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青銅編

墓場に行って帰ったら王に尋問された。

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「あ、バレた」

 タカシに指摘された屍人は、抑揚のない声でそう答えた。
 銀髪のショートカットに、ルビーのような色の眼。
 青色の肌は墓場の空気とかみ合い、不気味ではあったが、神秘的な雰囲気を纏っている。
 顔立ちは屍人とは思えないほどに整っていた。

「バレたも何も、おまえだけなにもかもが異質なんだよ。なんでひとりだけ社交ダンス踊ってんだよ」

「これしか踊れないから」

「変なヤツ……てか、ここで何してんだ」

「みんなと踊ってた」

「そうじゃなくて……、っておまえ、もしかして屍術師ネクロマンサーか?」

「ねくろ……なに? 知らない……」

「じゃあ、おまえも屍人アンデッドか」

「あんで……? なんでそんなに、横文字ばかり使うの」

「はぁ……、じゃあおまえはなんなんだ」

「わたし? わたしはアン。それ以上でも、それ以下でもない」

「じゃあ、アン。ここらへんに、おまえのボスみたいなやつはいるか?」

「ぼす……? なにそれ?」

「おいルーシー、こいつ、あたしよりバカだぞ」

「おまえは自分がバカって自覚はあるのかよ……。えっと、ボスもわかんねえとなると、どう説明したもんか……えっと、ボスって言うのはだな――」


「知ってる」


「へ?」

「ボスの意味、知ってるから」

「なんなんだよ」

「ボスはいない。ここにいるみんなは、気づいたら踊ってた」

「んなバカな……」

「あなたも踊ってみる?」

「……なんでそうなるんだよ」

「社交ダンスはひとりじゃ踊れない」

「踊りをやめるって選択肢はないんだな」

「目から鱗。その発想はなかった」


 アンはそう言うと、地面にぺたんと座り込んだ。


「お、おい大丈夫か?」

「うん、ちょっと貧血で倒れただけ」

「屍人が貧血……まさかおまえ、吸血性があるのか?」

「ううん、冗談」

「なんなんだよ」

「アンデッドジョーク」

性質タチ悪いわ!」

「なあ、ルーシー。どうする? まだ掘り起こすのか?」


 所在なげに辺りを見渡していたドーラがタカシに尋ねた。


「そうだな。こいつらがなんなのかは気になるけど、今は死体を探すのが先決だ。無視だ無視。こんな変な奴ら」

「死体、探してるの?」

「あ? ああ、そうだよ。理由は言えねえけどな。こっちにも色々と理由があるんだ」

「死体なら、ないと思うけど」

「……なんで?」

「みんなわたしたちみたいに、屍人になった」

「みんな……って、この墓に埋まってる死人全員か?」

「そう、例外はない。……たぶんね」

「なんてこった。それが本当のことだという証拠は?」

「メリットがない。あなたみたいなおっさんを騙しても」

「おっさ……おい、いま、なんつった?」

「おじさま」

「べつにおっさん・・・・呼びに対して怒ってねえわ! そんなに心は狭くねえわ!」

「じゃあ、なに?」

「おまえ、なんでオレがその……おっさんだって……?」

「え? ルーシー、なにを言ってるんだ?」

「ドーラはすこしお口チャック」

「むー」

「わたしは、外見じゃなくてその本質、魂を見れるの」

「魂……」

「うん。だからあなたが、おっさんだってこともわかる」

「そんなおっさんおっさん連呼されるほど年は食ってねっつの」

「……それと、あなたのことも」

『ふぇ……ええ!? わたしが見えるんですか?』

「見える。たぶんこれは、わたしが生きていないからだと思う」

『や、やりましたよタカシさん! ついにわたしの存在を認めてくれる方が……! 感無量です! 生きててよかった!』

「……突っ込まねえぞ?」

「いいね、そのネタ。いただき」

「おまえも、自分の持ちネタのレパートリーを増やそうとするな!」

「こんなことでもしないと、死んでから暇なの」

「返事に困るようなことを言うな」

「……ルーシー」


 ドーラがルーシーの服の裾をつまんだ。


「おっと、悪かったなドーラ。退屈だったろ」

「ううん。それよりもルーシー……」

「そうだな、今日はこれくらいでお開きにするか」

「もう帰るの?」

「帰る。死体もないみたいだし、おっさん呼ばわりされるしで散々だったからな」

「そう。またきてね」

「やだよ」

「えー」

「えーじゃねえよ。てか、なんで来てほしいんだよ」

「暇だから。次来るまでには踊りを上達させておく」

「いらねえよ。せめてそのフラットなしゃべり方を直せ」

「わかったわぁぁぁ」

「気持ち悪い裏声を使えって言ってんじゃねえよ! もうちょっと感情込めてしゃべれっつってんだよ。もっとこう……ハキハキとさぁ!」

「屍人だから、こういうトーンでしか話せない」

「あ、そ、そうなのか……なんか、無理なこと言って悪かっ――」

「アンデッドジョーク」

「二度と来るか! バカ!」


 タカシはそう言うと踵を返し、ズンズンと歩いていった。


「ねえ、そこのヒトダマさん」


 アンはなにかを思い出したように、ルーシーを呼び止めた。


『え? なんですかアンさん』

「あのさ……」

『はい……』

「名前、なんだっけ」

『あぁ、えと、ルーシーっていうんですけど』

「そう、ルーシーさん」

『はい……』

「………………」


 ふたりの間に重い沈黙が横たわる。


『えっと……』

「なに」

『その、どうかしましたか?』

「どうもしてないけど」

『……なんで名前を……?』

「聞いてなかったから」

『そ、そうなんですね……じゃあこれで……』

「体、取り戻せるといいね」

『そ、そうですね……あは、ははは……』





 エストリア行政区。
 王城にある謁見の間。
 そこでタカシは、マーレ―を前に跪いていた。

 今から数時間前、墓場から戻ったタカシは青銅騎士詰所へと向かっていた。
 そこで道中、タカシは王の使いの者に呼び止められた。
 使いの者は「詳しい話は王から」という文言だけを託した。
 その様子から、使いの者も要件を聞かされていないことが聞いてとれた。


「あの、自分になにか……?」

「え? あれ? もしかして、見た?」

「えっと……何をでしょうか」

「ほう、とぼけるか」


「やるじゃん」と小さく呟くと、頬杖をつき、タカシをじっと見つめた。
 タカシは小首を傾げると、目を瞑って唸った。


「もしかして……屍人、ですか?」

「そうだ。見たのだな」

「……はい」

「そうか。……はぁ、どうしたものかな……」

「あの、出過ぎたマネとは存じますが、その……」

「ふむ。その様子だと、聞いたことはあるみたいだな」

「はい、一度、カライ国の将軍と名乗る者から」

「どういうふうに聞いたのだ」

「『エストリアでは悪しき研究が行われており、それは死人を生き返らせているものだ』と」

「半分正解で、もう半分も正解だ」

「百パーセント正解!?」

「まあ……」

「ということは、ほんとうにそのような研究を……」

「いやなに、はやまるな。儂はこの件には関与していない。儂のあずかり知らぬところで、誰かがこの研究を推し進めているのだ」

「お言葉ですが……そのようなことが可能なのですか?」

「……なにが言いたい」

「いえ、変な意味ではなく、ただの客観的に見たときに生じる問題で……」

「まあよい気にするな。申してみよ。……ただしこの場合、気にはしなくても、王は傷つくものとする」

「すみません……やっぱやめておきます」

「ありがとうございます。……儂もこの国のことなら、なんでも知っているというわけではないのだ。なにせ、国のトップであるからして、日々多忙を極めているからな。そしてそのような怪しい研究のひとつやふたつ、関知していたらキリがないのだ」

「こ、この国では、そんなにも怪しい研究を行われているんですか」

「いや、適当に言ってみただけだ」

「はぁ……」

「でも、さすがにこれは道徳的に看過できないないのでな。事情を知った者に、なにか思い当たる節があるかを聞いているのだ。……大抵が役に立たないのだがな」

「……お役に立てず、申し訳ございませんでした」

「まあまあ、そう不貞腐れるな」

「不貞腐れてないです……」

「……だが、これはこれでいい機会かもしれんな」

「と、言いますよ?」

「ちょうどこんなのが投書されていてな」


 マーレ―はそう言うと、下敷きほどのサイズの紙を懐から取り出した


「これは……?」

「依頼書だ。民からの投書を役所が受理して、それを任務として発行しているのだ」

「拝見しても?」

「ちょっとくさいかも。加齢臭とかで」

「えぇ……」


 タカシはあきらかに嫌そうな表情を浮かべると、近くまでいき、嫌そうに依頼書を受け取った。


「女の子にその反応をされると、さすがに傷つく」

「も、申し訳ありません」


 依頼書には『騒音問題を解決してほしい』と書いてあった。


「読んでみますね。……えっと、『近頃、墓地からノリノリのポップミュージックが聞こえてきています。おもわず踊ってしまいそうなほどのハイなテンポで、毎日がエブリデイです。最近では睡眠時間を削って、踊りの練習に明け暮れてしまっています。そのおかげで筋肉はつき、体が引き締まり、最近綺麗だねって旦那に言われて迷惑しています。一刻も早く、この問題を解決してほしいです。よろしくお願いします』って、書いてありますね」

「そう、それにすこし難儀していてな」

「難儀もなにも、とくに困っているようには、文脈からは読み取れませんでしたが……」

「そうか? 儂はポップミュージックをギュインギュインのロックにすれば、万事解決すると思ったんだがな」

「なにをだよ! ……ではなくてですね。こんなことは役所が受理するほどの案件ではないと思うのですが」

「おっと、もう気づいてはいるとは思うが、この事件の中心にいるのは屍人だ。いまはまだこの依頼人は気づいていないかもしれないが、放置しておけばいずれ否応にも気づかれる」

「……要するに、そのはた迷惑な音楽の再生を、国民たちが気づく前にストップしてこいってことですよね」

「そう、とも言えるのだろうか?」

「そうなんですよ! だから、その音の発信源を叩けば――」

「音楽は止む、ということだな」

「あ、はい」

「ほうほうなるほど、その手があったとはな、全く考えつかんかったなー」

「ゲ、まさか……」

「そうなってくると、やはり発案者の人が直接行くほうが確実だなー」

「しまっ……」

「よし、ルーシー。大変心苦しく、恐縮ではあるがその任務を任せることにする」

「いや、でも……」

「これは命令である」

「拒否権は……」

「あるとおもうか?」

「……あるとおもいたかったです」
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