと、本当に家一軒くらい建っちゃうよ?」
「はい、もちろんです。火山牛も俺なんかより、モニカさんやブリギットさんに使われたほうが浮かばれると思います」
「……ありがとね。では、お言葉に甘えて、大切に使わせてもらいます」
「はい」
「そっか。それじゃあ……ということは……この後、色々とあちこっちに宣伝して」
モニカはひとりでしばらく思案すると、ガレイトに向き直った。
「──ガレイトさん?」
「は、はい」
「明日から忙しくなるよ」
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