上 下
6 / 147
騎士と料理人

元最強騎士、終了のお知らせ

しおりを挟む

「──む。もう朝か」


 東の空から差し込んできた光が、立ったまま眠っていたガレイトの顔を照らす。
 ガレイトはいったん背伸びすると、周りを見渡し、ある違和感・・・に気が付いた。


「……どういうことだ? 俺は一晩中ここにいたのに、ブリギットさんはまだ出てきていないのか?」


 ガレイトの顔の影が次第に濃くなっていく。
 ガレイトは突然顔を上げると、微かに震える口を開いた。


「──はッ!? もしかして、強盗……? たしかに俺は昨日、晩御飯を食べた後すぐこの場所に来て、立っていたわけじゃない。花も買ったし、風呂にも入った。……そうだ、空白の時間はたしかに存在していた。だとすれば、ブリギットさんが危ないのでは……?!」


 今まさに、オステリカ・オスタリカ・フランチェスカへ駆け込もうとしたところで、足を止める。


「いや、待て。落ち着くんだ。仮に何かあったとして、こんな男が客としてではなく、許可もなしに人様の店に侵入するのはいかがなものだろうか」


 ガレイトは振り上げた足を、ひとまず落ち着かせた。


「……まず間違いなく、この街の憲兵か、それに準ずる組織に通報されてしまうだろう」


 ガレイトは逸る心を諫めると、冷静に思考しはじめた。


「ふむ、そうだ。もしかしすると、ここはレストラン兼、ブリギットさんの住宅にもなっているかもしれない。そう考えれば、一晩中出てこないのも自然じゃないか」


 得心がいったのか、ガレイトは腰に手を当て、うんうんと頷く。


「はっはっは。まったく何を考えているんだ、俺というやつは。強盗だなんて……まあ、ともかく、ブリギットさんが無事ならそれで──」

「──ぴぎゃあああああああああああああああああああああああああ!?」


 突如、耳をつんざくほどの悲鳴が響き渡る。
 ドガン!
 それを聞くや否や、ガレイトは裏口の扉を蹴り破り、レストラン内へ侵入した。


「ブリギットさん!?」


 野太い声がレストランに響く。
 しかし、返事はない。
 ガレイトはすぐさま、一階のホールと厨房を見回った。が、誰もいないのを確認すると、建物の二階へと上がっていった。
 バスルーム。
 客間。
 バルコニー。
 順に探していったが、誰一人として見当たらない。


「おぎゃあああああああああああ!! いやああああああああ!!」


 再び叫び声が聞こえてくる。
 しかも、今度はかなり近くなっている。


「この声は……天井から……!? なぜ天井から声が聞こえてくるんだ?!」


 首を傾げるガレイト。


「……は! もしかして強盗のヤツ、ブリギットさんを天井に押し込め、監禁しようとしているのか!? クソ、そうはさせん!」


 ガレイトはその場で膝を曲げると──


「──とうッ!!」


 ズボ。
 勢いよく真上へ跳躍し、頭ごと天井を突き破った。
 しかし、体だけ抜け出すことが出来ず──


「ブリギットさん!!」


 ガレイトは天井裏の床に、頭だけを出している状態になった。
 そんなガレイトを、見つめる少女・・が一人。
 年の頃は十代後半。
 白く透き通るような肌に、晴天の雪原を思わせるような銀髪、そしてピンと尖がった耳。
 その少女は、もこもことした寝間着と、七色のナイトキャップをかぶり、鳩が豆鉄砲を食ったような顔でガレイトの顔を見ていた。


「……む? 女の子がひとり……強盗は……?」


 ガレイトはそう言いながら、器用に床下の体や腕を使って、少女の部屋を見回した。


「お……」


 やがて、ひとり固まっていた少女がおもむろに口を開いた。


「お?」

「おンぎゃあああああああああああああああ!?」

「な──!? ど、どうしました!? エルフ・・・のお嬢さん!?」

「なまなま……生首!? 生首が現れて、しゃべ──!?」

「生栗……?」

「生首!」

「生クリーム?」

「生首ィ!!」

「なんと……!? 生首が……!? おーい! 無事か! ブリギットさん! 返事をしてくれ!」

「え、はい」

「……くッ、なんということだ! 俺がいながら、こんな事になってしまうなんて……! ダグザさんに合わせる顔が……ん? ブリギットさん?」

「な、なんで、生首さんが……私の名前を……?」

私の名前・・・・? ということは……おお、もしかして、あなたがブリギットさんですか!?」


 パァッと表情が明るくなるガレイト。
 しかし、ブリギットは今にも泣きだしそうになっている。


「……なぜ黙って……あっ! 生首って、俺の事か!」

「じ、自覚のない、生首……」

「も、申し訳ない。なにぶん急いでいたもので……うん? あれ?」


 ガレイトがそこから抜け出そうと、腕を使って押したり引いたりしている。


「す、すみません。思いのほか深く刺さってしまったようで……すこし力を入れないと抜けないようです」

「は、はぁ……突き刺さる……ということは、生首ではない……?」

「あの、ブリジットさん」

「は、はひ……なんでしょう……」


 ブリギットは相変わらずおびえたような眼をガレイトに向けたまま、返事をした。


「床の……いや、これは天井か? と、とにかく、修繕費は必ず出しますので、一旦、そちらの部屋にお邪魔させていただくことは可能ですか?」

「え? あ、はい。どうぞお構いなく? あ、そうだ、お茶……お茶、要りますか? お客様にはお茶、出さないと……」


 ブリギットは混乱している。


「いえ、茶は結構です。──では、失礼して……」


 ガレイトは一旦そう断ると──


「ふん!」


 景気のいい掛け声とともに、ガレイトが屋根裏部屋に躍り出る。
 その際、部屋にガレイトの身幅大の穴が開いた。


「し、しまった……こんなにも大きな穴が……! これだと普通に下へ降りたほうがよかったか。いや、でも無理に引き抜くと、天井そのものが崩落してくる危険性もあったし、そもそも──」


 じぃ。
 ブリギットが無言でガレイトを見上げる。
 ガレイトもそれに気づいたのか、呟くのを止め、改めてブリギットと向き合った。


「あ、そうでした。初めまして。俺の名はガレイト。ダグザさんの知り合いで……」

「ひ、ひょえええええええ……」

「魚影?」

「きょ、巨人……!? 巨人の人攫い!」

「ひ、人攫い? どこにですか!? ……て、俺のこと──」

「ううー……ん……」


 ぶくぶくぶく……。
 ブリギットは目を回し、口から泡を吹きながら──


「──おっと、危ない」


 倒れる直前で、ガレイトがブリギットの体を支えた。


「たしかモニカさん、大男は苦手だと……なるほど、こういうことか。俺はなんてことを……」


 そう言ってため息をつくガレイト。


「しかし、なぜいきなり、ブリギットさんは悲鳴を──」


 カサカサ。
 ガレイトの足元で黒光りするGヤツが這いずり回る。
 それを見たガレイトは、ブリギットを支えたまま、即座に足で踏み潰した。


「なるほど。最初の悲鳴の正体はこいつだったか。……それにしても、まさかブリギットさんがエルフだったとは……だが、ダグザさんはたしか普通の人間で──」


 バァン!
 勢いよく開かれる部屋の扉。
 そこから元気よく現れたのはモニカだった。


「ブリー! おっはよー! 朝だ……ぞ……?」


 満面の笑みを浮かべていたモニカだったが、その顔は次第に暗く曇っていく。


「な、なに……やってんの……?」

「え? あ、モニカさん! や、こ、これは! その……違うんです! 別に変なことをしているわけじゃ……!」


 こうしてガレイトは無事、牢屋に入れられたのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

魔導書転生。 最強の魔導王は気がついたら古本屋で売られていた。

チョコレート
ファンタジー
最強の魔導王だったゾディアは気がついたら古本屋に売られている魔導書に転生していた。 名前以外のほとんどの記憶を失い、本なので自由に動く事も出来ず、なにもする事が無いままに本棚で数十年が経過していた。 そして念願の購入者が現れることにより運命は動き出す…… 元最強の魔導書と魔導が苦手な少女の話。

晴れて国外追放にされたので魅了を解除してあげてから出て行きました [完]

ラララキヲ
ファンタジー
卒業式にて婚約者の王子に婚約破棄され義妹を殺そうとしたとして国外追放にされた公爵令嬢のリネットは一人残された国境にて微笑む。 「さようなら、私が産まれた国。  私を自由にしてくれたお礼に『魅了』が今後この国には効かないようにしてあげるね」 リネットが居なくなった国でリネットを追い出した者たちは国王の前に頭を垂れる── ◇婚約破棄の“後”の話です。 ◇転生チート。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げてます。 ◇人によっては最後「胸糞」らしいです。ごめんね;^^ ◇なので感想欄閉じます(笑)

「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。

桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。 「不細工なお前とは婚約破棄したい」 この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。 ※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。 ※1回の投稿文字数は少な目です。 ※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。 表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年10月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 1ページの文字数は少な目です。 約4500文字程度の番外編です。 バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`) ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑) ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

追放された聖女の悠々自適な側室ライフ

白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」 平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。 そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。 そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。 「王太子殿下の仰せに従います」 (やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや) 表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。 今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。 マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃 聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います

騙道みりあ
ファンタジー
 魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。  その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。  仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。  なので、全員殺すことにした。  1話完結ですが、続編も考えています。

あなた方はよく「平民のくせに」とおっしゃいますが…誰がいつ平民だと言ったのですか?

水姫
ファンタジー
頭の足りない王子とその婚約者はよく「これだから平民は…」「平民のくせに…」とおっしゃられるのですが… 私が平民だとどこで知ったのですか?

処理中です...