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カケル覚醒

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「──よお、カケルちゃん、昨日どこ行ってたんだよ」


 サッカー部の石野がニヤニヤしながら、制服ズボンのポケットに手を突っ込みながら、俺に質問を投げかけてくる。しかし、その表情はどこか、いつもと違って余裕がないような感じを受けた。昨日俺が突き飛ばしたことをまだ根に持っているのだろうか、小さい男め。
 俺は一旦石野の質問は無視して、周りを見回した。
 野球部の中塚とバスケ部の柳井が、俺をここから逃げ出さないように道を塞いでいる。
 いつものメンツに、いつもの体育館裏ばしょ
 ただ少しいつもと違っていたのは時刻。
 時刻は……俺が学校に着いたのが大体8時15分くらいだから、今はたぶん20分とかそこらだろう。俺は半ば連行されるような形で、教室からここへと連れてこられていた。


「おい、カケル! てめ、聞いてんのかよ、人の話──」

「なんだ。今日は随分早いな、朝練終わりか? ご苦労さんだな」


 ──バキ!
 あいさつ代わりの拳が頬に命中する。朝イチだった為、まだ足も腰も起きていない俺の体が踏ん張ってくれるはずもなく、俺は土の上にドシンと尻もちをついてしまった。これがこいつらなりの俺への『おはよう』なのだろう。
 ひねくれやがって。反抗するなら親にだけ反抗してろ。


「意味わかんねえ事言ってんなよ。おまえは俺の訊いてることだけに答えろや、ボケ」

「……へ、おいおい、意味わかんないって、俺は何も難しい事入ってないぞ。朝っぱらから頭数揃えて俺を迎えに来てくれるなんて、ご苦労だったなって労ってやってんだよ」

「いいから黙ってろよ、ザコ。おまえはただ俺たちの質問にだけ答えてりゃいいんだよ」

「黙っててほしいのか答えてほしいのかどっちだよ」


 ──ガッ!
 運動靴のつま先で顎を蹴り上げられる。一瞬目が回ったけど、すぐさま後ろに手をついて、仰向けに倒れることだけは回避した。


「おう、昨日は石野にずいぶん舐めた真似してくれたらしいじゃねえか」

「う、うっせえな……どうでもいいだろ、んなこと。ひとりだと群れてないとなんも出来ないやつが、ひとりでかかってきて、ぶっとばされただけだろ──」


 俺が言い終える前に視界が暗転する。急に空を雲が覆ったとかそういうのじゃない。
 感じるのは土の味。
 押し付けられたのだ。顔面に。靴底を。
 そしてそこからさらに足に力を込め、俺を無理やり仰向けの体勢にさせてくる。そうなってしまったら、もう完全にスタンピングだ。
 未だ暗転している画面・・の外から声が聞こえてくる。


「──やっちまえ!」


 石野の声だろうか。……どうでもいい。
 こうなってしまったらもう体を丸めて、あとは時間が過ぎるのを待つだけ。抵抗する気はない。前に一度抵抗してから、それ以上に厄介な事になったからだ。

 ──それにしても、まさかこの時間帯とはな。
 いつもは昼休憩中か、授業中など人が少ない時にやるのが普通だったけど、もうそういうのは気にしなくなったのか? それとも、そんなに昨日のが癇に障ったのか?
 難しいお年頃め。
 とにかく、時間帯が時間帯だ。俺やこいつらが学校に居たって事は他の生徒が知っているだろうし、ホームルームになっても席についていない事を知れば、さすがの担任も探すなりするだろう。そしてこんなところを見られたら、さすがにこんなバカげた事も終わるだろう。それにしても、なんか今日はいやに激し──


「おいおい……」


 俺は思考を止め、目の前の光景に声を漏らしてしまう。
 かすれた視界で捉えたのは、柳井が近くに立てかけてあった、使わなくなったモップを手に取ったところ。しかも取っ手のほうを持っていて、金属のほうを俺に向けていた。
 まさか、その凶器・・で俺を殴ろうっていうのか。
 さすがにこれはシャレにならないぞ。
 なんとかして立ち上がり、その場から逃げ出そうとしたが、不意に足を引っ掛けられ、派手に転んでしまう。俺はその体勢のまま柳井のほうを振り返った。
 モップを持った柳井が、その金属部でガリガリとコンクリート壁をひっかきながら、ゆっくりと俺に近づいてくる。あいつらもあいつらで何か話し合っている気がするが、はっきりと聞こえない。そして何も聞こえないが、止めに入るヤツがひとりもいないのもわかる。
 俺はここで、なぜか助けを求めるようにして上を見た──

 冬浜市立第13中学校では、体育館と校舎がかなり近くに併設されており、俺が今いる体育館裏も見ようと思えば、校舎側の廊下の窓から見えるような仕様になっていた。つまり、俺はそこである人と目が合ったのだ。
 担任戸村トムラ 貴史タカフミ先生だ。今になって名前を思い出した。
 やった。これで終わる。
 普段は不干渉を貫いているとはいえ、目の前でこんな場面に出くわしてしまったらさすがに止めさせるだろう。昨日だって教室で起きたいざこざを止めに入ったし。だが──

 俺は目を疑った。
 担任は、戸村は、俺を、まるでゴミを見るような目で見ていたかと思うと、何も言わず、そのまま引っ込んでしまったのだ。その瞬間、俺は理解した。まるでゴミを見る・・・・・・・・ような目・・・・などではなく、ゴミなのだ。俺は。
 佐竹翔はゴミだったのだ。


『──あ、この子、放っといたら死ぬかも』


 その瞬間、不破の言葉が現実味を帯びて思い起こされた。俺はここで死ぬ──のではない、ゴミとして掃かれ、ゴミとして処分されるのだ。
 柳井が俺の目の前までやってきて、片手で持っていたモップを両手に持ち替え、大きく振りかぶる。狙いはもちろん俺だろう。ご丁寧に、わざわざ尖ったほうを俺に向けている。あとはそれを振り下ろすだけ。加減を知らない力で。結果を想像できない頭で。
 不破の言っていた通りだ。こんな事になるならせめて、自衛の手段として多少恥ずかしくても、それ・・を手札に加えるべきだったんだ。
 まだ大丈夫かな。あの黒い稲妻の効果は、まだ続いているのだろうか。
 俺は不破に言われた通り、左手を天に掲げ、右手を小脇で固く握って名乗りを上げた。


「へ~んしん! ジャスティス・カケル!」


 辺りが急に、しんと静まり返る。
 どうなった? どうなっている?
 未だ、俺の脳天に衝撃はこない。
 成功したのか?
 俺は能力を使ったのか?
 それとも、本当に変身したのか?


「──ぷ」
「ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」


 三人のバカ笑いが辺りに反響する。三人は元気そうだ。そして俺も……特に変化はない。なんだこれ。もしかして俺、騙されたのか?
 昨日の不破がやっていたあれも、よく出来た手品だったのか?
 俺は、バカにされただけなのか?
 そう考えたら腹が立ってきたってより、むしろ恥ずかしくなってきた。なんで本当に能力なんて使えると思ったんだ? 自分に酔ってたのか? 現実がそうあってほしかったからか?
 わからんわからん。そんなもん、今となってはわかるはずがない。とにかく体中が痛いし、思うように動けない。何より顔がめっちゃ熱い。はやくこの場から消えてしまいたい。


「マジうけるわコイツ」
「この場面で仮面バイカーの真似かよ。しかも手の配置逆だし」


 ちょっと手の配置が……逆?
 さっき俺は左手を上に上げてたのか?
 じゃあ、右手を上に、左手を小脇に……か。
 いやいや、またやるのか、俺? さっき恥ずかしい目に、痛い目に遭ったばっかりだろ。それなのにすぐ……いや、一回やったんだから、二回も三回も一緒か。むしろ、さっき中塚の言った〝手が逆〟というのが妙に気になってしまう。〝仮面バイカーの真似〟というのも、妙に説得感がある。

 ……やるか?

 やるか。


「手が逆って……、おまえキモいくらい詳しいな」
「こんなん義務教育だろって、それくらい憶えとけや」
「……つか、もうさっさと教室戻ろうぜ。さっき担任のやつ見てたからやべえかも」
「そんなやついたか?」
「いた。じっとこっち見てた。俺のクラスのだけど」
「あ~……あいつか、名前忘れたけど」
「チッ……、めんどくせえな。じゃあさっさとこいつボコボコにしてやっか」
「……て、おい、こいつまたなんかやって──」

「へ~んしん! ジャスティス・カケ、ル……!?」


 ジャスティスカケルの〝ケ〟を口にしたタイミングで、雷に全身を貫かれたような衝撃を受け、全身が焼けるように熱くなる。
 前に一度、間違えてから焼きされていたフライパンを触って火傷したことがあるけど、あれを全身に受けている感じ。

 ──熱い!

 熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い──死ぬ!!

 口をパクパクと開閉させ、身をよじり、なんとかしてこの熱さから逃げ出そうとするが、実際に燃えているわけじゃないから逃げる事なんて出来ないし、鎮火することも勿論出来ない。
 耐えることしか出来ないのか……!? この激痛から……!
 ダメだ。
 意識が遠のいてきた。実際にはどこも怪我をしていないのに、焼けてもいないのに、俺はこんな理不尽に死ぬのか?
 もしかして、これこそが不破の言っていた本当の〝死〟なのか?
 
 ──いや、そんなことがあってたまるか。こんなところで死んでたまるか。
 でも、そんな事よりも、水……水が欲しい……!
 頼む! だれか、だれでもいい!
 経口でも、そのまま直接俺に浴びせてくれてもいい!
 だから、だから俺に、水を……!

 俺は膝立ちになると、三人に助けを求めようと手を伸ばし──手から黄色いバチバチ・・・・を放った。そのバチバチは柳井めがけて飛んでいくと、一瞬にして人差し指と中指、そして薬指を即座に焼き切った。焼き切られた指は握られていたモップと共に、カランカランと乾いた音をたてて落ちた。
 この間約1秒も満たない。石野、中塚はもちろんのこと、指を切断された柳井も何が起こったのかわかっていないような表情を浮かべている。
 そして、さきほどまで俺の全身を焼くほどの勢いだった痛みは、嘘のように消えていた。まるでさっき、俺の指先から放出したバチバチ・・・・が、痛みの原因だったかのように。


「ぎ……ぎぃやぁああああああああああ! お、おれ、おれの、指! 指、がぁ!!」


 叫び声をあげる柳井。そして、その柳井の足元に転がっている指を見て慌てふためく二人。
 かなり遅い反応だった。
 おそらく、じわじわと柳井の脳が現状と、その体の変化いたみを理解していたのだろう。


「おい、おまえ……佐竹! 何しやがった、テメェ!!」


 未だ大声で喚いている柳井を他所よそに、今度は中塚が俺に詰め寄ってきた。中塚は俺の胸倉をガッと掴み、俺を無理やりその場に立たせた。


「おまえ、さっき柳井になんかしただろ!」

「……知らねえよ」


 俺は中塚から視線を逸らしながら答えた。
 嘘ではない。本当に知らなかったからだ。俺が理解できているのは、俺の指からバチバチが出て、柳井の指を焼き切った事だけ。このバチバチがどうやって出たのかもわからないし、出し方もわかっていないのだ。


「嘘つけ! 俺は見てたぞ、おまえの指から変な……よくわからないもんが出て、それで、柳井の指を……!」

「しつけえな! 俺は何も──」


 今度はまっすぐ中塚の顔を見て反論しようとする。
 しかし、ここで俺はある変化に気づいた。
 中塚の、俺を見る目が変わっている。具体的に言うと、今までの中塚こいつが俺に向けていた、弱者を見下すような視線ではなく、強者に怯えるような視線に変わっていた。これは小学校の頃、石野が俺に向けていた視線そのものだった。
 ちょうどいい。
 この際だから徹底的に怖がらせて、これ以降は俺に楯突けないようにしてやろう。
 俺はそう考えると、目の前の中塚の肩を力いっぱい押した。


「いいからどけよ!」


 ──ドン!
 手で押したにしては、すこし大袈裟な音が鳴る。
 俺がその音に疑問を挟んだその瞬間、中塚はまるで車にはねられたように後方へ吹っ飛んでしまった。中塚はそのまま、何も声を上げることなく、地面の上に叩きつけられた。


「な、なんだよおまえ……なんなんだよ……! それ……!」


 今度は、事の一部始終を見ていた石野が上ずった声をだす。その目には恐怖や焦りと言った負の感情がありありと見て取れた。


「知らん。あいつが勝手に吹っ飛んだ」

「う、嘘つけ! おまえが……! おまえが、やったんだろうが!」

「だから知らねえって。よく考えてみろ。俺が、離れたところにいた柳井の指を焼き切ったり、中塚を何メートルも吹っ飛ばしたり出来るわけないだろ」

「や、焼き切った……? おまえ、焼き切ったのか? 柳井の指を……?」

「あ」


 どうやら失言だったらしい。
 たぶん、石野たちには俺が何かした・・・・ようにしか見えなかったようだ。でも、焼き切ったかまではわからなかったって事は、そこまでは見えてなかったって事か。


「〝あ〟って言ったな、今おまえ〝あ〟って言ったよな? てことは、本当におまえがやったってのか?」

「……だったら、どうなんだ?」

「どうなんだって……そりゃおまえ……警察に……」

「俺がいきなり、超能力か何かを使って、友達の指を切り落としちゃいましたって? 警察がそんな事信じると思ってんのか? クラスメイトに肩を押された友人が、何メートルも吹き飛んじゃいましたって? 逆におまえのほうが薬物使用を疑われるぞ?」

「いや、現にこうやって……」

「なら俺も、最後の目撃者であるおまえを処分しなきゃなあ!?」


 俺が思い切り凄んで見せると、石野は二人を置いて一目散にこの場から逃げ出してしまった。あとに残ったのは俺と、指が無くなった柳井と、気絶しているのかピクリとも動かない中塚の三人だけ。ピクリとも動かないのは逆に気がかりだけど、頭を打った場合、あまり動かさないほうがいいとも聞く。指が無くなった人の対処法は……知らん。
 俺も、石野と同じように、逃げるようにこの場を去った。
 目的地は自分の教室……ではなく、駄菓子屋不破。
 まずはあいつに、問い質さなければならない事が山ほどある。この力について、あの激痛について、そして昨日出来た口内炎がすっかり治っていることについて。
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