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第6章

3話 我欲の矛先~開戦の烽火~

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 空は快晴、うららかな陽気に恵まれた昼下がり。
 村の中央に立てた電波塔の上から、双眼鏡で周囲を見渡すと、ザルツ山のふもとに近い場所、王都と北の関所を繋ぐ街道を占領するような恰好で、宿営地が作り上げられているのが見えた。
 人の数もかなり多い。2、3000なんてもんじゃないな、ありゃ。

 ていうか……めったくそ通行人の邪魔じゃね? あいつら。
 なに公共の道路を私用で塞いでんだよ。ここいら辺は森林も少なくて平坦な場所も結構多いんだから、もうちょい端っこ寄ったらどうなんだ、バカタレ共が。

 あと、まさかと思うけど、通りかかった人達から通行料とか巻き上げてないだろな。
 あのクソ王性格悪いから、そういう事も平気でやらかしそう。

 しかし、あそこにわざわざ宿営地を作ってるって事は、全軍で一気に山に雪崩れ込むつもりはないのかな。
 それはそれで面倒だ。

『――そりゃ、仕方ないんじゃないかい? 魔力感知で探った限り、あいつらの総数は軽く8000を超えてるようだからねえ。そんな数で一気に山に入ったりしたら、身動き取れなくなっちまうよ』

「……それもそっか。折角の数の有利が無意味になる……どころか、却ってマイナスに働いちゃうよね。あのクソ王も、悪知恵はよ~く働くみたいだし、そんな真似する訳ないか」

 念話で語りかけてくるレフさんに、私もため息交じりにそう答えた。

「んじゃ、こっからどうする? 私は、とりま開戦直後は、当初の予定通りでいいと思ってるんだけど。村の人達の、念の為の避難も終わってるし」

『そうだね。それで行こうか。どうせいずれ、戦闘員の多くは山に入り込んで来るだろうしね。そうだろ? モーリン』

『はい。レフコクリソス様のお力添えもございますゆえ、なんの問題もありませぬ。
 ――それよりプリム、そろそろそこから下りて来るのじゃ。万が一にも連中に見咎められたらどうする』

「はいはい。分かってます。今下りるわ。ていうかさ、レフさんもモーリンも、一体どういう料簡りょうけんで、わざわざあんな手の込んだ所作ったの? 色々横から口挟んで、意見出しまくった私が言うのもなんだけど……」

『それは勿論、我ら高位精霊の力というものを、これでもかと見せ付ける為じゃ!
 あやつらは、太古の知識の一端を手にした程度で、随分と調子に乗っておるようじゃからな!』

「あー、まあそうね。確かにそんな感じするわ。こっから眺めてるだけでも、どいつもこいつも余裕綽々な態度でいるのが丸分かりだし。――じゃ、今の所、これ以降の作戦には変更なしって事で確定ね」

『オッケー♪ ……お、連中も動き出したみたいだね。それじゃあ、張り切っておもてなししてやろうじゃないか。気張りなよ、モーリン!』

『心得ておりますのじゃ! ああ、それにしても、こうまで思い切り力を振るうのは一体いつ振りの事か。腕が鳴るのじゃ!』

『あはは! あんまり張り切り過ぎないようにしな』

 備え付けのはしごを使って電波塔を下りていく最中、そんなやり取りが頭の中に響き、私も釣られるように頬が緩んだ。



 一方その頃。
 ザルツ山へと入っていく為の、山道の入り口付近では、何十人もの従軍魔法使いが整然と立ち並び、各々魔力を練り高めていた。
 精霊封じの魔法を発動させる為だ。

 他の兵士達は従軍魔法使い達と、未だ結界に覆われ、時折陽炎のように周囲の空間をひずませる山道を、固唾を吞むような面持ちで見守っている。
 また、軍の後方では、シュレインがその様を無言で見据えていた。

 決して失敗の許されぬ、王の御前での力の行使とあってか、張り詰めるような緊張感が満ち満ちた空気の中、従軍魔法使い達は更に魔力を高めていく。
 個々が練り上げる魔力は体外へ放出されると同時に混じり合い、大きく膨れ上がると共に、精緻かつ巨大な魔法陣を形成する。
 そして、ややもせぬうちに完成した魔法陣は眩い光を放出し、発せられた光が山を瞬きの間に飲み込んだ。

 光が周囲を満たしたのはほんの一瞬。
 魔法陣と魔法陣が発する光が消え去ると、山道を塞いでいた結界もまた、跡形もなく消え去っていた。
 兵士達から割れんばかりの歓声が沸き起こり、シュレインもまた、満足気な笑みを浮かべる。

「ふん。実に呆気ないものだったな。いかに高位の精霊と言えど、所詮はたった一体だけの存在。優れた魔法の使い手が集結すれば、その力と存在を捻じ伏せる事も決して不可能ではないと、今この場で証明された訳だ」

「はっはっはっ! まこと陛下の仰る通りでございますな! 我ら人間の英知の結晶を以てすれば、何者をも恐れるに能わず! 村の精霊とやらも陛下のお力に恐れをなし、自ら軍門に降る事でしょう!」

薄く微笑むシュレインに、王の護衛役を担う壮年の将軍が同調し、大口を開けて呵々かかと笑う。

「では、これ以降の陣頭指揮は貴様ではなく私が執るが、異論はあるか?」

「いいえ! そのようなもの、進軍する以前より一切持ち合わせておりませぬ。
 此度の軍勢は、陛下の御為にのみ存在するべきものであり、兵達はみなその末端に至るまで、陛下の御名の元、陛下の手足となるべきもの。至極当然の道理にございますれば」

「よい心がけだ。此度の戦が終わり、王都へ帰還次第、貴様にはそれ相応の褒章をくれてやろう」

「ははぁっ! ありがたき幸せ!」

「うむ。――総員、山道へ侵入! 村が視界に入り次第、各自進軍前の取り決めに従って小隊を形成し、順次村へと突入せよ! 王の意思と命に逆らう痴れ者共に、レカニス王国の兵の勇猛さをとくと見せ付けてやれ!」

 いた鞘から剣を抜き放ち、それを高々と天に掲げて声を張り上げるシュレイン。
 その言葉に応え、兵士達が一斉に上げた吠えるような鬨の声が、周囲の空気をビリビリと震わせた。

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