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第7章
1話 移ろう時代の明と暗
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村に攻めてきた王国軍が、主にレフさんとモーリンの力によってクソダサい末路を辿ってから、3か月が経過した。
当初、クソ王からの報復行動が大なり小なり起こるのでは、と懸念していた私達だったが、今の所そんな事は全くなく、村は平穏そのものです。
どうやらあのクソ王、自分の周囲の火消しやら何やらが忙しいのと、常に雑木抱えた生活が不便過ぎて、村に報復する所にまで手が回らないようだ。
ざまぁ。これから先死ぬまで、何をするにも雑木持って歩かなきゃならん、微妙にしょっぱい人生を送り続けるがいいわ。
それから、一時期足が遠のいていた行商の人達も、ちらほら村に顔を出してくれるようになってきた。
行商人達曰く、王国軍が村を攻めようとしている、という、きな臭い話を耳にして以降、村に悪いと思いつつも身を守る為、こちらに来るのを控えていたらしい。
まあ、当然の判断だろう。
山の周囲には相変わらず『忌み人避け』の結界を張っているので、行商人の中には、山に入れなくなった者も何人かいたらしいけど、こっちとしても、腹の底に村への悪意を抱えた行商なんて受け入れたくないから、村長のトーマスさんは、それはそれでよかったと思う事にしたみたい。
それはさておき、村はそろそろ夏に差し掛かる時期で、村の人達はみんな、先々保存食にする為山の恵みの収穫、それらの加工作業に勤しんでいる。
勿論私やリトスも、スキル頼りの生活ばかりしている訳にいかないから、村の人達に混ざって、諸々の収穫作業や加工作業を行っているが、今はちょっと小休止中。
ダイニングキッチンのテーブルの前に椅子を並べて座り、一緒にお菓子とミルクを2人でぱくつきながら、デュオさんにもらった新聞(日付は1週間前のものだけど)に目を通していると、あのクソ王が、身体の不調が続いている事を理由に退位を表明した、という記事が目に留まった。
「へえ。身体の不調なんて嘘っぱちだろうけど、あいつ退位するんだ。今後もずっと、しぶとく王位にしがみ付くんじゃないかと思ってたわ」
「そう? 僕は、今回の退位は割と納得のいく話だと思ってるよ。なにせ兄上は昔から、プライドの塊みたいな人だったから。何かあるたび、いちいち雑木の鉢植えを担いで移動する姿なんて、臣下に見られるのも嫌なんじゃないかな。
何より、外交や夜会の時にそんな恰好で入場したりしたら、他の高位貴族や他国からの来賓に笑い者にされるよ。あの人は、そんなの絶対耐えられないと思う」
「成程。元身内としての客観的な意見、ありがとね。……じゃあ、こっちに書いてあるクソ王の後釜の……ウルグス・オヴェストって人の事は知ってる? 記事によると、オヴェスト辺境伯公の実弟って事らしいけど」
「……ううん、知らない。オヴェスト辺境伯弟の顔どころか、辺境伯弟の実姉だっていう辺境伯公の顔さえ見た事がないよ。これでも僕は、小さな頃から記憶力には自信があるからね、3歳以降の出来事なら大体憶えてる。だから、間違いない」
「そうなんだ。そういやあんたって、昔っから色々物覚えよかったものね。本当、あんたの記憶力には何度助けられたか分かんないわ」
「はは、お褒めに与って光栄だよ。……話を戻すけど、プリムもこの間の騒ぎのせいで、オヴェスト辺境伯領の場所や状況なんかは、ある程度分かってるだろう? あそこは王都から見ても、だいぶ辺鄙な場所にある領地だって事とか」
「ああそっか。確か……王都と辺境伯領の間には、だだっ広い平原や森林が広がってるんだったわね。気安く移動できる距離じゃないって、レフさんも言ってたっけ」
「うん。だから、よほどの慶事でもない限り、自領から出て王都にまで足を延ばしたりはしないはずだよ。貴族の旅は平民の旅と違って、旅費が滅茶苦茶かかるしね。ただ……この記事の内容は、正しくないような気がする」
「え? ええと……ああ、ここ?」
リトスが真顔で指差す記事を目で追うと、そこは丁度さっき目を通した、辺境伯弟の招聘に関する話が書かれた箇所だった。
「えーと……このたび国王陛下は、自身の後継者として王冠を賜るに相応しい、極めて有能な人材であるというオヴェスト辺境伯公の実弟、ウルグス・オヴェスト辺境伯弟を王都へ招聘され……って所、よね?」
「そう、そこ。……正直兄上は、有能な後継者なんて求めてないんじゃないかな、と思って。あの人は自分の仕事や、自分がこれまで築き上げてきたものを人に全部丸投げして、楽隠居したがる性分なんかじゃない。絶対に。
それに……この新聞には、兄上が退位を明言したのが今から1週間前で、新王の即位式を執り行うのは来月の半ばだなんて書かれてる。幾らなんでも事を運ぶのが早過ぎるよ。
この時点で、ろくに引き継ぎもしないまま、形だけの王座に座らせようとしてるってのが見え見えだ。第一、わざわざ遠方に居を構えてる分家の人間を呼び付けなくたって、王家と縁戚関係にある上位貴族の家は、まだ王都にも残ってるはずなんだから」
「……。ふーん。つまり……クソ王はわざと出来の悪い奴に白羽の矢を立てて、自分にとって都合がいい操り人形にしようとしてるのね」
「僕はそうなんじゃないかと思ってる。勿論、これは単なる僕の憶測で、証拠も何もないけどね。けど、もしこの記事じゃなく僕の憶測の方が正しいんだとしたら、この辺境伯弟の頭の出来具合が、そっくりそのまま兄上の命運を分けそうな気がするんだ」
「それ、どういう事? だってリトスの予想では、辺境伯弟のオツムの出来が悪いだろう事は、おおよそ確定なんでしょ?」
難しい顔で顎に手をやるリトスに、つい眉根を寄せながら問いかける。
「あ……ごめん、ちょっと遠回しな言い方しちゃったね。辺境伯弟の頭の出来の悪さというより、辺境伯弟が身の丈に合った野心を持ってるのか、って事が気がかりなんだ。
王都で即位した後、大人しく兄上の言う事を聞いて、気楽なお飾り王として悠々自適の暮らしを送るだけで満足するのか、それとも……」
「……。それとも……常に上から目線で、自分にあれこれ指図してくる前王の支配から逃れて、もっと思うがままに権力を振るいたいと思うようになるのか……」
「……そうだね。そういう事だ。そして……もし辺境伯弟がプリムの指摘した通り、兄上の予想を超えた愚物の野心家だった場合……兄上は間違いなく、何かしらの理由で身罷られる事になると思う」
「でしょうね。甘い汁を楽して沢山吸いたがるバカタレって、世の中結構いるものだし、手を下すのを手伝う奴も普通に出て来そう。身体の不調を理由に若年で退位したって状況から見ても、表向きには病死した事にしておけば、大して角も立たないだろうから。
……やっぱり、身の危険があると分かったら、あんなのでも心配になる?」
「……どうだろう。流石に、実際そうなればいいとか、いい気味だとか、そんな風には思わないけど……でも、助けたいとも思わないし……。ごめん、僕にもよく分からないや。
今分かってるのは、もしそうなった場合には王都だけじゃなく、他の町や村も荒れるかも知れないなって事だけだよ」
「そう。――さーてと。そろそろ仕事に戻りましょ。採ってきた野菜とか山菜とか、早く下処理して瓶に詰めなくちゃ」
私は項垂れるリトスの背中を軽く叩き、努めて明るい声を出しつつ椅子から立ち上がった。
「……うん、そうだね。保存用の瓶も煮沸しないといけないし、まだまだやる事がたくさんだ。それに、野イバラのジャムもいっぱい作らなくちゃいけないよね? どこかの誰かさんは、来年の夏まで我慢できないだろうから」
「勿論! 野イバラのジャムは私の大好物なんだから!」
続いて椅子から立ち上がったリトスが、明るい声で私を茶化してくる。
私は堂々と胸を張り、笑顔でリトスの言葉を肯定した。
さあ、保存食作り再開だ。ごちゃごちゃ言うのはもうやめよう。
もはや王侯貴族とは何の関わり合いもない私達が、あのクソ王の進退や身の安全を考えた所で、なんの意味もないんだから。
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