9 / 10
討伐対象の告白
しおりを挟む教室窓側の後ろから2番目。
それが僕の新しい席だ。
一列ずつ、男子女子男子女子で分けられているのに、当然のように、僕の前には月城、後ろにはザブブが配置されていた。
露骨すぎる。
あまりにもあからさま過ぎる。
そして何故か、皮膚がヒリヒリと痛む。
目は口程に物を言うとはあるが、これはもはや刀。
僕は今、視線という名の刀でめった刺しにされていた。
「なんで志藤が……」
「なんで志藤が……」
「なんで志藤が……」
「なんで志藤が……」
「なんで志藤が……」
このように、男子生徒のほぼ全員が、僕の名前を繰り返し呟いている。
しかしこの状況……よくよく考えてみると、月城はともかく、ザブブも近くにする必要なくないか?
必要ないよね?
こんな感じで悪目立ちするだけだろうし。
というか、この溢れんばかりの負のオーラにどっぷりと浸かってしまったせいで、気分が悪くなってしまったみたいだ。
心なしか頭が痛い。
横になりたい。
時間逆行したい。
なんというか、もう、ずる休みしたくなった。
始業式早々に……と思うかもしれないが、授業などがない始業式だからこそだ。
本来、今日は席替えだけして帰るはずだったのに、ザブブのせいで色々と面倒なことになってしまった。
ハルゴンめ。これもきちんと理由あっての事だろうな。……まあ、それはそれとして、今は一刻も早く休みたい。
「あの、ちょっといいですか、先生」
「いかがなされましたか! 志藤様!」
こいつに至ってはもう無視だ。
ワザとやっているのか、面倒になっただけなのか、僕はもう、これ以上こいつに絡んでも、なにひとつ得をしないという事がわかった。
「……体調悪いんで保健室行っていいですか」
「な、なんと……!? おい、ザブブ! 急いで志藤様に回復魔ほ――」
「だ、大丈夫です! 民間療法で治しますんで……」
「いえいえ、それで治るのはハッピーな頭だけで……あ! そうだ! 頭痛でしたら私、いま優しさで出来ているアレを持っているのですが! こういう時の為に常備しているのですが! いかがなさいますか?」
「これ以上、僕に構うな」
「……わかりました」
僕が突き放すように言うと、ベリアンヌはシュンと俯いてしまった。
僕は若干の罪悪感を抱きながら教室から出ていくと、そのまま保健室を目指し、歩き始めた。
もうどのみち学校は終わりだけど、このままでは度重なる疲労で、魔王城までの帰り道で倒れかねない。
なんというか、ベリアンヌは過保護がすぎる。
僕がまだ小さいころから、あいつはこんな感じだった。
小石に躓いて膝を擦りむいた時は、その小石を焼き払い、箪笥の角に小指をぶつけた時も、その箪笥を焼き払い……て、あれ?
思い返してみてアレだけど、これは『過保護』というものにカテゴライズしてよいものなのだろうか。わからなくなってきた。わかりたくもなくなってきた。……よし、あまり、深くは考えないでおこう。
◇
「………………」
人の気配を感じる。
僕は今、学校の保健室のベッドで、仰向けで寝ていた。
秀典高校保健室のベッドは、一台一台、ベッドの周りを、白いカーテンで囲っており、使用中ならカーテンは閉じられ、未使用ならカーテンは開かれている。
そういう風に、ひとめでわかるのだが、なぜか僕のカーテンには、人影が映っていた。
なぜだ。
なぜ、そこでじっと僕を見ているんだ。
というか、誰だ……!?
まず、これはたぶん一般の生徒ではない。
普通なら違うベッドのところへ行くか、今、保健室に保険医がいないことを察し、どこかへ行くはずだ。
そして、ベッドは僕が来た時には既に満室だった。
始業式なのに、これほどまでに軟弱者がいるのか……とぼやきそうになったが、僕もその内の一人だったので、何も言えなくなった。
そしてもうひとつ。
間違っても、まる5分間もの間、他人のベッドの横に立ち続けることなど、するはずがないのだ。
……ということは、四戦士のうちの誰かという事になるんだけど……あの影の小ささからして、ハルゴンやアトモスじゃないのはわかる。
必然的に、残りはベリアンヌかザブブという事になるんだけど、そもそも声をかけてくれればいいのに、なぜそこまで頑なに、じっと立っているんだろう。
心配して来てくれたのか、単なる嫌がらせか。
……しょうがない。ここは僕から切り出してやるか。
「……なあ、もうホームルームは一通り終わったのか?」
「………………」
返答は無し。
ということは、ベリアンヌだろうか……?
だったら、嫌がらせというセンがなくなる。
さっきの僕の言い方のせいで、あいつもすこし僕に遠慮しているのかもしれない。
いくらテンパって、空回っていたからといっても、ベリアンヌはただ、僕のことを心配してくれていただけだ。
僕はそれを考えないで、ひとりで不機嫌になって、あいつを傷つけてしまった。
ここで押し黙ってしまうのも、無理もないといえば、無理もない。
「あの……さ。さっきはごめん。いくら部下とはいえ、その……強く当たりすぎたかもしれない。でも、これから大事な任務をこなしていくんだ。さっきみたいなことがあれば、いずれバレてしまうかもしれない。だから、僕もつい熱くなってしまったんだ。『赦してほしい』って言うのはちょっと変だけど、悪かったとは思ってる」
「ううん、気にしてないから」
「そうか。よかっ――うん?」
僕の声に返答してきたのは、ベリアンヌの声とは似ても似つかない、すこし気怠さの混じった声だった。
もしかして、この声の主は――
「ところで、大事な任務って……なに?」
僕はベッドから跳ね起きると、囲っていたカーテンを勢いよく開けた。
そこに立っていたのはベリアンヌではなく、月城結菜だった。
月城は怪訝そうな顔を浮かべるでもなく、無表情で、中腰で固まっている僕を見下ろしていた。
「あ、あれ? なんで月城さんがここに……?」
「先生の指示。体調を見て来いって」
「さ、さいですか……」
しまった。
こいつの存在を完全に失念していた。
というか、なんでこいつを寄越すんだ。バレたらどうするんだ。こういう風に!
いや、目的はわかる。大方、話すきっかけを、みたいな感じで派遣されたのだろう。
だけどこれ……そんなの、知らないじゃん。
事前に告知してくれないと対応できないじゃん。
「それで、大事な任務って、なんのこと?」
「えっと、頑張って勉強して、いい大学に入ろうっていう――」
「さっきの内容からして、勉強や部活じゃないってのはわかる」
「そ、それは……」
「ねえ……」
月城は小さく呟くと、ずい――と僕との距離を詰めてきた。
お互いの鼻と鼻とが、ぶつかってしまいそうなほどの至近距離。
僕はその圧に屈し、ベットの上に倒れこんでしまう。
しかし、月城も折り重なるようにして、僕の上に倒れこんできた。
再び、僕と月城の鼻と鼻がぶつかってしまいそうなほどの距離。
ベッドが二人分の体重を受け、ギシ……と沈み込む。
これはマズイ。
殺られる。
時間逆行の最速記録を更新してしまったか……?
「……あたしたち、会ったことある?」
「え?」
「あたし、あなたにどこかで会った事がある気がするの」
「ぼ、僕は初めてだけど……」
僕はそう言って、視線をすこし逸らす。
「ウソ」
「え?」
「あたし、ウソをついてたら、ウソをついてるってわかる」
「汗をなめなくても……?」
「汗……?」
「あ、ごめん、こっちの話だから……」
あまりの事に動揺しすぎて、思わず取り乱してしまったが……マジかよ。
そんな特技があったなんて聞いてない。それに、ウソってどのくらいまでわかるんだ?
シンプルにウソかホントかだけを判別するのか、なぜ、どのようにウソをついているのか……までわかってしまうのか。
だとすれば、これ以上の問答は危険。
僕は黙秘権を――
「黙っててもわかる」
「な!?」
「あたしは言葉を聞くんじゃなくて、その人を見て判断する。だから、誤魔化しは効かない」
「んな、バカな……」
「じゃあ、最初の質問。あたしたち、会ったことある……?」
「はじめまして、です」
「……そう。会ったこと、あるんだ」
ヤバい。マジでバレてる。
このままここにいても状況は悪化するだけだ。
はやくこの保健室から出ていかなければ。
僕はベッドから急いで降りようとするが――
ガシッ。
月城の細く、白い指が僕の手首を、がっちりとホールドしてきた。
逃げられないし、動けないし、ギリギリとしまって若干痛い。
まるで万力のように、抗えない力で僕の腕を締め上げてきている。
こいつ、この力はどこから来ているんだ!?
「ふたつ目の質問」
「ま、まだあるんですか……!?」
「あたしが誰か、知ってる?」
さて、どう答える。
さっきはウソをついてそれを看破された。……ということは、今度は逆に、本当のことを言ってみたらどうだろうか。
黙ってもバレる……それは即ち、結論ありきで質問をしているからではないだろうか?
よし、ここは虚を突いて――
「し、知ってる……けど……?」
「……うん。それは本当みたい」
「……あれ?」
アホか。僕、アホか。
やっぱり、こいつの言ってることは、デタラメでもなんでもない。
こいつには本当に、僕の言っている事の正否がわかるのだろう。
だとすれば、是が非でもここから脱出しなければならない。
……いや、ちょっと待て。
そもそもこいつは、僕の事をある程度知って――違う。そうじゃない。
こいつはもうすでに、僕の正体を、突き止めているのかもしれない。
だとすれば、これは尋問ではなく、裏どりという事になる。
もしここで、全てが白日の下に晒されてしまえば、それこそ何もかもが水泡に帰してしまう。
それだけはなんとしても阻止しなければならない……んだけど、でも、だからといって、僕にこの状況から抜け出す術はない。
やはり、もうあきらめて時間逆行をするしか――
「み……っ、みっつめ。あなたがあたしの運命の人?」
「へ?」
「……ようやく、みつけた」
ウンメイノヒト……?
こいつ、いま運命の人って言ったか?
僕の事を?
「あ、あの……? それは……どういう……ことでしょう……?」
「……1、あたしは会ったことがないけど、あなたはあたしを知っている」
「え……っと……」
「2、あたしのことを勇者だって知ってる。いままで、誰にも言ったことがないのに」
「え? ああ、うん……」
「3、だから、あなたはあたしの、運命の人」
「うん……、うん?」
話が飛躍し過ぎているため、いまいち要領を得ないが……つまり、これは……どういうことだ?
何が起こっているんだ?
僕はこれから、殺されるのか?
「……どうかした? ぼーっとして」
そう言って、月城は僕の目を覗き込んできた。
「ちょ、ちょっと待って、いまいち状況が理解できない。整理させてくれ……」
「うん」
「その前に、まず僕からどいてくれる?」
「うん」
月城はそう頷いてみせると、ゆっくりではあるが、僕の上からどいてくれた。
僕はゆっくりと上体を起こすと、ベッドの上に座るような形で、立っている月城と向かい合った。
「……えっと、君は一体……?」
「あたしは月城結菜。勇者してる。……いまさらこの情報、言う意味ある?」
「そ、そっかー、勇者かー、ふーん? ロールプレイングゲームのやりすぎかなー?」
「そういうのは、いい。白々しい」
「ぐぬ……! そ、そんな勇者様が、僕なんかに何の用ですか」
「……最初は、なんでさっき、『魔王』って言ったか、訊きだそうとした」
「ま、魔王? そんなこと、言ったっけかなー?」
「……それで、ここまで来た。けど……」
「けど……?」
「あなたを見ていると……、運命を感じた」
「う、運命……すか……」
いきなり何を口走っているんだ、このちんちくりんは……と思うかもしれないが、そんなことはない。
僕だって、こいつに運命を感じている。
ただ、ロマンス的な運命ではなく、フェイト的な……所謂因縁とか、そういう意味での運命だ。
なにせ、魔王と勇者なんだもの。
なにか、ビビっとくるものがあっても、不思議じゃない。
……というよりも、僕も最初こいつを見たとき、直感的になにかを感じ取ったのを覚えている。
その時は、まさかこいつが勇者だなんて思ってもいなかったが……。
「うん。うまく言えないけど、なんというか……」
「なんというか……?」
「殺したくてうずうずしてる」
「うん?」
コロス?
ちょっと! 今この子、殺すって言わなかった?
物騒だよ!
「……あなたは、あたしを殺したいと思う?」
「……へ?」
突然のよくわからない質問。
そして、不意に僕の手が月城に掴まれる。
そうすると、月城は僕の手を掴んだまま、ゆっくりと自分の首元へあてがった。
右手人差し指がちょうど、首の横、頸動脈に触れている。
月城の血管が、とくんとくんと脈打っているのがわかる。
こいつ、自分が何をやっているのかわかっているのか……!?
――僕の両手はいま、月城の細い首を掴んでいる。
月城は魔力で首を防御している気配はない。
生身の……ただの首。
やろうと思えば……力を込めれば殺せる。
僕の、初代様の悲願が果たされる。
だけど――
「え?」
冷たい感触が手の甲を伝い、僕はハッとする。
涙……?
僕は顔を上げ、月城の顔を見た。
その一瞬、僕の脳裏に、なにかがフラッシュバックする。
捉えどころのない、フワフワしたもの。
その輪郭さえもよくわからない。
――ただわかるのは、僕は手に、一切力を込めることが出来なかった。
「……でも、安心して。あたしはあなたを殺したりはしない」
「え、ど、どういう……?」
「あたしのお母さんもそうだった」
「そうだったって?」
「お父さんを殺したくて殺したくて……たまらないほど愛してたって、言ってた」
「それはなんとも歪ん……素敵だと思います」
しまった。
魔王ともあろう者が、相手の顔色を窺ってしまった。
それも、よりにもよって勇者の顔色を。
『歪んだ愛だ』
なんて言えなかった。
もはやそれは、歪みすぎて、愛とは呼べないのではないだろうか。
みたいなことも言えなかった。
なんでそこでヘタレてしまうんだ、僕は……て、ちょっと待てよ。
『愛』というものが、こいつにとって『殺したくてたまらない対象』だということは、こいつの言う運命って、因縁的なものじゃなくて――
「あの」
「なに?」
「僕の勘違いだったら申し訳ないんですけど……その、僕って今、告られてます?」
「ん、反省……言葉足らずだった。本当は色々と、言っていい事と悪い事があったけど……あなたに会えて、ごちゃごちゃになったの」
「そ、そうだよね。勘違いも甚だしいよね。ただちょっと、脳みそにビビっと電気が走ることなんて、よくあることだもんね」
やべえ、何を言ってるかわからねえ……。
「だから決めた」
「ん?」
「これは告白。あたしの運命の人、絶対にあなたを殺して、救ってみせる」
「……え?」
トス――
胸に広がる熱い感触、冷たい感触、痛い感触。
それがどんどん全身に行き渡ってゆく。
次第にポタポタと、とめどなく僕の胸から溢れ出ていく。
これが……恋?
なんて、悠長なことなど言ってられるはずもなく、僕は、魔王は――胸にナイフを突き立てられていた。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる