転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店

文字の大きさ
上 下
110 / 124
第8章

閑話 大司教の誤算

しおりを挟む


 その日の午後、神聖教会の司教達を束ねる立場にある初老の男性――大司教ラモンは、自室で1人優雅にアフタヌーンティーを楽しんでいた。
 ラモンが侯爵家の令息であった頃からの習慣である。

「ふう……。これで王都も王家も、そして協会も、完全に落ち着く事であろう……」

 ラモンは静かに独り言ちる。
 先だって、あの女狂いの大馬鹿者が民衆の前で絞首刑に処され、次代の王の即位にも一定の筋道がついた。
 そして、件の大馬鹿者の処断を行うに当たって、9年前に大罪系スキルの所有を理由に放逐した公爵令嬢と第2王子の件も、上手く有耶無耶にできている。

 もっとも、それは公爵令嬢と第2王子が王都への帰還や、本来の身分・地位と名誉の回復を望まず、片田舎での静かな暮らしを選んでくれたお陰でもあった。
 その点に関しては、ラモンとしても心から両人へ感謝を捧げたい所だ。

 何もない山中の村に引っ込んで、他の平民と混じって貧しい暮らしをする事の一体どこに、王位や公爵家の継承権を捨てるほどの価値があるのか、ラモンには全く理解できなかったが。

 なんにせよ、此度の聖女擁立の効果は大きかった。
 かの公爵令嬢が愚王の処断に多大な貢献をした事により、一時期落ち込んでいた貴族達からの支持も、今やすっかり元通りになりつつある。

 いや、上手くすれば、現状大きく落ち込んでいる他国からのレカニス王国の評価を飛躍的に上げ、更なる信仰を集める切っ掛けにもなるだろう。

 聖女の力の最たるものは、『慈善』のスキルがもたらす強力な治癒と加護の力だが、そんなものは魔法でどうとでも誤魔化しが効く。
 何より、今のレカニス王国には戦火の足音は聞こえず、大規模な災害の予兆もない。
 小手先の誤魔化しでも、十分聖女として立ち続ける事ができるはずだ。
 香り高い紅茶を口に含みながら、ラモンは満足気にうなづいた。

 今回聖女として立てたのは、ラモンの実家であるガナンシア侯爵家の親戚に当たる、アムリエ侯爵家の末娘・アミエーラ。
 無論、最初に聖女候補としてアミエーラを推したのはラモンである。

 ラモンがアミエーラを推薦したのは、水面下で聖女擁立の話を聞き付けたアムリエ侯爵から、密かに多額の献金を受け取っていた事が最たる理由だ。
 しかしながら、ただ金に目が眩んだだけで、アムリエ侯爵の差し出す手を取った訳ではない。
 一度アミエーラと対面し、聖女として、神聖教会の御印として相応しい資質があると、そう判断したからこその推薦でもあった。

 他者に軽んじられる事のない高貴な血筋、美貌。
 上位貴族の令嬢としての知識と優雅な所作。
 そして、他者を前にしても揺らがぬ意志の強さ、毅然とした態度。
 これこそ衆人環視の前へ出るに相応しい聖女であろうと、ラモンは確信していた。

 ただ――ラモンは知らない。
 アムリエ侯爵は、末娘を客観的に評価できない親バカな上、娘の言う事ばかりを何でもホイホイ鵜呑みにする、どうしようもないバカ親であるという事を。

 アミエーラが途轍もない猫被りであり、侯爵令嬢としての地位に相応しい振る舞いをするどころか、常日頃から傲慢で我が儘放題な言動を繰り返し、嫁のもらい手以前に婚約者探しにすら苦心している、ド級の事故物件娘であるという事を。


 世の人は言う。
 無知たる事は罪であるが、それと同時に幸福な事でもあり、世の移ろいを知らぬ者は神にも等しい余裕を持つ、と。


 今のラモンはまさに、上に記した言葉通りの状態にあった。
 しかし、そんな優雅で余裕のある状態が長く続くはずもない。

 ラモンが小さなスコーンに手を伸ばそうとしたその時、「大司教様! 大変です!」という切羽詰まった声と共に自室のドアが乱暴に開け放たれた。
 誰かと思えば、ラモン子飼いの神官長だ。

 ラモンは反射的に肩を大きく跳ねさせつつ、口から飛び出かけたみっともない悲鳴を、寸での所で飲み込んだ自分を褒めてやりたい、と心から思った。
 それから、余裕を取り繕う為にティーカップを手に取る。

「……っ!? な、なんだ騒々しい! 神の膝元に近しい、神聖な神殿内でそのような――」

「そ、そのような事を言っている場合ではありませんっ! せ、聖女様が、アミエーラ様が教会の許可なく神官達と側仕えのシスターを連れて、かの精霊の村へ押し掛けようとしたと……!」

「ブフッ!!」

 その言葉を聞いたラモンは、口に少量含んだ紅茶を反射的に噴き出した。

「だっ、大司教様!?」

「ゴホッ、よ、よい、気にするな。……して、聖女はどうした? 精霊の村から無事歓待を受けたのか?」

「い、いえ、それどころか、御山の周囲に張り巡らされた、悪意ある者を退ける結界に阻まれて入山できず、衆人環視の中酷い醜態を晒した挙句……つい先ほど、全身泥にまみれたお姿で、失神したままご帰還されたそうです……!」

 ラモンの顔から血の気が引く。
 ティーカップが手から滑り落ちて、白いテーブルクロスの上に赤茶色の染みをつけた。

「……。我らが……神聖教会が立てた聖女ともあろう者が、悪意ある者を退ける結界に阻まれ、村へ参じるどころか山にすら入れず……だと……?」

「……はい……。そのように、伝え聞いております……」

「……神官長。今しがた、聖女が酷い醜態を晒したと言ったな? 具体的には、どのような醜態だと聞いている……?」

「……同道した神官達が言うには、聖女様は結界に阻まれて入山できない事に、酷く激高されたそうで……。他の者達の入山を妨げたまま騒ぎ続け、お諫めしようとしたシスターに手を上げようとした、そうです。
 そして、自分でも知らぬまま、結界の中へ逃げ込んだシスターを追いかけようとして……ご自身は結界に強く拒絶され、その衝撃で失神されたとの事です。
 当然ながら、聖女様の振る舞いは入山を希望して集まっていた、多くの平民達に目撃され……。しかも悪い事に、その中には、お忍びで山へお出でになった、上位貴族のご夫妻のお姿もあったほか、精霊の巫女様と思しき女性の姿も――」

「…………」

「あ、あの、大司教様……?」

 おずおずと声をかけてくる神官長。
 しかし、その声はラモンの耳に届かない。

 ラモンは、自身の生家から持って来させた気に入りの椅子に座ったまま、後ろに倒れて気を失った。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

異世界で魔法が使えるなんて幻想だった!〜街を追われたので馬車を改造して車中泊します!〜え、魔力持ってるじゃんて?違います、電力です!

あるちゃいる
ファンタジー
 山菜を採りに山へ入ると運悪く猪に遭遇し、慌てて逃げると崖から落ちて意識を失った。  気が付いたら山だった場所は平坦な森で、落ちたはずの崖も無かった。  不思議に思ったが、理由はすぐに判明した。  どうやら農作業中の外国人に助けられたようだ。  その外国人は背中に背負子と鍬を背負っていたからきっと近所の農家の人なのだろう。意外と流暢な日本語を話す。が、言葉の意味はあまり理解してないらしく、『県道は何処か?』と聞いても首を傾げていた。  『道は何処にありますか?』と言ったら、漸く理解したのか案内してくれるというので着いていく。  が、行けども行けどもどんどん森は深くなり、不審に思い始めた頃に少し開けた場所に出た。  そこは農具でも置いてる場所なのかボロ小屋が数軒建っていて、外国人さんが大声で叫ぶと、人が十数人ゾロゾロと小屋から出てきて、俺の周りを囲む。  そして何故か縄で手足を縛られて大八車に転がされ……。   ⚠️超絶不定期更新⚠️

【☆完結☆】転生箱庭師は引き籠り人生を送りたい

うどん五段
ファンタジー
昔やっていたゲームに、大型アップデートで追加されたソレは、小さな箱庭の様だった。 ビーチがあって、畑があって、釣り堀があって、伐採も出来れば採掘も出来る。 ビーチには人が軽く住めるくらいの広さがあって、畑は枯れず、釣りも伐採も発掘もレベルが上がれば上がる程、レアリティの高いものが取れる仕組みだった。 時折、海から流れつくアイテムは、ハズレだったり当たりだったり、クジを引いてる気分で楽しかった。 だから――。 「リディア・マルシャン様のスキルは――箱庭師です」 異世界転生したわたくし、リディアは――そんな箱庭を目指しますわ! ============ 小説家になろうにも上げています。 一気に更新させて頂きました。 中国でコピーされていたので自衛です。 「天安門事件」

【完結】妖精を十年間放置していた為SSSランクになっていて、何でもあり状態で助かります

すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
 《ファンタジー小説大賞エントリー作品》五歳の時に両親を失い施設に預けられたスラゼは、十五歳の時に王国騎士団の魔導士によって、見えていた妖精の声が聞こえる様になった。  なんと十年間放置していたせいでSSSランクになった名をラスと言う妖精だった!  冒険者になったスラゼは、施設で一緒だった仲間レンカとサツナと共に冒険者協会で借りたミニリアカーを引いて旅立つ。  ラスは、リアカーやスラゼのナイフにも加護を与え、軽くしたりのこぎりとして使えるようにしてくれた。そこでスラゼは、得意なDIYでリアカーの改造、テーブルやイス、入れ物などを作って冒険を快適に変えていく。  そして何故か三人は、可愛いモモンガ風モンスターの加護まで貰うのだった。

迷い人と当たり人〜伝説の国の魔道具で気ままに快適冒険者ライフを目指します〜

青空ばらみ
ファンタジー
 一歳で両親を亡くし母方の伯父マークがいる辺境伯領に連れて来られたパール。 伯父と一緒に暮らすお許しを辺境伯様に乞うため訪れていた辺境伯邸で、たまたま出くわした侯爵令嬢の無知な善意により 六歳で見習い冒険者になることが決定してしまった! 運良く? 『前世の記憶』を思い出し『スマッホ』のチェリーちゃんにも協力してもらいながら 立派な冒険者になるために 前世使えなかった魔法も喜んで覚え、なんだか百年に一人現れるかどうかの伝説の国に迷いこんだ『迷い人』にもなってしまって、その恩恵を受けようとする『当たり人』と呼ばれる人たちに貢がれたり…… ぜんぜん理想の田舎でまったりスローライフは送れないけど、しょうがないから伝説の国の魔道具を駆使して 気ままに快適冒険者を目指しながら 周りのみんなを無自覚でハッピーライフに巻き込んで? 楽しく生きていこうかな! ゆる〜いスローペースのご都合ファンタジーです。 小説家になろう様でも投稿をしております。

婚約破棄された上に国外追放された聖女はチート級冒険者として生きていきます~私を追放した王国が大変なことになっている?へぇ、そうですか~

夏芽空
ファンタジー
無茶な仕事量を押し付けられる日々に、聖女マリアはすっかり嫌気が指していた。 「聖女なんてやってられないわよ!」 勢いで聖女の杖を叩きつけるが、跳ね返ってきた杖の先端がマリアの顎にクリーンヒット。 そのまま意識を失う。 意識を失ったマリアは、暗闇の中で前世の記憶を思い出した。 そのことがきっかけで、マリアは強い相手との戦いを望むようになる。 そしてさらには、チート級の力を手に入れる。 目を覚ましたマリアは、婚約者である第一王子から婚約破棄&国外追放を命じられた。 その言葉に、マリアは大歓喜。 (国外追放されれば、聖女という辛いだけの役目から解放されるわ!) そんな訳で、大はしゃぎで国を出ていくのだった。 外の世界で冒険者という存在を知ったマリアは、『強い相手と戦いたい』という前世の自分の願いを叶えるべく自らも冒険者となり、チート級の力を使って、順調にのし上がっていく。 一方、マリアを追放した王国は、その軽率な行いのせいで異常事態が発生していた……。

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜

青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ 孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。 そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。 これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。 小説家になろう様からの転載です!

追放された引きこもり聖女は女神様の加護で快適な旅を満喫中

四馬㋟
ファンタジー
幸福をもたらす聖女として民に崇められ、何不自由のない暮らしを送るアネーシャ。19歳になった年、本物の聖女が現れたという理由で神殿を追い出されてしまう。しかし月の女神の姿を見、声を聞くことができるアネーシャは、正真正銘本物の聖女で――孤児院育ちゆえに頼るあてもなく、途方に暮れるアネーシャに、女神は告げる。『大丈夫大丈夫、あたしがついてるから』「……軽っ」かくして、女二人のぶらり旅……もとい巡礼の旅が始まる。

はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~

緋色優希
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。

処理中です...