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怖がられる主人公
しおりを挟む「お、おはよう、マコトくん」
登校中、まるで俺を待ち伏せていたように、電柱の影から藤原が飛び出してきた。俺は突然の登場に多少面食らいながらも「おはよう」ときちんと返した。昨日の今日で、学校を休むんじゃないかと心配していたが、どうやら元気そうだ。
あと気になっている事があるとすれば──
「なんか、口調が普通になってるな」
「え? あ、ごめんね。僕も昨日の出来事があって、ちょっと反省してるんだ。大事な話をするときはなるべくこういう感じで、いつもの口調は封印しようって。ちょっと話づらいし、恥ずかしいけどね……」
「ずっとそれでいいと思うけど……てことは今、大事な話がしたいってことなんだよな?」
「うん。……あ、学校に遅れるから歩きながら話そうよ」
藤原はそう言いながら、てくてくと俺の前を歩き始めた。俺も止めていた足を再び動かし、藤原の後に続いた。
「体調は……大丈夫そうか? だるいとか気持ち悪いとか……」
「うん、平気。……というのは嘘になるんだけど、昨日よりはだいぶマシかな」
「そうか……でもまあ、そうやって立って、歩いてるだけでもすごいと思うよ」
「え? そんなに蠅村さんってすごいの?」
「すごいっていうか危険だな、ああ見えて。一瞬とはいえ、あの時放った殺気は本物だった。普通、あいつクラスの悪意のある殺気だったら、発狂したり精神を病んだりするんだけど……藤原はそうはならなかった」
「そ、そうだったんだ……なら、なおさらマコトくんには感謝しなきゃね」
「いや、気にすんなって」
「あの、それで、なんだけど……今日はローゼスさんと蠅村さんとは一緒じゃないの?」
「ああ、ローゼスは昨日藤原と別れた後、やっぱり放っておけないからって言って、どっか行って、そっから一晩中帰って来なかったな」
「……それって、大丈夫なの?」
「問題ない。……とは言い切れないけど、釘を刺しておいたから大胆な事はしないと思う」
とはいえ、一度言いつけを破って不破の所に行ってるからな。
「問題ないと思いたい」
「希望なんだね……」
「でも、愚直ではあるけれど、あいつはあいつで、考えも無しに無謀な事はしないからな。そこらへんは大丈夫……と思いたい」
「あくまでマコトくんの希望なんだね。それで……蠅村さんは?」
「さあ、あいつはよくわからん。俺を家まで送……俺の家まで勝手についてきた後、そのまま笑顔で消えたな」
「笑顔だったんだ……。だから、一緒に登校してないの?」
「いや、そもそも違う方向だしな。あいつが俺ん家に来たり、俺があいつん家に行かなければまず会わない」
「そうだったんだね……」
「それで、話ってなんだ? まさか、ふたりの事だけ訊きに来たってわけじゃないだろ?」
「うん、それなんだけど、僕が訊きに来たのは……」
藤原はそこまで言いかけると、急にキョロキョロと周りを見回した。誰もいない事を確認しているのだろうか。
「マコトくん、ちょっと耳貸して……」
やがて確認し終えたのか、藤原は俺の隣まで来ると、ぷるぷるとつま先立ちになりながら、俺に耳打ちをしてきた。
「電子ドラッグの事」
「……なるほど」
「じつは昨日、お父さんに怒られちゃって……」
「昨日って事は、あの後の事か?」
「そう。家に帰った後、あの時あった事をお父さんに報告したんだ。いちおう任務というかなんというか、そういう義務があったから。……あ、でも、マコトくんが勇者だったとか、そういうのは伏せておいたよ」
「ああ、ありがとう……ちなみに、親父さんにはなんて報告したんだ?」
「『友達が違うって言ってたから帰ってきました』って」
「え、えぇ……」
「うん、まさにいまマコトくんが僕を見てるような、悲しそうな目で、お父さんに見られたよ」
「そりゃあな。情報を伏せてくれるのはありがたいけど、それにしても伏せ過ぎだろ。ていうか幼稚園児とかじゃないんだから、なんでそう感じたかとか、友達の情報もひとこと添えておけよ」
「ごめん、僕、疲れてたから……」
「そっか。そりゃしょうがないよな……て、なったの? 親父さんはなんて言ったんだよ」
「『今日はもういいから寝なさい』って」
「……賢明な判断だな」
「それで今朝、『無関係じゃないだろうから、いちおうその者の尾行と監視は続けなさい。ついでにその友達とやらもな』って言われたよ」
「それで、それを俺に報告しに来たのか?」
「うん」
「なんていうか……まあ、頑張って……?」
「あ、ありがとう! 引き続き、頑張って蠅村さんとマコトくんを監視するよ!」
そう言っている藤原の、眼帯をしていないほうの目は輝いていた。俺はその輝きを曇らせないためにも、この件について、これ以上は何も追及しなかった。
「じゃあ、学校行くか……」
「うん! ……あ! くくく、我が従者よ! 昨夜の続きといこうか、先ずは我に貴様の異世界での冒険譚を聞かせるがいい! わっはっはっは!」
「なんやかんやで、やっぱり興味はあったんだな」
「然り! 血沸き肉躍る血風録に心躍らぬ者がどこにいようか! いや、いない! 皆無である! 疾く話すがよい! さあ! さあ!」
より一層目が輝いている藤原に話を急かされると、俺はとりあえず思いついた事から話していった。
◇
昼休憩時。
机の上に弁当を広げて食べようとしていると、突然、教室の前方の扉が勢いよく開いた。
クラス中の視線がそこに釘付けになっている中、そこから教室に入ってきたのは、くせ毛頭にサングラスをかけた黒いスーツの危ない人……レヴィアタンだった。
予期せぬ来訪者に空気が凍りつく教室。しかしレヴィアタンはそんな事お構いなしに、数ある生徒の中から俺を探し当てると、俺の席の前までゆっくりと歩いてやって来た。
俺の隣で、同じく飯を食べてうとしていた野茂瀬の手から、紙パックのジュースがこぼれ落ちる。
「落としましたよ。……ほら、今度はしっかりと持っていてください」
レヴィアタンはそれを拾い上げると、野茂瀬にしっかりと手渡した。野茂瀬は口をぽっかり開けたまま「あ、あざす……」と力なく答えた。そんな野茂瀬を尻目に、レヴィアタンが俺に向き直る。
やめろ。マジでやめてくれ。俺に絡むな。そのまま回れ右して教室から出ていってくれ。
……なんて、俺の心の叫びが通じる筈もなく、レヴィアタンは俺に「こんにちは、探しましたよマコトクン」と、軽やかに挨拶をしてきた。
──いや、まだ終わっていない。知らぬ存ぜぬを貫き通せばいい。
俺は必死にレヴィアタンを睨みつけると、とりあえず教室から出ていくように促した。
「……おや、どうしました? そんなに面白い顔をして」
『で・て・い・け!!』
俺は何度も目をパチパチと開閉したり、口を動かしたりして、それとなくレヴィアタンに合図を送った。
「あ、なるほど」
やっとこちらの意図を汲み取ってくれたのか──と喜んでいると、レヴィアタンはジャケットの内ポケットから、なにやら液体の入った小瓶を俺に渡してきた。
「……なにこれ」
「目薬です。ドライアイにはちょうどいいらしいですよ」
──ブチブチッ!
その瞬間、俺の堪忍袋の緒が切れる音がした。
頭に血が上った俺はレヴィアタンのネクタイを強引に掴み、グイっと俺の口元まで引き寄せると「表に出ろ!」と言い放った。
「フム、どうやら怒らせてしまったようですね」
「おまえ、学校にだけはくんなよ! 頭大丈夫か!?」
「問題ありません」
「そういう意味で言ってねえよ、アホ! バカ! 出てけ教室から! せめて制服着てこい!」
「僕に制服は似合わないと思いまして……」
「わかっとるわ! だからって黒服はマジでヤバいだろうが!」
「なかなか似合っているでしょう?」
「おまえ、もう一回殺すぞ」
「……仕方ありませんね。ここはマコトクンの言う通りにしておきましょう。校門で待っていますからね」
レヴィアタンは一方的にそう告げると、肩で息をしている俺を残して教室から出ていった。
そして案の定、皆の視線の先がレヴィアタンから俺に移る。三柳に対してあんなに強気だった野茂瀬も、目を丸くして俺を見ていた。他のクラスメイトも、三柳や大島よりも怖い物をみるような視線を投げかけてくる。
何か──何か、この状況の言い訳を考えなければ……!
「え、えーっと……これは……そう! 演劇の練習だから! 演劇の! 今度演劇部作るんだよ!」
「お、おう……」
まるで、水を打ったように静まり返った教室内に反響するのは野茂瀬の声のみ。
どうやら外してしまったようだ。
俺はいたたまれなくなり、泣きそうになりながら教室を後にした。
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