上 下
120 / 140

ネトリール水没

しおりを挟む

「──手ぬぐいは持ったか? ちり紙は? 金が足らなくなったらいつでも戻ってきていい。儂が出来る範囲で工面してやる。とにかく健康にだけ気を付けておくのだ。それでもわからなければ、せめて栄養価の高いものを食べるんだ。好き嫌いはせずにな。おまえは病的にトマトを好き好んで食っているが、トマトばかり食べるのはよくない。あと、たまには自分で飯を作るんだ。そうすることでより食材への理解が深まる。あとはユウトとかいう男にはあまり近づくな。同じパーティだとしても必要以上に近づくな。男というのはどいつもこいつも野獣だ。決して心を許しては──」


 遠巻きにガンマがヴィクトーリアを捕まえてアレコレと世話を焼いているのが見える。……そして中には俺への誹謗中傷もあるように聞こえるが、俺は気にしないようにしていた。
 それに対応しているヴィクトーリアもさすがに疲弊しているのか、「はい……はい……」と、力のない声で適当に頷いている。今まで接することが出来なかった反動からか、まだまだアレ・・の時間がかかりそうだ。

 あの後──正式にヴィクトーリアがアーニャの護衛に決まった後、俺たちは無事(かどうかはわからんが)、海上へと不時着した。ネトリールを浸水してしまうような素材に変えなかったとはいえ、極限まで落下による空気抵抗を減らしたネトリールは、俺の想像以上にぺらっぺらだった。
 そのため、急遽ネトリール全域を再構築……水に浮くような素材に作り変えたのだが、これが思いのほか魔力を使ってしまった。
 したがって、今の俺はすこぶる瞼が重かった。
 端的に言うと、なぜかものすごくねむい。
 

「あの、ユウトさん、大丈夫ですか?」


 そんな俺を見かねてか、アーニャちゃんが心配そうに見上げてきた。アーニャちゃんの大きな瞳に映っている俺は、なんだか死にかけのゴブリンに見えた。


「うん……まあ、だいじょーぶ……」

「よろしければあと一日、このネトリールに滞在することもできますが……」

「べつに滞在することのもいいんだけどさ……」


 そう言って、俺は周囲を見渡した。
 ぽつりぽつりとではあるが、心臓とのリンクが切れたネトリール人が起き上がってきていた。
 いくら国王や王女、騎士団長がこちら側について今回の事についていろいろと説明してくれると言っても、それにはかなり時間がかかってくるし、何より面倒くさい。
 それよりも俺は(今自分たちがどこら辺にいるかわからないが)、適当な街を見つけて宿泊……最悪そこらへんで野宿するという選択肢をとった。
 とは言ってもこれはあくまで俺の都合。アーニャちゃんも本当は、ネトリールにもうすこし留まっていたいのかもしれない。


「……だけど、アン王女がここにもう一晩泊まりたいって言うんなら、別に俺としてはそれに反対する気もないんだけど……」

「ユウトさん!」


 すこしむくれた……というか、片方の頬をぷっくりと膨らましながら、アン王女が俺に諭してくる。


「ですから、『アン王女』……なんて、他人行儀な呼び方はやめてください。今まで通り、『アーニャちゃん』か『アーニャ』と呼び捨てにしてくださいっ!」

「ああ、ごめんごめん。気を付けるよ」


 そしてじつはこのやり取りを、先ほどから何度か繰り返している。
 なぜ一見、こんなにも無駄なやり取りをしているかというと、可愛いからだ。
 アン王女・・・・とアーニャちゃんの前で口に出すたびに、アーニャちゃんは優しく諭すように、ぷりぷりと怒ってくれるのだ。こんなのは滅多に見られないから、あと百回くらい繰り返したいのだが──


「おにいちゃん。『ユウ』なんて他人行儀な呼び方はやめてって言ったよね? 今まで通り『あなた』もしくは『ダーリン』って呼んでよね」


 ユウがなぜか妙な絡み方をしてくるのだ。
 おそらくアーニャちゃんに何らかの、無駄な対抗心を燃やしているんだろうけど、ウザさしか感じない。俺はアーニャちゃんと同じように、ぷりぷりと膨らませているユウの頬を片手で覆うようにガッと掴むと、指に力をいれ、そこの空気をすべて抜いてやった。


「いきなり意味わかんないんだよ。てかおまえのこと、『あなた』とか『ダーリン』って呼んだことすらねえよ。記憶の改竄をするな」


 いちおう突っ込んであげる優しい俺。


「す、すまない。みんな」


 背後からヴィクトーリアの声が聞こえ、振り返ってみると……ヴィクトーリアが自分よりも二回りほど大きい荷物を背負っていた。その重量も凄まじいのか、ヴィクトーリアの両脚がぷるぷると震えている。


「えっと……なんだそれ……」


 なんとなくその出所はわかっているが、いちおう尋ねるだけ尋ねてみた。


「これは……その……団長殿が……」


 口ごもるヴィクトーリア。
 その更に後ろへ視線を移すと、ガンマが想像を絶するほどの眼で俺を睨みつけていた。


「親バカ……なのか……」


 思わずその言葉が口をついて出る。


「……まあいいや。それでヴィクトーリア、もう別れの挨拶は済ませたのか?」

「あー……いや、それはもう、いいんだ……」

「もういい?」


 俺は『なんで?』と尋ねかけたが、なんとなく察してしまった。
 ヴィクトーリアがすごく沈んだような顔をしていたからだ。これ以上世話を焼いてほしくなかったのだろう。


「……と、ところで、ジョンはどうしたんだ?」


 話題を変えたいのか、ヴィクトーリアがキョロキョロと周りを見回しながら尋ねてきた。


「ジョンは今、国王とパトリシアが頭のてっぺんから足の先までを完全に拘束して、身動きから何までを完全に制限している。自力では立つことはおろか、喋ることも出来ないだろうな」

「そこまでしたのか……」

「いやいや、国をひとつ滅ぼそうとしたうえ、他の街や国にかなりの迷惑……では済まない事をしでかしたんだ。本来ならその場で即座に殺しておくべきなんだけど……」

「元仲間……だからか?」


 気を遣うように、遠慮がちにヴィクトーリアが尋ねてきた。


「いや、そういうのじゃない。俺やユウが殺してもよかったんだけど、それじゃ意味がないからな。たしかにあいつには色々と個人的な恨みつらみがないわけではない。けど、それとこれとは別。だから俺はその決定権をネトリールの国王……アーニャちゃんのお父さんに委ねたんだ。あいつを煮るのも焼くのも、首を刎ねるのも国王の差配次第だ」

「……ユウトは本当にそれでよかったのか?」

「俺? 俺はべつにどうでもいいよ」


 これは本当だ。今更あいつが死のうが生きようが、俺はどうでもいい。ただ──


「ただ、すこし勿体ないかもな」

「え? 何がだ?」

「いや、なんでもない。──さあ、仕切り直しだ。目的は魔王城。気張っていくぞ!」


 ユウ、アーニャちゃん、ヴィクトーリアの三人が力強く頷いてくれた。

──────────────────

 いきなりこういった更新の形になってしまい、そしてかなり駆け足で終わってしまい、大変申し訳ありません。
 本当はこのまま最後まで書き切ってから一気に全部載せたかったのですが、思いのほか長くなってしまい、ここで区切らせていただきました。

 さて、物語についてですが、ここからこのまま寄り道せずに最後まで書き切るつもりです。本当はサイドストーリーや本筋の注釈、補強をやりたいのですが、それまでやると永遠にずるずる行くんじゃないか、という事で辞退させていただきます。今回のように連載させるか、一話ずつかはわかりませんが、必ず最後まで書き切ることを約束します。
 ですので、すでに冗長になってはいますが、最後までお付き合いしてくださったら嬉しかったりします。
しおりを挟む
感想 26

あなたにおすすめの小説

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。-俺は何度でも救うとそう決めた-

水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
 【HOTランキング第1位獲得作品】 ---    『才能』が無ければ魔法が使えない世界で類まれなる回復魔法の『才能』を持って生まれた少年アスフィ。 喜んだのも束の間、彼は″回復魔法以外が全く使えない″。 冒険者を目指し、両親からも応援されていたアスフィ。 何事も無く平和な日々が続くかと思われていたが事態は一変する。母親であるアリアが生涯眠り続けるという『呪い』にかかってしまう。アスフィは『呪い』を解呪する為、剣術に自信のある幼馴染みの少女レイラと共に旅に出る。 そして、彼は世界の真実を知る――  --------- 最後まで読んで頂けたら嬉しいです。   ♥や感想、応援頂けると大変励みになります。 完結しておりますが、続編の声があれば執筆するかもしれません……。

僕のおつかい

麻竹
ファンタジー
魔女が世界を統べる世界。 東の大地ウェストブレイ。赤の魔女のお膝元であるこの森に、足早に森を抜けようとする一人の少年の姿があった。 少年の名はマクレーンといって黒い髪に黒い瞳、腰まである髪を後ろで一つに束ねた少年は、真っ赤なマントのフードを目深に被り、明るいこの森を早く抜けようと必死だった。 彼は、母親から頼まれた『おつかい』を無事にやり遂げるべく、今まさに旅に出たばかりであった。 そして、その旅の途中で森で倒れていた人を助けたのだが・・・・・・。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ※一話約1000文字前後に修正しました。 他サイト様にも投稿しています。

陽キャグループを追放されたので、ひとりで気ままに大学生活を送ることにしたんだが……なぜか、ぼっちになってから毎日美女たちが話しかけてくる。

電脳ピエロ
恋愛
藤堂 薫は大学で共に行動している陽キャグループの男子2人、大熊 快児と蜂羽 強太から理不尽に追い出されてしまう。 ひとりで気ままに大学生活を送ることを決める薫だったが、薫が以前関わっていた陽キャグループの女子2人、七瀬 瑠奈と宮波 美緒は男子2人が理不尽に薫を追放した事実を知り、彼らと縁を切って薫と積極的に関わろうとしてくる。 しかも、なぜか今まで関わりのなかった同じ大学の美女たちが寄ってくるようになり……。 薫を上手く追放したはずなのにグループの女子全員から縁を切られる性格最悪な男子2人。彼らは瑠奈や美緒を呼び戻そうとするがことごとく無視され、それからも散々な目にあって行くことになる。 やがて自分たちが女子たちと関われていたのは薫のおかげだと気が付き、グループに戻ってくれと言うがもう遅い。薫は居心地のいいグループで楽しく大学生活を送っているのだから。

おっす、わしロマ爺。ぴっちぴちの新米教皇~もう辞めさせとくれっ!?~

月白ヤトヒコ
ファンタジー
 教皇ロマンシス。歴代教皇の中でも八十九歳という最高齢で就任。  前任の教皇が急逝後、教皇選定の儀にて有力候補二名が不慮の死を遂げ、混乱に陥った教会で年功序列の精神に従い、選出された教皇。  元からの候補ではなく、支持者もおらず、穏健派であることと健康であることから選ばれた。故に、就任直後はぽっと出教皇や漁夫の利教皇と揶揄されることもあった。  しかし、教皇就任後に教会内でも声を上げることなく、密やかにその資格を有していた聖者や聖女を見抜き、要職へと抜擢。  教皇ロマンシスの時代は歴代の教皇のどの時代よりも数多くの聖者、聖女の聖人が在籍し、世の安寧に尽力したと言われ、豊作の時代とされている。  また、教皇ロマンシスの口癖は「わしよりも教皇の座に相応しいものがおる」と、非常に謙虚な人柄であった。口の悪い子供に「徘徊老人」などと言われても、「よいよい、元気な子じゃのぅ」と笑って済ませるなど、穏やかな好々爺であったとも言われている。 その実態は……「わしゃ、さっさと隠居して子供達と戯れたいんじゃ~っ!?」という、ロマ爺の日常。 短編『わし、八十九歳。ぴっちぴちの新米教皇。もう辞めたい……』を連載してみました。不定期更新。

最底辺の落ちこぼれ、実は彼がハイスペックであることを知っている元幼馴染のヤンデレ義妹が入学してきたせいで真の実力が発覚してしまう!

電脳ピエロ
恋愛
時野 玲二はとある事情から真の実力を隠しており、常に退学ギリギリの成績をとっていたことから最底辺の落ちこぼれとバカにされていた。 しかし玲二が2年生になった頃、時を同じくして義理の妹になった人気モデルの神堂 朱音が入学してきたことにより、彼の実力隠しは終わりを迎えようとしていた。 「わたしは大好きなお義兄様の真の実力を、全校生徒に知らしめたいんです♡ そして、全校生徒から羨望の眼差しを向けられているお兄様をわたしだけのものにすることに興奮するんです……あぁんっ♡ お義兄様ぁ♡」 朱音は玲二が実力隠しを始めるよりも前、幼少期からの幼馴染だった。 そして義理の兄妹として再開した現在、玲二に対して変質的な愛情を抱くヤンデレなブラコン義妹に変貌していた朱音は、あの手この手を使って彼の真の実力を発覚させようとしてくる! ――俺はもう、人に期待されるのはごめんなんだ。 そんな玲二の願いは叶うことなく、ヤンデレ義妹の暴走によって彼がハイスペックであるという噂は徐々に学校中へと広まっていく。 やがて玲二の真の実力に危機感を覚えた生徒会までもが動き始めてしまい……。 義兄の実力を全校生徒に知らしめたい、ブラコンにしてヤンデレの人気モデル VS 真の実力を絶対に隠し通したい、実は最強な最底辺の陰キャぼっち。 二人の心理戦は、やがて学校全体を巻き込むほどの大きな戦いへと発展していく。

人の身にして精霊王

山外大河
ファンタジー
 正しいと思ったことを見境なく行動に移してしまう高校生、瀬戸栄治は、その行動の最中に謎の少女の襲撃によって異世界へと飛ばされる。その世界は精霊と呼ばれる人間の女性と同じ形状を持つ存在が当たり前のように資源として扱われていて、それが常識となってしまっている歪んだ価値観を持つ世界だった。そんな価値観が間違っていると思った栄治は、出会った精霊を助けるために世界中を敵に回して奮闘を始める。 主人公最強系です。 厳しめでもいいので、感想お待ちしてます。 小説家になろう。カクヨムにも掲載しています。

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

処理中です...