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魔物掃討作戦開始

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 目も眩むほどの太陽光に、絶え間なく行き交う車の排気ガス、仕事に忙殺されるサラリーマンたちの雑踏、それらをかき混ぜるビル風とで混沌としていたオフィス街の表通り──とは打って変わって、陽があまり入ってこない裏の通り。ゴウンゴウンとけたたましい音を上げる室外機に、青いプラスチック製のごみ箱などがところどころに設置されている。
 俺とローゼスは件の会社の裏口に着くと、そこから少し離れた場所で、レヴィアタンから発せられるであろう合図を待っていた。


「……どうするよ、コレ」


 ローゼスが俺に声をかけてくる。その手には、さきほどレヴィアタンから渡された笑い顔の仮面。


「いちおうカブっておいたら? ていうか、俺はカブるけどな」


 俺は手に持っていた、レヴィアタンから譲り受けた泣き顔の仮面を顔にはめた。背面は拘束バンドのようになっており、顔全体をかっちりと固定して、ちょっとやそっとの激しい動きでは外れないようになっている。
 視界はすこし制限されるし、呼吸も普段と比べるとすこしだけ苦しいが、全然許容範囲内だ。何よりこんな……下手すれば、警察に捕まってしまいかねない事を、素顔を晒したままやってのける勇気は俺にはない。


「うわ、マジでかぶりやがった……」

「な、なんで引いてんだよ」

「だってそれ、どっからどう見ても変人だろ。近寄りたくねェし……」

「何言ってんだ。おまえの盗賊時代だって、こんな感じの仮面かぶってただろ、ほら、あのくちばしのついてる仮面」


 ローゼスは盗賊時代、素顔は晒さず、今と同じように仮面をつけて盗みを働いていた。だから、仮面をかぶることには抵抗がないだろうと思っていたけれど──


「ば、バカ! あれは自由と気高さの象徴だ。何者にも囚われることのなく、自由に大空を羽ばたく鳥の仮面だ。こんな玩具と比べてンじゃねェ! つか、盗賊じゃなくて義賊な!」


 どうやら、ローゼスの中では、それとこれとは違うらしい。なんとも意味の分からない主張ではあるものの、その反面、どこかでその言い分も納得できている自分もいる。平たく言えば、格好良いか格好良くないかの違いだろうけど。


「うわああああああああああああああああ!?」
「きゃああああああああああああああああ!!」


 男女入り混じった、大人の叫び声。
 本当は人でも殺してるんじゃないかと疑ってしまうくらいの、阿鼻叫喚。間違いなく衆目の目を引いているだろう。
 俺の予想ではもうちょっと静かにやると思っていたんだけど……そうだよな、屋上へ徐々に追いつめるようなやり方なんだから、こうなるのも当たり前だよな……。
 だけど、それにしても──


「なんつー合図だ」


 隣にいたローゼスが俺の気持ちを代弁してくれる。
 そして顔を見ると、すでに仮面をつけていた。ぶつぶつと文句は言うけど、変なところで協調性のあるやつだな──と感心していると、早速裏口から物音が。
 微量の魔力を帯びていることから、おそらく魔物だろう。

 ──バン!

 勢いよく扉が開き、出てきた男と目が合う。その目には怯えの色ではなく、焦りの色が見て取れた。この異質な状況、そして異様な格好をしている俺とローゼスを見てもなお、男の目に恐怖の色はない。驚きはしているが、脅威とは思っていない様子。
 中肉中背、紺のスーツに青いネクタイ。ぱっと見、どこにでもいるサラリーマン。
だけど、その実態は──


「魔物だな? おまえ?」

「……くッ!」


 俺がそう口にするや否や、俺の目前にナイフが突き出される。
 迷いのない刺突。一瞬で俺の命を終わらせようとしてくる攻撃。そんなことが出来るのは、狂人か魔物のみ。
 適当に、半分口から出まかせ程度に言ってみたが、懐疑から一気に確信へと変わった。

 俺は突き出されたナイフが俺に届くよりも先に、男の鳩尾に前蹴りを放った。男は断末魔を上げることなく、地面と水平に、後方へと吹き飛んでいく。
 男はそのまま出てきた裏口の押戸ごとぶち破ると、中のテーブルを弾き飛ばし、掃除用具入れの中に、扉ごと突っ込んだ。
 加減はしている。
 普通の人間なら下手したら死んでるか、肋骨が何本か折れるほどの大怪我だけど、魔物にとってみれば生命を脅かされるほどの一撃ではない。
 だが、それでいて確実に戦意を喪失させられるほどの一撃だ。

 俺は手を挙げてローゼスに合図を送る。
 ローゼスは俺の合図に頷くと、男の髪を掴み、掃除用具入れの中から強引に引きずり出した。男は抵抗するどころか、声を出すことも、息を吐くことも出来ずにいる。
 ローゼスは次にナイフを持っていたほうの手──つまり利き腕を拘束し、背中に回すと、後頭部を掴んで男の顔を地面に押しつけ、小声で続けた。


「いいか、今からあたしが質問してやっから心して答えろ。嘘をついたり騙そうとしたりすれば、即座に殺す。いいな?」


 ここでローゼスが静かに俺を見上げてきた。もちろん殺しはしないだろうし、ただの脅しだろうけど、情報を吐かせるために、それなりに危害は加えるつもりなのだろう。だから、ローゼスは、その許可を俺から得ようとしている。
 俺はその意思を汲み取り、頷いて返すと、ローゼスが再び男に視線を合わせた。


「あたしの質問には指で答えろ。はい、イエスは人差し指を曲げろ。いいえ、ノーは人差し指と中指を同時に曲げるんだ。わかったな?」

「……ッ! ……ッ! ……ッ!」


 男は声は上げず、ともすれば笑っているかのように、小刻みに体を揺すった。
 そして、ローゼスの質問に答えるように、人差し指と中指・・・・・・・を同時に曲げてみせた。
 いいえ、ノー。
 つまり、反逆の意思。

 ──トンッ!

 ローゼスはそれを見ると、即座に男の頸椎を手刀で強打した。男の首から下が、電流を流されたように痙攣する。これ以上の尋問は意味がないと判断したのだろう、ローゼスは男から手を放すとゆっくりと立ち上がった。


「……ダメだな」


 残念そうなローゼスの声色に、俺も思わずため息をこぼす。


「はじめに、ここに居る魔物の数やら、責任者についての話やらを聞いておきたかったけど……あのまま痛めつけても無理そうだったか?」

「ああ。この状況に陥って、それでもなお騙そうとするヤツはいくつかの質問には答えるけど、最初ハナから答える気がないヤツは、ああやって初っ端から拒絶の意思を示してくる。そういうヤツを吐かせる方法もあるにはあるが……ここでそんなに時間は食えねェだろ?」


 これ・・に関しては俺よりもローゼスのほうが何枚も上手だ。ローゼスがそう言っている以上、つまりそう言う事なのだろう。


「……しょうがない。なら、〝疑わしきは拘束せよ〟で行くか。そのほうが速いしな」

「ちぇっ……ンだよ結局、力技かよ」

「ん、なんだ、嫌いだったか? 力技?」

「……へへ、大好物に決まってンだろ。……オラ、行くぞ。さっさとここにいる魔物全員気絶させてやろうぜ!」


 ローゼスはそう言うと、意気揚々と社屋の中へ中へと入っていった。
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