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第8章

6話 誠意の見えない遅ればせの手紙

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 高慢ちき襲来事件から3日が経過した。
 未だ村には、ドロシー様の実家のカンザス子爵家のみならず、教会側からの連絡もない。

 もっとも、子爵家から連絡がないのは仕方がない事だとも思う。
 子爵家は今、ドロシー様の身柄を教会に預けているので、ドロシー様の詳細な動向を全く知らないだろうし、教会から何らかの知らせでも来ない限り、教会でつつがなく職務に従事していると考えるのが普通なはず。

 問題なのは教会側の応対だ。
 不特定多数の人間の前で、自分達の立てた聖女が酷い醜態を晒したばかりか、身柄を預かっている子爵家のご令嬢を王都の外に置き去りにするという、色々な意味でアウトな行動を取っておきながら、未だにドロシー様を迎えに来る事も、謝罪の為の使者を寄越す事もしていないのだから。

 複数頭立てのいい馬車ならば、王都からザルツ村まで半日とかからないはずだし、足の速い馬で単身駆ければ、おおよそ2、3時間で山のふもとに辿り着ける、という事実があるにも関わらず、丸3日なしのつぶてというのはあまりに酷い。
 ハッキリ言って各方面から、無責任で不誠実だ、と見做されてしまっても、無理からぬ応対の遅さである。

 特に、カンザス子爵家には喧嘩を売っているも同然だ。
 相手が下位貴族だからって舐め過ぎだろ、教会。
 もしあと1日待っても何の連絡もなければ、こっちからドロシー様を連れてカンザス子爵家に行き、教会の応対も聖女の言動も全部、洗いざらいカンザス子爵にぶち撒けてやる。
 あと、面会の許可が下りるようなら、ヘリング様にも今回の事の顛末全部喋っちゃおっと。

 もしカンザス子爵だけでなく、筆頭公爵家の当主であるヘリング様にもこの話ができたら、あの高慢ちきは夏の到来を待たず、社会的に抹殺されるかもね。
 そしたら晴れて高慢ちきは、地力じゃ戻って来れない辺境の修道院にドナドナ確定だ。
 個人的には、貴族社会の安寧の為にも教会の今後の為にも、そして何より私達の平穏無事な生活の為にも、是非そうなって欲しいと心から思う次第。

 なんせ、侯爵令嬢だというあの高慢ちきが、現状いち貴族としてどれだけの権力と伝手を持ってるのか全く不明で、今後奴がドロシー様に対してどう出てくるか、私達にはほとんど予測がつかないし。
 分かっているのは性格が最悪だという事と、ドロシー様から聞いた、もう21歳になるのに結婚どころか婚約すら調わないと、貴族女性達の間で密かに噂になっている、絵に描いたような事故物件令嬢らしい、という事くらいだ。

 もしかしたら、10日くらい前にチラッと見た、聖女の事に関する記事――甘露芋に巻いてた新聞に載ってた――になら、それなりに詳しい事が書いてあったかも知れないが、今はもう綺麗に焼却処分されて畑の肥やしになっていて、読み返したくても読み返せない。
 ものの見事に後の祭りである。

 それから、高慢ちきの実家であるアムリエ侯爵家の話も、社交界ではほどんど聞かないと、ドロシー様は仰っていた。
 つまりアムリエ侯爵家自体は、社交界で評判になるような功績も、陰口を叩かれるような醜聞もない、他の上位貴族の話題の中に埋もれてしまうような、平々凡々なお家だという事なんだろうが――
 その平々凡々なお家が、良識を下敷きにした、常識的な行動を取ってくれるかどうかは、また別の話だしなぁ。

 なんて、あれこれ考えて1人で語ってみたが、当事者であるドロシー様は取り立てて思い悩む様子もなく、実に生き生きと過ごしている。
 ストレスの大元から離れたお陰か、ここ3日の間で随分表情が明るくなり、目に見えて血色もよくなった。ご飯もきちんと3食モリモリ食べていて、健康そのものなご様子だ。

 それに、ドロシー様は貴族令嬢なのに飾らない性格で、近所のおばさん達と気さくに話すし、小さな子供達とも一緒に遊んでくれる。
 今日は酪農やってる若夫婦の所でおっかなびっくり牛の乳搾りに挑戦し、搾りたてのミルクの味にとても感動していたようだった。

 そこに特権階級特有の奢りは微塵も見られない。とてもいい人だ。
 本当、なんでこんないい人が、ずっとろくでもない目にばかり遭い続けるんだか。
 神様に物申したいくらいだよ。

 今のドロシー様の様子を見ていると、人間社会ってのはどこ行っても理不尽な事に溢れてるよな、としみじみ思ってしまう。
 この世の中ではいつだって、割を食う羽目になるのは弱い『いい子』で、貧乏くじを引かされるのは、力のない『いい人』ばかり。
 そしてその一方で、楽をしたり得をするのは、大抵は他人を顧みない『子悪党』や『はみ出し者』ばかりなのだ。

 私はかつて、そんな世の中が嫌いで仕方なかった。
 だから、ただひたすらガキの浅知恵で世の中に抵抗して反発して、突っ張って尖っていたのだが、そんな生き方をしているうち、ふと気付いたら、世間様から不良だのヤンキーだのと呼ばれるようになっていた。
 あんだけ嫌っていた、『いい子』に割を食わせ、『いい人』に貧乏くじを引かせる側の人間になってしまっていた訳だ。
 なんともお恥ずかしい話です。

 その時の罪滅ぼしってんじゃないけれど、せめて、ちょっとだけでも他の誰かの助けになれたらいいな、なんて、密かに思っている。
 自分でも調子のいい考え方だと思うし、こっ恥ずかしくて会社の友達にも言えなかった事だけど。

 まあそんな事はどうでもいい。
 今最も重要なのは、今日の夕ご飯をどうするかだ。
 今日は猟師会の仕事で、夜遅くまでリトスが帰って来ない予定なのだ。なんでも夜勤だった人が、急遽夜勤に入れなくなってしまったらしい。
 私は料理ができないし、やっぱここは伝家の宝刀、『強欲』さんの出番――

「おーい、プリムー! 手紙が届いてるぞーー!」

 色々考えながら歩いている所に、村の外から戻って来たジェスさん(みんな気を揉んでたけど2か月前に無事結婚。おめでとう)に声を掛けられ、足を止める。

「ジェスさん。手紙って誰から? まだエフィから手紙が来るには早いよね?」

「あー、差出人なら、見りゃあ分かるさ。村の代表に渡して欲しい、って事らしいが……差出人がコレだし、読むのはお前でいいだろ」

 呆れの色を見せながら言うジェスさんが、白い封筒を差し出してくる。
 受け取った封筒の裏に書かれた手紙の差出人は、神聖教会大司教、ラモン・ガナンシアとなっていた。
 やれやれ、やっと来たか。
 ジェスさんも呆れる訳だよ。

 私もジェスさん同様、呆れ顔をしながら手紙を適当に開封し、とっとと中身を確認する。
 手紙は、格調高い時候の挨拶に始まり、次いで、高慢ちきの振る舞いに対する謝罪と言い訳、ドロシー様を保護した事への感謝の礼、それから正式に謝罪の場を設けたいので、2日後の朝にこちらへ迎えの馬車を出す、という事などが、持って回った言い回しで、大変分かりづらく書かれていた。

 己の地位と身分の高さを当然に思っている人間特有の、無意識の傲慢さが文章の端々から思い切り滲み出ている。
 ぶっちゃけ、読んでてイラッとします。

 うん。普段こういう文章に接する機会のない、平民に送る手紙としては実に不適切な書き方だ。読み手に対する配慮ってモンが微塵もないよ。
 あと、謝罪の場を設けたいんなら、まずはこっちにお伺いを立てろ。勝手に日時を設定するな。自分の予定じゃなくて相手の予定に合わせて、迎えを含めたセッティングをしたらどうなんだ。
 ウチの村に喧嘩売ってんのかな? この大司教様は。

 私は口の端が引きつるのを自分でもハッキリ感じていた。
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