118 / 124
第8章
11話 堕ちる者、目覚める者 前編
しおりを挟む応接室内は今や、蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。
まさかこいつ……私が幾ら毒入り紅茶を飲んでもピンピンしてるもんだから、ついつい毒の効能を疑って、自分で試しに毒を飲んでみたんじゃ……。
いや、まさかじゃなくて間違いなくそうだ。
ワゴンの上に飲みかけの紅茶が置いてあるし。
なんつー馬鹿な真似を……!
っていうか……こいつ私に、飲んですぐに意識がなくなって、口から泡吹くようなエグい毒盛りやがったんかい!
ホント後でシバいてやろうかな! マジで!
「アムリエ侯爵令嬢! 聞こえますか、アムリエ侯爵令嬢!」
ヘリング様が高慢ちきを抱き起こし、何度か軽く頬を叩いて呼びかけるが、反応はナシ。既に意識もなくなっているらしい高慢ちきに、大司教も傍らから必死に呼びかける。
「アミエーラ! どうしたのだ、しっかりせい! アミエーラ!」
「ダメですね、意識が戻らない……。大司教、一刻も早く医者を!」
「は、はい! ――誰か! そこにおるであろう!」
「どうなさいましたか! 大司教様!」
大司教がヘリング様に促されて声を上げると、室外にいた護衛の僧兵が、押っ取り刀の様相で応接室のドアを開け、中へ入ってきた。室内の光景を目にした途端、僧兵はギョッとして目を剥き、硬直する。
そりゃそうだよね。
ぶっ倒れて意識がないっぽい様子の聖女様が、口から泡吹いて痙攣してんだもん。
誰だって何事かと思うよね。
「アミエーラが! アミエーラが危急じゃ! 医者を! 早く医者を呼べ!」
「――はっ!? わ、分かりました! すぐにお呼びして参ります!」
我に返って状況を理解したらしい僧兵は、大急ぎで廊下を駆けて行った。
その姿を黙って見送ったヘリング様が、再び高慢ちきに視線を戻してうそぶく。
「しかしこの症状……アムリエ侯爵令嬢は、毒を飲んだ可能性が高いのでは」
「ど、毒ですと!? 一体誰がそのような大それた真似を!」
ヘリング様の言葉に一層顔を青くする大司教。
しかしその答えはすぐに、ワゴンと高慢ちきの周囲を見回していたリトスと、毒を飲んだ本人が明かしてくれた。
「……あれ? ヘリング様、聖女様の左手を見て下さい! 何か握ってます!」
「左手? ……ん? なんだこれは……。コルクの栓……小瓶か? ……くっ、きつく握り込んでいて、片手では取り出せないな……。大司教、アムリエ侯爵令嬢の左手の指を解いて下さいませんか!」
「はいっ!? ひっ、左手? ……。……なんだこの小瓶は? ……。うぐっ!? 鼻が曲がる! こ、これが毒なのか!? なぜアミエーラはこのようなものを……」
ヘリング様に促されるまま高慢ちきの左手の指を解き、握り込んでいた小瓶を見て眉根を寄せた大司教は、更に小瓶のコルク栓を開けて鼻を近づけ――即座に反射の勢いで顔を背ける。
私も大司教の傍に行き、断りを入れてから問題の小瓶を受け取り、口の空いた瓶に鼻を近づけてみると、鼻腔を突き刺すような酷い臭いに襲われた。
うわ臭っ! ていうか、鼻の奥にツンときた!
昔科学の授業で嗅いだ、酢酸みたいな刺激臭がする!
っていうか……これが紅茶に入ってたんだよね?
よくもまあこんなの混入されて、美味しく紅茶頂いたりしちゃったもんだよな、私。
詳らかになった事実に打ちのめされそうだ……。
いや、多分これはアレだ。
紅茶の成分と混ざった事で、いい感じに化学反応が起きて美味しい味になったんだ。
そうだ。そうに決まってる。
そういう事にしよう。
ハイ決まり。
私は自分に都合のいい自己解釈を脳内で構築し、華麗に自己完結した。
これでいい。こういうポジティブさが、人生をいい方向に向かわせるのだ。
しかし、私の問題は解決したが、高慢ちきの問題は全く解決していない。
私達があれこれ話し合いながら医者を待ってる間にも、高慢ちきの容態は、徐々に悪化しているように見受けられる。
ていうかこれ……このまま放っておいたら、医者が来るまで保たないのでは……?
ムカつく高慢ちきだが、死なれてしまうというのは流石に気分が悪い。
ちょっとどうにかできないか、モーリンに念話で訊いてみよう。
どうせ暇潰しにこっち見てるんだろうし。
(モーリン、ねえちょっとモーリン。いきなりで悪いんだけど、回復魔法でこいつの毒消せないかな?)
『嫌じゃ。妾はこの小娘の事は好かぬ。そもそもこやつが倒れたのは自業自得じゃ』
(え~? ダメ? そこ何とか負けてくれない? なんか明らかにヤバそうな感じだし、私も目の前で死なれるとか、そういうのはちょっとしんどいし……)
『ダメじゃ、鉄貨1枚分とて負からぬ。この小娘に精霊の癒しを与えるなぞ、過ぎた施しじゃ。しかし案ずるな。見た感じヤバそうな様子ではあるが、死ぬほどの毒ではない。安心して放置するのじゃ』
(ダメかぁ。……ってか、安心して放置って……)
『気にするでない。それに、いざとなれば聖女がなんとかするじゃろう。――ではな。妾はもうしばらく様子を観察しておるのじゃ』
(聖女がなんとか? なによそれ、どういう事? だって聖女は……って、ちょっと! 念話の接続一方的に切るな! ……あーもう……)
思わず肩を落とす私に、リトスが声をかけてくる。
「プリム? どうかした?」
「え? ああ……。ちょっとモーリンに、こう……もとい、聖女様の解毒ができないか訊いてみたの。拒否されちゃったけど」
「は!? な、なぜですか巫女様! あなたは精霊と契約なされているのですよね!? なのになぜ拒否されてしまうのですか!」
目を剥いて詰め寄ろうとしてくる大司教を、リトスが無言でその場に押し留める。
「精霊と人間の契約というのは、精霊側が『主』で人間側が『従』に相当するもの。契約を結んでいても、精霊に助力を強制する事は不可能なんですよ。
本来なら、契約した精霊に対して敬いの祈りを捧げ、対価となる供物を捧げる事で、ようやく力を貸してもらえるんです」
私は納得いかなさそうな顔をしている大司教に、精霊と契約の話をざっくり説明していく。
「私はまだ精霊が温情をかけて、対等な関係として契約を結んでくれているので、そういった儀式をせずとも頼みを聞いてもらえるのですが……それでもやはり、私の意志にいつでも添ってくれる訳ではありません。最も優先されるのは精霊側の意志です。
それに納得して従えない人間には、精霊は初めから力を貸したりはしませんし、姿を見せる事さえありません。残念ながら、精霊との契約というのは、そういうものなんです」
「そ、そんな……。で、では、アミエーラは……」
「それに関しては大丈夫だそうです。放っておいても死に至るほどの毒ではないと、精霊は言っていました。それと……聖女が何とかする、とも言っていましたが……」
「聖女が? し、しかしその、肝心の聖女が、アミエーラ自体が毒で倒れておるのに、それは一体どういう……」
「すみません。私も訊いてみたのですが、答えてもらえませんでした。――申し上げづらいのですが、私と契約してくれている精霊……モーリンは、そちらの聖女様がつくづくお気に召さないようです。
モーリンは元々、人間が好きな優しい精霊なのに、ここまで拒否感を前面に出して意固地になるなんて、初めてですよ。困ったものですね」
「…………」
私がチクリと嫌味を言うと、大司教は露骨に不機嫌そうな顔をしたが、唇を噛んでうつむくだけで、声を荒らげたり食ってかかってくる事はなかった。
まだその程度の理性は残っているらしい。
私は小さくため息を零しつつ、ヘリング様に抱えられたままでいる高慢ちきに目を向ける。
その傍らには、高慢ちきに心配そうな目を向けるドロシー様がしゃがみ込んでいて、未だ痙攣が収まらないその手を包むように握っているのが見えた。
本当にドロシー様は優しい人だ。
自分を奴隷のように扱った挙句、しょうもない濡れ衣を着せて罪人に貶めようとしたのに、それでもまだ高慢ちきの身を案じるなんて。私には真似できない。
正直言って、こんな性根の腐った高慢ちきなんかよりドロシー様の方が、よっぽど聖女の称号を得るに相応しい気がするんだけどな。
私が再びため息をつき、内心でそううそぶいた瞬間。
高慢ちきの身体が、突然柔らかな光に包まれた。
67
お気に入りに追加
351
あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!
あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!?
資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。
そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。
どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。
「私、ガンバる!」
だったら私は帰してもらえない?ダメ?
聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。
スローライフまでは到達しなかったよ……。
緩いざまああり。
注意
いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。
彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。
父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。
わー、凄いテンプレ展開ですね!
ふふふ、私はこの時を待っていた!
いざ行かん、正義の旅へ!
え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。
でも……美味しいは正義、ですよね?
2021/02/19 第一部完結
2021/02/21 第二部連載開始
2021/05/05 第二部完結

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!
暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい!
政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。
朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。
婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。
だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。
リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。
「なろう」「カクヨム」に投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる