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第8章
2話 聖女襲来。 前編
しおりを挟むいよいよ本格的な冬が訪れ、冷え込みの厳しい日が続いているが、今日も今日とてザルツ村は平和だ。
人の往来が増え、宿と入浴施設の建設が始まって以降、山道と村の道の除雪作業が追い付かなくなり、一部の除雪に私がスキルで出した融雪剤を使い始めているものの、今の所問題やトラブルもなく、いつも通り穏やかな時間が流れている。
私も端材などの片付けを一旦終えて、近くにある村の寄り合い所で、お茶とお茶菓子を頂きつつ今日の新聞を読んでいた。
この間のヤリチン案件で取っ捕まった、お貴族様の誰それが裁判にかけられただの、有罪になって厳罰喰らっただの、色んな事が書いてあるけど、個人的にはこれと言って目を引く記事はない。
だが、元筆頭公爵家だったガイツハルス伯爵家の令嬢が、自身の成人を機に王家であるレカニエス家の名を引き継ぎ、来年の夏には正式に女王として即位する、という記事は、少しだけ気になった。
順当に考えるなら、現筆頭公爵家の当主である、へリング様が王位を継ぐのが安牌だ。
あの人も王家の血を幾らか引いてる訳だし、王位を継ぐ資格は十分ある。
しかし記事によると、ガイツハルス伯爵令嬢の母親は先々代の王の妹であり、現存する上位貴族家の中で、ガイツハルス伯爵令嬢が、最も王家の血を色濃く受け継いでいる事を理由に、他の公爵家から満場一致で次代の王として選出された、らしい。
一時期この国は、ダメな国主が三代立て続けに誕生した挙句、どいつもこいつも醜聞や失態を晒した末に死んでいなくなるという、泥船国家に成り下がりかけた。
筆頭公爵家も、10年経たないうちにコロコロ変わっている。
まず間違いなく、今のレカニス王国は傾きかけの国として、他国から軽んじられているだろう。
国家中枢の立て直しには多大な苦労が付きまとうだろうが、何とか頑張ってもらいたいものだ。
干し果を混ぜ込んで作った、一口サイズのクッキーを口の中に放り込み、モグモグしながらそんな事を思っていると、いきなり寄り合い所のドアが勢いよく開け放たれ、壮年の男性が「大変だ!」と叫びながら駆け込んで来た。
村の真ん中あたりの土地で、麦と菜っ葉を作ってる農家のおじさんだ。
「どうしたのおじさん、そんな血相変えて」
「ああ、プリム! 大変なんだよ! 今、山のふもとに、聖女を名乗るお貴族様のお嬢さんが来てて、山に入れろって大騒ぎしてるんだ!」
「は? なにそれ。入りたければ入ればいいじゃない。なんでそんな騒ぐ必要が――あ。まさか……」
「……。ああ。モーリン様が張って下さった、『忌み人避け』の結界に弾かれて、山に入れないでいるんだよ、そのお嬢さん……」
「……つまり……。聖女なんて肩書名乗ってるくせに、村の人達に悪意や害意を持ってるんだ……その人……」
私が顔をしかめながら「うわあ」と呻くと、おじさんも渋い顔でため息を零す。
「ねえ、無視して放置するって訳にはいかないの?」
「そうしたいのは山々なんだが……何人も取り巻き引き連れて、山道の入り口を塞ぐような格好で騒いでてなぁ……。他の入山者の妨げになってるんだ。
そろそろ陽が傾き始める時間だし、あんな所で長々と道を塞がれちゃ困る。このままじゃ、大した備えもなく、ふもとで野宿する羽目になる人が出るぞ」
「……あー……。それは、幾らなんでもマズいわね……。仕方ない、モーリン連れてふもとに行ってみるわ」
「頼む。……話し合いで何とかできればいいんだが……」
「……。そうね……。でも、ダメだったらモーリンにお願いして、強制的に退場させるから」
「分かった。その辺の判断は、お前とモーリン様に任せるよ……」
こうして私は、疲れた顔のおじさんに見送られながら、村の寄り合い所を後にした。
うへぇ……。行きたくねえ~~……。
◆
渋々モーリンと共に向かった山のふもと、山道の入り口前には、文字通り人だかりができていた。
山道を塞ぐような形で立っているのは、簡素な白い法衣を身に付けた数人の男性と、紺のワンピースを着たシスターが1人。それから――
「全く! お前達はこのワタクシに、何回同じ事を言わせるつもりですの!? ワタクシの入山を妨げている、この不届きな結界をさっさと消しなさい!
ワタクシは神に選ばれた尊き聖女であり、栄光あるレカニス王国の大貴族、アミエーラ・アムリエ侯爵令嬢ですのよ! これ以上調子に乗って無礼を重ねるのなら、ワタクシのお父様が黙っていませんことよ!」
華やかな金髪をゴリゴリのドリルロールにキメて、白を基調にしたヒラヒラドレスを着込み、やたらとキラキラした宝飾品で全身を飾った、高慢ちきを絵に描いたような美人が、でっかいキンキン声を張り上げて騒いでいる。
……。聖女ってなんだろう……。
なんか……アレを見てると、聖女っていう存在と概念に対する根源的な疑問が後から後から湧いてきて、止まらなくなりそうなんですが……。
『……。プリム……。あの……清楚さも清廉さも全く備えておらぬ、ケバケバしい出で立ちをした女が、聖女だと言うのかえ?』
「……。本人様が聖女を名乗ってるんだから、そうなんじゃない? ていうか、今からアレと話し合わなくちゃいけないのか……」
『……そうか。では、交渉事はお主に任せた。妾は、アレとは口を利きとうない。高慢ちきとケバいのが感染るのじゃ』
「確かに、あのイタい性格と立場を全く顧みてない恰好は病気っぽく思えるけど、感染らないわよ……。バカ言ってないで、いざという時は力貸してよね……」
私とモーリンは、ゲンナリしながら聖女を名乗るご令嬢の側へ近づいていく。
ていうか、もう交渉も話し合いもしないで、強制転移で王都に放り出したい……。
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