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魔法少女派遣会社
思いの丈を☆ぶつけるべし
しおりを挟む「係の人に聞いてみると、寮に住んでると毎朝バイキングというか、ビュッフェ形式の朝食らしくてさ、でも、私あんまり好きじゃなくて。あれって、食べ終わったらまた取りに行かなくちゃダメでしょ? それも自分で。……もともと私って、実家でも食べ終わるまで席から離れちゃダメって教育受けてたからさ、それでなくてもめんどくさがりだし、立って座ってって食事中に繰り返すのがなによりダルくて……逆に、一度にたくさん持っていっちゃうと、他の人の迷惑にもなるし、そもそもああいうのって、お皿やトレイ自体が普段使ってるのよりもちっこいし、最初から取りに行く前提なのが──」
「──知らねえよ!」
「どうでもいいんだよ、朝食の事なんて!」
「私らは、あんたの為に言ってあげてるんだよ!?」
「そうそう。どうでもいいんだよ、見知らぬ人がどうのこうのって。それは私もいっしょ」
「……はあ?」
「だってそうでしょ? あなたたちがいくら頑張ったか、なんて、私たち受け手はどうでもいいし。そもそも頑張れば頑張った分だけ評価される世界ってワケでもないんでしょ? アイドルって。いくら頑張っても、霧須手さんのバーターにすらなれないまま、ニンジンにもなれないまま、埋もれて、消えていく人だっていっぱいいるんでしょ? そんな人たちと比べれば、あなたたち十分恵まれてるじゃない。テレビにも出てたし、大勢の人の前で歌って踊れてるし。もうそれでいいじゃん。分相応だよ」
「分相応って……」
「なにそれ……」
「だから、この話はもう終わり。さ、霧須手さんも迷惑してるだろうし、解放してあげ──」
「──ふざけんなッ!」
「苦労もしてない、苦悩もしてない、いきなり最強の力を手に入れて、のほほんと魔法少女やってるあんたが、アイドル語るな!」
「そもそも、そいつらは! 芽が出なかったヤツらは! 努力が足りてないんだよ!」
「私らの十分の一……ううん、千分の一もしてない」
「私たちはそんなヤツらとは違う! 死ぬほど努力してる!」
「なのに報われない私たちの気持ちが──」
「『わかるワケないじゃん』って言いたいの?」
「……なッ!? そ、そうだよ!」
「あのね、そもそもの話だけど、死ぬほど頑張ったとか、死ぬほど練習したとか言ってさ、実際死んでるの、霧須手さんだけじゃん。一番、死ぬほど頑張ってたの、霧須手さんじゃん」
「そ、それは……!」
「そいつだけ仕事がたくさんあったから……」
「ど、どうせ、その日も朝までくさいおっさんと、ずっと枕やってたんでしょ? そうなんでしょ?」
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「それは……そいつが異常なだけでしょ」
「そうだよ。私たちは──」
「──だったら! ……死ぬほど頑張ってるヤツの足を引っ張っていいってのかよ! 頭のおかしいって、傍から見て異常だって罵られるくらい、身内にもバカにされるくらい体張ってる人間をバカに出来るほど、おまえらは偉いのかよ! ああ!?」
「そ、それは……」
「剣を頑張って、曲がりなりにも道場の師範任せられるくらい頑張って、今度はアイドルになりたいから頑張って、国民的アイドルグループって言われるようになるまで、おまえらを、グループを押し上げて! 有名になって! 必死にみんな笑わそうとして、元気になってくれって、楽しんでくれって、それで頑張り過ぎて、張り切り過ぎて、倒れて、死んで! そんで、次は魔法少女になって、世界救ってンだぞ!? おまえら、これがどういう事かわかってんのか!?」
「わ、わかるわけないじゃん! そんなの!」
「あんたはわかるっていう──」
「私にもわかンねえよ! ……けどな、こんな、私よりもちっさい体で、年下の女の子が! 死ぬほど、死んだ後も頑張って、皆を笑顔にしようとしてンだぞ!? そんな子の頑張りを、そんな子が踏ん張ってる足を、ちょっと報われないからって、悲劇のヒロイン気取りで、自分を正当化して、面白半分に引っ張ってんじゃねえよ!! 霧須手さんがどんな思いで今までやってきたか、知ってんのか──」
「──知ってるよ!」
「一番近くで見てきたんだもん!」
「私だって、そいつが……クリスティが……霧須手が! どんなに頑張ってるか、あんたの千倍もわかってるよ!」
「……だったら──」
「だったらなんで、私たちはずっとその子の下で這いつくばってなきゃいけないの!? なんで黙って、笑って、自分を殺さないといけないの?」
「私たちだって、〝クリスティ〟ってバケモノの下で、隣で、必死になって頑張ってきたんだよ!?」
「過労死まではいかなくても、高熱出してほんとうに死にかけたり」
「練習中に頑張り過ぎて血反吐はいたり」
「病院に何度も何度も運ばれてる!」
「……けど、勝てないんだよ。クリスティに」
「勝てるワケないよ……!」
「天才だもん……みんな知ってる」
「だから、クリスティに勝てなくても、せめて私なりに輝きたいって思うじゃん!」
「でも、結局そんな機会はなかった」
「みんな、クリスティしか見えてなかった」
「そんな時に、勝手に死んで、勝手にグループ抜けて……グループが潰れて……」
「最後の最後まで振り回されて……居場所も、頑張る理由も、見返したい相手もいなくなった」
「だから私たちは復讐しようと思ったの」
「だから私たちは、この力を貰ったの」
「だから、私たちはあなたを許さないの、クリスティ」
「私たち、あなたに幸せにはなってほしくないの」
三人の視線のその憎悪の矛先が、霧須手さんへと向けられる。……ただ、さっきまでの三人の顔とは違っていた。憎くて憎くてしょうがないけど、それでも霧須手さんへの畏怖が、尊敬が籠った眼差しだった。
ふと横を見ると、霧須手さんもさっきまでの、泣きそうでぐちゃぐちゃだった顔を引っ込め、まっすぐに三人と向き合っている。霧須手さんは姿勢を正すと、彼女たちに向けて深々と頭を下げた。
「ごめんなさい。皆が……皆が、わた……わたし、を嫌ってたのは、知ってた。皆が、わたしのせいで大きな仕事につけなかったことも、知ってた。Pさんにも言って、私だけじゃなくて、皆にも仕事を振ってあげて、って言った事もあったけど、それも結局、聞き入れてくれなかった。色々なところを回って、みんなの事を紹介して、あーみんはダンスが上手だから踊りのイベントに、みっちゃんは歌が上手だから歌番組に、ゆかっちは演技が上手だからドラマに、おちゃこは料理が上手だから料理番組に、しらぴーはゲームが好きだから、ゲームのイベントに……48人全員……でも……ごめん、全部裏目に出ちゃって……それで、わたしがいなくなればって思って。事務所辞めて、アイドル辞めて、でも、それも独りよがりだったんだってわかって……結局、何が正解かわからなくて……苦しくて……」
霧須手さんが口にしたのは、反論でも言い訳でもなく、謝罪の言葉だった。
その謝罪を聞いた三人の目から、霧須手さんへの憎しみの感情が薄れているように感じた。
しんと静かな時間が流れる。誰も何も言わない。言えない。そんな時間が。戸惑っているのだろう。苦しんでいるのだろう。考えているのだろう。なら、ここは無理やりにでも私からきっかけを作らないと。そう思った瞬間、すでに私の口は開いて、言葉を紡いでいた。
「……私みたいな部外者がこう言うのは、ちょっと違うかもしれないけど、結局、あなたたちは、霧須手さんのことを全然わかってなかったし、霧須手さんもあなたたちの事を全然わかってなかったんだよ。何が正解か、なんじゃなくて、正解が何かを皆と探すことが大事だったんじゃないかな。……だから、ひとりでアレコレ考えるんじゃなくて、もうちょっと、お互いの目線をキチンと合わせておこうよ」
「目線……ですか……」
「そんなことを言われても……」
「うん。目線は大事だよ。さっき言ってたけど、霧須手さんはずっとあなたたちに手を差し伸べてた。けど、あなたたちは足元ばかり見てたから、その手に気づけなかった。霧須手さんも、前から上から手を差し伸べるんじゃなくて、本当に助け合いたいなら、一緒に頑張っていきたかったのなら、あの子たちと歩幅を合わせて歩いて、一緒に考えればよかったんだよ」
「いっしょに……」
「私たちは……」
「……まあ、ともかく、交わすべき言葉が少なすぎたよね。言わなきゃ伝わらない事なんて山ほどあるんだし、言われなきゃ気づかない事も山ほどある。これからはきちんと、言葉で、面と向かって話していけば、そういうすれ違いはなくなると思うよ」
私の言葉を聞いて霧須手さんはバッと顔を上げ、もう一度、三人に謝った。
「ほんと、ほんと、ごめんなさい。ごめん……なさい。どうやって謝ったらいいかわかんないけど……ごめん、みんな。わたしも、もっとみんなといっぱい喋って、いっぱい分かり合ったらよかった。でも、たぶん怖くて……それで……どうせ嫌われてるんだろって、諦めてたところもあったと思う。だから、これからはみんなと歩いていきたい! 考えていきたい! だからその……ごめんなさい!」
霧須手さんが誠心誠意そう謝ると、三人も霧須手さんに駆け寄っていった。
「あ、あんたのそういうところが……!」
「ムカつくって言ってんの!」
「私たちは、あんたに謝られたいんじゃないの!」
「あんたに、クリスティに……認められたかっただけなの!」
「私たちは、べつにあんたを追い越そうとも、出し抜こうとも思ってない!」
「ただあんたと対等に……、隣に立って……、一緒にアイドルをやりたかっただけなの!」
「勘違いすんな! ばか!」
「み、みんなぁ……!」
霧須手さんが、もはや涙やら鼻水やら、よくわからない液体にまみれた顔を上げる。しかし、誰もその事について笑わなかった。彼女たちの顔も同様だったからだ。
「──だから、私たちこそ! ごめんなさい!」
三人がきっちり、言葉を合わせて、頭を下げて霧須手さんに謝る。
心にあったつっかえがとれたのか、四人は、目に涙を浮かべながら、小さく嗚咽を洩らしながら、大きく泣き声を上げながら、互いに抱擁し合った。
うんうん。
とりあえず、仲直り(?)出来たみたいでよかった。それにしても──
「私、邪魔じゃね?」
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