上 下
25 / 39

サターンとルシファー

しおりを挟む

「ここか」


 木製の、他とは違う、重厚感のある扉の前で俺とローゼスが立ち止まる。
『社長室』と明記されているネームプレートを確認するよりも前に、俺とローゼスが確信する。

〝この扉の先に黒幕がいる〟と。

 こちらの世界では明らかに異質な、明確な殺意を孕む魔力。
 あの日──蠅村が一瞬だけ藤原に殺意を向けた、あの夜。あの時に感じたのと同等の魔力が、殺意が、この扉の先から、このフロア全域から、俺の全身に突き刺さる。ごく一般的な、エドモンド晴美のような下級の魔物が纏う魔力とは比べ物にならないほどの、純粋な殺意。
 抵抗力のない人間がいれば十人中九人は気を失い、残りの一人は最悪死んでしまうほどの殺意。
 隣にいるローゼスも仮面の上からでもわかるほどに、これからの戦いに向け、深く集中していた。


「──ノックは要らないよ」


 部屋の中から俺たちに向けた言葉。べつにノックしようと思っていたわけじゃないけど、それなら──と思い、俺は金属のノブに手をかけるが──


「ウォラァアアアアアアアアアアアアアア!!」


 ドォォォォォォオオオオオン!!

 いままで俺の目の前にあった扉が、水平にぶっ飛んでいく。それと同時に『あひぃぁっ!?』という情けない声が部屋の中から聞こえてきた。


「だれが、ノックなんてかッたるい真似するか!! ぶッ飛ばすぞ!! 出てこいコラァ!!」

「もうぶっ飛ばしてんだろ……ていうか、いきなり扉を蹴り破るとか、おまえほんと空気よめないよな」

「な、なんであたしが叱られてんだよ!?」

「叱ってないよ。呆れてるんだよ」

「で、でも、こういうのって勢いも大事だろうがよ!」

「ローゼスは勢いしかないだろ」

「ンなことねェよ! ……そんなこと、ないよ……」

「そこで勢いなくしてどうするんだよ」


「──お……おまえたち、ボクを無視するな……ッ!」


 さきほど聞こえてきた声が、飛んでいった扉の裏から聞こえてくる。声の主が見えない事から、どうやら、ローゼスが蹴飛ばした扉に押しつぶされたようだ。


「……ほらな? これがあたしなりの先制攻撃ってやつだよ。やっこさん、出鼻挫かれて、殺意も薄れてきてるぜ」

「でもまぐれじゃん」

「いーや、あの勢いがあってこそ、この結果が生まれたんだ。『勢いを以て相手を制する!』……これが戦いの基本だろうが」

「聞いたことねえよ……」

「お、おまえら……ァ……、ボクの話を……聞ケェッ!!」


 飛んでいった扉が、横に真っ二つに切り裂かれる。そこから出てきたのは、長髪で流し目の男。光沢のある高そうな白いスーツを身に着けているが、ところどころくすんでおり、みすぼらしく見えるのは、おそらくローゼスのせいだろう。
 そしてその手には、扉を両断したと思われる、白銀の刀身のブロードソードが握られていた。


「おまえがサターンか?」

「……ふっ、ようやくボクを認識したな?」


 男はそう言うと剣を降ろし、前髪を指先でサラッと流してみせた。


「もう一度訊く。おまえがサターンか?」

「はっ、いいだろう。どうせここでおまえらは死ぬんだ、答えてやるとも。ボクはベリアル。サターン様の忠実な下僕、ベリアルだ」

「ベリアル……? 聞いたことないな。不破の……ルシファーの部下か?」

「くっ、……おまえたち、まさかルシファー様の手の者か?」

「いや、違うけど」

「ふっ、見え透いた嘘だ。ボクに騙し討ちを仕掛けようなど笑止千万。大方、ボクの力が必要になって、ルシファー様に連れてくるよう頼まれた、という事なんだろ? そうなんだろ?」

「……おいマコト、こいつもしかして、バカなんじゃねえか?」


 隣にいたローゼスがこそっと耳打ちをしてきた。


「みたいだな。でも、こういう輩は重宝できるタイプのバカだ。適当におだてておけば、情報を絞れるだけ絞れる。すこし泳がしておくぞ」

「オーケー……!」

「……なあ、ベリアル。じつはそうなんだ。俺たちはルシファーからおまえを連れてくるように頼まれててさ」

「ふっ、そうだろう? そうだろう? やはりボクの力が必要になったという事なんだな?」

「あ、ああ……、そう言う事だな。でさ、ベリアルは──」

「くっ、でも断るよ。ボクはもうルシファー様に忠誠は誓っていないんだ。……いや、誓えないっていうのが本音だね。だから、戻る気もない。したがって、人間と仲良くする・・・・・・・・つもりもない」

「……仲良くする、か」


 話を整理すると、こいつは魔物で、サターンの部下。不破の事を〝様〟づけで呼んでいることから、元は不破の部下だという事が窺える。
 そんなヤツがわざわざ不破をかばうように、〝人間と仲良くする〟なんて嘘をつくのか? ということは、不破が常日頃から言っていた〝人間との共存〟は本音だったのか?
 ……わからない。
 とりあえず、今は目の前のコイツだ。


「なあ、それでなんだがベリアル、すこし質問をしていいか?」

「はっ、質問だと? ……なるほど、キミはなかなか面白いヤツだな。いいかい、このボクが、名前も名乗らない相手の質問なんかに、答えるはずがないじゃあないか。何かを得たければ、それと同等の価値のモノを……まずはキミたちの名前から聞かせてもらえないかい?」

「ちっ、さっきは答えてたクセに……」


 ローゼスが小さく吐き捨てる。まったくもってローゼスの言う通りだが、ここは相手の機嫌を損なわないような受け答えをしなければ。
 本来の目的はこいつの手足をふん縛って、蠅村たちに渡す事なんだろうけど……気が変わった。あいつらに引き渡す前に色々と訊いておこう。


「……すまない、わるかったベリアル。まずは自己紹介させてもらっていいか?」


 俺が畏まって言うと、ベリアルはまんざらでもない様子でひらひらと手を泳がせた。


「俺の名前は……ビリー、それでこっちは相棒のナンシーだ」


 ローゼスの肩がピクリと動く。
『なんであたしがナンシーなんだよ!』とツッコまなかっただけでも上出来だけど、出来る事なら一切反応してほしくはなかった。かといって、本名を言ってしまうと色々と面倒になるかもしれない。
 だから、俺は自信の名前とローゼスの名前を偽った。
 そして幸い、ベリアルはローゼスの反応を気にしている様子はない。


「ふっ、ビリークンにナンシーサンね、よろしく。それで、質問って何かな? 今のボクは機嫌がいい。答えられることなら何でも答えるよ」

「そうだな、たくさんあるけど、まずは──」


 ピキ……ッ!


「……ん? 何の音──」


 ピキピキピキピキピキピキピキ……パリーン!!
 突然、俺の視界がクリアになり、顔の風通しがよくなる。
 いままでかぶっていた仮面が音を立てて、縦に割れてしまった。
 割れた仮面の破片は無機質な音をたて、俺の足元に転がった。


「なっ!? お、おまえの……その顔……! 見たことがあるぞ! さては勇者だな!?」

「あ、いや、違うんだ。聞いてく──」

「くっ、まさか、ルシファー様たちの他に勇者たちも動き出していたとは……! 急いでサターン様に報告しなければ……! 差し当たっては──」


 ベリアルが突如、持っていた剣をユラリと胸の前で構えた。その瞬間、辺りに充満していた魔力が一気に濃い色を帯び、空間を満たしていく。


「おまえたちはここで、何が何でも殺す! 覚悟しろ!」


 ベリアルはいきり立って叫ぶと、剣を構えて向かってきた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

女神に同情されて異世界へと飛ばされたアラフォーおっさん、特S級モンスター相手に無双した結果、実力がバレて世界に見つかってしまう

サイダーボウイ
ファンタジー
「ちょっと冬馬君。このプレゼン資料ぜんぜんダメ。一から作り直してくれない?」 万年ヒラ社員の冬馬弦人(39歳)は、今日も上司にこき使われていた。 地方の中堅大学を卒業後、都内の中小家電メーカーに就職。 これまで文句も言わず、コツコツと地道に勤め上げてきた。 彼女なしの独身に平凡な年収。 これといって自慢できるものはなにひとつないが、当の本人はあまり気にしていない。 2匹の猫と穏やかに暮らし、仕事終わりに缶ビールが1本飲めれば、それだけで幸せだったのだが・・・。 「おめでとう♪ たった今、あなたには異世界へ旅立つ権利が生まれたわ」 誕生日を迎えた夜。 突如、目の前に現れた女神によって、弦人の人生は大きく変わることになる。 「40歳まで童貞だったなんて・・・これまで惨めで辛かったでしょ? でももう大丈夫! これからは異世界で楽しく遊んで暮らせるんだから♪」 女神に同情される形で異世界へと旅立つことになった弦人。 しかし、降り立って彼はすぐに気づく。 女神のとんでもないしくじりによって、ハードモードから異世界生活をスタートさせなければならないという現実に。 これは、これまで日の目を見なかったアラフォーおっさんが、異世界で無双しながら成り上がり、その実力がバレて世界に見つかってしまうという人生逆転の物語である。

大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います

騙道みりあ
ファンタジー
 魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。  その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。  仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。  なので、全員殺すことにした。  1話完結ですが、続編も考えています。

転生者は力を隠して荷役をしていたが、勇者パーティーに裏切られて生贄にされる。

克全
ファンタジー
第6回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作 「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門日間ランキング51位 2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門週間ランキング52位

『殺す』スキルを授かったけど使えなかったので追放されました。お願いなので静かに暮らさせてください。

晴行
ファンタジー
 ぼっち高校生、冷泉刹華(れいぜい=せつか)は突然クラスごと異世界への召喚に巻き込まれる。スキル付与の儀式で物騒な名前のスキルを授かるも、試したところ大した能力ではないと判明。いじめをするようなクラスメイトに「ビビらせんな」と邪険にされ、そして聖女に「スキル使えないならいらないからどっか行け」と拷問されわずかな金やアイテムすら与えられずに放り出され、着の身着のままで異世界をさまよう羽目になる。しかし路頭に迷う彼はまだ気がついていなかった。自らのスキルのあまりのチートさゆえ、世界のすべてを『殺す』権利を手に入れてしまったことを。不思議なことに自然と集まってくる可愛い女の子たちを襲う、残酷な運命を『殺し』、理不尽に偉ぶった奴らや強大な敵、クラスメイト達を蚊を払うようにあしらう。おかしいな、俺は独りで静かに暮らしたいだけなんだがと思いながら――。

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

処理中です...