84 / 124
第6章
10話 精霊の迷い家~第3領域・ザルツ村ファイターZERO 後編~
しおりを挟む分かりやすく将軍を引き連れて前へ出て来たクソ王は、最初のクソゲーのせいでほとんど身包み剝がされたも同然で、鎧も兜も身に付けていない。
だが、ただひとつ、柄から鞘に至るまで精緻な細工で飾り立てられた、妙に立派な剣だけは、なにがあろうと絶対に手放さずに持ち続けていた。
奴は、アバターとして出現した私とリトスの眼前で剣を抜き放つ。
思っていたより緩慢な動きで抜き放たれたその剣身は、まるで鏡面のように磨き抜かれた、美しい白銀の色を湛えていた。
おまけに鞘から抜かれた途端、剣身から魔力が立ち昇り始める。
――へえ。ありゃあ精霊殺しの魔剣だね。随分と古めかしい武器を持ち出してきたもんだ。
(精霊殺し……。物騒な名前の剣ね。レフさん詳しいの?)
独り言ちるかのような感覚で念話を送ってくるレフさんに、私も念話で返答した。
――まぁね。あれは今から数千年前、良くも悪くも、人間とあたし達精霊との距離が最も近しかった時代に作り出されたものでね、物理攻撃が一切通用しない精神生命体である精霊を、魔法以外の攻撃で討ち取る為に生み出された魔剣さ。
(成程。……。言うまでもない事だとは思うけど、警戒すべきだよね)
――そうだねえ。多少は警戒した方がいいかもね。
(え、多少でいいの?)
――変に油断しなければ大丈夫だよ。『精霊殺し』なんて大仰な名前が付けられちゃいるが、ありゃあただ単に、精神生命体を物理的に叩く為の力を付与されてるってだけだから。
勿論、魔剣と称されるだけあって、剣身に魔力を込めれば切れ味は格段に上がるし、あたしもモーリンもあれで斬り付けられれば怪我はする。でも、そんだけさ。一撃必殺の特効武器とは言えないね。
あたしの見立てじゃ、あの若い王がどれだけ剣に魔力を込めようが、精々中位精霊を消滅させるくらいが関の山って所かねえ。高位精霊のモーリンと、精霊王であるアタシの魂にまでは、どうあがいても届かないよ。
まあ、普通の量産品より切れ味のいい業物、くらいの感覚で戦ればいいさ」
(ふーん。じゃあ、打ち合わせ通りに戦えばそれでいいか)
――ああ、それくらいの警戒具合で問題ないよ。それより……。どうやらあの王、あたし達に何か物申したいみたいだよ?
レフさんが面白そうに笑った直後、やおらクソ王が「精霊よ! 我が声を聞き我が意に応えよ!」と声を張り上げた。
「私はレカニス王国国主、シュレイン・ロア・レカニエス! この身に宿る魂を賭して、汝との誓約を望む! 返答はいかに!」
『――汝、精霊誓約を望むか。よかろう。思うさまその言を述べるがいい』
するとレフさんは一瞬、そう来たかい、と楽しそうな声色で呟き、この場の全員に聞こえる形で念話を飛ばし始める。
当然、残りの兵士達も驚いてざわめきだした。
ちなみに、奴が今口にした精霊誓約ってのは、精霊との契約を望む行為の正式な名称だ。
一口に精霊との契約と言っても、契約を望む相手の状況やら人となりやらで、その都度条件付けが事細かに変わる。
その為、私とモーリン、レフさんのように、アホほどあっさり契約できる場合もあれば、それこそ命を賭して精霊と戦い、自身の力を示さねばならない場合もあるらしいし、望みを叶える対価として、精霊が提示した交換条件を飲まなければならない場合もあるそうだ。
てか、急に堅苦しい言葉遣いするから、私までびっくりしたよ。レフさん。
素の言葉遣いを出さず、よそ行きの言葉遣いでガワを固めて本心を覆い隠してるって事は、それすなわち、クソ王を認めてないって事なんだろう。
でも、それも当たり前の事だ。
そもそも契約を望む精霊の、肝心の正体や名前さえ把握しないまま契約を望むなんて、「どこの誰でどんな力があるか分からんが力を貸せ」って言ってるも同然。物知らずのバカがやる事だ。
今みたいな、ザルでいい加減な呼びかけが通用すると思ってる時点でだいぶヤバい。
しかし、今王都にある中央魔法協会って、そんな事も分かんないほど精霊に対する知識が薄いんだろうか。魔法に対する概念も杓子定規でガチガチに固いみたいだし、情報のアップデートができてないにもほどがあんだろ。
レフさんが、面白い物好きのおちゃめな性格してなかったら、今のクソ王の呼びかけなんて完全スルーされてたぞ。
モノを知らないってのは、ホント恥ずかしい事だよね。
「我が望みは汝が力! 私が、今この場に出現した貴様の傀儡を倒せたならば、我が軍門に下り、我が命脈の尽きる時までその力を貸し与え続けよ!」
『ほう。身の程知らずにも我が力を望むか。矮小な人間の考える事は、悪い意味で予測がつかぬ。なんとも斜め上の思考を持っているものだ』
「……いかに長き時を生きる身であろうとも、その言葉は看過できぬな、精霊よ。私が矮小な存在であるか否かは、今この場ですぐに分かる事。吠え面を掻いてからでは遅いと思うが?」
『汝も言動の不遜さだけならば、世界に名だたるものであろうな。まことに身の程を知らぬ事よ。――では、我が巫女の現身と戦闘を行い、勝利した暁にはその望みを叶えてくれよう。
だが、もし敗れたその時には、汝の魂を縛らせてもらう。構わぬな?』
「いいだろう! 我が王家に伝わる宝剣の力を以てすれば、精霊の操り人形など恐れるに足らず! どこからでもかかって来るがいい!」
――だってさ。それじゃあ早速、チャチャッと片付けて終わらせとくれ、プリム。
(へ? ちょっ…ちょっと! あんだけ煽っておいて私に全部丸投げ!? レフさん力貸してくれないの!?)
――アハハ、そりゃそうだろ。今ここであたしが変にあんたに力を分けたりしたら、あの王達を殺さないようにかけたバフをぶち破っちまうよ。そりゃ流石にヤバいだろ。連中を殺す訳にはいかないんじゃないのかい?
(え゙。……あ、あー……。いやまあ、それは確かにまずいけど……。ねえ、ホントに私だけでやれるの? 将軍の方はリトスに投げても大丈夫だと思うけど、私は喧嘩しかできないわよ? さっきの対戦でも見たでしょ?)
――ああ、問題ないさ。……さ、お相手が待ちかねてるよ。全身に魔力を巡らせて、身体強化魔法を全開にするんだ。そっから一気に踏み込んで間合いを詰めて、どてっ腹に一発かましてやりな!
(……はあぁ……。あーもー、しょうがないな。やればいいんでしょ、やれば!)
呑気に笑いながら声援を送ってくるレフさんに、ため息交じりに応えた私は、言われた通りに全身の思い切り魔力を巡らせ、ここ8年の間に身に付けた、たったひとつの魔法、身体強化魔法をフルで発動させ、全力で床を蹴る。
身体強化魔法の恩恵か、周囲の時間の流れが酷く緩慢に思える中、私は前世の頃の喧嘩と同じようにクソ王のどてっ腹目がけ、固く握った拳を無造作に叩き込んだ。
「ぐはああああっ!?」
そしたらまあ、なんという事でしょう。
クソ王ときたら迎撃どころか防御もできず、モロに私の拳を腹に喰らって、漫画みたいな勢いで後ろに吹っ飛んでいくじゃありませんか。
おまけにクソ王本人は、私の拳が腹に食い込んだ時点で意識を失っているのか、一切受け身も取らず、風に吹かれた木っ端のように床を何度もバウンドして転がった末、壁に激突して動かなくなった。
……。あの。ひょっとしなくても、これで終わりですか?
ええええええ……。ナニコレぇ。
ちょ、え? ウッソ、マジ? あんだけ自信満々だったのにこれで終わり?
どっかの漫画に出てくるワンパンヒーローの敵じゃあるまいし、もうちょい根性入れて粘ったらどうなの? ねえ。口だけ大将にも程があるでしょ!
あまりと言えばあまりの出来事に、私含めて誰ひとり声を上げられず、第3領域内は耳が痛いほどの沈黙に包まれる。
ただ、私の頭の中にだけは、クソ王を囃し立てながらケラケラ笑う、レフさんとモーリンの声がはっきり聞こえていた。
52
お気に入りに追加
296
あなたにおすすめの小説

転生したので好きに生きよう!
ゆっけ
ファンタジー
前世では妹によって全てを奪われ続けていた少女。そんな少女はある日、事故にあい亡くなってしまう。
不思議な場所で目覚める少女は女神と出会う。その女神は全く人の話を聞かないで少女を地上へと送る。
奪われ続けた少女が異世界で周囲から愛される話。…にしようと思います。
※見切り発車感が凄い。
※マイペースに更新する予定なのでいつ次話が更新するか作者も不明。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

追放された引きこもり聖女は女神様の加護で快適な旅を満喫中
四馬㋟
ファンタジー
幸福をもたらす聖女として民に崇められ、何不自由のない暮らしを送るアネーシャ。19歳になった年、本物の聖女が現れたという理由で神殿を追い出されてしまう。しかし月の女神の姿を見、声を聞くことができるアネーシャは、正真正銘本物の聖女で――孤児院育ちゆえに頼るあてもなく、途方に暮れるアネーシャに、女神は告げる。『大丈夫大丈夫、あたしがついてるから』「……軽っ」かくして、女二人のぶらり旅……もとい巡礼の旅が始まる。

水しか操れない無能と言われて虐げられてきた令嬢に転生していたようです。ところで皆さん。人体の殆どが水分から出来ているって知ってました?
ラララキヲ
ファンタジー
わたくしは出来損ない。
誰もが5属性の魔力を持って生まれてくるこの世界で、水の魔力だけしか持っていなかった欠陥品。
それでも、そんなわたくしでも侯爵家の血と伯爵家の血を引いている『血だけは価値のある女』。
水の魔力しかないわたくしは皆から無能と呼ばれた。平民さえもわたくしの事を馬鹿にする。
そんなわたくしでも期待されている事がある。
それは『子を生むこと』。
血は良いのだから次はまともな者が生まれてくるだろう、と期待されている。わたくしにはそれしか価値がないから……
政略結婚で決められた婚約者。
そんな婚約者と親しくする御令嬢。二人が愛し合っているのならわたくしはむしろ邪魔だと思い、わたくしは父に相談した。
婚約者の為にもわたくしが身を引くべきではないかと……
しかし……──
そんなわたくしはある日突然……本当に突然、前世の記憶を思い出した。
前世の記憶、前世の知識……
わたくしの頭は霧が晴れたかのように世界が突然広がった……
水魔法しか使えない出来損ない……
でも水は使える……
水……水分……液体…………
あら? なんだかなんでもできる気がするわ……?
そしてわたくしは、前世の雑な知識でわたくしを虐げた人たちに仕返しを始める……──
【※女性蔑視な発言が多々出てきますので嫌な方は注意して下さい】
【※知識の無い者がフワッとした知識で書いてますので『これは違う!』が許せない人は読まない方が良いです】
【※ファンタジーに現実を引き合いに出してあれこれ考えてしまう人にも合わないと思います】
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾もあるよ!
◇なろうにも上げてます。

【本編完結】ただの平凡令嬢なので、姉に婚約者を取られました。
138ネコ@書籍化&コミカライズしました
ファンタジー
「誰にも出来ないような事は求めないから、せめて人並みになってくれ」
お父様にそう言われ、平凡になるためにたゆまぬ努力をしたつもりです。
賢者様が使ったとされる神級魔法を会得し、復活した魔王をかつての勇者様のように倒し、領民に慕われた名領主のように領地を治めました。
誰にも出来ないような事は、私には出来ません。私に出来るのは、誰かがやれる事を平凡に努めてきただけ。
そんな平凡な私だから、非凡な姉に婚約者を奪われてしまうのは、仕方がない事なのです。
諦めきれない私は、せめて平凡なりに仕返しをしてみようと思います。

城で侍女をしているマリアンネと申します。お給金の良いお仕事ありませんか?
甘寧
ファンタジー
「武闘家貴族」「脳筋貴族」と呼ばれていた元子爵令嬢のマリアンネ。
友人に騙され多額の借金を作った脳筋父のせいで、屋敷、領土を差し押さえられ事実上の没落となり、その借金を返済する為、城で侍女の仕事をしつつ得意な武力を活かし副業で「便利屋」を掛け持ちしながら借金返済の為、奮闘する毎日。
マリアンネに執着するオネエ王子やマリアンネを取り巻く人達と様々な試練を越えていく。借金返済の為に……
そんなある日、便利屋の上司ゴリさんからの指令で幽霊屋敷を調査する事になり……
武闘家令嬢と呼ばれいたマリアンネの、借金返済までを綴った物語

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革
うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。
優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。
家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。
主人公は、魔法・知識チートは持っていません。
加筆修正しました。
お手に取って頂けたら嬉しいです。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!
暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい!
政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる