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白銀編

剣の使い道

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「イヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!死ねェイ! 無価値なムシケラ風情が! ワシに楯突くからこうなるのだ!」


 預言者は高笑いしながら、タカシの潰れた心臓を、何度も何度も、感触を楽しむように、掌の上で、丁寧にグチャグチャと潰している。
 預言者の指がグリグリと蠢くたびに、タカシのソレ心臓は湿った音をたてながら、血しぶきを撒き散らしていく。
 やがて、全く反応を示さなくなったタカシに興味が薄れたのか、その顔から笑みが引いていった。


「フン、もう終わりか。わざわざここまで来たというに、暇つぶしにすらならんとはな……いや、暇つぶしにはなったか。やはり、人間の小娘の心臓は、丁寧に潰すに限るか――」

「なんだ、もう終わりか?」

「――なにッ!?」


 タカシは振り返らず、背中越しに預言者に対して声を発した。
 くいっと上がった口角の端から、一筋の血が流れている。


「もう、気は済んだかって訊いてんだよ。随分楽しそうじゃねえか、小娘の心臓が潰せて、なんだって?」

「バカな!? 心臓を潰されて、生きているはずが……!」

「きちんと俺の質問に答えろよ。ビビってんのか……?」

「ぐ……ッ!? ……ワシが、貴様のような小娘を畏怖している……だと……? 思いあがるなよ?」

「三度目だ。俺みたいな小娘の心臓が……なんだって?」

「く……ッ! いいだろう! 答えてやる! 貴様のような小娘の心臓が、一番指通りがよく、潰し甲斐がよく、心地よい音をたてるのだ! このまま貴様の体ごと消し炭に――」

「ああ、わかった。……もういい。もう、わかった」

「な、なにを……!」

「だったら、俺の心臓……、死んでも放すなよ?」

「は――」


 預言者とタカシ、二人の体が突然、ゴウッ! と、燃え盛る。


「くくく……イヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!! 何を勝ち誇ったかと思えば、こんなもの……ワシはドラゴン! 炎など、ワシらにとっては、玩具も同じ! そのうえ、貴様が使うような炎など、暇つぶしにすら――なんだ、これは……!!?」

「玩具か、なら試してみるか……?」

「な、なんだ!? 熱い……!? なんだ、なんなのだ、この炎は!? 貴様は一体、どのような炎を召喚したのだァ!?」


 黒く、濁った炎。
 それは二人の頭上で、髑髏を形成していった。
 黒い髑髏は大口を開けると、二人の頭めがけ、ガブリと喰らいついた。
 タカシは一切逃げるそぶりを見せず、首から上を髑髏に喰われる。
 一方、預言者は咄嗟にタカシの心臓から手を放し、難を逃れた。


「ひ……、ひィ!? こ、これは……!」

「おいおい、なんだよ。手ェ……、放すなって言ったよな?」

「な……ななな、なんなんだ、貴様は!? 首から上を喰い千切られていて、心臓を潰されていて、何故まだ喋っていられるのだァ!!」

「そんなこと、重要じゃねえだろ。今、もっとも重要なのは、おまえが、俺の心臓から手を放したってことだ。違うか……?」

「くそ! くそ! くそォ!! ワシは悪い夢でも見ているのか! こんな……! こんなことが! あってたまるか! これではまるで……!!」


 預言者はそう言うと、ゴキブリのように這って、謁見の間の扉まで移動した。


「おいおい、ツレねえな。今から、楽しい楽しい罰ゲームの時間だろうが。なにをそんなに慌ててんだよ」

「と、扉が……開かない!? チィ……ッ! まさか……これは……! 貴様……アジなマネを!!」

「喰らい尽くせ……! 『餓炙髑髏ガシャドクロ』」


 パァン!!
 突然、タカシの頭上にいた黒い髑髏が風船のように破裂する。
 しかしそこから、無数の小さな黒い髑髏が、預言者めがけ、ヒトダマのようにユラユラと飛んでいった。
 カチッカチッと、歯を鳴らしながら近づくと、無数の髑髏が預言者の体を抉っていった。
 預言者の腕や、脚、腹、顔の半分が、まるで其処の空間が削られていくように、バクバクと髑髏に喰われていく。





「お、やるな。戻ってきたか」


 龍空の城、謁見の間。
 そこには五体満足で玉座に座っているタカシと、激しく息を切らして、床に這いつくばる預言者の姿があった。


「案外……、龍空の玉座ってのも、座り心地は悪くないもんだな」

「ハァ……! ハァ……! ハァ……! チッ、幻術子供騙しか! 小娘の分際で……小賢しいマネを……!」

「ああ。まあな。で……どうだった? 何か面白いもんでも見えたかよ?」

「フザケおって……! 貴様は、いま、ここで殺……!」

「おっと。おまえも、おまえの野望も、全部終わりだ」

「ど、どういう……!?」

「今に分かる。もうすぐ響き渡るはずだ。あんたの声が、この龍空中……いや、龍たちにな」

「ワシの……声……だと――」

『ぼくのご主人様は、世界で一番かわいいニャー』


 突然、大音量で流れてきたのは、天地分隔門の門番の声だった。


「……なんなのだ、これは?」

『あ、ごめんルーちゃん。流すやつ間違えたっぽい』


 続けて流れてきたのはサキの声。
 しかし、サキの姿は謁見の間の何処にもいなかった。


『……えーっと、こっちかな?』

『……ふぅ、なんだ。同胞よ。どうかしたのか?』

「な!? こ、これは……!」


 次に流れてきたのは預言者の声。
 その内容は、タカシとサキが謁見の間に入った時の会話だった。


「……なあ、預言者さんよ。なんか、気が付かねえか?」

「……!! 最初に貴様が投げ捨てた、あのハーフサキュバスの小娘はどこへ行った!?」

「さぁな?」

『そうだな。おまえの予想通りだ。ワシには神龍共を一挙に消滅させる手段がある。やつらなど、ワシの敵ではないのだ。蝋燭の火を消すが如く、ひとつまみだ』

「な、なぜこんな……!」

「いやあ、門番さんに使い道のない剣を渡されたときは、正直いらねーって思ったんだけど、どうやらこんなところに使い道があったとはな」

「門番……だと……? 何を言っている!?」

「いや、独り言だよ」

「今すぐ……、今すぐ、このフザケた放送を止めさせろォォォォ!」

「やだよ。……それに、出力も変えてあるはずだからな。いまに人間界にも届くぞ」





 人間界、トバ天守閣跡。
 突如活動を停止し、青ざめた顔で項垂れるアリスに、ロンガとテシが首をかしげていた。
 他の龍たちは一様に慌てふためいており、その光景はまるで、隊列を乱された蟻だった。


「そんな、まさか預言者が裏切っていたなんて……、じゃあカーミラさんは何の為に……!」

「アリス殿……! 我々は一体、これからどうすれば……!?」

「……とにかく、龍空へ戻るわよ」

「は! ……しかし、人間どもは……?」

「そんなのは後! いまはこの、ふざけた内容の真偽を確かめるのが最優先よ!」

「は!」

「……な、なんじゃろ……、あやつらは一体、なにをしておるのじゃ……?」

「フッ……、知らん。だが、これは好機だ」

「いやいや、さすがにあんな感じで戦意をなくしておったら、こっちも攻撃する気は起きないんじゃが……」

「くッ……、バカめ。攻撃するのではない。救助だ。トバ皇とシノのな」

「な、なんと!? 姫は助かるのか!?」

「ああ、まだ力尽きてはいるが、死してはいな――」

「姫ぇー!!」


 テシはロンガの言葉を聞くや否や、一目散にシノの元へと走っていった。





 龍空、浮島。
 スノから必死に逃げ回っていたエウリーが、突然、ピタッと逃げるのを止めた。
 両者は背中に翼を生やしているだけで、龍化はしていなかった。


「……姉様、聞こえましたか……? この声……」

「ああ、どうやら、わたしたちは、アイツに利用されていただけだったようだな」

「あまり、驚かれないのですね……」

「ああ」

「もしかして、気づいておられたのですか?」

「……フン、そんなわけがないだろう」

「う、嘘です! では、なぜこんなに簡単に、あの者たちを行かせたんですか……!」

「知らなかったのさ。……何も、な」

「あ、姉様……?」

「……しかしまあ、それが、わたしがおまえを追いかけるのを、止める理由にはならんだろうな」

「ぞ、続行宣言!?」

「どれ、では龍空城への道すがら、昔のように追いかけっこおしおきでもするか」

「いやぁー!! ルビがなんかおかしいー!」





 龍空城内、大廊下。
 アテン白銀の龍ゴーン紫色の龍は戦いの手を止め、脳内に響き渡る声に耳を傾けていた。
 そして放送が預言者の告白に差し掛かると同時に、ゴーンは戦闘態勢龍化を解除した。
 それを確認すると、アテンも戦闘態勢を解き、廊下に座り込んだ。


「やー……、やはり、王女様でしたか。まあ、俺には最初からわかってましたけどね」

「絶対ウソだな! かなりマジに攻撃してきてたじゃないか。痛かったぞ、割とマジで痛かったんだぞ!」

「まーまー……それはアレですよ。愛情の裏返しというか、なんというか……」

「おまえのは裏返し過ぎて、もはや表になっているんじゃないか?」

「うまい。さすがですなー、日進月歩ですなー」

「ば、バカにしているだろう。……おまえ、あたしが正式に王女に戻ったら憶えとけよ?」

「そんな殺生なー」

「まあ、でも、いまはやることがある。だろ? ゴーン」

「……はーい、お供しますよ。王女様・・・


 アテンはよろよろと立ち上がると、ゴーンを引き連れて謁見の間へと向かった。
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