53 / 140
みっちゃん奪還大作戦
しおりを挟むポセミトールの郊外。
俺たちの前方には、何かから逃げるようにして、一心不乱に街道をひた走る、小型の馬車があった。
「ビースト、もっとだ。もっとスピードを出せんのか!」
俺は馬上ならぬ、猫上からビーストに指示を下す。
「ご主人に衝撃を与えない走り方とにゃると、これが最高速度にゃ。もっと速度をだしてほしいにゃら、ご主人がニャーに付与魔法をかけるしかないにゃ」
ビーストは俺を背負いながら、少しだけ振り向いて答えてみせた。
「確かにそうだ。……いくぞ。反動で、あとで筋肉痛になるかもだけど……『疾風迅雷』」
俺の指先から緑色の光がほとばしり、ビーストの脚を包む。
俺の付与魔法はもはや、杖を媒介としなくても、通常通りの魔法を繰り出せていた。
どうやら、相当に癪だが、ビーストの言う通り、あの杖は本当にただの棒きれだったらしい。
グン――
ビーストのギアが一段階あがるのと同時に、全身に重力負荷がかかる。
しかし、ものすごい速さで走っているのにも関わらず、風の抵抗を一切感じない。
まるで、風がよけていく感じ。
なるほど、付与魔法を受けると、こういう感覚になるのか……。
そう考えているうちに、俺たちは前方――馬車に、グングンと近づいていく。
――あの馬車こそが、俺たちの目的。
馬車には暗殺されたとされる、みっちゃんが乗っている……と、喫茶店二階の、テラスにいた黒服は言っていた。
それを聞いたときは愕然としていたが……、しかし、俺たちはまだ、みっちゃんが生きているという、一縷の望みにかけていた。
巨大組織の頭を、街中で殺すことは相当リスキー。
ということは、このように、セオリー通り、外に連れ出して殺すのが、一番無難だと踏んだ。
そして、その予想は概ね、正しかった。
こうして、俺たちから必死に逃げるさまが、それを証明している。
「――にゃ。ところで、追いつくのはいいにゃが……、どうやって馬車を止めるにゃ?」
「そうだな。強引に……は、無理か」
仮に死んでいたら……いや、みっちゃんは生きている。そんな気がする。……だから、手荒に止めるのはナシだ。そんなことをして、馬車が横転やらなんやらして、みっちゃんが負傷してしまうのは避けたい。
ということは、キャビンの車輪を抜き取ることも無理だ。馬を殺したりして、止めるのも無理。
だったらもう、あちらさんが止まるのを待つしかないか。
でも、どうやって……。
「ニャニャ!? ご主人、見るにゃ。前にゃ」
「前……? あれは――」
馬車後方、キャビンの中から現れたのは、そこら辺にいる黒服とはまた違う、気弱そうな男。
その男が、果物ナイフほどの刃物を、頭に麻布をかぶせられ、両手を後ろで縛られている女性の喉元にあてがった。
男は必死になにかを叫んでいたが、こっちは男の話など、聞く気にはならなかった。
込み上げてくるのは怒り。
俺の目は自然とその男を睨みつけ、俺の口からは自然と無謀な提案が吐き出された。
「ビースト! 俺を投げ飛ばせ!」
「にゃにゃ!? ご乱心!?」
「早くしろ。問答してる暇すら惜しい!」
「いやいや……え?」
「いいから!」
「……ど、どうにゃっても、知らないにゃよ!」
ビーストはそう言うと急停止し、負ぶっていた俺を、体の正面まで持ってきた。
「ご主人、体を丸めるにゃ」
――というビーストの声に、俺は急いで両手で膝を抱え込んだ。
「いいか、狙いはあの男だ」
「にゃ。了解にゃ」
ビーストは俺を片手に持ち、振りかぶると――
「よーし、いくにゃー! 飛んでけー!」
思い切り、投げ飛ばした。
ものすごい速さで、まるで弾丸にでもなったかのように、風を切り裂き、風景を追い越していく。
グルグルグルグル回転する体で、かすかに捉えたのは、男のビックリした顔。
次の瞬間、俺の体に、稲妻に撃たれたような激しい痛みが走る。
遠くのほうで聞こえる、『ストラーイク!』という、ビーストの声を聴きながら、俺の意識は――
◇
「――ハッ!?」
目覚めると、俺の眼前には、涙をポロポロと、俺の目鼻口に落としてくる、みっちゃんの顔が飛び込んできた。綺麗だった顔にはところどころ痣があり、鼻孔の下には、鼻血を拭きとった後とおぼしき、血の線がかすかに見えた。
「お゛……、お゛ぎら゛ぁ゛っ……! ユ゛ヴぐん゛……!」
もはや、何を言っているかわからないほどの涙声で、全身激しい痛みで動けない俺の体を抱きしめてきた。
「いあだだだだだだだだ!! 痛いって、みっちゃん!」
「うぅ……、ごめんね、ごめんね、ユウくん……」
みっちゃんはそういうと、俺の上半身をゆっくりと起こしてくれた。
近くには停車した馬車。
ということは、止められたということだろう。俺の決死のダイブで。
じゃあ、あの男は……?
聞きたいこと、拷問したいことが山ほどある。
けれども、周囲を見渡すが、それらしき影はなかった。
目につくのは、遠くのほうにあるポセミトールの街と……、なにかを地面に埋めている、ビーストの姿。
「……おい、ビースト。おまえなにやってんだ?」
「うにゃ? おお、ご主人。生きてたにゃ。さすがだにゃ」
「いや、そうじゃなくて、おまえそれ、何してんだ?」
「これにゃ? これは、不届き者を地に還してるのにゃ、来年にはきっと、綺麗な花が咲くにゃ。皮肉だにゃ。悪党ほど綺麗な花が咲く」
「……おまえ、それ、馬車にいたやつか?」
「にゃ」
「アホか! 聞きたいこと山ほどあったのに、生き埋めにする奴があるか!」
「いやいや、この不届き者は、もう死んでたにゃ。にゃから、生き埋めじゃにゃくて、死に埋めにゃ」
「え?」
「当たり所が悪かったんにゃ。それくらい、ニャーの剛速球……もとい、剛速ご主人の威力は強烈だったんにゃ。にゃから、ご主人もてっきり死んでるものかと……」
ゾッとして、俺は自分の手のひらを見て、手の甲を見て、脚をみた。
生きてる……よな?
やっぱ、無謀が過ぎたか……、一歩間違えれば、俺もアイツのようになっていたってことか……笑えない。
「でも、どうするんだよ。喫茶店のあいつらから聞いたのは、みっちゃんのいる場所だけで、今回の事については、なにも……」
「私が話すよ」
「え? でも……」
「いいの。せっかく昨日、睡眠薬まで飲ませてたのに、ここまで来ちゃうんだもの。お姉ちゃん、呆れちゃうなぁ。……でも、ありがとね」
「い、いや……礼はいらな――す、睡眠薬……!?」
「気づかなかった? コーヒーの中にこそっと……ね。ごめんね? ほんとは昨日の夜から今日の夜まで、丸一日眠ってるはずなんだけど……」
「……おい、ちょっと待て」
俺は視線をゆっくりと、ビーストに向けた。
ビーストは何かを察したのか、急にソワソワと、挙動不審になりはじめた。
やっぱりか。
昨日、俺はユウと、ビーストに手を出していなかったのだ。
事実無根。
大方、何しても起きない俺に対し、好き放題、悪ふざけをやったのだろう。
「にゃ……、にゃんのことかにゃー?」
「まだ何も言ってないぞ」
「こ、心の声が駄々洩れなのにゃ」
「俺の心の声が聞こえているということは、おまえはいま、罪の意識に苛まれているということだ。観念しろ。お前は後で、相応の罰を受けさせる。俺を謀った罪は重い」
「そ、そんにゃあ……」
「だけど、いまは……ぐっ!?」
俺は立ち上がろうとするが、傷みがひどいせいで立ち上がれない。
再び支えを失った俺を、みっちゃんは優しく抱きかかえてくれた。
「その体じゃ、まだ無理だよ。いまは私の話を聞いて、ね?」
「……わ、わかったにゃ」
0
お気に入りに追加
749
あなたにおすすめの小説
勇者に闇討ちされ婚約者を寝取られた俺がざまあするまで。
飴色玉葱
ファンタジー
王都にて結成された魔王討伐隊はその任を全うした。
隊を率いたのは勇者として名を挙げたキサラギ、英雄として誉れ高いジークバルト、さらにその二人を支えるようにその婚約者や凄腕の魔法使いが名を連ねた。
だがあろうことに勇者キサラギはジークバルトを闇討ちし行方知れずとなってしまう。
そして、恐るものがいなくなった勇者はその本性を現す……。
悪役令嬢にざまぁされた王子のその後
柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。
その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。
そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。
マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。
人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。
勇者に大切な人達を寝取られた結果、邪神が目覚めて人類が滅亡しました。
レオナール D
ファンタジー
大切な姉と妹、幼なじみが勇者の従者に選ばれた。その時から悪い予感はしていたのだ。
田舎の村に生まれ育った主人公には大切な女性達がいた。いつまでも一緒に暮らしていくのだと思っていた彼女らは、神託によって勇者の従者に選ばれて魔王討伐のために旅立っていった。
旅立っていった彼女達の無事を祈り続ける主人公だったが……魔王を倒して帰ってきた彼女達はすっかり変わっており、勇者に抱きついて媚びた笑みを浮かべていた。
青年が大切な人を勇者に奪われたとき、世界の破滅が幕を開く。
恐怖と狂気の怪物は絶望の底から生まれ落ちたのだった……!?
※カクヨムにも投稿しています。
【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。
妹に陥れられ処刑決定したのでブチギレることにします
リオール
恋愛
実の妹を殺そうとした罪で、私は処刑されることとなった。
違うと言っても、事実無根だとどれだけ訴えても。
真実を調べることもなく、私の処刑は決定となったのだ。
──あ、そう?じゃあもう我慢しなくていいですね。
大人しくしてたら随分なめられた事態になってしまったようで。
いいでしょう、それではご期待通りに悪女となってみせますよ!
淑女の時間は終わりました。
これからは──ブチギレタイムと致します!!
======
筆者定番の勢いだけで書いた小説。
主人公は大人しく、悲劇のヒロイン…ではありません。
処刑されたら時間が戻ってやり直し…なんて手間もかけません。とっととやっちゃいます。
矛盾点とか指摘したら負けです(?)
何でもオッケーな心の広い方向けです。
はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~
緋色優希
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。
美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった
ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます!
僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか?
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる