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青銅編

ドーラの咆哮

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 国境付近の戦場。
 戦地はまさに死地と化しており、多くの屍がそこへ転がっていた。
 兵たちの腕は飛び、脚は吹き飛ばされ、首が宙を舞っている。
 しかしその被害を被っているのは、カライ国の兵士。
 エストリア騎士にいたっては全く無傷であり、戦争は戦争という名の屠殺場となっていた。


「すごいですよ、デフさん。まさか、こんなことができるなんて……」

「たいしたことないよ。……ただ、こういう戦争になると、すこし便利なのかもしれないけどね」


 カライ軍から飛んでくる石や矢、大砲はすべて、見えない障壁によって阻まれていた。
 カライ国の兵が剣を振るうと何かにあたり、剣が折れ、槍で突けば槍が砕ける。
 狼狽えるカライ国の兵士に、エストリア騎士は追い打ちをかけていった。


「これは、大盾の能力ですか?」

「そうだね。味方全員に魔法障壁をはるんだ。生半可な攻撃は簡単に防いでくれるよ」

「味方全員……この数をですか」

「うん……でもさすがに、ノーキンスの爆撃になると、防ぐことはできないけどね」

「……知っておられたのですね」

「うん。知ってるよ、ノーキンスと拳ひとつで殴り合ったんだよね。魔法障壁も張りながら」

「ちょっと違うような気がしなくもないですが……」

「そうなの? でも、ノーキンスがルーシーさんを褒めてたから、僕はすごいと思うけどな」

「ノーキンスさんは、人を褒めないタイプなのですか?」

「ど、どうなんだろ。あの人は基本的に、自分の筋肉にしか興味はないからね。『周りが見えてる』っていうことが珍しいっていえば、珍しいのかな?」

「戦争中に雑談なんて余裕っすね。おふたりさん」

「余裕も何も、このまま終わりそうだけどな」

「そかな? サキちゃんのカンが正しかったら、お相手さん、そろそろ何かしてきそうだよ」


 サキはそう言って、カライ軍将軍を指さした。





 カライ軍側陣営。
 エストリアの猛攻に、幹部一同、焦りの表情を浮かべている。


「将軍! 敵の障壁に阻まれ、わが軍の攻撃が一切通用しません!」

「不可侵のデフか……やつが出張ってくるとはな」

「いかがいたしましょう。個々の兵力では勝っていても、同じ土俵に上がれないとなると、相当に苦しいかと……」

「……とる手は決まっておるだろ」

「は! ……しかし、よもやこんなにもはやく、アレを使うことになるとは……」

「虎の子ではあるが、ここで指をくわえてやられるのを見ているよりいいだろう。それに、切り札を最初から切っても、なんら問題はないからな」

「では……?」

「ああ、兵どもに通達せよ! いったん態勢を整えるのだ! ……そして、アレの用意もな」

「御意に」





「待てコラァ!」
「止まれクソアマ!」

「しつっこいなぁ……」


 エストリア王都。
 シノはいまだ民家の屋根伝いに、山賊たちに追躡ついじょうされていた。
 脚は止めることなく、時折山賊たちに視線を送り、様子を窺っている。
 山賊もとくに疲れている様子はなく、それぞれがシノを獲物のように追いつめていた。

 その中でもとりわけ、頭領は誰よりも静かに、それでいて誰よりも殺気をまき散らしている。


「はぁ……、賀茂はたしか青銅寮の部屋に置いてあったんだっけ……ここは居住区だから、寮のある行政区までまだ遠い。ここで迎え撃ってもいいけど、あのボスっぽいやつ、絶対なにか奥の手を隠してるって顔してる……」

「よし」
 とシノは頷くと体を反転し、足元の屋根瓦にガガガガっと掴まって急停止した。
「虎穴に入らずんば虎子を得ず。ここは、少し挑発に乗ってみようかな」


 いきなりの急停止に、山賊たちは対応できることができず、そのままシノに突っ込んでしまう。
 シノは手に持った屋根瓦を山賊の顔面に叩きこんだ。

 バリィィィィン!!

 と瓦は割れ、パラパラと破片が散らばった。
 瓦を顔面に受けた山賊の鼻は潰れ、そのまま苦悶の表情を浮かべながら仰向けに倒れる。
 シノは山賊が屋根の上に倒れる前に、その懐から小太刀を抜きとった。
 抜き取った小太刀でその山賊の喉を貫くと、すばやくズボッと抜き取る。
 そしてシノはそれを、頭領めがけて投げつけた。
 小太刀の切っ先が、真っ直ぐ頭領の頭を捉える。
 頭領は右腕の手甲で防御し、小太刀を

 キィンッ!

 と弾く。
 しかし次の瞬間、頭領の手甲にシノの両足が乗る。

 投げたナイフと一緒に、シノは頭領に突っ込んでいた。

 シノは弾かれた小太刀を取ると、無防備な頭領の額めがけ、小太刀を振り下ろした。


「これで、終わ――」

 ドゴォォォォォォン!!

 突如、爆音が鳴り響き、シノが後方へおおきく吹き飛ばされる。
 シノは空中でくるんと一回転すると、無事に屋根の上に着地した。

 シノが顔をあげ、頭領を睨みつける。
 シノの頬には一筋の切り傷ができていた。
 切り傷口からは血がツ―……、と流れ、ポタポタとシノのふとももに落ちた。


「くっくくく……ははは、これが聖虹騎士様のポテンシャルかよ。コエーコエー。これがなかったら普通に死んでたぜ」

「……いまの、なに?」

「教えねえよボケ! おまえら何ボーっとしてんだ! 捕まえろ!」


 命令されたことで我に返った山賊たちは、再度シノに襲い掛かっていった。
 シノは爆発により使えなくなった小太刀を投げ捨てると、再び逃走を謀った。


「追え! 絶対に捕まえろォ!」

「……やっぱり、なにかあったかぁ……。こうなったらすぐにでも賀茂を取りにいかないと……」





「幼女万……歳……」
「ロリコォォォォォォォォォン!!」


 ヘンリーはひとりの賊を切り伏せると、小さくガッツポーズをしてみせた。


「てめえ、よくもロリコンを!」


 一瞬気を抜いてしまったヘンリーに、賊が波状攻撃を仕掛ける。
 ヘンリーはその激情に気圧されたのか、大きく体勢を崩され、その場に倒されてしまった。


「ぐぅ……っ!!」

「へ、ヘンリー!!」

「ドーラ、に、にげ……ッ!?」


 倒れていたヘンリーのみぞおちに、つま先蹴りがはいる。
 ヘンリーは声を出すこともできず、ただ短く息を吐いている。


「誰が逃がすかよ! 仲間を殺しやがって! そのうえ、俺たちにここまで傷を……! これは許されんよなぁ……!」

「ああ、じっくりいたぶってから殺してやる。あいつのロリコン魂は俺が受け継いでやる!」

「……ッ!!」


 ヘンリーは剣を支えにして、その場に立とうとした。
 腕は震え、脚に力がこもっていない、


「お? お? まだ立てるのかよ? やるねえ」
「ダハハハ! がんばれがんばれ! できるできる、絶対できる! がんばれ、もっとやれるって! やれる! 気持ちの問題だ! がんばれがんばれ! もうすぐだ――」

 賊は「ぞ」というとともに、ヘンリーの脇腹蹴り飛ばした。

「ガッ……ハ……!」

「おいおい、もうちょっとで立てそうだったのに、ヒドイ事するねえ」
「いやあ、すまんすまん。足がすべって――」


 山賊のニヤケていた顔が一気に険しくなる。
 ヘンリーは意識は朦朧としており、焦点は合っていないものの、必死に立ち上がろうとしていた。


「ちっ、まだ立つ気かよ」

「当たり……前だろ……!」

「ああ?」

「姉御に……ドーラ、任されてんだ。死んでも、守ってやらねえと……、今度こそ……失望させちまう……」

「だから最初に逃げなかったってか? ……ヒョロガリが粋がってんじゃねえぞ」

「オレは、決めてんだよ……!」

「なにをだよ」

「もう、敵に背を向けねえ……ってな!」


 ヘンリーはそう言うと、剣を振りかぶり山賊に突進した。


 ガキィィィン!!


 しかし、ヘンリーの剣ははじき飛ばされてしまい、喉元に切っ先を向けられた。


「……胸糞ワリィぜ」
「こんなことやられると、俺たちがまるで、ワルモノみてえじゃねえか」

「実際おまえらは……ワルモノ以下だよ」

「あ?」

「言われたこと……しか、やらない、思考停止の……下っ端クソヤローが……! おまえらは、所詮ワルモノにもなれない……中途半端なクズなんだよ……!」

「……よし、わかった。どうやら死にたいみたいだな、こいつ」
「もうそろそろいいだろ。殺すぞ」


 山賊はそう言うと、持っていた剣を振り上げ、ヘンリーめがけて振り下ろす。
 しかし、それよりもはやく――

「ダメーーーー!!」

ドーラの声が響いた。
ドーラの声は賊の鼓膜を震わせ、脳を震わせ、脚を震わせた。
やがて立っていられなくなったのか、賊は糸の切れた操り人形のようにその場に崩れた。
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