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片鱗

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「……やはり、従者ひとりにするべきではなかったか……! さあ、卑怯なりし下賤の怪よ! 我が従者を洗脳から解いてもらおう! さすれば、苦しむことなく、我が術にて滅してくれようぞ!」


 暗がりから現れたのは、上半身が白色で下半身が藍色の、平安貴族が着ていそうな水干を着た藤原だった。
 なぜここに藤原が?
 なぜこんな魔法を?
 なぜ不意打ちをしたくせに、堂々と名乗りを?
 そして、なぜそんな古風な服を着ているんだ?
 ……等々、色々と疑問が沸き起こってきたが、今はそんなのを口に出している場合じゃない。

 ──ボウッ!!

 轟音とともに、体が吹き飛ばされそうになるほどの突風が巻き起こる。
 見ると、蠅村が黒炎を纏い、全身にこびりついた護符を燃やし尽くしていた。
 ……まずいな、いまの藤原が放った魔法のせいで、蠅村は完全に藤原の事を敵だと思い込んでしまったようだ。
 蠅村は黒炎を纏ったまま身を屈めると、しっかりと藤原に狙いを定めた。
 とにかく今はなによりも、蠅村を止めなければ。
 俺は急いで蠅村の腕を取ると、それを後ろに回しながらひねり、その場に押し倒した。


「(!?)」


 目を見開き、驚いたような表情で、俺の下でジタバタと暴れる蠅村。禍々しかった黒炎は完全に消えており、いまはなんとか俺を上からどかそうとモガいている。


「悪い、蠅村……! 説明は後でする……!」


 俺は蠅村の耳元まで口を近づけると、小さくそう言った。蠅村は俺を責めるように目を細めると、小さくため息をつき、抵抗を止めた。
『あとで説明してね』
 俺には蠅村がそう言っているように見えた。


「おい、てめェ! 敵か!」


 隣にいたローゼスが大声で藤原を威嚇する。
 俺の行動を見て、藤原を攻撃する意思は捨てたものの、警戒はしているようだ。これで藤原の身の安全は確保されたわけだけど……これからどうしたものか。

 ──いや、待てよ、わかったぞ。繋がってきた。
 藤原は今、ものすごい勘違いをしているんだ。
 たぶん、今の藤原の発言『卑怯なりし下賤な怪』から推察するに、これは蠅村から手を引けと言っておいて、いつの間にか蠅村と仲良くなっている俺へ向けた非難の言葉。
 そして、『我が従者を洗脳から解いてもらおう』というのは、俺が蠅村の何かしらの弱みを握っていて、それを盾に蠅村と付き合おうとしている事を指しているのだろう。
 よくない。これは非常によくない。
 まずは俺と蠅村の間には何もないという誤解を解かなければ。……といっても、この体勢はさすがにまずいな。
 俺は蠅村の腕からそーっと手を放すと、ゆっくり立ち上がり、藤原とローゼスの間を遮るように両手を上げた。
 ローゼスも何か察してくれたのか、何も言わずに、その場から一歩下がってくれた。


「き、聞いてくれ藤原! これには深い理由があるんだ! 蠅村と俺はその……そういう関係じゃなくて……ただの友達……そう、ただの友達なんだ!」

「と、友……!? 怪が……だと!?」

「あ、ああ、だからべつにやましい事はしていないんだ、信じてくれ。ここに俺と蠅村がいるのは偶然というか……いや、偶然ではないんだけど、いまはとりあえず話を聞いてくれ。そして戦闘態勢を解いてくれ。これ以上俺たちに危害を加えると、その……(蠅村や駄菓子屋の中にいる魔物が)藤原を殺してしまうかもしれない」

「くっ、最早、我の声をも届かぬというのか……! それほどまでに強力な洗脳……だから、怪をかばうのか! ……ならば、ここで従者諸共消し飛ばす他、手段は残っていない!」

「なんで!?」

「許せ我が従者よ! 貴様と刺し違えようとも、我は巨悪を放擲ほうてきする事など出来ぬ!」


 藤原がそう言うや否や、いままで微弱だった藤原の魔力がグンと、中堅の魔法使いクラスまで跳ね上がった。さすがにここまでの魔力だと、生身の蠅村やローゼスが怪我をさせかねない。


「やるしかない……のか……!?」


 藤原に呼応するように、俺もとりあえず戦闘態勢へと移行する。
 とりあえず、まずは藤原を捕まえて無力化させる事から始めなければ──
 と考えていると、ローゼスが「あー……ちょっといいか?」とぼやきながら、俺と藤原の間に立った。


「おまえらさ、なんかさっきから言ってること全然噛み合ってねェけど、大丈夫か? 傍で聞いてても全く理解できなかったぞ」


「は?」
「え?」


 意図せず、俺と藤原の声が重なる。


「互いに白黒ハッキリつけたいだけなら、あたしはこれ以上は止めねェけどよ……おまえ、マコトのツレなんだろ? こいつ、話はわかるヤツなんだから、変な話し方はやめて、ちゃんと話し合ったほうがいンじゃねえの?」

「我は……我は……僕はただ、怪を退治しようと……」


 藤原がいつもの口調を止め、普通に話し始める。


「その怪ってのは誰の事を言ってるんだ? マコトか?」

「ち、違います! マコトくんじゃなくて……蠅村さんです……!」

「……え? ちょっと待ってくれ藤原。おまえ、俺が蠅村と付き合ってるから、それに怒り狂って俺を襲いに来たんじゃないのか?」

「え!? マコトくん、蠅村さんと付き合ってるの!?」


 藤原が目を丸くしながら、素っ頓狂な質問を投げかけてくる。


「だから付き合ってないっての! ただのお友達で……ちょ、ちょっと待ってくれ。じゃあなにか? 藤原は蠅村を退治しに来たってのか!?」

「だ、だから、そう言っているじゃないか! 今日の放課後、マコトくんが僕にはまだ早いから、経験が足らないから、それで自分が蠅村さんを倒すって言ってくれたじゃないか。……でもその後心配になって見に来たら、マコトくんが蠅村さんと仲良さそうにしてたから、てっきり洗脳されちゃったのかと思って……それで……」

「え、でも藤原って蠅村の事好きなんじゃないの?」

「す、好きじゃないよ!? 急になに言ってるんだよ、マコトくん!」


 なんだか頭がクラクラしてきた。そして気のせいか眩暈、動悸、息切れの症状を催してきた。全部俺の早とちりだったのか? そんなバカな。


「……わるい、今日はもう帰っていいか? なんだか気分が悪い……」

「え、大丈夫? ……あと、その……蠅村さんは?」

「……そうだよな、いちおう藤原には話しておかないとダメだよな……」


 とはいえ、蠅村の正体を話すとややこしい事になるのは目に見えている。けど、藤原は蠅村の魔力を追ってここまで来たハズだから、ヘタな嘘をついたらすぐバレる……。
 ここは包み隠さず、本当のことを言ったほうがいいのかもしれない。駄菓子屋も近いし、不破もどうせ聞いてるだろうから、不利になるような情報を俺が口にしたら止めに来てくれるだろう。


「……藤原、聞いてくれ。今から話すことは全部本当の事だ──」


 そうして俺はこちらの世界で一度死んだ事、カイゼルフィールに転生して勇者として世界を救った事、そして帰ってから今に至るまでの事を手短に、大事なところは包み隠さず藤原に話した。藤原は戸惑いつつも俺の話に耳を傾けてくれていたが、全部聞き終えた後に、藤原は頭を抱えながら俺に向かって言った。


「……ごめん、今日はもう帰っていい? なんだか気分が優れなくて」

「すまん、大丈夫か?」


 どうやらあまりの情報量に眩暈、動悸、息切れの症状を催したらしい。


「と、とにかく、今回のこの事件に蠅村さんが関わってないって事だけわかって安心したよ」

「……ん? なんだ? 今回の事件って」

「さっきマコトくんが言ってた、魔物が人間に成り代わるって事件だよ」

「もしかして、藤原も知ってたのか?」

「うん。僕は……というか、僕たち・・も今回の事件について色々と調べていて、それで今回の事件の黒幕が蠅村さんだと思ってたんだ。だって、事件が起こったのとほぼ同時期に、邪気……あ、ごめん、マコトくんたちの言葉だと、『魔力』で合ってるよね?」

「合ってる」

「……事件が起きた同時期に、魔力を持った蠅村さんが転校してきたからね、それで疑っちゃったんだ」

「まあたしかに、何も知らなかったら蠅村コイツが怪しいって思うよな」

「うん、ごめんね蠅村さん」


 藤原が蠅村に謝ると、蠅村は優しく微笑みながら首を横に振ってみせた。


「ていうか、驚いたよ。僕たち・・って事は、藤原の親父さんなんかも一枚噛んでるのか?」

「うん。僕の家は昔から力を持っていて、鬼や悪魔を払う専門家でもあるんだ。それでよくこういう怪事件なんかは上から……て、これは秘密なんだった……忘れて」

「ああ、わかった。そっちにも色々と事情があるんだろうからな」

「よかった。ありがとう」

「……でも、本当に俺の話を聞くだけで信じてくれるのか?」

「うん。マコトくんが嘘をついていないって事も、操られていないって事も、今ならわかるよ」

「へえ……」


 藤原なりの見分け方でもあるのだろうか。気にはなったが、この状況で尋ねるようなことでもないだろう。


「あ、それと……」

「なんだ?」

「蠅村さんよりも、マコトくんのほうが強い気がするから、かな」

「わかるのか?」

「うん。学校にいた時はあんまり感じなかったけど、今ならビシビシ感じるよ。あのままローゼスさんに止められていなかったら、僕は間違いなくやられていただろうね……」

「いやいや、そんなことしないって」

「フフ……、うん、わかってる……よ……」


 藤原の足元が急におぼつかなくなり、ふらふらと俺のほうに倒れ込む。俺は咄嗟に藤原の肩を掴んで支えた。


「ああ、ごめん。なんだか本当に限界みたいだ……」


 藤原はそう言って力なく笑ってみせた。
 無理もない。一瞬とはいえ、一般人が不破と同等クラスの魔力を浴びたんだ。気分が悪くなるのも頷ける。まだまだ訊きたいことが色々あるが、これ以上は藤原の気力が限界だろう。


「送っていこうか?」

「だ、大丈夫、一人で帰れるから。それじゃあね、マコトくん……いや、我が従者よ! 後日、また語らおうぞ!」


 藤原はビシッと俺を指さすと、そのままフラフラと夜の闇に紛れていった。俺たちはしばらく藤原を見送った後、そのまま帰路に就いた。
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