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第8章

最終話 めでたしめでたしで終われるように

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 洗濯機が止まるのを待つ間、近くに置いておいた椅子に座ってうたた寝していた私は、脱水終了の合図である甲高いアラーム音で意識を浮上させた。

「ふぁ……。なんか、懐かしい夢見たなぁ……」

 独り言ちながら伸びをして、洗濯かごを手に取って洗濯機の蓋を開ける。
 その中には、ここ数年で一気に数が増えた洗濯物がみっちり入っていて、思わず苦笑いが浮かんだ。

 あれからもう10年。
 私もリトスもそろそろ三十路に片足突っ込んだ歳になり、否が応でも年月の経過の早さを実感する。

 結局私は押し切られような格好でリトスと結婚し、20代で1男1女の母親になった。
 どっちも名付けたのはリトスで、長男はロイド、長女はロザリアという。
 私と違って、実にネーミングセンスがよろしい。

 ともあれ、結婚の話が持ち上がり、実際結婚するまでは、私は正直自分の気持ちさえよく理解できず、色々な感情を持て余していたのだが、いざ夫婦として生活を始め、時間を積み重ねていくうち、ようやく自覚した。

 自分の中で、リトスがどれだけ大きく大切な存在になっていたのかを。

(いや、そんなん結婚する前に気付けって話なんだけど)

 我ながらよく見放されなかったな、と呆れるほどの鈍さを、リトスは笑って受け止めてくれた。
 リトスは外で、「プリムには頭が上がらない」…なんて言ってるらしいけど、それはこっちの台詞だ。

 こんなニブチンでガサツな女の手を取って、今日まで力強く引っ張って来てくれた事、本当に感謝してる。ありがとう。
 あんたの心の広さと愛情ほど、得難いものはないと思ってるし、心底ありがたく思ってる。きっと私は、あんたに死ぬまで頭が上がらない。
 これから先も、ずっと大事にしていかないと。

 かごに移し終わった洗濯物を抱えて庭に出れば、綺麗に整えられた花壇と、可愛らしいサイズの家庭菜園とが同時に目に入る。
 今は時期的に、チューリップとパンジー、低木になるよう剪定されたブルーベリーの花が、丁度見頃を迎えているようだった。コケモモはもうちょっと後かな。

 ちなみにこれ、どっちもリトスの趣味だったりする。
 植物を種や球根から育てて開花した花を愛でたり、実った果実や野菜を収穫して、それを家族で囲むテーブルに乗せるのが大好きなのだ。
 モーリンの忌み人避けの結界のお陰で、猟師会の仕事があんまり忙しくないからこそできる趣味だろう。

 ……てか、今朝「一緒に洗濯物干すの手伝う」って言ってた、ウチのチビ共はどこ行った?
 全く、どうせまたあっちこっちを駆け回って遊んでるうちに、すっかり忘れちゃってるんだろ。
 ホント誰に似たんだ……って、私か。

 今、上の男の子が8歳で、下の女の子は4歳になるんだけど、見てくれはどっちもリトスに似たのに、中身は完璧私に似ちゃってんだよね、あいつら。
 山ん中でヘビ捕まえてブン回すわ、木登りの限界に挑戦して上から落ちて怪我するわ、ちょっと目を離すと、とんでもない遊びばっかりやらかしてくれる。
 ぶっちゃけ言いたくないし認めたくもないが、子供の頃の私とやってる事がマジ一緒。
 遺伝子って怖い。

 外見は天使だけど、はっきり言って中身はどっちも野生丸出しのやんちゃなガキンチョだ。ちょっとだけでいいから、中身もリトスに似て欲しかったけど、それは今更言っても仕方ない。
 そもそも五体満足健康体なだけで、十分ありがたい事だし。
 あとは、私のメシマズ女の特性を引き継いでいない事を祈るばかりだ。

 もし仮に、そんな負の遺伝子を引き継いでいるだなんて判明してしまった日には、どっちも奈落の底に沈むくらいショックを受けるだろうな。
 しばらく前、モアナん家にお呼ばれした時、あいつらに「お母さんの事は好きだけど、お母さんが作るご飯は好きじゃない」とかみんなの前で言われた時は、マジでヘコんだからね……。


 何気なく洗濯かごの中から引っ張り出した靴下は、リトスや私のものと比べるととても小さくて、半分以下の大きさしかない。
 でも、これでもだいぶ大きくなった。
 なんせ生まれたばっかの頃は、それこそ何もかもが、ままごと遊びに使う人形みたいなサイズだったから。
 ちょっとずつサイズが変わっていく服や靴下、靴なんかを目にするたび、つい「大きくなったなあ」なんて思ってしまう訳です。

 まあ、手伝いの約束をすっぽかしてくれた、愛すべき我がガキンチョ共には後で説教くれてやるつもりだが、いつも通り元気な事は評価しよう。
 あとは、何事もなく今日が過ぎていく事を祈るばかりだ。

 って、いかんいかん。今は物思いにふけってる場合じゃない。
 とっとと洗濯物干しを終わらせて、風呂場の掃除を始めないと。
 この間買った本を読む時間がなくなってしまう。

 気を取り直して洗濯物干しを続け、ようやく全部の洗濯物を干し終えようか、といった頃合いになった時、家の真ん前にある道の向こうから、見知った顔がこっちへ駆けて来るのが見えた。

 モアナの娘のリリカ(6歳)と、シエラの息子のライル(5歳)だ。
 なお、蛇足ながら、私はまだギリギリ20代なので、村の子供達には「おばさん」ではなく「お姉さん」と呼ぶよう、周知徹底しています。
 一応ある程度覚悟はしてたけど、やっぱよそん家の子供からおばさん呼ばわりされるのは、なかなか精神的にクるものがあったもんで。

 え? 子供相手に見栄張るなって?
 別にいいでしょ。
 リトスは「そんな所も可愛い」って言ってくれたもん。

「プリムおねーさーん!」

「たいへん、たいへーん!」

「ロザリアが木の枝に引っかかって、下りられなくなっちゃったー!」

「はあ!? なにそれ!?」

 リリカとライルからもたらされた、なんともろくでもない報告に、私は思わず裏返った声を上げる。
 またかよ!
 何べん似たような目に遭えば懲りるんだあいつらは!

「ちょっ、それどこ!? どこら辺のどの木!?」

「あっちー!」

「ロイド兄ちゃんが下ろそうとしてるけど、上手くいかないのー!」

「ロイド兄ちゃんも引っかかりそうだったよー!」

「あーもー! ホンット目を離すとロクな事しないな! 悪いけど案内して!」

「うん!」

「落っこちそうだから急いでー!」

「ひえええっ! ロザリア! ロイドー!」

 私はリリカの先導で庭を飛び出して道を走り出す。
 全くもう! あいつらときたら!
 一体私はいつになったら、『穏やかな日常』ってのを味わえるんでしょうね!

                                   《完》





 長らくダラダラと続いた話も、ようやくこれにて終幕となりました。
 今日まで拙作に目を通して頂きました事、心からお礼申し上げます。
 本当にありがとうございました!

 なお、本日からまた新しく、『訳あり公爵と野性の令嬢~共犯戦線異状なし?』という話を投稿し始めました。初の恋愛ものです。
 内容的にはギャグっぽくて、キュンキュンするというよりグダグダする感じの話になりそうですが、よろしければそちらもご笑覧頂ければ幸いです。





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