7 / 39
家族の心配
しおりを挟む高橋 奏。高橋家の長女であり、俺の実姉に当たる。
教師になるという夢をかなえるため、教員免許の取得を目指している大学生。何回生かは……忘れたけど、普通に酒を飲める歳だったと思う。実際よく缶チューハイを飲んでるし。
不出来な俺とは違い、高校生の時は生徒会長を任されていたり、大学では交換留学生に選ばれたりしている才女……と呼ぶのは悔しいが、限りなくそれに近い存在。
「あ、あいむふぁいんさんきゅー! いえあ!」
もはや居た堪れなくなったのか、姉ちゃんは明らかにテンパりながら、ダブルピースを振りかざしながら、ワケの分からない事を言っている。
これが本場で培ってきた英語力とコミュニケーション能力なのだろうか。勘弁してほしい。
「姉ちゃん、わかったからもう出てってくれ……」
「え、でも……」
「おいおいマコト、実の姉に向かってその言い草はねえだろ」
「むかっ! ろ、ローゼスさんと仰いましたよね!?」
姉ちゃんが急に立ち上がり、ドスドスと足音を立てながらローゼスに詰め寄っていく。いまのどこにムカついたんだ、この姉は。
「あ、ああ……そうだ……、そうです……けど……」
すげえ。あのローゼスが姉ちゃんの迫力に飲まれて敬語になってる。
「わたくし、マコトの姉のカナデと申します」
「ど、どうも……?」
「おふたりはいつからお付き合いなさっているのでしょうか!」
「……はあ!? 姉ちゃん、何言って──」
「マコトはすこし黙ってて」
「なんで?」
「……ツキアイ?」
思い当たる単語がないのか、不意を突かれて混乱しているのか、ローゼスは持てる知識を総動員して頭を抱えている。
「ツキ……アイ……つきあい……付き合い……はあ!?」
ようやくヒットしたのか、その途端にローゼスの顔が茹で蛸のように真っ赤になる。
「だ、だだ、誰が付き合ッてンだ! 誰が! 誰と誰が! 誰と誰で誰を!!」
「ローゼス。ちょっと落ち着──」
「マコトはすこし黙ってて」
「なんで?」
「……あれ? その反応……ローゼスさんはマコトとは付き合っていないの?」
「なんでコイツと付き合わなきゃなんねンだよ! ザッケンナ!」
「……という事は、もしかしてふたりは体だけの関係……!? なんてふしだらな! お、お姉ちゃん許しません! 許しておくべきか! なんと許されざる行為であろうか!」
姉ちゃんの顔も茹で蛸の如く赤く染まっていく。言葉遣いもなんかおかしいし、これは完全に暴走してる感じのアレだ。ローゼスも収まる気配がないし……俺の部屋にはいま、頭の先まで茹で上がったタコが二匹いる。
「ば、バカか!? つ、付き合うならまだしも……体とか……そんなの……結婚してからだろうが!!」
「マコトなんて、馴れ馴れしく下の名前で呼んでおいて白々しい!」
「マコトがダメって……じゃあどう呼べばいいんだよ! 教えてくれよ! 変態とでも呼んでやろうか、あんたの弟を! この、ド変態!」
「……なんで俺が傷ついてるの?」
「ド変態は人の部屋で肌を晒しているローゼスさんのほうでしょうが!!」
「なッ!? い、いやこれは……! 食い過ぎて腹がちょっと窮屈だったからで……! ていうか、答えになッてねェだろ!」
「普通、この国で初対面の人に対しては呼ぶときはあなたでしょうが!」
「……いや、アナタもダメじゃね?」
冷静なツッコミをするローゼス。でもそれは多分悪手。なぜなら──
「……アナタはダメでしょうがァァアアア!!」
こうなるからだ。もはや暴走している姉ちゃんの耳には何人の響かない。したがって、姉ちゃんを止めるには、もう、あの手段しかない。俺の記憶が正しければ、この部屋の冷蔵庫に──
「い、意味わかんねえよ! なんで勝手に訂正して、勝手にそれにキレてんだよ!」
戦闘中でも聞いたことのない、情けない声をローゼスがあげる。これは相当追いつめられている証拠だ。
だけど、もう準備は整った。冷蔵庫はすでに見つけている。
俺たちの勝利は確定している。
「くらえ! 姉ちゃん! プッチソプリンだ!!」
「マコトはすこし黙──むぐっ!?」
俺はすばやくプリンの蓋をビー……と剥がすと、備え付けのスプーンでプリンを豪快に掬い、姉ちゃんの口に放り込んだ。
その瞬間、やかましかった姉ちゃんの動きが止まる。
「もむもむもむ……」
しんと静まり返った俺の部屋に、ただ姉ちゃんがプリンを咀嚼する音だけが反響する。
やがて咀嚼が終わったのか、姉ちゃんは口をパカッと開けてみせた。
「あ……」
「あ……?」
「あ……あ……あ……」
「……なあ、ド変態の姉ちゃん、壊れちまったんじゃ……?」
「しっ、静かに! あと、俺はド変態じゃない」
「あ……あ……あまいっ!」
味の感想。
姉ちゃんの口をついて出てきたのは、シンプルな味の感想だった。
「どう? もっといる? 姉ちゃん」
「うん、ちょうだい」
そう言って姉ちゃんは、雛鳥みたいに口を開けた。
「……いや、自分で食えよ」
俺は持っていたプリンを押し付けるように姉ちゃんに手渡した。姉ちゃんはなぜかまた顔を真っ赤にさせると、その場にちょこんと座って、不服そうにもぐもぐと食べ始めた。
「お、収まった……のか?」
ローゼスが恐々といった様子で俺に尋ねてきた。
「たぶんな」
「……その、ローゼスさん?」
「あ、はい……なんスか……」
「あの……、お見苦しいところを見せてしまって申し訳ない……。マコトが初めて連れてきたお友達が、まさか女の人だったなんて、思いもよらなかったから……」
姉ちゃんは食べながら目を伏せ、反省した時に見せる表情を浮かべていた。
「あー……まあ、なんつーかその……そういう時もあるんじゃねっスか?」
「フォロー下手か」
「うるせえよ」
「マコトはすこし黙ってて」
「なんで?」
「……色々言ってしまったけど、ローゼスさん、これからもマコトと仲良くしてあげてね。この子、今朝まではなんというか……いまにも死にそうな顔をしていたから……。それでお母さんもお父さんも、わたしも心配で……だから無事に帰ってきてホッとしてるんだと思う」
どんな顔をしてたんだ、今朝の俺は。そこまでひどい顔だったのか。
そう思うのと同時に、姉ちゃんの安堵している表情を見て、ここに戻って来れて本当に良かったとも思った。
「おお、さすがは血の繋がった家族ってやつだな。それ、半分正か──もごもごっ!?」
俺は、とてつもない事を口走りかけたローゼスの口を咄嗟に塞いだ。
アホかこいつは。なに余計な心配をかけようとしてるんだ。実際死にかけた……というよりも、死んだけど、こうして無事戻ってきたんだ。変なことを言って、これ以上心配させる必要はない。
「マコト! 何してるの、ローゼスさんの口から手を放しなさい!」
「い、いやあ! こいつには護身術を教わる予定だったんだよ! こういうご時世だろ? いざという時、自分の身は自分で守れるようにしないとなって……あははは……」
「ま、まさか……! そういうプレイ……?」
「なんですぐそういう発想になるの?」
「あ、あれでしょ? 何も知らないわたしを巻き込んで、楽しんで、興奮してるんだ! 二人で! 汚らわしい!」
「いや、違──」
突然、グンと物凄い力で腕を引っ張られたと思ったら、視界が縦にグルンと一回転した。
バシンという音とともに、背中を鈍痛が襲う。そして気が付くと、目の前には天井と照明と……ニヤケ面で俺を見下ろしているローゼスがいた。
咄嗟に受け身はとったものの、下はフローリング。腕や手のひらが次第にビリビリと痺れてくる。
「ほらよ、護身術だぜ」
「か、加減しろって……」
肺の空気をすべて出し尽くしたから、声がほとんど出ていない。
間違いなくローゼスは、ローゼスなりに手加減はしてくれていたんだろうけど、痛いものは痛い。
「すごーい……ローゼスさんってもしかして、柔道とか合気道みたいなのやってるの?」
「ジュードー? アイキドー? なんだそりゃ」
「知らないのかー……じゃあ、ローゼスさんのオリジナルなのかな?」
「ね、姉ちゃん……弟の心配は……?」
「あ、そうだ。マコト、ちょっと涙出てるけど大丈夫?」
「これは涙じゃなくて、悲しくなったり悔しくなったりすると、目から分泌される体液だよ」
「マコト……もしかしたらだけど、人はそれを涙と呼ぶのかもしれない」
「そ、そうかもしれない」
0
お気に入りに追加
72
あなたにおすすめの小説
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります
古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。
一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。
一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。
どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。
※他サイト様でも掲載しております。
スキルスティール〜悪い奴から根こそぎ奪って何が悪い!能無しと追放されるも実はチート持ちだった!
KeyBow
ファンタジー
日常のありふれた生活が一変!古本屋で何気に手に取り開けた本のタイトルは【猿でも分かるスキルスティール取得法】
変な本だと感じつい見てしまう。そこにはこう有った。
【アホが見ーる馬のけーつ♪
スキルスティールをやるから魔王を倒してこい!まお頑張れや 】
はっ!?と思うとお城の中に。城の誰かに召喚されたが、無能者として暗殺者をけしかけられたりする。
出会った猫耳ツインズがぺったんこだけど可愛すぎるんですが!エルフの美女が恋人に?何故かヒューマンの恋人ができません!
行き当たりばったりで異世界ライフを満喫していく。自重って何?という物語。
悪人からは遠慮なくスキルをいただきまーーーす!ざまぁっす!
一癖も二癖もある仲間と歩む珍道中!
女神に同情されて異世界へと飛ばされたアラフォーおっさん、特S級モンスター相手に無双した結果、実力がバレて世界に見つかってしまう
サイダーボウイ
ファンタジー
「ちょっと冬馬君。このプレゼン資料ぜんぜんダメ。一から作り直してくれない?」
万年ヒラ社員の冬馬弦人(39歳)は、今日も上司にこき使われていた。
地方の中堅大学を卒業後、都内の中小家電メーカーに就職。
これまで文句も言わず、コツコツと地道に勤め上げてきた。
彼女なしの独身に平凡な年収。
これといって自慢できるものはなにひとつないが、当の本人はあまり気にしていない。
2匹の猫と穏やかに暮らし、仕事終わりに缶ビールが1本飲めれば、それだけで幸せだったのだが・・・。
「おめでとう♪ たった今、あなたには異世界へ旅立つ権利が生まれたわ」
誕生日を迎えた夜。
突如、目の前に現れた女神によって、弦人の人生は大きく変わることになる。
「40歳まで童貞だったなんて・・・これまで惨めで辛かったでしょ? でももう大丈夫! これからは異世界で楽しく遊んで暮らせるんだから♪」
女神に同情される形で異世界へと旅立つことになった弦人。
しかし、降り立って彼はすぐに気づく。
女神のとんでもないしくじりによって、ハードモードから異世界生活をスタートさせなければならないという現実に。
これは、これまで日の目を見なかったアラフォーおっさんが、異世界で無双しながら成り上がり、その実力がバレて世界に見つかってしまうという人生逆転の物語である。
ギルドから追放された実は究極の治癒魔法使い。それに気付いたギルドが崩壊仕掛かってるが、もう知らん。僕は美少女エルフと旅することにしたから。
yonechanish
ファンタジー
僕は治癒魔法使い。
子供の頃、僕は奴隷として売られていた。
そんな僕をギルドマスターが拾ってくれた。
だから、僕は自分に誓ったんだ。
ギルドのメンバーのために、生きるんだって。
でも、僕は皆の役に立てなかったみたい。
「クビ」
その言葉で、僕はギルドから追放された。
一人。
その日からギルドの崩壊が始まった。
僕の治癒魔法は地味だから、皆、僕がどれだけ役に立ったか知らなかったみたい。
だけど、もう遅いよ。
僕は僕なりの旅を始めたから。
そんなにホイホイ転生させんじゃねえ!転生者達のチートスキルを奪う旅〜好き勝手する転生者に四苦八苦する私〜
Open
ファンタジー
就活浪人生に片足を突っ込みかけている大学生、本田望結のもとに怪しげなスカウトメールが届く。やけになっていた望結は指定された教会に行ってみると・・・
神様の世界でも異世界転生が流行っていて沢山問題が発生しているから解決するために異世界に行って転生者の体の一部を回収してこい?しかも給料も発生する?
月給30万円、昇給あり。衣食住、必要経費は全負担、残業代は別途支給。etc...etc...
新卒の私にとって魅力的な待遇に即決したけど・・・
とにかくやりたい放題の転生者。
何度も聞いた「俺なんかやっちゃいました?」
「俺は静かに暮らしたいのに・・・」
「まさか・・・手加減でもしているのか・・・?」
「これぐらい出来て普通じゃないのか・・・」
そんな転生者を担ぎ上げる異世界の住民達。
そして転生者に秒で惚れていく異世界の女性達によって形成されるハーレムの数々。
もういい加減にしてくれ!!!
小説家になろうでも掲載しております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる