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死中に恥

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 一発の銃声。

 ──いや、いままで銃声なんて物語フィクションでしか聞いたことがなかった俺にとって、それ・・が本当に銃声なのかどうかなんて知る由もない。
 俺にわかるのは、桂だったもの・・・・・・の胸から、赤い液体が絶え間なく流れ出ていて、次第に体温が感じられなくなっているという事。
 桂は……いや、桂だったものは、もうすでに震えなくなった手で、俺の仮面に触れ、頬に触れ、何か話している。

 口を動かしてはいるが、声が届いてこない。
 瞳を動かしてはいるが、何も見えていない。
 手を動かしてはいるが、何も感じない。

 ──いや、もしかしすると、聞こえないのも、見えていないのも、感じないのも、俺がそれを拒否しているからなのかもしれない。俺はついさっき起きた出来事を、今現在起こっている出来事を、どこか遠い世界の出来事、物語フィクションか何かだと思っているのかもしれない。
 ふざけるな。
 こんな物語フィクションなんて見たくない。
 責任者は誰だ。いますぐこの映像を止めろ。
 そう問いただしたいが、声が出ない。
 でも、たしかに俺の目の前の出来事は、スクリーンを通して見ていないこの物語フィクションは──刻一刻と、リアルタイムに変化していった。
 そして、目の前の少女はニコッと笑ってみせると、やがての腕の中で息絶えた。
 俺の額から、目から、大量のが流れ出て、頬を伝い、少女の顔をポタポタと濡らしていく。
 少女をゆすってもつねっても反応はない。
 どうやらこの少女は、本当にただの肉塊となり果ててしまったようだ。


「──残念だが、これがおまえのとった行動の責任だよ、ジャスティス・カケル」


 意識外からの声。聞き覚えがある。
 これは、さっき『撃て』と言った人物の声だ。俺は焦点を肉塊からその声の主に移した。
 浜田幸三。
 その男が俺の視界に入った途端、俺の心臓が沸々と煮えていくのを感じた。


「秘密を知ったやつは外には出せん。外に出てしまった時点で、その女は用無しだ。商品としてなんの価値もない。ただ儂の事業の足を引っ張るだけの存在ってことだ」

「なんで……殺したんだ……」

「言っただろうが。生かしておくと面倒だからだ。それ以上も以下もない。だがまあ、安心しろ。ただでは殺さん。死後、そいつの体からまだ使えそうな内臓を取り出し、有効活用させてもらうさ。せいぜい経済動物・・らしく、役に立ってから死んでほしい所だな」


 だめだった。
 俺の中で何かが、決定的な何かが破裂した。いや、爆発したと表現したほうが正しかったのかもしれない。


「うああああああああああああああああああああああ! 殺す! 殺す! おまえは! 絶対に! 殺──」


 俺は何かよくわからない言葉を発しながら立ち上がると──足に衝撃を受け、その場で前のめりに転んでしまった。体をもぞもぞと動かし、見てみると、足から、胴体から、ものすごい量の赤い液体が流れ出ていた。
 それが俺の血液であることを理解した時には、すでに黒服が俺の事を取り囲んでいた。
 逃げようにも体が動かない。
 俺が気付かないうちに、何発の銃弾を受けたんだ?
 痛みはない。感覚も、ない。
 寒い。まるで真冬に裸で外にいるように寒い。寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い。凍えて死にそうだ。


「これでごっこ遊びもおしまいだな」


 そんな中、浜田幸三の声だけはハッキリと聞こえていた。
 その瞬間、走馬灯のように今までの、14年と数か月ぶんの出来事が思い起こされる。
 俺は……俺も、ここで死ぬのか?
 こんなところで?
 そう考えた途端、急に体がフワッと軽くなるのを感じた。
 ブチ、ブチ、ブチブチブチ……!
 体から悲鳴があがる。これ以上無理に動くなという警告を出してくる。
 しかし俺は無理やり立ち上がると、駆けた。ただひたすらに。
 動かなくなった桂を置き、黒服どもをかき分け、大量の車の間を縫って、駆けた。
 後ろから男たちの怒号とともに、無数に銃弾が飛んでくる。足に当たったり、背中に当たったりもしたが、それでも俺は足を動かした。動かさなければならなかった。

 死にたくない!
 死にたくない!
 ──死にたくない!

 俺は恥も外聞も、桂すらも捨てて、ひたすらに駆けた。
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