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白銀編

鳥羽国上陸

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「ここが、トバか……」


 海賊を撃退した後、タカシたちは鳥羽トバ国へとやってきていた。
 トバの町並みは日本でいうところの江戸時代に近く、大半の民家が茅葺かやぶき屋根に木造建築となっていた。
 往来の人々は異国エストリア人が珍しいのか、人だかりが出来ていた。

 トバの人々はエストリアとは違い、木綿でできた地味な色の着物を着用していた。


「んー!」


 シノは船から降りると、胸いっぱいに空気を吸い込んでみせた。
 タカシはエストリアの時と同様、キョロキョロとあたりを見渡している。
 そしてその背には、すでに瀕死状態のサキを背負っていた。


『なんだかすごく、オリエンタルでエキゾチックな気がします。あとなんだか……、すこしだけ懐かしいような気が』

「懐かしい? おまえ来たのは初めてだったよな」

『初めてのはずなんですけど……、なんででしょう? この胸から湧き上がる熱いパトスは』

「あほくさ……知らねえよ」

『むむ? あほじゃありませんよ。それに、なんでちょっと言い淀んだんですか? ……アヤシイ。なんか知ってますね』

「知らねっての。……思い当たる節はあるけどな」

「ええ? 教えてくださいよ!」

「うんうん、トバはなんも変わってないね」

「シノさん、帰ってくるのはどれくらいぶりなんですか?」

『あ、話を躱された……』

「うーん、そうだね。かれこれ十年近くじゃないかな?」

「十年!? というか、シノさん今何歳なんですか?」

「え? それ訊くの?」

「あ、すみません。つい――」

「ふにょふにょ歳だよ」

「な、なるほど……、ふにょふにょ歳でしたか……」

『た、タカシさん……、ふにょふにょ歳とは一体……?』

「これ以上突っ込むな、ってことだろ」

『えぇ……』

「そういえば、迎えは来ないのですか? 人はかなりいるみたいですけど」

「そりゃあね。戦時中だし」

「へ?」

「あれ? 聞いてない? あの王様伝えてなかったかな……」

「き、聞いてません! 全く! てっきりあのまま終戦なのかと……」

「あはは、そんなわけないじゃん。だって、ラグローハさんの一件からそんな時間経ってないし、こんな短時間で伝令寄越せるわけないじゃん」

「いや、それはそうですけど……あれ? だったらロンガさんって今もなお、捕虜みたいな扱いなんですか?」

「そうなんじゃない? 多分無事だろうけどさ」

「なんだか、帰りたくなってきたんですけど……」

「大丈夫だって! そのためにあたしがいるんじゃん! 大船に乗ったつもりで――」


「こっちだぞォォォォ!!」


 野次馬とは明らかに格好の違う男が大声をあげる。


「お、やあやあ。出迎えご苦労様」

「知り合いなんですか? シノさん」

「うん。直接的な知り合いってわけじゃないけど、この人たちはエストリアで言うところの見回り騎士みたいなものかな。こっちでは呼び方がちょっと違うけど」


 しかし、そのトバの・・・見回り騎士たちはタカシたちをぐるりと取り囲んだ。
 そしてその手には、小型の拳銃が握られており、銃口はタカシたちに向けられている。
 場の空気はまさに一触即発といった雰囲気で、タカシたちが妙なことをしようものなら、すぐにでも発砲しかねない状況だった。
 タカシはおもわず両手を上げ、抵抗する意思がないことを示した。

 それにより、背中にいたサキはベチャッと、地べたに叩きつけられ「ぶべら!」と声をあげた。


「えっと……、シノさん?」

「うん?」

「お知り合い……、なんですよね?」

「なんか自信なくなってきた」

「この国の姫、なんですよね?」

「い、いちおう? てか、来る国間違えた? よく似てる国……なだけとか」

「そんなアホな……、そもそもなんなんですか、この状況」

「わかったわかった。と、とりあえず交渉してみ――」

「姫! 姫が帰ってこられたのか!? ええい、通せ! 通さぬか! バカども!」


 可愛らしい声が聞こえてくると、群衆をかきわけおしのけ、ひとりの幼女がひょっこりと顔を出した。
 幼女はシノの顔を見ると、パァッと表情を光らせ「んしょんしょ」と言いながらタカシたちの前へ出てきた。
 幼女は黒く、長い髪を後ろで結っており、赤色の麻でできた着物を着用していた。
 目はくりくりと大きな黒目で、腰には提灯のストラップを提げていた。
 提灯には大きく「御用」と書かれている。


「姫! ご無事で!」

「ん? おお、その顔は……もしかしていっちゃん?」

「はい! そうですぞ、姫! ううう……、お久しゅうございますじゃ……ワシはどれほどこの時を待ち詫びたか……。そちらの方々は……? なにやら報告によれば姫を人質に外国人が暴れていると……」

「ちがうちがう! なんでそんなことになってるかな……この人たちはお客様。危害を加えるつもりは全くないよ」

「ホ、そうだったのじゃな……。おい、バカども! 得物を下ろすのじゃ! 無礼だぞ!」


 いっちゃんと呼ばれた幼女は、周りで拳銃を構えていた男たちを小突いていった。
 男たちはなぜか嬉しそうな顔をすると、次々に拳銃を下ろしていった。


「さて姫、お待ちしておりました――」


 ガィィィン!!
 火花が散る。
 両者共、手にはいつの間にか刀が握られていた。
 鍔迫り合いになり、いっちゃんと呼ばれた幼女はシノを刀越しに見つめている。
 ドガッ!
 と幼女いっちゃんはシノのどてっ腹を前蹴りすると、反動で大きく後ろへと下がった。
 シノも体勢を整え、同時に距離をとる。
 しかし幼女いっちゃんはシノに暇を与えることなく、手に持った刀をくるりと回し、逆手に持ち替えて、一気に距離を詰めた。

 ガキン! ガキン! ガキン! ガキン!

 激しい刀と刀の打ち合い。
 幼女いっちゃんがシノめがけて突きを繰り出すと、シノはそれに対抗するように剣先で突く。
 水平に薙ぐと、逆方向から水平に。
 垂直に振り下ろすと、垂直に斬り上げる。
 右、左。
 上、下。
 右上、左下。
 シノは幼女いっちゃんの太刀筋ひとつひとつに、逃げず真正面からぶつかっていった。
 やがて――

 ひと際大きな金属音が鳴り、幼女いっちゃんの刀が根元からぽっきりと折れた。
 刀の刃の部分はクルクルと空中を舞うと、サクッと地面に突き刺さった。
 幼女いっちゃんは肩を大きく上下させながらそれ見送ると、刀身のない刀を鞘へと納めた。
 そしてそのまま地面に膝をつき、両手を前へついて頭を下げた。


「姫! どうぞ、ワシのご無礼をお許しくだされ!」


 土下座。
 シノは呼吸ひとつ荒げることなく、幼女いっちゃんを見下ろすと、片膝をつき、幼女いっちゃんの頭を撫でた。


「いっちゃん、強くなったじゃん! すごいすごい!」

「えへへへ」


 幼女いっちゃんは顔を上げると、表情をだらしなく崩し、にへらぁと笑った。


「あの、なにやってんすか?」

「あ、ごめんごめん。置いてけぼりにしちゃって。これはその……妹弟子の久しぶりの……再会の稽古……的な?」

「なんなんすか、それ……」

「姫、そのぅ……」

「あ、そうだったね。まずは紹介するよ。いまそこでへばってるのは、ルーシーちゃんの部下のサキちゃん。それで、ルーシーちゃんっていうのが、そこで呆れかえってる、あたしの彼女」

「まあ! そうじゃったか。どうりでお人形のように愛らしい……ふふ、素敵ですぞ、姫! とてもお似合いですじゃ!」

「いや、彼女とかじゃないんですけど……」

「ルーシーちゃんにも紹介するね。こちらのカワイ子ちゃんは、勅使河原勅使テシガワラテシ。奉行所に勤めてる与力ね。ちなみに、あたしの娘だから」

「……へ?」

「ウソだよん」

「なんでそんなウソを!?」

「いやぁ、あたしのソウルドーターみたいなもんだからね、いっちゃんは」

「えへへ、照れてしまうではないか、姫」

「ていうか、なんで「いっちゃん」なんですか? いっちゃん要素皆無じゃないですか。なんならテッチャンのほうがいいんじゃ……」

「ああそれはね、あたしの師匠の一番弟子だからだよ」

「一番弟子? シノさんの師匠の……ですか?」

「うん。盲目の剣客、一刀斎師匠」

「そうなのじゃ。お恥ずかしい限りなんじゃが、姫と違いワシは未熟者ゆえ、いまも一刀斎師匠の下で訓練に励んでおるのじゃ……」


 テシはそう言うと、ポッと頬を赤らめ、両手でそれを覆った。


「でも、ということはシノさんを差し置いての一番弟子……ですよね」

「いえいえ、滅相もない! 姫はすでに免許皆伝の身。弟子ではないのじゃ。その剣の腕は一刀斎師匠とも並び立つとも評され、この国随一の剣の使い手なのじゃ。ワシの憧れであり、越えるべき目標――なのじゃが……、見ての通り、越えるどころか、足元にさえ及ばぬこの有様。姫と別れてからも日々鍛錬に明け暮れていたというのに……。はぁ」

「たはー、なんだか照れるねえ。もっと持ち上げていいよ」

「いやいや、そこは励ましてあげましょうよ……」

「いっちゃんエライ!」

「雑!!」

「うぇへへへ……」

「あんたもそんなので、よくそこまで喜べるな。……それに、そもそもあだ名が『いっちゃん』って、ずっと免許皆伝する気ないですよね?」

「あ」

「気付いてなかったんですね……」

「うーん、そうだね。そう言われてみれば、そういう事なっちゃうのか……、これは困った。まあ、免許皆伝出来た暁には――」

「姫、ワシは構わんぞ。いままでもいっちゃんだったのじゃ。急に変わると、それはそれで違和感を覚えるじゃろ。だからいままで通り、いっちゃんと呼んでくれてかまわんぞ」

「うんうん。こんなしょーもないあだ名をつけちゃった姉弟子を許すどころか、肯定してくれるなんて、さっすが、出来た妹弟子だよ」


 シノはそう言うと、テシの髪や頬をわしゃわしゃと猫のように撫でた。
 テシは目を細めながら、身じろぎすると

「く、くすぐったいのじゃ」

 と、小さく洩らした。


「そうだ。いっちゃん、ところでこの大所帯は? 周辺の町奉行を集めてもこんな数にはならないよね?」

「おお、そうじゃった。……姫、じつはじゃな――」
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