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サターンとルシファー
しおりを挟む「ここか」
木製の、他とは違う、重厚感のある扉の前で俺とローゼスが立ち止まる。
『社長室』と明記されているネームプレートを確認するよりも前に、俺とローゼスが確信する。
〝この扉の先に黒幕がいる〟と。
こちらの世界では明らかに異質な、明確な殺意を孕む魔力。
あの日──蠅村が一瞬だけ藤原に殺意を向けた、あの夜。あの時に感じたのと同等の魔力が、殺意が、この扉の先から、このフロア全域から、俺の全身に突き刺さる。ごく一般的な、エドモンド晴美のような下級の魔物が纏う魔力とは比べ物にならないほどの、純粋な殺意。
抵抗力のない人間がいれば十人中九人は気を失い、残りの一人は最悪死んでしまうほどの殺意。
隣にいるローゼスも仮面の上からでもわかるほどに、これからの戦いに向け、深く集中していた。
「──ノックは要らないよ」
部屋の中から俺たちに向けた言葉。べつにノックしようと思っていたわけじゃないけど、それなら──と思い、俺は金属のノブに手をかけるが──
「ウォラァアアアアアアアアアアアアアア!!」
ドォォォォォォオオオオオン!!
いままで俺の目の前にあった扉が、水平にぶっ飛んでいく。それと同時に『あひぃぁっ!?』という情けない声が部屋の中から聞こえてきた。
「だれが、ノックなんてかッたるい真似するか!! ぶッ飛ばすぞ!! 出てこいコラァ!!」
「もうぶっ飛ばしてんだろ……ていうか、いきなり扉を蹴り破るとか、おまえほんと空気よめないよな」
「な、なんであたしが叱られてんだよ!?」
「叱ってないよ。呆れてるんだよ」
「で、でも、こういうのって勢いも大事だろうがよ!」
「ローゼスは勢いしかないだろ」
「ンなことねェよ! ……そんなこと、ないよ……」
「そこで勢いなくしてどうするんだよ」
「──お……おまえたち、ボクを無視するな……ッ!」
さきほど聞こえてきた声が、飛んでいった扉の裏から聞こえてくる。声の主が見えない事から、どうやら、ローゼスが蹴飛ばした扉に押しつぶされたようだ。
「……ほらな? これがあたしなりの先制攻撃ってやつだよ。奴さん、出鼻挫かれて、殺意も薄れてきてるぜ」
「でもまぐれじゃん」
「いーや、あの勢いがあってこそ、この結果が生まれたんだ。『勢いを以て相手を制する!』……これが戦いの基本だろうが」
「聞いたことねえよ……」
「お、おまえら……ァ……、ボクの話を……聞ケェッ!!」
飛んでいった扉が、横に真っ二つに切り裂かれる。そこから出てきたのは、長髪で流し目の男。光沢のある高そうな白いスーツを身に着けているが、ところどころくすんでおり、みすぼらしく見えるのは、おそらくローゼスのせいだろう。
そしてその手には、扉を両断したと思われる、白銀の刀身のブロードソードが握られていた。
「おまえがサターンか?」
「……ふっ、ようやくボクを認識したな?」
男はそう言うと剣を降ろし、前髪を指先でサラッと流してみせた。
「もう一度訊く。おまえがサターンか?」
「はっ、いいだろう。どうせここでおまえらは死ぬんだ、答えてやるとも。ボクはベリアル。サターン様の忠実な下僕、ベリアルだ」
「ベリアル……? 聞いたことないな。不破の……ルシファーの部下か?」
「くっ、……おまえたち、まさかルシファー様の手の者か?」
「いや、違うけど」
「ふっ、見え透いた嘘だ。ボクに騙し討ちを仕掛けようなど笑止千万。大方、ボクの力が必要になって、ルシファー様に連れてくるよう頼まれた、という事なんだろ? そうなんだろ?」
「……おいマコト、こいつもしかして、バカなんじゃねえか?」
隣にいたローゼスがこそっと耳打ちをしてきた。
「みたいだな。でも、こういう輩は重宝できるタイプのバカだ。適当におだてておけば、情報を絞れるだけ絞れる。すこし泳がしておくぞ」
「オーケー……!」
「……なあ、ベリアル。じつはそうなんだ。俺たちはルシファーからおまえを連れてくるように頼まれててさ」
「ふっ、そうだろう? そうだろう? やはりボクの力が必要になったという事なんだな?」
「あ、ああ……、そう言う事だな。でさ、ベリアルは──」
「くっ、でも断るよ。ボクはもうルシファー様に忠誠は誓っていないんだ。……いや、誓えないっていうのが本音だね。だから、戻る気もない。したがって、人間と仲良くするつもりもない」
「……仲良くする、か」
話を整理すると、こいつは魔物で、サターンの部下。不破の事を〝様〟づけで呼んでいることから、元は不破の部下だという事が窺える。
そんなヤツがわざわざ不破をかばうように、〝人間と仲良くする〟なんて嘘をつくのか? ということは、不破が常日頃から言っていた〝人間との共存〟は本音だったのか?
……わからない。
とりあえず、今は目の前のコイツだ。
「なあ、それでなんだがベリアル、すこし質問をしていいか?」
「はっ、質問だと? ……なるほど、キミはなかなか面白いヤツだな。いいかい、このボクが、名前も名乗らない相手の質問なんかに、答えるはずがないじゃあないか。何かを得たければ、それと同等の価値のモノを……まずはキミたちの名前から聞かせてもらえないかい?」
「ちっ、さっきは答えてたクセに……」
ローゼスが小さく吐き捨てる。まったくもってローゼスの言う通りだが、ここは相手の機嫌を損なわないような受け答えをしなければ。
本来の目的はこいつの手足をふん縛って、蠅村たちに渡す事なんだろうけど……気が変わった。あいつらに引き渡す前に色々と訊いておこう。
「……すまない、わるかったベリアル。まずは自己紹介させてもらっていいか?」
俺が畏まって言うと、ベリアルはまんざらでもない様子でひらひらと手を泳がせた。
「俺の名前は……ビリー、それでこっちは相棒のナンシーだ」
ローゼスの肩がピクリと動く。
『なんであたしがナンシーなんだよ!』とツッコまなかっただけでも上出来だけど、出来る事なら一切反応してほしくはなかった。かといって、本名を言ってしまうと色々と面倒になるかもしれない。
だから、俺は自信の名前とローゼスの名前を偽った。
そして幸い、ベリアルはローゼスの反応を気にしている様子はない。
「ふっ、ビリークンにナンシーサンね、よろしく。それで、質問って何かな? 今のボクは機嫌がいい。答えられることなら何でも答えるよ」
「そうだな、たくさんあるけど、まずは──」
ピキ……ッ!
「……ん? 何の音──」
ピキピキピキピキピキピキピキ……パリーン!!
突然、俺の視界がクリアになり、顔の風通しがよくなる。
いままでかぶっていた仮面が音を立てて、縦に割れてしまった。
割れた仮面の破片は無機質な音をたて、俺の足元に転がった。
「なっ!? お、おまえの……その顔……! 見たことがあるぞ! さては勇者だな!?」
「あ、いや、違うんだ。聞いてく──」
「くっ、まさか、ルシファー様たちの他に勇者たちも動き出していたとは……! 急いでサターン様に報告しなければ……! 差し当たっては──」
ベリアルが突如、持っていた剣をユラリと胸の前で構えた。その瞬間、辺りに充満していた魔力が一気に濃い色を帯び、空間を満たしていく。
「おまえたちはここで、何が何でも殺す! 覚悟しろ!」
ベリアルはいきり立って叫ぶと、剣を構えて向かってきた。
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