転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店

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第6章

10話 精霊の迷い家~第3領域・ザルツ村ファイターZERO 後編~

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 分かりやすく将軍を引き連れて前へ出て来たクソ王は、最初のクソゲーのせいでほとんど身包み剝がされたも同然で、鎧も兜も身に付けていない。
 だが、ただひとつ、柄から鞘に至るまで精緻な細工で飾り立てられた、妙に立派な剣だけは、なにがあろうと絶対に手放さずに持ち続けていた。

 奴は、アバターとして出現した私とリトスの眼前で剣を抜き放つ。
 思っていたより緩慢な動きで抜き放たれたその剣身は、まるで鏡面のように磨き抜かれた、美しい白銀の色を湛えていた。
 おまけに鞘から抜かれた途端、剣身から魔力が立ち昇り始める。

 ――へえ。ありゃあ精霊殺しの魔剣だね。随分と古めかしい武器を持ち出してきたもんだ。

(精霊殺し……。物騒な名前の剣ね。レフさん詳しいの?)

 独り言ちるかのような感覚で念話を送ってくるレフさんに、私も念話で返答した。

 ――まぁね。あれは今から数千年前、良くも悪くも、人間とあたし達精霊との距離が最も近しかった時代に作り出されたものでね、物理攻撃が一切通用しない精神生命体である精霊を、魔法以外の攻撃で討ち取る為に生み出された魔剣さ。

(成程。……。言うまでもない事だとは思うけど、警戒すべきだよね)

 ――そうだねえ。多少は警戒した方がいいかもね。

(え、多少でいいの?)

 ――変に油断しなければ大丈夫だよ。『精霊殺し』なんて大仰な名前が付けられちゃいるが、ありゃあただ単に、精神生命体を物理的に叩く為の力を付与されてるってだけだから。
 勿論、魔剣と称されるだけあって、剣身に魔力を込めれば切れ味は格段に上がるし、あたしもモーリンもあれで斬り付けられれば怪我はする。でも、そんだけさ。一撃必殺の特効武器とは言えないね。
 あたしの見立てじゃ、あの若い王がどれだけ剣に魔力を込めようが、精々中位精霊を消滅させるくらいが関の山って所かねえ。高位精霊のモーリンと、精霊王であるアタシの魂にまでは、どうあがいても届かないよ。
 まあ、普通の量産品より切れ味のいい業物、くらいの感覚でればいいさ」

(ふーん。じゃあ、打ち合わせ通りに戦えばそれでいいか)

 ――ああ、それくらいの警戒具合で問題ないよ。それより……。どうやらあの王、あたし達に何か物申したいみたいだよ?

 レフさんが面白そうに笑った直後、やおらクソ王が「精霊よ! 我が声を聞き我が意に応えよ!」と声を張り上げた。

「私はレカニス王国国主、シュレイン・ロア・レカニエス! この身に宿る魂を賭して、汝との誓約を望む! 返答はいかに!」

『――汝、精霊誓約を望むか。よかろう。思うさまその言を述べるがいい』

 するとレフさんは一瞬、そう来たかい、と楽しそうな声色で呟き、この場の全員に聞こえる形で念話を飛ばし始める。
 当然、残りの兵士達も驚いてざわめきだした。

 ちなみに、奴が今口にした精霊誓約ってのは、精霊との契約を望む行為の正式な名称だ。
 一口に精霊との契約と言っても、契約を望む相手の状況やら人となりやらで、その都度条件付けが事細かに変わる。

 その為、私とモーリン、レフさんのように、アホほどあっさり契約できる場合もあれば、それこそ命を賭して精霊と戦い、自身の力を示さねばならない場合もあるらしいし、望みを叶える対価として、精霊が提示した交換条件を飲まなければならない場合もあるそうだ。

 てか、急に堅苦しい言葉遣いするから、私までびっくりしたよ。レフさん。
 素の言葉遣いを出さず、よそ行きの言葉遣いでガワを固めて本心を覆い隠してるって事は、それすなわち、クソ王を認めてないって事なんだろう。

 でも、それも当たり前の事だ。
 そもそも契約を望む精霊の、肝心の正体や名前さえ把握しないまま契約を望むなんて、「どこの誰でどんな力があるか分からんが力を貸せ」って言ってるも同然。物知らずのバカがやる事だ。
 今みたいな、ザルでいい加減な呼びかけが通用すると思ってる時点でだいぶヤバい。

 しかし、今王都にある中央魔法協会って、そんな事も分かんないほど精霊に対する知識が薄いんだろうか。魔法に対する概念も杓子定規でガチガチに固いみたいだし、情報のアップデートができてないにもほどがあんだろ。
 レフさんが、面白い物好きのおちゃめな性格してなかったら、今のクソ王の呼びかけなんて完全スルーされてたぞ。
 モノを知らないってのは、ホント恥ずかしい事だよね。

「我が望みは汝が力! 私が、今この場に出現した貴様の傀儡を倒せたならば、我が軍門に下り、我が命脈の尽きる時までその力を貸し与え続けよ!」

『ほう。身の程知らずにも我が力を望むか。矮小な人間の考える事は、悪い意味で予測がつかぬ。なんとも斜め上の思考を持っているものだ』

「……いかに長き時を生きる身であろうとも、その言葉は看過できぬな、精霊よ。私が矮小な存在であるか否かは、今この場ですぐに分かる事。吠え面を掻いてからでは遅いと思うが?」

『汝も言動の不遜さだけならば、世界に名だたるものであろうな。まことに身の程を知らぬ事よ。――では、我が巫女の現身うつしみと戦闘を行い、勝利した暁にはその望みを叶えてくれよう。
 だが、もし敗れたその時には、汝の魂を縛らせてもらう。構わぬな?』

「いいだろう! 我が王家に伝わる宝剣の力を以てすれば、精霊の操り人形など恐れるに足らず! どこからでもかかって来るがいい!」

 ――だってさ。それじゃあ早速、チャチャッと片付けて終わらせとくれ、プリム。

(へ? ちょっ…ちょっと! あんだけ煽っておいて私に全部丸投げ!? レフさん力貸してくれないの!?)

 ――アハハ、そりゃそうだろ。今ここであたしが変にあんたに力を分けたりしたら、あの王達を殺さないようにかけたバフをぶち破っちまうよ。そりゃ流石にヤバいだろ。連中を殺す訳にはいかないんじゃないのかい?

(え゙。……あ、あー……。いやまあ、それは確かにまずいけど……。ねえ、ホントに私だけでやれるの? 将軍の方はリトスに投げても大丈夫だと思うけど、私は喧嘩しかできないわよ? さっきの対戦でも見たでしょ?)

 ――ああ、問題ないさ。……さ、お相手が待ちかねてるよ。全身に魔力を巡らせて、身体強化魔法を全開にするんだ。そっから一気に踏み込んで間合いを詰めて、どてっ腹に一発かましてやりな!

(……はあぁ……。あーもー、しょうがないな。やればいいんでしょ、やれば!)

 呑気に笑いながら声援を送ってくるレフさんに、ため息交じりに応えた私は、言われた通りに全身の思い切り魔力を巡らせ、ここ8年の間に身に付けた、たったひとつの魔法、身体強化魔法をフルで発動させ、全力で床を蹴る。

 身体強化魔法の恩恵か、周囲の時間の流れが酷く緩慢に思える中、私は前世の頃の喧嘩と同じようにクソ王のどてっ腹目がけ、固く握った拳を無造作に叩き込んだ。

「ぐはああああっ!?」

 そしたらまあ、なんという事でしょう。
 クソ王ときたら迎撃どころか防御もできず、モロに私の拳を腹に喰らって、漫画みたいな勢いで後ろに吹っ飛んでいくじゃありませんか。

 おまけにクソ王本人は、私の拳が腹に食い込んだ時点で意識を失っているのか、一切受け身も取らず、風に吹かれた木っ端のように床を何度もバウンドして転がった末、壁に激突して動かなくなった。
 ……。あの。ひょっとしなくても、これで終わりですか?

 ええええええ……。ナニコレぇ。
 ちょ、え? ウッソ、マジ? あんだけ自信満々だったのにこれで終わり?
 どっかの漫画に出てくるワンパンヒーローの敵じゃあるまいし、もうちょい根性入れて粘ったらどうなの? ねえ。口だけ大将にも程があるでしょ!

 あまりと言えばあまりの出来事に、私含めて誰ひとり声を上げられず、第3領域内は耳が痛いほどの沈黙に包まれる。
 ただ、私の頭の中にだけは、クソ王をはやし立てながらケラケラ笑う、レフさんとモーリンの声がはっきり聞こえていた。

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