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変態の矜持

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 牢屋から抜け出した俺とパトリシアとクソ魔術師は、四方を鉄に囲まれた、無機質な通路を歩いていた。
 通路には窓や扉などは一切なく、俺たち三人の足音だけが、カツンカツンと反響していた。


「結局、俺も行くんですね……」


 ため息交じりに不満を漏らすクソ魔術師。
 いちいちこいつに構うのも癪だが、こいつは色々な意味で監視しておかないと、後々、面倒なことになってくる。
 それにどのみち、最終的にはネトリールの野望は食い止めておかないと、色々とまずいことになる。
 例え、ネトリールが地上世界を完全に壊滅させなくても、魔王や魔物たちは、必ずこの混乱に乗じて攻めてくる。
 そのさせないためにも、こいつの戦力がどうしても必要になってくる。ネトリールを必ずここで叩くために。
 まあ、最悪、魔法が使えないままのポンコツでも、身代わりぐらいには使えるし。


「……おまえだって、ひとりじゃなんも出来ねえだろうが。それとも、あの筋肉ゴリラを召喚するか? 召喚出来るのか? サモンしてしまうのか?」


 俺は、歩は止めず、振り返らず、会話が続かなさそうな返しをした。


「あのゴリラは召喚獣でも使い魔でもありません。ただの筋肉質なゴリラです。召喚術式にも応じないでしょう。それに、そもそも、いま魔法は使えません」

「マジメだな! おい!」

「はい。マジメですので」

「どの顔で言ってんだか……」

「あの、ユウトさん……?」


 隣で、小走りでついてきていたパトリシアが、俺の顔を見上げながら話しかけてきた。
 男と女――というよりも、そもそも、身長が違うので、歩幅も違ってくる。
 パトリシアに配慮して、走らずに、すこし早歩きにしてたけど……、ここはもうすこし速度を落としたほうがよかったかな。
 パトリシアよりも身長の低いアーニャは、俺たちの走る速度についてきてたけど……それはやっぱり、アンドロイドだったから、という事なのだろう。こうして見ると、姉妹でだいぶ運動量が違う。


「どうかした? パトリシアちゃん? 速度を落とそうか?」

「ぱ、パトリシアちゃん……!」


 パトリシアはそう、上ずったような声で言うと、顔を真っ赤にして俯いてしまった。
 しまった。
 つい、アーニャと同じように接してしまったけど、パトリシアもアーニャも王族。
 馴れ馴れしく接し過ぎたか……。


「あ、ごめん、ちょっと馴れ馴れしかったかな……」

「馴れ馴れしいですね。猛省してください」

「おまえには聞いとらん」

「い、いえ……そんなことはありませんわ。すこし、新鮮……というよりも、慣れない呼ばれ方でしたので……、申し訳ありません。と、取り乱してしまいましたの」

「じゃあ、王女様って呼んだほうがいい……?」

「ぱ、パトリシアちゃんとお呼びしていただいて、結構ですわ、ユウトさん」

「え、でも……」

「パトリシアちゃんとお呼びください」

「う、うん、わかった。それで、どうかしたの? 何か用?」

「あ、はい。あの……とても、今更なのですけど、そちらの方は……」


 パトリシアはそういうと、ちらりとクソ魔術師のほうを見た。


「ああ、こいつはただの俺の従者だよ。名前はないから『おい』とか『そこの』みたいな感じで呼んでやれば――」

「こんにちは。改めて初めまして、お姫様。俺の名前はジョンです。しがない魔術師をやっています。以後、お見知りおきを……」

「まあ、それでは……?」

「さすが、ご存じのようで。そこの男は元、俺の従者だった男なのです」

「ウソを教えてんじゃねえよ!」

「あなたこそ」

「いえいえ、存じ上げておりますわ。ジョンさんとユウトさんといえば、名高い勇者ユウキさんのパーティの一員でございましょう? ネトリールを救ってくださった、救世主一行様ですわよね? 華麗な剣さばきと、多種多様な魔法を扱う勇者ユウキさん。剣を持たせれば、右に出る者はいない、屈強な戦士セバスチャンさん。殲滅から回復までを一手に担う、稀代の天才魔法使いジョンさん。あとは、えーと……ユウトさん?」

「……なんか、すごいデジャヴを感じる。もしかして、ネトリールでは俺の事はペットか何かだと思われてるのか?」

「そ、そんなことは決して……!」

「しかし、それはしょうがないのではないですかね」

「なにがだよ」

「ネトリールでなら、という意味です。魔法を知らない人からすれば、エンチャンターなんて、後ろでワチャワチャやってるだけの変人ですから。そのようにぞんざいに扱われていても、なにもおかしくはないかと。……というよりも、ここは覚えてもらっていること、それ自体に感謝しておいたほうがいいのではないでしょうか?」

「うん、まあ、理屈はわかるけどさ。おまえはなんでそんなに、俺の神経を逆なでしてくるんだ?」

「さあ?」

「うぜえ……! ぶっ飛ばしてえ……!」

「お、おふたりは仲がよろしいのですわね……」

「どこがだよ!?」
「どこがですか」


 元気よくハモる俺たち。
 俺はそれにまた、頭を抱える。
 これ以上うだうだやっていると、頭痛がさらにひどくなる。
 ここは俺から切り出して、話題を変えたほうがいいか……。


「そういえば、さっきから職員や看守? みたいな人たちの姿は見えないけど、もしかして、ヴィクトーリアの処刑の準備に忙しいとか?」

「あ、いえ……その……」


 言いづらいのだろうか。
 パトリシアはまた、顔を俯かせ、もじもじしはじめた。


「ごめん、言いたくなかったら――」

「ぽこんと……」

「え?」

「その、ぽこんと……やって……」

ぽこん・・・って、何?」

「あの、油断していた守衛さんたちの頭を……その……」

「もしかして、ボコって殴ったの?」

「あ、いえ……ちがいます」

「だ、だよね。パトリシアちゃんがそんなことするわけ――」

ぽこん・・・、です」

「あ、あくまでそれぽこんにこだわるのね……」


 再び、三人の間に、得も言われぬ沈黙が横たわった。
 あまりにも深い、重い沈黙が俺の双肩にずしりとのしかかってくる。
 大胆な性格はアーニャ譲りなのか……、はたまたネトリールの王家譲りなのか。
 とにかく、目の前の王女様はあまり怒らせないほうがよさそうだ。
 そろそろ、この空気に耐えられなくなってきた頃、パトリシアが口を開いた。


「しかし、どうしてまた、そんなお方が姉さ――アン様と一緒に旅を?」

「……え? ちょっと待ってください。なんですか、あなた。なにか妙だとは思っていましたが、もしや、王女様をパーティに加えていたのですか?」

「なんだよ。悪いか?」

「いいえ。ただ、俺もここへ着いたとき、ちらっとだけですが、アン姫の姿は見たのですが……、あなた、まだそういう趣味を持っていたんですか……」

「そういう趣味……?」


 クソ魔術師のアホな発言に、パトリシアが首を傾げる。
 何をイキナリ言い出すんだ、こいつは。
 よりにもよって、妹の前で。


「ば……! ちげーよ! ばーか! ……ばーかばーか!」

「なにが違うのですか……この、ロリコン」

「ろりこん……?」

「ろ!? ……リコンじゃねえよ! 俺はほら、あれだよ。子供のときから好きな女の子のタイプが一緒なだけだわ! 一途と呼べ! 一途と!」

「まあ、それは素敵ですわ。ユウトさん」

「フン、それをロリコンと呼ぶのでしょう」

「……あの、ユウトさん。さきほどから耳にする、ろりこん・・・・とは、一体、何なのでしょう?」

「えっとね。さっきも言ったけどね。一途な人を指す言葉なんだよ? 決して、特殊性癖を拗らせている変態を指す言葉じゃないんだ。どちらかというと紳士だね、紳士」

「なるほど。とても勉強になりますわ」

「まったく。あなたはお姫様に嘘をついて、何がしたいん――」

「うんうん。パトリシアちゃんも、これからの人生、いろいろと勉強していくと思うけど、その度に決して受け身にはならず、きちんとその情報の真偽を自分で吟味しなくちゃならないんだ。要するに、本当の事と本当じゃないことを見極めていく力も養っていかなきゃならないってことだよ。この場合、本当じゃないことを言ってるのは、そこの出来損ないの魔術師だね。ちなみに、あいつは極悪人だからなにも、信じないでね」

「え? で、ですが、ジョンさんはネトリールを救って――」

「ああ、ごめん。言い方が悪かったね。あいつは妄想癖で虚言癖持ちなんだ」

「なんだ、そういうことですの」

「……何故、そこで納得されるのですか……」

「うん。だから、あいつの言うことは話半分……いや、なんかもう、そこらへんの鳥がさえずっているのと同じ程度に聞き流したほうがいいんだよ」

「わかりましたわ」

「あなたはよくもそんな出まかせを、ベラベラと――」

「えっと、アーニャちゃんと一緒に冒険してる理由だよね? というか、この場合はこいつらと一緒に旅をしていないことかな?」

「は、はい」

「うん。じゃあ、道すがら教えてあげようね。その間、こいつの話は聞かなくていいからね」

「はぁ……」


 俺は背後から聞こえてくるため息を無視し、アーニャとの出会いを、パトリシアに話して聞かせた。
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