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白銀編

サキの疑念

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「……やれやれ、短期間でここまで成長するかね」


 番人の館。
 大ホールにて、タカシは膝をつき、呆れ半分、驚き半分、といった表情でサキを見ていた。
 サキはそんなタカシの視線に対し、得意げな表情で、時折滴り落ちてくる鮮血を拭っていた。


「おやおや? ルーちゃん褒めてくれてんの? 嬉しいんですけど?」

「ちっ……茶化しやがって……」

「んー、でもまあ、ルーちゃんに会うまで戦ってこなかったからねー。しつこいお客様には、それなりに手荒なことはしてたけどさ。騎士なってからは、実戦実戦、また実戦だったからね。それなりに経験積んできたつもりだし? これくらいは出来て当然っしょ」

「当然なわけねえだろ。サラブレッドめ……」

「にっしっしー。どうするの? 降参する? どのみち動けないっしょ?」

「……これ、ただの電撃じゃないみたいだな」

「お、さっすがルーちゃん。わかっちゃった? これはねぇ、パパの使ってた『究極雷光一閃アルティマソード』の形状を変化させた技なんだ。元が電気だから、不定形だし、いろいろと応用が効くんだよねー」

「……アホめ、それだけじゃねえんだろ?」

「あっはははー……うん、やっぱりすごいよ。ルーちゃんの言う通り、この電撃には『魅了毒ヴェノムチャーム』も練り込んでるの。ビリビリとドキドキの、二段構えだかんね。男の人だったら、まず口もきけくなるんじゃないの?」

「クイーンサキュバスと勇者のいいとこどりかよ……。とんでもねえな」

「さてさて? もう時間稼ぎは許さないよ? これ以上時間を与えちゃうと、またすーぐ回復しちゃうからね」

「……バレてたか」

「とーぜん。サキちゃんだって、学習能力、あるし。んで、どうする? このままサキちゃんの立場としては、回れ右してくれるとありがたいんだけどー……」

「無理。おまえをぶっ飛ばして、ここを突破する」

「ですよねー。わかってた。ルーちゃんならそう言うかなって、わかってた」

「わかってたら、どうすんだよ?」

「うん? いくらサキちゃんが偽物でも、ルーちゃんを殺すことはできないからね……だから、せめて……寝てて?」


 偽サキがタカシの唇に、自身の唇を近づける。
 しかし――
 唇はもう少しのところで、ピタッと止まる。
 タカシは小さく舌打ちすると、偽サキを睨みつけた。


「ふっふっふ、二度も同じ手は食わないのだよ、ルーシー君」

「……なんのことだよ」

「どーせ、また抗体作る気なんでしょ? ルーちゃんのその、対毒スキルと異常回復は厄介だからね。今回こそは、じわじわと攻めさせていただきますよ? お客さん?」

「ちっ……」

『ちょ……、どうするんですか、タカシさん! 万策尽きてるじゃないですか! 逆転できるんですか!?』

「おまえは毎回毎回うるせーんだよ。少しは黙って見れねえのか」

『毎回毎回、どこぞの誰かが、ピンチになってるからじゃないですか! そんなこと言うなら、せめて心配させないでくださいよ!』

「あのな、いいか? この際だから、ひとつ言っておく」

『な、なんですか……?』

「オレはこれから、誰が立ち塞がってきても、どんな状況に陥っていても、絶対に負けない。それが、おまえに対する――おまえの体を借りてる事に対する、最低限の礼だ。憶えとけ、忘れんなよ」

『あれ、なんかいまちょっと、キュンときたかもしれません。自分の顔に』

「アホか」

「へえ、こんな状況でも、まだ笑ってられるんだね。ルーちゃん」

「当たり前だろ? それがポーカーの必勝法、なんだろ?」

「なんでここでポーカー?」

「手札が揃ったって意味だよ」

「て、手札って……」

「追撃してこなかったのは褒めてやる。ただ、オレに、オレの中に電気を残したのは悪手にだったな!」

「も、もしかして、サキちゃんの電撃を利用して――」

「解除しようとしても、もう遅い! オレのロイヤルストレートフラッシュを見せてやる! 消える準備はできたか? 偽物野郎! ――電撃魔法体内より摘出。自身の魔力回路へ変換――お前が残した電撃の残滓は、オレの魔力の糧へと変貌を遂げる! 痺れて燃えろ! 『爆炎迅雷』!!」


 タカシの指先からバチバチと、電撃が火炎を纏いながら迸る。
 それは偽サキの周りを取り囲み、逃げ場を奪うと、一気に中央へ収束し、炸裂した。
 爆発音。
 燃焼音。
 電気音。
 それらが混ざり合い、溶け合い、融合して弾ける。
 まるで水と油のように、それらは決して混ざり合うことなく、それでいて上手く噛み合いながら、中心部にいる偽サキを爆破し、燃やし、感電させる。
 やがて、それが静まると偽サキは影だけを残し、その場から蒸発した。
 影はしばらくその場で狼狽えてみせると、何か発見したのか、其処へ一目散に駆け込んでいった。


「うへえ、なにその魔法……、容赦なさすぎ。偽物とはいえ、サキちゃんちょっとショックだわ」


 サキが縄でグルグル巻きにした、偽タカシを踏んづけながら言った。
 足元にはさきほど行き場を失くし、狼狽えていたサキの影が見える。


「おまえも勝ってんのかよ……。ま、そっちも上手くいったみたいでなりよりだな」

「その割には、あんまり嬉しそうじゃないんだけど?」

「当然……オレとしてはなんか、ちょっと複雑だよ」

「ところでさ! ……うーん、まあ……いや、やっぱり聞いて聞いて!」

「……なんだよ」

「このルーちゃん、偽物だったよ!」

「ん? ……まあ、そりゃそうだろ。オレだって、さっき倒したサキは偽物だったんだからな」

「ちがうの! そういうんじゃなくて……うーん……どう説明したらいいかー」

「………………」

「だってだって、なんかルーちゃん、サキちゃんに対して敬語だし、魔法使ってこないし、剣もそんなにうまく扱えてないし……」

「はあ?」

「と、とにかく、話してみて!」


 サキはそう言って、偽タカシにしていた猿轡さるぐつわを外してみせた。


「ぷはぁっ……! な……なんなんですか、イキナリ! なにをしてくれるんですか! もう! 初対面なのに、こんなことして……、もっとパーソナルスペースを……というか、パーソナルスペース以前の問題です! どんな親友であっても、こんな暴挙は許されませんよ! 認められません! せめてもの償いとして、自首する自由を与えます! 悔い改めてください!」

「こ、この……まくし立てるようにしゃべるのは……」

『うわ……だれですか、この口うるさいの……?』

「おめえだろ」

『はあ? わたしですか? まっさかー』

「自覚ねえのかよ……てか、コピーされたのはオレじゃなくて、本体だったのか……、どうなってんだ」

「ね? おかしいっしょ? サキちゃんの偽物はあんなにサキちゃんだったのに、ルーちゃんの偽物は、一切偽物する気がないんだよ? これはアレだよ、なんというか……職務怠慢じゃないのかな?」

「見ず知らずのあなたに、わたしの勤務態度について、あれこれ言ってほしくありません! それに第一、わたしはわたしに課せられた義務を精一杯果たそうと努めていただけです! それを職務怠慢だ、タイマン上等だなんて罵られた日には、怒髪天ですよ! さすがに温厚なわたしも! おこ! こうなったら――」

「もういいから、もうわかったから、負けたんだから影に戻っとけ……」

「ちぇ、わかりましたよ。タカシさん・・・・・

「な!? おま、バカ――」


 偽ルーシーはそう言うと不服そうに、タカシの足元に、影として戻った。


「タカシ? だれそれ?」

「えー……っと、――あ、おい、サキ! 足元見てみろ、おまえの影も戻ってるぞ」

「あ、ホントだ。……で、タカシってだれ?」

「さ、さあ……? よくわかんねえな……」

「アヤツイ……」

「アヤシイだろ。なんだよそれ。……てか、あいつ偽物だったんだろ? 適当なことを並べてただけだろ」

「えー? でもでも、ルーちゃんの影、足元に返ってっちゃったじゃん」

「それは……、それはオレがウソつきだからだよ」

「それがもうすでにウソっぽくね?」

「むぐ……。じゃあなんなんだよ、おまえはホントはなんだって思ってんだ」

「なになに? サキちゃんの推理聞きたいの?」

「いいから推理してみろよ。ポンコツサキュバス」

「うーんとね、さっきのがじつはルーちゃんの本当の人格で、普段表に出てる――男勝りな人格のほうは、また違う人の人格。それが、ルーちゃんの体の中に住み着いてる……って感じじゃない? 理由はわかんないけどさ。んで、ルーちゃんがクソザコだったのも、それが本来のルーちゃんの強さだったから。でも、今のルーちゃんは、別人格の人がはいってるから、そこまで強い……ってとこじゃない?」

「!?」


 タカシはその突然のことに、鳩が豆鉄砲を食ったように、驚き、目を丸くさせた。
 対するサキは、口角をニンマリと上げ、タカシの顔を覗き込むようにして見ている。


『た、タカシさん……これって、もしかして――バレてる……?』
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