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一触即発

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 伝説のアイドル、ユッキー。
 まるで天上の天使様が現界なされたような、可憐で清楚、楚々とした容姿。そんな天真爛漫な顔の造りとは裏腹に、この世の男すべてを虜にするほどの、洗練された曲線美。そしてなにより、その美声から紡がれる天上の歌声は、百年続く戦争を、終結させたともいわれている。
 戦地にいた兵士は、ユッキーの歌声を聞くや否や、涙を流し、持っていた武器を放棄したされているのだ。
 そんな、平和の象徴。まさに伝説とも呼べる存在。
 そんなユッキーの背中を掻いた杖だと……?


「興奮するじゃあないか」

「ダメだこいつ」

「ついに、おまえにもわかってしまったか。この棒の持つ、真の恐ろしさを」

「もう『棒』って言っているではないか! 杖ではないのか? それは!?」

「ご、ゴクリ……」

「なんでいま、『ゴクリ』ってわざわざ口に出して言ったのだ……」

「さあ、ユウト! この棒がほしければ、パーティに戻って来い!」

「ぐ……う……、うおおおおおおおおおおおおお! 俺はどうすれば……ァ!」

「いや……あの、そこは断ってくれないのか!?」

「はぁ、はぁ、はぁ……ふぅ。おい、セバスチャン」

「なんだ」

「その棒を寄越せ」

「え? もう、棒で統一するつもりなのか?」

「ククク……、ということは、パーティに戻ってくるということだな?」

「……いや」

「……なんだと?」

「棒はもらう。パーティにも戻らない。そして、金も払わない」

「おまえ、そんなワガママが通ると思っているのか……?」

「うん。わたしがこんなことを言うのもアレだが、それはさすがにワガママだと思う」

「ワガママだろうが何だろうが、俺は俺のルールを通す。ただそれだけさ……」

「な、なんて、最低なルールなんだ……」

「フ……、面白い。だったら、どうするんだ?」

「……どうでもいいのだが、なんでふたりとも、芝居がかった口調なんだ……」

「どうする……だと? わかりきったことを……力ずくで奪うまでだ! ユウ!」

「了解。排除します」

「な!? しま――」


 ユウはものすごい速さで、セバスチャンから棒をぶんどると、それを両手に持って、天に掲げた。
 そしてそれを地面と平行に持ち直し、勢いよく、下方へ振り下ろした。
 棒の振り下ろされた先には、ユウの膝。
 棒は乾いた音をたてて、まっぷたつにぶち折れた。
 ユウは両手に持った・・・・・・棒を、まるでゴミ袋を捨てるようにして、ホテルのロビーに投げ捨てた。
 棒はカランカランと音をたてながら、ロビーの上を無残に転がった。


「な――」

「何やってんだァァァァァァァァァァ!?」

「こんなのがあるから……! こんなのがあるから……! みんなが不幸になってしまうのよ……! みんなを不幸にしてしまうような棒なら、ないほうがマシだわ!」

「……なぜユウまで、そんな口調なのだ……?」


 ユウは両手で顔面をおさえると、そのまま、その場で泣き崩れた。


「おまえ、そんなキャラじゃないだろうが! 俺は取り返せって言っただろうが! なに、おま、これ……、折ってんだろうがァ! これ……折れてんだろうがァァ! ぽっきり逝ってんだろうがァァァ!」

「お、俺の……、一千万が……!」

「ほら、見ろ! あのセバスチャンが放心状態じゃないか! 見たことないぞ、こんなの」

「おにいちゃん、いまのうちだよ」

「なにがだよ!」

「放心状態のうちに、この大男をふん縛ろう」

「え? あ……、お、おう?」


 ユウはそう言って、荒く、ユウの手首ほどある、太いロープを取り出した。
 ……どこからロープを取り出したんだ、こいつは。





 ホテルのロビー。
 中心にある、直径五メートルの石柱に、ひとりの大男が張り付けられるようにして、縛り付けられていた。
 男は忌々しそうに、俺たちの顔を見渡している。
 途中、ホテルの職員と思しき男性が『お客様、当ホテルでそのようなプレイは困ります。きちんと然るべき店で、然るべき楽しみ方をしてきてください』と、声をかけられたが、俺たちはこれを一蹴。
『この男は、ホテルのロビーでしか性的快感を得られない、特殊性癖なのです』と適当な事を言ったら、憐れむような視線でセバスチャンを一瞥し、そのままフロントの奥へと消えていった。
 そしてなぜか、俺の隣ではヴィクトーリアが絶えず、アーニャの視界を手で覆うようにしていた。


「くっ、殺せ!」


 縛られた大男、セバスチャンが恥辱にまみれた表情でそう吐き捨てた。


「まぁ……、そのうちな」

「てか、べつにこんなことしなくても、暴れねえよ」

「口ではそう言って、本心はわからないから。……棒で掻くとか掻かないとか、これ以上、おにいちゃんの前で、下ネタを言わせるわけにはいかないの」

「そんな風には言ってねえよ!?」

「穢らわしい。近寄らないで」

「近寄れねえよ!?」

「あのぅ……ていうか、ユウさん? こいつ縛るだけだったら、杖まで壊す必要、なかったじゃないですかね」

「………………」

「そうですか。聞こえないフリですか。お兄ちゃん悲しいです」

「そろそろ、これ、解いてくれねえか? もう十分、俺を辱めただろ。安心しろ。いまのところ、そいつを連れて、パーティに戻る気はねえからよ」

「うそ」

「うそじゃねえよ。さっきも言ったろ、ついでの仕事があるんだよ。この街で」


 そういえば、さっきもそんなこと言ってたな。
 このタイミングで、ポセミトールでの仕事か。もしかすると、みっちゃんの件に関係してくるのか? 一概にそうとはいえないが……やっぱり、すこし気になるな。


「それって、どんな仕事だ?」

「言えるわけねえだろ」

「言ったら解いてやるよ」

「鎮圧」

「言うんかい。それで、なんの鎮圧だ?」

「暴徒と化すかもしれない、とある会社の社員たちのだ」

「社員が暴徒と化すかもって……、どんなブラック企業だよ……」

「一応、俺はあくまでも保険だとさ。そうならないよう、裏から色々と、手回しはしてあるみたいなんだけど、もしもの場合があるかもしれないから……、ということらしい」

「おまえ、それ、もしもの場合って……」

「ああ、はしゃぎ過ぎたやつは躊躇なく殺す」

「……ぶ、物騒だな。そんな会社、俺だったら絶対働きたくねえよ」

「俺もだ。で……もういいか?」

「ああ、ユウ。解いてやれ」

「いや、いい」


 セバスチャンは筋肉を大きく膨張させると、そのまま素手で、豪快に縄を引きちぎってみせた。あれほどまでに太かった縄が、まるで酸化したゴムのように、容易く千切れていく。セバスチャンはコキコキと首を鳴らすと、ホテルの玄関のほうを向いた。


「さて、行くか……。じゃあな、エンチャンター殿。また勧誘しに来るわ」

「もう二度と来るな。次来たら……、アレだ。ぶっとばす。割とマジで」

「おまえが? 俺を?」

「俺たちが、だ」

「へぇ」

「あと、あのユウキクソ野郎にも伝えとけよ。準備が整ったら、魔王の前にきっちり討伐してやるってな」

「おう! 面白れぇじゃねえか! そんなことされちゃ、たまったもんじゃねえからな。……なんなら、いまのうちに潰し合っとくか?」


 言って、セバスチャンがこちらを振り向く。
 その表情は、期待と威嚇とが、五対五ほどの割合でブレンドされていた。
 俺はセバスチャンとは目線は合わせず、ユウの後ろに隠れた。


「や、やってみっか!? んな顔しても、怖くねえからな!」

「ゆ、ユウト……、おまえはもう少し、このパーティのリーダーらしくだな……」

「フン、冗談だよ。いま、おまえを殺したら、俺がユウキに殺されるからな。……ただ……」

「ただ……、なんだよ?」

「ユウト以外は殺すな……、なんて言われてないからな……?」


 ビリビリと、空気が肌にあたってはじける感覚。
 目の前の大男は――セバスチャンは、本気で俺たちを威圧してきている。
 それは、かすかに震えるユウの背中越しからでも、十二分に伝わってきていた。
 珍しく、ユウも緊張しているのだろうか……?
 俺はこそっと、顔だけ出して、ユウの表情を確認する。
 しかし、その瞬間、俺は戦慄する。
 ユウの瞳孔は完全に開いており、口角がニィっと上がっている。
 まるで、はじめて自分と対等の相手が現れたような、そんな嬉しさ。
 そういったものが、ユウの表情から、ありありと感じ取れた。


「――いい表情だ。おまえの妹さん、おまえなんかより、ずっと、俺ら側に近いな」

「……どういう意味だよ」

「もしおまえがいなかったら、真っ先に潰す候補に挙がるやつだってことだよ」

「チッ、言ってろ」

「じゃあな! 達者でやれや!」


 セバスチャンはそれだけ言うと、そのまま俺たちに背を向けて、ホテルの玄関から出ていった。

――――――――――――――――――――――――――
読んでいただき、ありがとうございます!

ここで、お知らせをば……。
今まではだいたい24時を目安に投稿していたのですが、今日からは8時ごろに投稿させていただきます。
理由としましては、起きられないからです!
生活のサイクル的に24時はものすごく眠いのです。
だったら朝にしようということで、変更させていただきました。
予約投稿使えばいいじゃんとおっしゃる方がおられるかもしれませんが、ちょうど24時に投稿される予約投稿と、1分ずらして投稿するのとでは、読んでくれる方の数が違ってくるのです。
申し訳ないです。
24時まで起きてるのはキツイ(笑)
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