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第7章
閑話 急転する事態
しおりを挟む強制的に精霊の小路へ押し込まれ、そこを通り抜けた先。
よく見知ったザルツ村の入り口付近に、半ば放り出される格好で逃がされたリトスは、素早く周囲を見回して現在地を把握した途端、顔をくしゃりと歪ませた。
(プリム、なんて無茶な事を……!)
相変わらず、自分の事よりも人を優先しがちな幼馴染の事を思い、唇を噛む。
(ああくそ! 僕も僕だ! どうしてあの時、ちゃんとプリムの手を掴めなかったんだ! あの状況下でなら、プリムがああするんじゃないかなんて事、ちょっと考えれば分かったはずなのに!)
自分の不甲斐なさと至らなさ、そして、何においても守るべき大切な人に、逆に守られてしまった悔しさと情けなさで、脳が焼き切れそうだ。
だが、だからといってこのままここで後悔の念に囚われ、ひとりグズグズしていた所で事態は何も変わらない。
リトスは道具袋の中からシンプルフォンを引っ張り出し、手早く登録された番号――カトルが持っているであろうシンプルフォンに電話をかける。
プリム曰く、『コール音』と言うらしい、小さくも独特の音が10回近く聴覚をくすぐったのち、カトルがこちらの呼び出しに応えて電話に出た。
《――はい、こちらカトルです》
「カトルさん! ……ごめん、しくじった。聞き込みをしてる最中、変な黒ずくめの連中に囲まれてしまって……プリムが、僕を逃がす為の囮に……!」
《……! そうでしたか。懸念していましたが、やはり君達の方にも来ましたか……》
「君達の方にも、って……。まさか、カトルさん達の所にも!?」
《はい。幸い私とデュオは、比較的早くに尾けられていると気付きましたので、路地などを使って撒いて、事なきを得ましたが……。それでリトス、君は今どこに?》
「……ザルツ村の入り口に。プリムが、精霊の小路を作る魔法石を起動させて、ここまで逃がしてくれたんだ……」
《成程。……リトス、あまり落ち込まないようにして下さい。プリムは恐らく、君の身の安全を図ろうという考えだけでなく、今こうして使っているシンプルフォンを、連中に発見される訳にはいかないという思いから、そういった手段に出たのでしょう。
このシンプルフォンを荷物の中から見付けられてしまえば、今後リアルタイムでの情報共有が不可能になるばかりか、下手をすればプリムのスキルの事がバレてしまいかねません。それは、何においても避けねばならない事です》
「……うん。そうだね。そんな事になったら、プリムの身に余計な危険が及んでしまう。プリムのスキルに付随してる、『要らない物を消す力』も、自分で身に付けている物か、じかに触れてる物にしか効力を発揮しないって話だし……仕方なくこうしたんだよね。プリムは」
《ええ、そうに決まっています。プリムは小さな頃から聡い上に、なかなか抜け目のない子でしたからね。決して、君を全く当てにしていないとか、足手まといだと思っているとか、そういう事ではないはずですよ》
「……。カトルさんて、時々人が気にしてる事ズケズケ言うよね……」
リトスが恨みがましい声で言うと、シンプルフォンの向こうから『ははは、すみません』という言葉が返ってくる。
《けれど……そうですね。いい機会なのではっきり言わせてもらいましょうか。今私は、君がいつも内心で抱えている思い込みを、敢えて口に出して提示しただけです。君はこれまでの努力に反して、自己肯定感が低過ぎる。君が一人前の戦士である事は、プリムもきちんと理解しています。
そうでなければ、今回モアナ達を探しに行く話が出た時、君に一緒に来て欲しいとは言い出さなかったはずです。プリムは優しい子ですが、優しさだけで物事を判断して、線引きを間違うような愚を犯す子ではありません。もし、本当に君を足手纏いだと、連れて行くのは危険だと判断したのなら、縛り上げてでも君を村に置いて行った事でしょう。……違いますか?》
「……。うん。そうだね。ありがとうカトルさん。……それで、話を戻すけど、今カトルさん達はどこにいるの?」
《私達は今、わけあって貴族街の一角にある、へリング公爵家の邸宅にお邪魔しています》
「――は? へっ、へリング公爵家? なんでまたそんな所に」
《いえ……それに関してはまだ。私達をお招き下さった公爵様が王城からお戻りになられていないので、私達も詳しい事情は現状分かっていません。
しかし、へリング家の家令殿が仰るには、モアナ達が行方不明になった件に、非常に関わりが深いと思われる話だそうです。ですので、出来れば君にもこちらへ来て欲しい所なのですが……。ザルツ村まで戻っているとなると、すぐには難しいですね》
「うん……あ、いや、ちょっと今から家に戻って、王都で取った宿に精霊の小路を繋げてもらえるように、モーリン様に訊いて頼んでみるよ。
宿には今、僕達の……プリムの荷物が置きっぱなしになってるだろ? プリムの荷物の中には、プリムがモーリン様の力を借りて作った、魔法石や結界石が幾つか入ってるはずなんだ。その魔力を辿って出口に指定すれば、王都の宿にすぐ戻れるんじゃないかな。
でもまあ……それは僕の勝手な考えだし、きちんとモーリン様に訊いてみないと、本当にできるかどうかは分からな」
『それならできるぞえ』
「うわあっ!? も、モーリン様!?」
カトルとの通話に割り込むように、突如正面に現れたモーリンに驚き、リトスは反射で短い悲鳴を上げた。
『なんじゃ、相変わらず肝が小さいのう。そんな事だから、いつまで経ってもプリムに相手にされんのじゃぞ』
「放っておいて下さい! いや、そ、それより今は――」
『みなまで言うな。つい先ほどプリムから念話がきての、自分は機を見て脱出を図るゆえ、ひとまずお主を助けてやって欲しいと頼まれておる。――この場を起点に、プリムがこさえた結界石がある地点にまで、精霊の小路を繋げればよいのじゃな?』
「は、はい! お願いします、モーリン様! ……カトルさん、今の聞こえた? そういう事だからちょっと待ってて!」
『……え、ええ。聞こえました。では、王都の宿に戻ったら、全員分の荷をまとめたのち、もう一度電話をかけてくれますか。宿に君を迎えに行ってもらえるよう、家令殿にお願いしますので』
「うん、分かった。できるだけ急ぐよ。宿の外に出ていた方がいいかな?」
『いえ。恐らくまだ件の黒ずくめ達は、私達や君を探し回っているでしょう。身の安全を確保しておく為にも、宿に取った君の部屋の中で待っていて下さい。
へリング公爵家の迎えだとすぐに分かるよう、4回ノックをして知らせるように加えてお願いしておきます』
「分かった」
リトスはカトルの言葉に深くうなづく。
プリムの事で逸る気持ちを、必死に抑え込みながら。
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