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第8章
12話 堕ちる者、目覚める者 後編
しおりを挟む突然溢れ出したその光は柔らかく、目を焼くほどの強さはなかった。
けれどその光の傍にいるだけで、不思議と身体がほんのり温まる。
まるで小春日和に外へ出て、陽の光を浴びているようだ。
私もリトスも大司教も、そして高慢ちきを抱きかかえているヘリング様も、室内にいる者はみな、その神秘の光景を固まったまま食い入るように見ていた。
ただ1人――高慢ちきの手を握って目を閉じ、一心不乱に祈りを捧げている様子の、ドロシー様を除いては。
だからだろうか。
私は眼前の光景に黙って見入りながら、根拠もなにもなく確信していた。
この光の出所はドロシー様で、ドロシー様こそが、神のスキル『慈善』に選ばれた真の聖女なのだと。
暖かな光が放たれていた時間は、恐らくほんの数秒程度だったと思う。
光が収まり、高慢ちきの姿が再びはっきり見えるようになった時には、今にもポックリ逝きそうな様相を呈していたはずの高慢ちきは、すっかり顔色がよくなり痙攣も収まっていた。
意識が戻る様子はないが、どこからどう見ても完全に解毒されている。
これならもう大丈夫だ。
しかし、余程集中しているのか、光が収まった後も、ドロシー様は変わらず目を閉じ祈り続けている。
「……ドロシー嬢? 大丈夫ですか?」
「……? え? 大丈夫……って、なにかあったのですか? ヘリング様」
そんなドロシー様に、ヘリング様がおずおずと声をかけると、ようやくドロシー様が閉じていた眼を開いて、ヘリング様の方へ顔を向けた。
だが、自分が高慢ちきを解毒したという自覚は全くないようだ。
しばしの間、怪訝な顔で首を傾げていたドロシー様だったが、私達の視線が自分の方に集中している事に気付き、何かが起きたのだと悟ったらしい。
「あの……皆さんどうなさったのですか? ――あっ! アミエーラ様!? お顔の色がすっかり戻って……! ああ、よかった……!」
ドロシー様は高慢ちきの様子を見て、ホッと安堵の息を吐く。
「あの、一体何が起きたのですか? もしかして、プリム様が精霊に願って下さったのでしょうか?」
「いいえ。私は何もしていません。ドロシー様が聖女様を……いえ、アミエーラ様を癒されたのです。本当の聖女は、あなただったんですよ。ドロシー様」
「え……?」
恐らく、無意識にスキルの権能を行使していたんだろう。
高慢ちきを癒した自覚が全くないドロシー様は、私の言葉にただポカンとするばかり。
そして、ドロシー様のすぐ傍に佇んでいた大司教は青ざめた顔で脱力し、その場に膝からくずおれた。
小声でボソボソ「そんな馬鹿な」と呟きながら。
◆
その後、駆け付けた医者の指示により、高慢ちきは大事を取って教会内にある診療所へ運ばれていった。
また、ヘリング様を中心とした私達の証言から、ドロシー様は7歳の時以来だというスキル鑑定の儀を急遽受ける事になり、私達立会人が見守る中、教会側が言う美徳系スキル『慈善』の保持が確認されたのである。
聞いた所によると、今後日時などの調整を経たのち、改めて称号の授与式が開かれ、ドロシー様は教皇から正式に、聖女の称号を授けられる事になるそうだ。
なお、私とリトスはドロシー様から是非にと乞われ、これから執り行われるその授与式に、特別来賓として顔を出す事になった。
ただし、まだ授与式の予定が決まっていないので、ある程度聞き取り調査に協力した後は村に戻り、正式にお招きが来るのを待つ形になる。
正直、堅苦しい場所やイベントは苦手なんだけど、ドロシー様に頼まれたんじゃ嫌とは言えない。
折角のお招きだし、当日はドロシー様の晴れ姿をしっかり目に焼き付けて帰る事にしよう。
一方、毒の症状から回復した高慢ちきだが、こちらは聖女の称号を詐称したとして僧兵にとっ捕まり、教皇の名の元、教会地下にある牢獄へ収監された。
ていうか私、高慢ちきが「ワタクシを誰だと思っているの!」とか、「お父様に言い付けてやる!」とか、恥ずかしい台詞をキーキー喚きながら、僧兵に両脇固められて、廊下を引きずられてくのを実際に目の前で見てるんだけどね。
手持ちの辞書の中に『自省』とか、それに準じた単語が存在しないんだろうな。あいつ。
それから、高慢ちきが持っていた小瓶の中身が、『サンシオンレモン』という有毒柑橘類を用いて作った、後遺症が強く残るタイプの神経毒だった事も判明した。
ドロシー様が『慈善』の権能で毒を解毒し、それに伴う症状も併せて完治させてくれなかったら、あの高慢ちきは死ぬまで、まともに動かない手足とお付き合いしながら生きていく羽目になったと思われる。
あいつはそこん所をちゃんと理解して、ドロシー様に心から感謝するべきだ。
まあ、しないんだろうけど。
え? 私がドロシー様からこっそり受け取った方の、毒の小瓶はどうしたのかって?
『強欲』さんの権能を使ってとっとと消して、文字通り隠滅しましたけど何か。
なんせ元は素行不良のヤンキー女、そういう小細工はそこそこ得意です。
また、高慢ちきの父親、アムリエ侯爵もその日のうちに、大司教に多額の裏金を渡し、聖女を名乗る資格がないと分かっていながら、自分の娘を聖女にするよう推挙したとして、娘同様教皇が差し向けた僧兵にとっ捕まり、高慢ちきと同じ場所に収監されたそうだ。
娘を捕まえたのと同じ日に父親も捕まえるとか、ここの教皇はなんとも仕事が早い。教会内部に関わる犯罪の捜査権などを含めた、色々な権利や強権を持ってるからかな。
そして、大司教の権威も地の底へ落ちた。
大司教が水面下で推し進めていた聖女でっち上げ計画は、その実、他の司教達の大半を共犯として巻き込んだ、想定より規模の大きな計画だった事が、芋づる式に明らかになったのだ。
その結果、大司教を含めた司教達は全員、教皇から2階級の降格処分を言い渡されたとの事。
無論、大司教達は上記諸々の処分に反発した。
流石は、影で悪事を働いておきながら、平然と人前で神の教えを解いていた厚顔無恥な連中である。
だが、そんな風に自分達のやった事を棚に上げ、あれやこれやと屁理屈をこね、ピーチクパーチク騒いで文句を言っていた事が、却って悪い方向に働いた。
最初は2階級の降格だったのが、「反省の色なし」と言う事で一層教皇の不興を買い、平の僧侶にまで降格させられた挙句、王都から地方の街に飛ばされる事になってしまったようだ。ご愁傷様。
どうせあの権威主義で性格の悪い大司教と、長年その取り巻きをやってたような連中の事、きっと今後も一切反省する事なく、田舎の街で燻りながらひたすら他人を責め、くだを巻いて生きていくんだろうし、同情はしないが。
「……これから、聴取に何日くらいかかるのかなぁ」
私は教会が用意してくれた客室のベッドに寝転がり、窓の外に広がる星空をぼんやり眺めながら、今後の事に思いを馳せて独り言ちた。
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