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意外な二人
しおりを挟む「魔力……?」
「あ、いや、違うんだ。なんていうか……その……」
しまった。
魔力の残滓のようなものを感じて、ついパーティに注意を促すようなノリで口にしてしまった。
いくら常に左目と右腕が疼いている変人とはいえ、それはそういう設定。普段ツッコミに回っている俺が真顔でノると、さすがに引かれるか、本気で心配されかねない。
言い間違いか、冗談か……選択肢はふたつにひとつ。
いや、冗談もないな。
なぜなら、俺は一切、藤原のこういうノリに乗っかったことがないからだ。したがって一番自然なのは言い間違い。それでいこう。
「……まりょ……まり……ま……ま……マリコ先生の宿題やったか?」
「マリコ……? 何奴?」
「ち、中学校の時の担任だけど……」
「それはひょっとしてギャグで言っているのか……?」
「ま、まあな……面白いだろ……」
まずい。
藤原に普通にツッコまれた。シンプルに恥ずかしい。しかも素の言葉遣いになってるし。
とはいえ、これでうまく誤魔化せた……のか? ……うん、今はそう信じよう。
あとは話を変えて、有耶無耶に──
「ところでマコ……我が従者よ」
「な、なんでしょう!?」
「貴様……神通力でも習得したか?」
「じ、神つう……? なんで?」
「昨日、我が感じた貴様とは、その内に内包する生命力が目に見えて違っているのだ。……まるで歴戦の勇士のような、威圧感と貫録さえ感じさせる」
藤原は手をワキワキさせて、必死に何かを伝えようとしてくれているけど──
「ゴメン……もっと簡単に言ってくれない?」
「か、簡単……?」
「あの、なんていうか、要領を得ないっていうか……いまいち分かりづらいっていうか……」
「要領を得ない……だとう……!?」
言い方が悪かったのか、藤原が珍しく目を丸くしてたじろいでいる。
「……あ、や、悪い。やっぱりそのままでいいや。頑張って理解するから」
「え、えーっとね、マコトくん、キミも……呪術や陰陽道みたいなのを使えるようになったのかなって」
藤原が急にもじもじしながら、顔を赤らめながら、たどたどしく話し始めた。
「普通に喋れるのかよ!」
「否、やむを得ん状況の為、暫くこの状態で話してやるだけだ! ……それで、どうなの?」
「呪術や陰陽道って……」
使えるわけがないよな。またいつものごっこ遊び的なものかと思ったけど、藤原の口調が普通になってるし、なんだかいつもより真剣な感じだし、ふざけているワケではなさそうだ。
ということは、どういう事だ?
藤原はフィクションでもなんでもなく、本当に呪術や陰陽道が存在してるって思ってるのか? 実家が神社だからって、それはさすがに痛すぎないか?
……と、昨日の午前までの俺ならば、そう考えていただろう。だが、今の俺にはひとつだけ心当たりがある。それは、藤原の言う呪術でも陰陽道でもなく『魔力』だ。
場所が変われば言葉も変わる。言葉が変われば、もちろん名称も変わる。カイゼルフィールでは火や電気を扱う力を魔力と表現していたが、こっちでは呪術や陰陽道と表現するのだろうか? そして、『魔力』がもし、藤原の言った通りそう呼ばれているのなら、俺がさっき感じた魔力の残滓や、藤原が言った『急に呪術や陰陽道を使えるようになった』という問いに説明がつく。
つまり、藤原が今まで手や目が疼いていると言っていたのは、キャラでもなんでもなく、本当にそうだったから……?
藤原も俺と同じように魔法を使えるのか……?
「……どうかな、心当たりある?」
そう言って、藤原が俺の目を、顔色を窺ってくる。
ここはどう答えるべきだろう。
選択肢はふたつにひとつ。素直に白状するか、しらばっくれるかだ。
だったら俺は──
「藤原、じつは──」
キーンコーンカーンコーン……。
見計らったように予鈴が学校中に響き渡り、俺の声を露のようにかき消す。
「あっ、しまった! ホームルームの時間だ! 行こうマコ……往くぞ我が従者よ。話はまた後程聞いてやる。それまでは心して待っておくがよいぞ。くっくっく……!」
「あ、ああ……そうだな……」
藤原はそれだけ言うと、集め終わった画鋲を自分の鞄に押し込み、パタパタと慌てて教室へ走っていった。
予鈴に救われたというべきか、なんというか……とりあえず、友達に嘘をつかなくてよかった。
俺は次に藤原と話した時、どうやって話題を逸らすかを考えつつ、足早に教室へ向かった。
◇
「えーっと……ホームルームをはじめます」
教卓にジャージ姿で短髪の女性が立つ。彼女の名前は相生 和子。才帝学園の教師で、担当科目はなんと数学である。体育教師でもないのに、雨の日も風の日も、夏の暑い日も冬の寒い日も、挙句の果てに入学式や卒業式もジャージで過ごしているので、生徒からは『ジャージ神』と呼ばれている。
大変に不名誉な称号だとは思うけど、本人はまんざらでもない様子なので、特に他の教師もそれについて言及したりはしないようだ。
「うーん……、なんか大事な事があったと思うんだけど……ま、いっか。ホームルーム終わります」
「……ちょっと先生! 新入生と教育実習生の紹介!」
教室の外から声が聞こえ、相生先生がぽんと手のひらを叩く。
「あー! そうそう、そうだったそうだった! 教育実習生と、季節外れの転校生だった!」
教室中からため息が聞こえてくる。相生先生はこのとおりかなりの天然な性格で、授業以外の事はほとんどが適当。前に一度、全校集会だったのに、うちのクラスだけ誰も伝えられておらず、全員が帰宅していたのは、もはや伝説となっている。
……というか、今教室の外から聞こえてきた声、なんか聞き覚えがあるんだけど……。
「てなわけで、ふたりとも、入ってきてー」
先生の気の抜けた声を合図に、教室の扉がガラッと開き、転校生と教育実習生の二人が入ってくる。
──が、俺はその二人の顔を見た途端、固まってしまった。
「えーっと、各人それぞれ、自己紹介をお願いします」
そう促され、まっ先に動いたのは黒髪サイドテールの転校生だった。転校生はその場で反転すると、黒板にチョークで『蠅村 鈴デス』と大きく書いてみせた。
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教育実習生は慣れないリクルートスーツとハイヒールを履いて、グラグラになりながらもなんとか教卓に立ち、挨拶を始めた。
「こんにちは皆さん、教育実習生の高橋奏です。才帝学園の卒業生で、そこで口を開けて呆けてる高橋くんの姉です。短い期間ですが、皆さんと一緒に、色々なことを学んでいけたらいいな、て思ってます。どうぞ、よろしくお願いします」
教育実習生──姉ちゃんは無難な挨拶を済ませると、俺を見てウインクを飛ばしてきた。今朝言っていたサプライズとは、これの事なのだろう。
……なんというか……今すぐ帰りたくなってきた。
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