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魔法少女派遣会社

敵か味方か☆男の娘魔法少女参上!

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 ザー……と鳴る波音と共に、湿り気を帯びた潮風が、私の頬を撫でる。
 海。
 漁港。
 ボラード(船を停泊させる際に、使用するでっぱり)に片足を乗せた私は、目を凝らし、海からやってくるであろう・・・・インベーダーを待っていた。当然、クロマさんから渡された魔法少女服を着て。
 もう肌寒い季節に差し掛かっているのに、なぜこんな、膝が隠れるか隠れないかくらいの丈の、フリフリのワンピースを着て、海にいるのだろう。と、自己嫌悪に陥っている私の背後から、「ど、どうですか、キューブロ殿」声が聞こえてきた。


 振り返り、声の主を見る。
 眼鏡を外し、華やかな花柄の袴に、編み込みの茶色いブーツを履いた白鞘之紅姫霧須手さんだった。トレードマーク(?)だった三つ編みはすでに解いてあり、すこしクセの残った髪が時折、潮風にさらされ、揺れている。
 可愛い服。羨ましい。


「い、如何なされた。キューブロ殿……。目がちょっと怖い……」

「ああ、ごめん。その格好が羨ましくて……」

「この袴にござる?」

「うん、私のは相変わらず、このフリフリだからさ……」

「……交換するでござる?」

「ここで?」

「左様」

「………………」

「いや、あの、冗談にござるが……」

「だよね。知ってる」


 一瞬、本気でその袴をひん剥こうか、迷ってしまった。


「……まだ、それっぽいのは見えないね」

「そうでござるか……結構、時間が経っていると思うのでござるが……」


 あの後──クロマさんに無理やり服を押し付けられた後、私と霧須手さんは、クロマさんが運転するピンクの派手なミニバンに乗って、S.A.M.T.の事務所から30分かけてここ、〝舞鷲マイシュウ港〟へとやって来ていた。
 インベーダーの出現を告げる〝紅い空〟に変わってから、もう一時間ほど経過していたため、それなりの被害は覚悟していたんだけど、まだインベーダーが暴れている気配も、被害すらも出ていない。


「インベーダー、ここにはいないとか?」

「クロマ殿は、この港にて気配を感知したとか言っていたでござるが……」

「ここの人たちの叫び声は……避難してるから、聞こえないのは当たり前だけど、何も壊れてないし、どこも被害受けてないよね……」

「左様にござるなぁ……」

「もしかしてクロマさん、間違えたとか?」

「……さもありなん。そも、あのお方は色々と間違えておられるゆえ──」

『──ちょっとちょっと! 今、この場所にいない人の悪口言うのって、褒められたもんじゃないきゃとよ!?』


 耳につけていたインカムから、忌々しいプリンアラモードの声が聞こえてくる。


『ああ! 舌打ち!? キューティブロッサム、いま舌打ちしなかったきゃと!?』

「チッ……してませんよ……」

『してるきゃと、舌打ち! 普通に傷つくからやめて! マスコットにも心はあるきゃとよ!?』

「あの、もう少し静かに話せませんか……耳元でキンキンうるさいんですけど……正直言って、耳障りです」

『いや、なんで標準語!? さっきまで普通に〝ござるござる〟って言ってたきゃとよね!?』


 なんでこの人クロマさん、マスコットやってる時は、こんなにテンション高めなんだろう……。
 そりゃ、霧須手さんもそんな反応するわ。


『……とはいえ、一言断っておくきゃとが、いままでインベーダーの感知に失敗した事だけはないのきゃと」

「そうなんですか?」

『きゃと。それほどまでに、S.A.M.T.の保有する〝インベーダー感知用レーダー〟は高性能なんだきゃと』

「そうなんですね……まあぶっちゃけ、空見ればわかりますし」

『それはそうきゃとが……空を見ただけじゃ、どこにインベーダーが現れたかまでわからないきゃと。でも、インベーダー感知用レーダーなら、その位置までわかるきゃとよ』

「じゃあ、その肝心のインベーダーは、今どこにいるんですか?」

『う、海の向こう……?』

「……今回がはじめての失敗なんですね。心中お察しします」

『いやいや、失敗じゃないきゃと! 何を言ってるきゃとか!』

「……なら、なんでインベーダーが見当たらないんですか?」

『それは……たぶん、インベーダーが海の向こうで、僕たちの事を待ち構えているから、かな……』

「通話切っていいですか?」

『ああ! 待って待って! もしくは……』

「もしくは?」

『すでに誰かがやっつけてしまったか……きゃとな』

「……どういう事ですか?」

「じ、じつはですな、キューブロ殿……キューブロ殿が正式に魔法少女になるよりも前から、インベーダーが出現しては、正体不明の魔法少女に倒される……という事件が多発しているのでござるよ」

「あ、それが、クロマさんが今言ってた事?」

「左様」

「でも、それってべつに事件でもなんでもなくない? 誰かはわかんないけど、インベーダーを倒してくれてるんだよね? むしろ感謝するべきなんじゃ……」

『そうはいかんのきゃと!』

「……なんで?」

『もっと現実世界に置き換えてほしいきゃと。たとえば、この国には死刑制度があるからといって、一般人が勝手に、罪を犯した人間を殺害出来ないのは知ってるきゃと? それと同じこときゃと』


 いやいや、それ私やないかい!
 ……なんて、霧須手さんがいる手前、ツッコめるはずもなく、私はクロマさんの発言を聞き流した。


「でも、キューブロ殿も魔法少女になる前、人を殺したんじゃ……」

「はあ!? な、なんで、その事知って……はあ!? アリエナーイ!」

『……後々ややこしくなりそうだから、S.A.M.T.所属の魔法少女には、あらかじめキューティブロッサムの事は伝えてあるきゃと』

「ちょ、なにを勝手に……じゃあ、これから新しく魔法少女と顔合わせするたびに、『あ、この人、人殺しなんだ』って思われるってことですか?」

『そうきゃと』

「……あ、すみません。ちょっと眩暈が……」


 形容し難い頭痛に襲われ、私はボラードの上に座り込んだ。


「だ、大丈夫でござるか、キューブロ殿」


 霧須手さんが心配そうに駆け寄ってくれる。
 さすがは営業モードの元アイドル。いい匂いがする。
 て、おっさんか。


「ごめん、大丈夫じゃないかも……て、ちょっと待って、だから霧須手さん、何かと私の事を警戒してたの?」

「も、申し訳ない……。事情も聞いてて、不可抗力であることも理解していたのでござるが……」

「ああ……うん、そりゃまあ、それだけ知ってたなら距離を置くのも当たり前だよね……あれ? でも、ツカサは知らなかったみたいですけど……」

『昨日、キューティブロッサムが帰った後に連絡を回したきゃと。てっきり、キューティブロッサムのほうから、フラウにも伝えているとばかり……いま、僕のほうから連絡しておくきゃと?』

「あ、いえ、ツカサには私から話しておきます……」


 でも、気が重いな。なんて言われるんだろう。さすがに軽蔑されちゃうよね。


『了解。そっちはよろしく頼むきゃと。……それで、話を戻すきゃとが、キューティブロッサムの件は、こうして、キューティブロッサム自身が公人になってくれたことで、揉み消……何とかすることが出来たのきゃとが、正体不明の魔法少女はすでに、S.A.M.T.とは別の組織に所属して、その上で魔法少女として活動しているのきゃと』

「つまり、国からの許可を得ずに、インベーダーを討伐していると……でも、やっぱりそこに問題なんてないと思いますけど?」

『何を言うきゃとか。これは大問題きゃと。「またS.A.M.T.が出遅れてる」「またS.A.M.T.の魔法少女は役に立たなかった」そういった噂が広まると、やがて国民は僕らを、魔法少女を、この国を信用しなくなってしまうきゃと。そうなってしまうと、規律が乱れ、人々は混乱し、インベーダーに付け入られる隙を与えてしまうんきゃと。何度も言ってるきゃとが、現状はそこまでひっ迫していないんきゃとが、僕たちはあくまでも対インベーダーの最前線であり、最終兵器でもあるんきゃと。これは決して、崩されてはいけないんきゃと。そうなる前に、その組織を潰す、もしくはこちら側へ引き入れる必要があるのきゃと』

「……なるほど。国の信用問題なんですね。でも、その魔法少女たちの正体すら掴めてないんですよね?」

『向こうもこっちと同じように変装して戦ってるきゃとからねぇ……すぐに特定! することも困難きゃとし、尾行しようにもすぐに姿をくらますから、困っているのきゃと』

「はぁ……。なんかのっぴきならない事情があるんですね……」


 私がそうやって適当に相槌を打った瞬間、今まで紅かった空が、いつもの青い空へと戻っていた。


「あ、空が戻ったでござる」

「という事は──」

『やれやれ。今回もしてやられた……という事きゃとね』

「デュフフ、いっそのこと、拙者たちの手柄にしてしまえば……」

「それは……たぶん、難しいと思うよ。ですよね、クロマさん」

『クロマじゃなくて、プリン・ア・ラ・モード! ……キューティブロッサムの言った通り、それは難しいきゃと。それに、それが嘘だとバレたら、それこそS.A.M.T.の信用が落ちるきゃとからね……』

「──なんだ、よく解ってるじゃん。S.A.M.T.のマヌケ共は、じゃあこの作戦はもう通用しねえな」

『だ、誰きゃと!?』


 急にどこからともなく声が聞こえ、ひとりの女の子が空から降ってきた。
 女の子は高いヒールを履いているにも関わらず、綺麗に着地すると、挑発するような視線で私たちを見てきた。
 妖艶で可憐。
 長く、透き通った青い色の髪を後ろで束ね、メイクもナチュラル風で綺麗にまとまっている。服装は私と同じ系統で、私がピンクのフリフリなら、あの子は青いフリフリだ。しかも、結構似合ってる。
 女の子はモデルさんみたいな歩き方で近づいてくると──

 ──途中で目を丸くし、ガニ股でズカズカと私に近づいて来て、私の顔を指さしてきた。なんだこの無礼な子は。私が何をしたって言うんだ。

 ……ん?
 いやいや、ちょっと待て。
 はあ?
 何の冗談だ、これは?
 嘘だ、嘘嘘。
 こんなの、ある筈がない。
 いやでも……、間違いない。
 ずっと一緒に暮らしてきた・・・・・・・・・んだ。まず、間違えるハズが無い。いくら可愛く着飾っても、いくら可愛くメイクしても、この子は肉親・・じゃないか。
 私は……私も、震える指で、目の前の子を指さして、口を開いた。


「──もしかして、ひろみ!?」
「──もしかして、姉ちゃん!?」
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