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討伐対象の告白

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 教室窓側の後ろから2番目。
 それが僕の新しい席だ。
 一列ずつ、男子女子男子女子で分けられているのに、当然のように、僕の前には月城、後ろにはザブブが配置されていた。
 露骨すぎる。
 あまりにもあからさま過ぎる。
 そして何故か、皮膚がヒリヒリと痛む。
 目は口程に物を言うとはあるが、これはもはや刀。
 僕は今、視線という名の刀でめった刺しにされていた。


「なんで志藤が……」
「なんで志藤が……」
「なんで志藤が……」
「なんで志藤が……」
「なんで志藤が……」


 このように、男子生徒のほぼ全員が、僕の名前を繰り返し呟いている。
 しかしこの状況……よくよく考えてみると、月城はともかく、ザブブも近くにする必要なくないか?
 必要ないよね?
 こんな感じで悪目立ちするだけだろうし。
 というか、この溢れんばかりの負のオーラにどっぷりと浸かってしまったせいで、気分が悪くなってしまったみたいだ。
 心なしか頭が痛い。
 横になりたい。
 時間逆行したい。
 なんというか、もう、ずる休みしたくなった。
 始業式早々に……と思うかもしれないが、授業などがない始業式だからこそだ。
 本来、今日は席替えだけして帰るはずだったのに、ザブブのせいで色々と面倒なことになってしまった。
 ハルゴンめ。これもきちんと理由あっての事だろうな。……まあ、それはそれとして、今は一刻も早く休みたい。


「あの、ちょっといいですか、先生」

「いかがなされましたか! 志藤様!」


 こいつに至ってはもう無視だ。
 ワザとやっているのか、面倒になっただけなのか、僕はもう、これ以上こいつに絡んでも、なにひとつ得をしないという事がわかった。


「……体調悪いんで保健室行っていいですか」

「な、なんと……!? おい、ザブブ! 急いで志藤様に回復魔ほ――」

「だ、大丈夫です! 民間療法で治しますんで……」

「いえいえ、それで治るのはハッピーな頭だけで……あ! そうだ! 頭痛でしたら私、いま優しさで出来ているアレを持っているのですが! こういう時の為に常備しているのですが! いかがなさいますか?」

「これ以上、僕に構うな」

「……わかりました」


 僕が突き放すように言うと、ベリアンヌはシュンと俯いてしまった。
 僕は若干の罪悪感を抱きながら教室から出ていくと、そのまま保健室を目指し、歩き始めた。
 もうどのみち学校は終わりだけど、このままでは度重なる疲労で、魔王城雑居ビルまでの帰り道で倒れかねない。
 なんというか、ベリアンヌは過保護がすぎる。
 僕がまだ小さいころから、あいつはこんな感じだった。
 小石に躓いて膝を擦りむいた時は、その小石を焼き払い、箪笥たんすの角に小指をぶつけた時も、その箪笥を焼き払い……て、あれ? 
 思い返してみてアレだけど、これは『過保護』というものにカテゴライズしてよいものなのだろうか。わからなくなってきた。わかりたくもなくなってきた。……よし、あまり、深くは考えないでおこう。





「………………」


 人の気配を感じる。
 僕は今、学校の保健室のベッドで、仰向けで寝ていた。
 秀典高校保健室のベッドは、一台一台、ベッドの周りを、白いカーテンで囲っており、使用中ならカーテンは閉じられ、未使用ならカーテンは開かれている。
 そういう風に、ひとめでわかるのだが、なぜか僕のカーテンには、人影が映っていた。
 なぜだ。
 なぜ、そこでじっと僕を見ているんだ。
 というか、誰だ……!?
 まず、これはたぶん一般の生徒ではない。
 普通なら違うベッドのところへ行くか、今、保健室に保険医がいないことを察し、どこかへ行くはずだ。
 そして、ベッドは僕が来た時には既に満室だった。
 始業式なのに、これほどまでに軟弱者がいるのか……とぼやきそうになったが、僕もその内の一人だったので、何も言えなくなった。
 そしてもうひとつ。
 間違っても、まる5分間もの間、他人のベッドの横に立ち続けることなど、するはずがないのだ。
 ……ということは、四戦士のうちの誰かという事になるんだけど……あの影の小ささからして、ハルゴンやアトモスじゃないのはわかる。
 必然的に、残りはベリアンヌかザブブという事になるんだけど、そもそも声をかけてくれればいいのに、なぜそこまで頑なに、じっと立っているんだろう。
 心配して来てくれたのか、単なる嫌がらせか。
 ……しょうがない。ここは僕から切り出してやるか。


「……なあ、もうホームルームは一通り終わったのか?」

「………………」


 返答は無し。
 ということは、ベリアンヌだろうか……?
 だったら、嫌がらせというセンがなくなる。
 さっきの僕の言い方のせいで、あいつもすこし僕に遠慮しているのかもしれない。
 いくらテンパって、空回っていたからといっても、ベリアンヌはただ、僕のことを心配してくれていただけだ。
 僕はそれを考えないで、ひとりで不機嫌になって、あいつを傷つけてしまった。
 ここで押し黙ってしまうのも、無理もないといえば、無理もない。


「あの……さ。さっきはごめん。いくら部下とはいえ、その……強く当たりすぎたかもしれない。でも、これから大事な任務をこなしていくんだ。さっきみたいなことがあれば、いずれバレてしまうかもしれない。だから、僕もつい熱くなってしまったんだ。『赦してほしい』って言うのはちょっと変だけど、悪かったとは思ってる」

「ううん、気にしてないから」

「そうか。よかっ――うん?」


 僕の声に返答してきたのは、ベリアンヌの声とは似ても似つかない、すこし気怠さの混じった声だった。
 もしかして、この声の主は――


「ところで、大事な任務って……なに?」


 僕はベッドから跳ね起きると、囲っていたカーテンを勢いよく開けた。
 そこに立っていたのはベリアンヌではなく、月城結菜だった。
 月城は怪訝そうな顔を浮かべるでもなく、無表情で、中腰で固まっている僕を見下ろしていた。


「あ、あれ? なんで月城さんがここに……?」

「先生の指示。体調を見て来いって」

「さ、さいですか……」


 しまった。
 こいつの存在を完全に失念していた。
 というか、なんでこいつを寄越すんだ。バレたらどうするんだ。こういう風に!
 いや、目的はわかる。大方、話すきっかけを、みたいな感じで派遣されたのだろう。
 だけどこれ……そんなの、知らないじゃん。
 事前に告知してくれないと対応できないじゃん。


「それで、大事な任務って、なんのこと?」

「えっと、頑張って勉強して、いい大学に入ろうっていう――」

「さっきの内容からして、勉強や部活じゃないってのはわかる」

「そ、それは……」

「ねえ……」


 月城は小さく呟くと、ずい――と僕との距離を詰めてきた。
 お互いの鼻と鼻とが、ぶつかってしまいそうなほどの至近距離。
 僕はその圧に屈し、ベットの上に倒れこんでしまう。
 しかし、月城も折り重なるようにして、僕の上に倒れこんできた。
 再び、僕と月城の鼻と鼻がぶつかってしまいそうなほどの距離。
 ベッドが二人分の体重を受け、ギシ……と沈み込む。
 これはマズイ。
 殺られる。
 時間逆行の最速記録を更新してしまったか……?


「……あたしたち、会ったことある?」

「え?」

「あたし、あなたにどこかで会った事がある気がするの」

「ぼ、僕は初めてだけど……」

 僕はそう言って、視線をすこし逸らす。

「ウソ」

「え?」

「あたし、ウソをついてたら、ウソをついてるってわかる」

「汗をなめなくても……?」

「汗……?」

「あ、ごめん、こっちの話だから……」


 あまりの事に動揺しすぎて、思わず取り乱してしまったが……マジかよ。
 そんな特技があったなんて聞いてない。それに、ウソってどのくらいまでわかるんだ?
 シンプルにウソかホントかだけを判別するのか、なぜ、どのようにウソをついているのか……までわかってしまうのか。
 だとすれば、これ以上の問答は危険。
 僕は黙秘権を――


「黙っててもわかる」

「な!?」

「あたしは言葉を聞くんじゃなくて、その人を見て判断する。だから、誤魔化しは効かない」

「んな、バカな……」

「じゃあ、最初の質問。あたしたち、会ったことある……?」

「はじめまして、です」

「……そう。会ったこと、あるんだ」


 ヤバい。マジでバレてる。
 このままここにいても状況は悪化するだけだ。
 はやくこの保健室から出ていかなければ。
 僕はベッドから急いで降りようとするが――
 ガシッ。
 月城の細く、白い指が僕の手首を、がっちりとホールドしてきた。
 逃げられないし、動けないし、ギリギリとしまって若干痛い。
 まるで万力のように、抗えない力で僕の腕を締め上げてきている。
 こいつ、この力はどこから来ているんだ!?


「ふたつ目の質問」

「ま、まだあるんですか……!?」

「あたしが誰か、知ってる?」


 さて、どう答える。
 さっきはウソをついてそれを看破された。……ということは、今度は逆に、本当のことを言ってみたらどうだろうか。
 黙ってもバレる……それは即ち、結論ありきで質問をしているからではないだろうか?
 よし、ここは虚を突いて――


「し、知ってる……けど……?」

「……うん。それは本当みたい」

「……あれ?」


 アホか。僕、アホか。
 やっぱり、こいつの言ってることは、デタラメでもなんでもない。
 こいつには本当に、僕の言っている事の正否がわかるのだろう。
 だとすれば、是が非でもここから脱出しなければならない。
 ……いや、ちょっと待て。
 そもそもこいつは、僕の事をある程度知って――違う。そうじゃない。
 こいつはもうすでに、僕の正体を、突き止めているのかもしれない。
 だとすれば、これは尋問ではなく、裏どりという事になる。
 もしここで、全てが白日の下に晒されてしまえば、それこそ何もかもが水泡に帰してしまう。
 それだけはなんとしても阻止しなければならない……んだけど、でも、だからといって、僕にこの状況から抜け出す術はない。
 やはり、もうあきらめて時間逆行をするしか――


「み……っ、みっつめ。あなたがあたしの運命の人?」

「へ?」

「……ようやく、みつけた」


 ウンメイノヒト……?
 こいつ、いま運命の人って言ったか?
 僕の事を?


「あ、あの……? それは……どういう……ことでしょう……?」

「……1、あたしは会ったことがないけど、あなたはあたしを知っている」

「え……っと……」

「2、あたしのことを勇者だって知ってる。いままで、誰にも言ったことがないのに」

「え? ああ、うん……」

「3、だから、あなたはあたしの、運命の人」

「うん……、うん?」


 話が飛躍し過ぎているため、いまいち要領を得ないが……つまり、これは……どういうことだ?
 何が起こっているんだ?
 僕はこれから、殺されるのか?


「……どうかした? ぼーっとして」


 そう言って、月城は僕の目を覗き込んできた。


「ちょ、ちょっと待って、いまいち状況が理解できない。整理させてくれ……」

「うん」

「その前に、まず僕からどいてくれる?」

「うん」


 月城はそう頷いてみせると、ゆっくりではあるが、僕の上からどいてくれた。
 僕はゆっくりと上体を起こすと、ベッドの上に座るような形で、立っている月城と向かい合った。


「……えっと、君は一体……?」

「あたしは月城結菜。勇者してる。……いまさらこの情報、言う意味ある?」

「そ、そっかー、勇者かー、ふーん? ロールプレイングゲームのやりすぎかなー?」

「そういうのは、いい。白々しい」

「ぐぬ……! そ、そんな勇者様が、僕なんかに何の用ですか」

「……最初は、なんでさっき、『魔王』って言ったか、訊きだそうとした」

「ま、魔王? そんなこと、言ったっけかなー?」

「……それで、ここまで来た。けど……」

「けど……?」

「あなたを見ていると……、運命を感じた」

「う、運命……すか……」


 いきなり何を口走っているんだ、このちんちくりんは……と思うかもしれないが、そんなことはない。
 僕だって、こいつに運命を感じている。
 ただ、ロマンス的な運命ではなく、フェイト的な……所謂いわゆる因縁とか、そういう意味での運命だ。
 なにせ、魔王と勇者なんだもの。
 なにか、ビビっとくるものがあっても、不思議じゃない。
 ……というよりも、僕も最初こいつを見たとき、直感的になにかを感じ取ったのを覚えている。
 その時は、まさかこいつが勇者だなんて思ってもいなかったが……。


「うん。うまく言えないけど、なんというか……」

「なんというか……?」

「殺したくてうずうずしてる」

「うん?」


 コロス?
 ちょっと! 今この子、殺すって言わなかった?
 物騒だよ!


「……あなたは、あたしを殺したいと思う?」

「……へ?」


 突然のよくわからない質問。
 そして、不意に僕の手が月城に掴まれる。
 そうすると、月城は僕の手を掴んだまま、ゆっくりと自分の首元へあてがった。
 右手人差し指がちょうど、首の横、頸動脈に触れている。
 月城の血管が、とくんとくんと脈打っているのがわかる。
 こいつ、自分が何をやっているのかわかっているのか……!?
 ――僕の両手はいま、月城の細い首を掴んでいる。
 月城は魔力で首を防御している気配はない。
 生身の……ただの首。
 やろうと思えば……力を込めれば殺せる。
 僕の、初代様の悲願が果たされる。
 だけど――


「え?」


 冷たい感触が手の甲を伝い、僕はハッとする。
 涙……?
 僕は顔を上げ、月城の顔を見た。
 その一瞬、僕の脳裏に、なにかがフラッシュバックする。
 捉えどころのない、フワフワしたもの。
 その輪郭さえもよくわからない。
 ――ただわかるのは、僕は手に、一切力を込めることが出来なかった。
 

「……でも、安心して。あたしはあなたを・・・・殺したりはしない」

「え、ど、どういう……?」

「あたしのお母さんもそうだった」

「そうだったって?」

「お父さんを殺したくて殺したくて……たまらないほど愛してたって、言ってた」

「それはなんとも歪ん……素敵だと思います」

 
 しまった。
 魔王ともあろう者が、相手の顔色を窺ってしまった。
 それも、よりにもよって勇者の顔色を。
『歪んだ愛だ』
 なんて言えなかった。
 もはやそれは、歪みすぎて、愛とは呼べないのではないだろうか。
 みたいなことも言えなかった。
 なんでそこでヘタレてしまうんだ、僕は……て、ちょっと待てよ。
『愛』というものが、こいつにとって『殺したくてたまらない対象』だということは、こいつの言う運命って、因縁的なものじゃなくて――


「あの」

「なに?」

「僕の勘違いだったら申し訳ないんですけど……その、僕って今、告られてます?」

「ん、反省……言葉足らずだった。本当は色々と、言っていい事と悪い事があったけど……あなたに会えて、ごちゃごちゃになったの」

「そ、そうだよね。勘違いも甚だしいよね。ただちょっと、脳みそにビビっと電気が走ることなんて、よくあることだもんね」


 やべえ、何を言ってるかわからねえ……。


「だから決めた」

「ん?」

「これは告白。あたしの運命の人、絶対にあなたを殺して・・・、救ってみせる」

「……え?」


 トス――
 胸に広がる熱い感触、冷たい感触、痛い感触。
 それがどんどん全身に行き渡ってゆく。
 次第にポタポタと、とめどなく僕の胸から溢れ出ていく。
 これが……恋?
 なんて、悠長なことなど言ってられるはずもなく、僕は、魔王は――胸にナイフを突き立てられていた。
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