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騎士と料理人

元最強騎士と伝説の料理人

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「はい、これがメニューだよ」


 ガレイトの体に対して、すこし小さめのテーブル席。
 ガレイトはそこに案内されると、紙で出来た冊子を手渡される。
 それを受け取ったガレイトは、パラパラと、ページをめくっていった。


「決まったら、また呼んでね」

「は、はい」


 モニカはそう言うと、店の奥、厨房のほうへと姿を消した。
 ガレイトは改めて手元のメニューを睨みつける。
 メニューの中身は主に前菜、副菜、主菜、そしてデザートと四つにカテゴライズされていた。


 ◇


 ガレイトがメニューと睨み合ってから、小一時間ほど。
 そのそばには、既にしびれを切らしたモニカが立っていた。


「あ、あの……」


 注文が決まったのか、ガレイトが手をあげる。


「ご注文ね」

「えっと、この、ビーフシチューをひとつ」

「あ、ビーフシチュー? ほ、よかった……」

「え?」

「ああ、いや、なんでもないよ? それで、付け合わせはいる? バゲットとかあるけど? 自家製だから美味しいよ」

「あ、なら、それもお願いします」

「承知いたしました。じゃあ、ちょっとだけ、お待ちくださいね……」


 パタパタパタ……。
 それだけ言うと、モニカは再び、ホールから厨房へと戻っていく。

 キョロキョロキョロ。
 手持ち無沙汰になったのか、ガレイトは改めて店内を見渡した。
 今にも潰れてしまいそうな外観に比べて、店内は清潔に保たれており、テーブルやカウンター、床の上に至るまで、塵ひとつない。
 次に、ガレイトは食事の準備をすべく、テーブルの上にある食器入れカトラリーケースからスプーンを持ち出した。


「これは……」


 ガレイトの口から驚くような息が吐かれる。
 そのスプーンは、ガレイトの顔が映りこむほどに綺麗に磨かれていた。


「新品のものでもこうはならないぞ……」


 ガレイトの顔から警戒の色が消えていく。
 やがて、厨房からかぐわしい香りが漂ってくると、ガレイトは期待するように、厨房のほうへ視線を向けた。
 次第にガレイトの鼻腔が開き、口角が上がっていく。
 そして、それを見計らったように、モニカが湯気が立ったプレートを運んできた。


「──どうぞ、当店自慢のビーフシチューでございます」


 モニカは、少しかしこまるような言い方をすると、静かにガレイトの前にそのプレートを置いた。
 茶色いポットに入った光沢のある赤茶色のシチュー。
 こんがりと焼けた、一本のバゲット。
 ガレイトはもう待ちきれないといった様子で、手に持ったスプーンでシチューを掬い、口へと運んだ。


「──う、うまい!? うますぎる……!」

 
 ガレイトはそう唸ると、ひとくち、またひとくちと、口の中へとシチューを運んでいく。
 バリバリ……!
 つぎにガレイトは、バゲットを一口サイズに手で千切ると、鍋の中のシチューにつけ、口へ放り入れた。


「このバゲットもうまい……!」


 ばくばくばく。
 千切ってはつけ、千切ってはつけ。
 ものすごい勢いでバゲットが減っていく。


「バターを使っていないので、小麦本来の芳しい香りが鼻から抜ける。さらに、絶妙な焼き加減で焼き上げられているから、ふにゃふにゃにならず、シチューとの相性もいい。この組み合わせは……最高だ……!」


 やがてバゲットが無くなると、今度は熱々の鍋を手で持ち──


「もう我慢できん……!」


 ガレイトはそう呟くと──
 ゴクゴク。
 まるで水をのむように、喉を鳴らしながらシチューを飲み干していった。
 マナーなどを度外視した本気食い・・・・
 今のガレイトには、もはや目の前のシチューとバゲットにしか見えていない。


「──お、おどろいた……! 結構量あったのに、ぺろりと……!」


 傍でガレイトの食べっぷりを見ていたモニカが、口をあんぐりと開けている。


「そんなに美味しかったの?」

「は、はい! こんなにうまいのは、はじめて……?」

「ん? どうかした?」

「いや、久しぶりな気が……?」

「おや、ブリの料理を食べたことがあるのかい? こりゃ、妙な話だね」

「え?」

「あの子は……ブリはね、いままでここから出たことがないんだよ。だから、たぶんガレイトさんが食べたのは、また違う料理人で──」

「いえ、そんなはずは……たしかにこの味は、あの時食べた……そういえば、あの人には、たしかお孫さんが……」


 ガレイトは俯き、モニカには聞こえない声量で呟くと、再び顔をあげてモニカを見た。


「ん、どうかした?」

「い、いえ、あの、いきなりなんですけど、料理長……ブリギットさんという方にお会いすることは可能でしょうか?」

「え、なんで?」

「是非、直接会って『美味しかったです』と伝えたいのですが……」


 ガレイトが遠慮がちに言うと、モニカはため息をつきながら口を開いた。


「あー……気持ちだけ受け取っとくよ」

「それはどういう……? もしかして、この料理を作ったのは──」

「ああ、ちがうちがう、たしかにあたしもすこし手伝ったけど、これ作ったのは正真正銘、ブリだから」

「ではなぜ……?」

「まあ、うちはそういうのやってないというか、そもそも、厨房に人を入れるわけにはいかないしね」

「厨房内でのルールは知っています! 清潔第一。手なら洗います! なんなら、体だって!」

「いやいや、なんでそこ食い下がってくるの……」

「それは……その、すこし事情がありまして、一目だけ。それだけでもいいですから!」

「いやぁ、気持ちは嬉しいんだけど、あの子、そういうのは苦手っていうか、そもそも大きな男の人自体が……」

「小さくなります!」

「無茶言うな! ……そ、それより! もういいの? おかわりとかしない?」

「え? ……あ、お願いします!」


 ガレイトが、空のポットとお皿の乗ったプレートをモニカに渡す。
 ガレイトは結局その日、五杯もの大盛シチューとロングバゲットを完食した。


 ◇


 夜。
 少し欠けた月が真上に上がる頃──
 ガレイトはレストランの裏口付近にて、花束を携えて立っていた。
 あたりはすでにしんと静まり返っており、人々の雑踏どころか、野良猫の鳴く声すら聞こえない。
 ガレイトはここでひとり、ブリギットが出てくるのを待っていた。
 ──というのも、彼がシチューを食した時、その脳裏にある・・男性の顔が浮かんだからであった。
 その男性こそが、ガレイトの人生に大きな影響を与え、ついには料理人の道を歩ませるまでに至った者。
 ダグザ・フランチェスカ・・・・・・・
 世界を旅する料理人である。


 ◆


 時は、今よりも少し前──
 ガレイトがまだ現役の帝国騎士だった頃まで遡る。
 場所はグランティよりも北西に位置する大国、ヴィルヘルム。
〝帝国〟の名を冠する通り、ヴィルヘルムはヴィルヘルム皇帝が統治する国家で、豊かな自然と、豊富な資源に富む国であった。
 しかし、それゆえ諸外国からの脅威に晒されることも多く、その自衛手段として設立されたのがヴィルヘルム・ナイツである。
 ヴィルヘルム・ナイツは国の創立とほぼ同時期に設立された組織で、設立以来、数百年にわたり無敗を誇っていた。
 そして、その騎士団を最近まで率いていたのが、第二十二代目団長ガレイト・ヴィントナーズだった。……のだが、これは、騎士ガレイトを料理人ガレイトへ変えたとの出会いの話である。

 場所は高温多湿の密林ジャングル
 ガレイトは戦時中、敵国の罠にはめられ、自身が隊長を務めていた隊とはぐれ、ひとり、腹をおさえて密林の中をうずくまっていた。


「──ぐ……ぅ……! くそ……、腹が……!」


 ガレイトの悲痛なうめき声が、誰もいない木々に吸い込まれる。
 そんなガレイトのそばには、大量のハエと、赤い体毛の虎の死体が転がっていた。
 虎の前足が欠損しているところから、ガレイトがこの虎を食料にしていたのは、火を見るよりも明らかだった。


「フー……フー……ぐぁッ……!?」


 ガレイトが、正体不明の腹痛に見舞われてから一週間。
 その間、飲まず食わずだったガレイトの体はすでに憔悴しきっており、頬はこけ、唇や口内はカラカラに乾燥していた。


「ああ……、くそ……目も……王よ、すみません……」


 パタリ。
 虚空へと伸ばしていたガレイトの腕が、力なく倒れる。

 ──バサバサバサ。
 まるでタイミングを見計らったように、大型の鳥が現れる。
 鳥はその鋭く尖ったくちばしでガレイトの頭を二度つついた。
 しかし、ガレイトからは何の反応もない。

 ガァガァ。
 鳥は勝ち誇ったような声を上げると、今度はガレイトの背中に飛び移った。
 スッと鳥がくちばしを構え、ガレイトの後頭部へ狙いをすます。
 そして──


「うがああああああああああああああああああ!!」


 突然、男性の叫び声がこだまする。
 鳥はその声に驚くと、一目散にどこかへと飛び去って行った。
 ガサガサガサ……。
 それから少しして、年季の入ったボンサックを背負った、白髪交じりの、初老の男性が茂みの中から現れる。
 男性はガレイトの元まで歩み寄ろうとしたが──


「うおっと!?」


 近くに倒れていた虎を見て、すこし後ずさりをした。


「こ、こりゃたまげた。こいつぁ、ルビィタイガーじゃないか? まさかこのにいちゃん、ルビィタイガーを生身で……?」


 男はそこまで言うと、虎の前足がなくなっていることに気づいた。


「てか、ねえじゃねえか、足が! しかも、周りに焚火あともねえし……こりゃもしかして、生で……?」


 男はガレイトを、まるで巨岩を転がすように仰向けにさせると──
 バチン!
 バチン!
 強めに、何度もガレイトの頬を叩いた。


「おーい! 聞こえてっかァ!?」

「うぅー……ん……?」

「……よし、まだなんとか生きてるな……! 聞こえるか! 儂ぁ、ダグザ・・・! ダグザ・フランチェスカっつーモンだ!」 

「ふ、フランチェスカ……?」

「そーだー! 聞こえてるなー!?」

「お迎え……なのか……だが、よぼよぼの……天使……? 天使って……ジジイだったのか……?」

「チッ、幻覚でも見えてやがるのか……!? おーい! いいかー! にいちゃんが食ったルビィタイガーの手は猛毒だー!」

「どく……?」

「もう手遅れかもしれんが、いまからいちおう、ルビィタイガー用の解毒薬を打つ! いいなー!?」

「あ……あ……」


 ガレイトはダグザの質問に答えることなく、パクパクと口を動かしている。


「いちおう確認はとった。……悪いが、すこし痛むぞ……!」


 ダグザはボンサックの中から注射器を取り出すと、すばやくニードルカバーを外し、ガレイトの首へ注射した。
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