転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店

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第8章

閑話 身の程知らずに罰当たる

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 教会の最下層に存在する、宗教犯罪者を収監する為の牢獄。
 そこへ続く薄暗い螺旋階段を数名の神官が、質素な食事を乗せたトレイを手に下りていく。
 不遜にも貴き聖女の称号を売買したラモン大司教とアムリエ侯爵、そして、父の奸計を諌めるどころか嬉々として便乗し、聖女を騙って教会内で傍若無人な振る舞いを繰り返していた、アムリエ侯爵令嬢ことアミエーラの元へ、夕食を運んでいるのだ。

 そのうちの1人の名はラハクト。
 ラオコズモ伯爵家の元嫡男で、度重なる素行不良行為によって父親から見放され、廃嫡の末に教会の総本山、フルカ大聖堂に放り込まれた経歴を持つ青年。
 そして、プリムローズ一行に対して慇懃無礼な応対をした、頭の作りが残念な神官である。

 通常ならば、理由はともあれ外部から教会へ入り、出家して神に身を捧げる入信の誓いを立てた者は、誰もが最初は最も位の低い僧侶・シスターの身分を与えられ、厳しい修行や雑用をこなす下積み生活を送りながら、真なる神の使徒となるべく日々を過ごす事となる。

 だが、ラハクトは違う。
 大層息子に甘い母親が、大司教への密かな口利きと多額の喜捨きしゃを行った見返りによって、ラハクトはわずか入信半年目にして下から2番目の、神官の地位を与えられていた。

 本来、入信間もなく神官の地位が与えられるのは、信徒や神職者の家に生まれるなどして、幼い頃から神に仕える修行を積んできた者だけなのだが、大司教が裏から手を回し、ラハクトの入信時の書類を偽装した為、このような扱いがまかり通っているのだ。

 無論、入信時に提出する書類には、当事者のサインも必須である為、上記の不正に関してはラハクト自身も積極的に加担している。
 この国においては上位貴族に相当する、伯爵位を持つ名家の嫡男として生まれながら、組織の最下層で下働きや雑用をこなして生きるなど、真っ平御免だったからだ。

 しかしながら、それでもラハクトはずっとうんざりしながら生きていた。
 教義によって飲酒・喫煙・賭け事・女遊びを厳しく禁じられているがゆえに、教会内にはろくな娯楽がなく、退屈で退屈で仕方がないのである。

 その上、日ごと繰り返される仕事は、細々とした雑用や面倒な接客ばかり。
 そして今も、つまらない行いで牢獄に放り込まれた馬鹿共の世話を押し付けられている。
 いい迷惑だ。

(ヤバい事やらかすんなら、もっと慎重にバレないようにやれよな。全く、どいつもこいつも能無しばかりだ)

 ラハクトが内心でうんざりしながら呟くうちにも、階下からは三者三様の喚き声が漏れ聞こえてくる。

――違うんだ! 誤解なのです! 私は悪くない! ワタクシは騙されたのよ! 大司教が下らない事を言い出したせいで! 人のせいにするな!

 ――などなど。
 地下の牢獄から聞こえてくる、聞き苦しい言い訳と自己弁護、醜い責任の擦り付け合いをひたすら繰り返す3人の声をBGMに、ラハクトは再び内心で(うるせぇな)と呟く。
 それから、(ああはなりたくねえな)とも。

 しかし――ラハクトが彼らの声を、鬱陶しがりながらも他人事として聞き流していられたのは、ほんの数日の間だけだった。



 大司教とアムリエ侯爵父子が地下牢獄へと収監された、数日後の朝。
 まだ朝の礼拝には早い、陽も昇り切らぬ早朝の時間帯にドアを繰り返し乱雑に叩かれ、ラハクトは心地のいい浅い眠りから叩き起こされた。

「……ったく、こんな朝早くから、どこの馬鹿が来やがったんだ……」

 不機嫌な面持ちでうそぶき、ベッドからノロノロと起き出して渋々ドアを開けると、そこにはオゼリフ司教と数名の僧兵、神官達が立っていた。
 オゼリフ司教は、ラハクトが教会内で一番嫌っているクソ真面目な年寄りだ。
 件のニセ聖女擁立事件においても、計画に全く関わっていないと認定された、数少ない司教の1人だと聞いている。

 ラハクトは内心で、うげ、と呻きつつも、オゼリフ司教に「おはようございます。このような時間に何事でしょうか」と、一応敬語で問いかけた。

「おはようラハクト。突然だがヘリング筆頭公爵閣と、内部からの告発があった。
 君には、ドロシー・カンザス子爵令嬢への不敬罪、並びに公文書偽装、戸籍操作の容疑がかけられている。そういう訳で、早速取調室へ来てもらおうか」

「――はっ? あ? えっ?」

「ああそうそう。公文書偽装と戸籍操作の案件に関しては、ラモン大司教殿が取り調べの最中に口を割っているので、現状君はほぼ黒だと考えられている事も、併せて伝えておこう。――連れて行け」

「えっ? えっ? ちょっ、待っ……! 待って下さいっ! 俺は……!」

 寝ぼけた頭が覚醒し切るその前に、オゼリフ司教が連れていた僧兵2人がラハクトの両腕を掴み、ラハクトの身体を引きずるようにして廊下を進み始める。

 その後すぐに、ラハクトはかけられた全ての容疑において有罪が確定し、神官の地位を剥奪された。
 無論の事、ラハクトの母であるラオコズモ伯爵夫人もまた、公文書偽装、戸籍操作の件で有罪となり、懲役10年の実刑判決を受けたのち、貴族専用の刑務所へ収監されている。
 恐らく彼女は出所しても、ラオコズモ伯爵家には戻れないだろう。

 また、ラハクトはドロシー・カンザス子爵令嬢に対する不敬罪についても有罪が確定。
 実家であるラオコズモ伯爵家から正式に廃嫡処分を言い渡され、身分としては平民となっているラハクトに与えられる罰は、相応に重いものとなった。

 ラハクトは公文書偽装、戸籍操作、不敬罪の3つの罪により、神聖教会から破門の沙汰を下され、鞭打ち100回の刑罰を受けたのち、レカニス王国の極東に位置する離島に移送、そこにある銀鉱山で、残りの人生を鉱夫として過ごす事になったのである。

 ラハクトの移送を担当した兵士曰く、ラハクトは「違うんだ」、「俺は悪くない」、「騙されたんだよ」などという言い訳を並べ続けるばかりで、その口から反省や謝罪の言葉が出る事はなかったという。

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