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家族の心配

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 高橋 奏タカハシ カナデ。高橋家の長女であり、俺の実姉に当たる。
 教師になるという夢をかなえるため、教員免許の取得を目指している大学生。何回生かは……忘れたけど、普通に酒を飲める歳だったと思う。実際よく缶チューハイを飲んでるし。
 不出来な俺とは違い、高校生の時は生徒会長を任されていたり、大学では交換留学生に選ばれたりしている才女……と呼ぶのは悔しいが、限りなくそれに近い存在。


「あ、あいむふぁいんさんきゅー! いえあ!」


 もはや居た堪れなくなったのか、姉ちゃんは明らかにテンパりながら、ダブルピースを振りかざしながら、ワケの分からない事を言っている。
 これが本場で培ってきた英語力とコミュニケーション能力なのだろうか。勘弁してほしい。


「姉ちゃん、わかったからもう出てってくれ……」

「え、でも……」

「おいおいマコト、実の姉に向かってその言い草はねえだろ」

「むかっ! ろ、ローゼスさんと仰いましたよね!?」


 姉ちゃんが急に立ち上がり、ドスドスと足音を立てながらローゼスに詰め寄っていく。いまのどこにムカついたんだ、この姉は。


「あ、ああ……そうだ……、そうです……けど……」


 すげえ。あのローゼスが姉ちゃんの迫力に飲まれて敬語になってる。


「わたくし、マコトの姉のカナデと申します」

「ど、どうも……?」

「おふたりはいつからお付き合いなさっているのでしょうか!」

「……はあ!? 姉ちゃん、何言って──」

「マコトはすこし黙ってて」

「なんで?」

「……ツキアイ?」


 思い当たる単語がないのか、不意を突かれて混乱しているのか、ローゼスは持てる知識を総動員して頭を抱えている。


「ツキ……アイ……つきあい……付き合い……はあ!?」


 ようやくヒットしたのか、その途端にローゼスの顔が茹で蛸のように真っ赤になる。


「だ、だだ、誰が付き合ッてンだ! 誰が! 誰と誰が! 誰と誰で誰を!!」

「ローゼス。ちょっと落ち着──」

「マコトはすこし黙ってて」

「なんで?」

「……あれ? その反応……ローゼスさんはマコトとは付き合っていないの?」

「なんでコイツと付き合わなきゃなんねンだよ! ザッケンナ!」

「……という事は、もしかしてふたりは体だけの関係……!? なんてふしだらな! お、お姉ちゃん許しません! 許しておくべきか! なんと許されざる行為であろうか!」


 姉ちゃんの顔も茹で蛸の如く赤く染まっていく。言葉遣いもなんかおかしいし、これは完全に暴走してる感じのアレだ。ローゼスも収まる気配がないし……俺の部屋にはいま、頭の先まで茹で上がったタコが二匹いる。


「ば、バカか!? つ、付き合うならまだしも……体とか……そんなの……結婚してからだろうが!!」

マコト・・・なんて、馴れ馴れしく下の名前で呼んでおいて白々しい!」

「マコトがダメって……じゃあどう呼べばいいんだよ! 教えてくれよ! 変態とでも呼んでやろうか、あんたの弟を! この、ド変態!」

「……なんで俺が傷ついてるの?」

「ド変態は人の部屋で肌を晒しているローゼスさんのほうでしょうが!!」

「なッ!? い、いやこれは……! 食い過ぎて腹がちょっと窮屈だったからで……! ていうか、答えになッてねェだろ!」

「普通、この国で初対面の人に対しては呼ぶときはあなた・・・でしょうが!」

「……いや、アナタ・・・もダメじゃね?」


 冷静なツッコミをするローゼス。でもそれは多分悪手。なぜなら──


「……アナタはダメでしょうがァァアアア!!」


 こうなるからだ。もはや暴走している姉ちゃんの耳には何人の響かない。したがって、姉ちゃんを止めるには、もう、あの手段しかない。俺の記憶が正しければ、この部屋の冷蔵庫に──


「い、意味わかんねえよ! なんで勝手に訂正して、勝手にそれにキレてんだよ!」


 戦闘中でも聞いたことのない、情けない声をローゼスがあげる。これは相当追いつめられている証拠だ。
 だけど、もう準備は整った。冷蔵庫はすでに見つけている。
 俺たちの勝利は確定している。


「くらえ! 姉ちゃん! プッチソプリンだ!!」

「マコトはすこし黙──むぐっ!?」


 俺はすばやくプリンの蓋をビー……と剥がすと、備え付けのスプーンでプリンを豪快に掬い、姉ちゃんの口に放り込んだ。
 その瞬間、やかましかった姉ちゃんの動きが止まる。


「もむもむもむ……」


 しんと静まり返った俺の部屋に、ただ姉ちゃんがプリンを咀嚼する音だけが反響する。
 やがて咀嚼が終わったのか、姉ちゃんは口をパカッと開けてみせた。


「あ……」

「あ……?」

「あ……あ……あ……」

「……なあ、ド変態の姉ちゃん、壊れちまったんじゃ……?」

「しっ、静かに! あと、俺はド変態じゃない」

「あ……あ……あまいっ!」


 味の感想。
 姉ちゃんの口をついて出てきたのは、シンプルな味の感想だった。


「どう? もっといる? 姉ちゃん」

「うん、ちょうだい」


 そう言って姉ちゃんは、雛鳥みたいに口を開けた。


「……いや、自分で食えよ」


 俺は持っていたプリンを押し付けるように姉ちゃんに手渡した。姉ちゃんはなぜかまた顔を真っ赤にさせると、その場にちょこんと座って、不服そうにもぐもぐと食べ始めた。


「お、収まった……のか?」


 ローゼスが恐々といった様子で俺に尋ねてきた。


「たぶんな」

「……その、ローゼスさん?」

「あ、はい……なんスか……」

「あの……、お見苦しいところを見せてしまって申し訳ない……。マコトが初めて連れてきたお友達が、まさか女の人だったなんて、思いもよらなかったから……」


 姉ちゃんは食べながら目を伏せ、反省した時に見せる表情を浮かべていた。


「あー……まあ、なんつーかその……そういう時もあるんじゃねっスか?」

「フォロー下手か」

「うるせえよ」

「マコトはすこし黙ってて」

「なんで?」

「……色々言ってしまったけど、ローゼスさん、これからもマコトと仲良くしてあげてね。この子、今朝まではなんというか……いまにも死にそうな顔をしていたから……。それでお母さんもお父さんも、わたしも心配で……だから無事に帰ってきてホッとしてるんだと思う」


 どんな顔をしてたんだ、今朝の俺は。そこまでひどい顔だったのか。
 そう思うのと同時に、姉ちゃんの安堵している表情を見て、ここに戻って来れて本当に良かったとも思った。


「おお、さすがは血の繋がった家族ってやつだな。それ、半分正か──もごもごっ!?」


 俺は、とてつもない事を口走りかけたローゼスの口を咄嗟に塞いだ。
 アホかこいつは。なに余計な心配をかけようとしてるんだ。実際死にかけた……というよりも、死んだけど、こうして無事戻ってきたんだ。変なことを言って、これ以上心配させる必要はない。


「マコト! 何してるの、ローゼスさんの口から手を放しなさい!」

「い、いやあ! こいつには護身術を教わる予定だったんだよ! こういうご時世だろ? いざという時、自分の身は自分で守れるようにしないとなって……あははは……」

「ま、まさか……! そういうプレイ……?」

「なんですぐそういう発想になるの?」

「あ、あれでしょ? 何も知らないわたしを巻き込んで、楽しんで、興奮してるんだ! 二人で! 汚らわしい!」

「いや、違──」


 突然、グンと物凄い力で腕を引っ張られたと思ったら、視界が縦にグルンと一回転した。
 バシンという音とともに、背中を鈍痛が襲う。そして気が付くと、目の前には天井と照明と……ニヤケ面で俺を見下ろしているローゼスがいた。
 咄嗟に受け身はとったものの、下はフローリング。腕や手のひらが次第にビリビリと痺れてくる。


「ほらよ、護身術だぜ」

「か、加減しろって……」


 肺の空気をすべて出し尽くしたから、声がほとんど出ていない。
 間違いなくローゼスは、ローゼスなりに手加減はしてくれていたんだろうけど、痛いものは痛い。


「すごーい……ローゼスさんってもしかして、柔道とか合気道みたいなのやってるの?」

「ジュードー? アイキドー? なんだそりゃ」

「知らないのかー……じゃあ、ローゼスさんのオリジナルなのかな?」

「ね、姉ちゃん……弟の心配は……?」

「あ、そうだ。マコト、ちょっと涙出てるけど大丈夫?」

「これは涙じゃなくて、悲しくなったり悔しくなったりすると、目から分泌される体液だよ」

「マコト……もしかしたらだけど、人はそれを涙と呼ぶのかもしれない」

「そ、そうかもしれない」
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