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第6章
我欲の矛先~閑話・酷薄王の行進~
しおりを挟む北方における長い冬が終わりを告げ、雪解けの頃を過ぎた春の半ば。
レカニス王国の王都、その外周に広がるオルキス中央平野の中を、現レカニス王シュレインの名の元、粛々と進む兵士達の姿があった。
彼らはみな、今日この日の為の練磨と試練を越えてレカニス王直々に選抜され、対精霊用装備を与えられた精鋭達である。
その内訳は、歩兵4000、騎兵3000、弓兵1000、従軍魔法使いを含めた魔法兵550人、そして後方支援兵300人。総数8850名にも上る大部隊だ。
山間にある小さな村ひとつを滅ぼす為に集められた部隊としては、異例とも言うべき兵の数だと言える。
そして、その総指揮官として先頭に立つ者が、他ならぬレカニス王その人であるという事もまた、極めて異例な事であった。
編成された部隊は、整然と並び、一切陣形を乱さぬまま、一定の速度で進軍を続ける。
そんな中、兵站の運搬を担う後方支援兵のうち、最後尾を歩く者数名が、今回の派兵の件について言葉を交わしていた。
戦線へ加わる兵達はみな士気も高く、現時点でも既に周囲の空気がひりつくほどの緊張感を保っているが、ただ糧食を運んで管理し、食事を作る為にいる兵達にまでは、その緊張感は伝播していないのだ。
「なあ、お前さあ、今回の派兵の目的ってマジだと思うか? 山ん中にある村を滅ぼして、そこを守ってる精霊を従えさせるって話」
「いや、思うもなにも、実際こうやって出陣してんだから、マジなんだろ。俺は正直、全然気乗りしねえけど。むしろ帰りてぇよ」
「なんでだよ。てか、あんまデケェ声でそういう事言うなよな。後方支援兵ん中にも、陛下に入れ込んでる連中が結構いるんだからよ」
「あぁ、悪かったよ。……実は俺、レカニス王国の西端にある領地の、そのまた端っこの生まれでさ。12の頃まで、すげぇ精霊の影響が強い村で生活してたんだ。
なんつーかこう、精霊の力を借りて、精霊と共に生きる、って感じの。精霊の声を聞ける巫女の家系の家なんかもあったんだぜ」
「へえ。精霊の巫女か。例の村だけじゃなくて、お前の村にもいたんだな。……で? それがどうしたよ」
「……精霊ってのはさ、下位でもかなり強い力を持ってんだよ。見渡す限り一面畑の、だだっ広い土地の土をほんの数秒で耕して、均したりできるくらいのな。そんな存在に今から喧嘩売るのかと思うと、落ち着かねえよ……。
しかも、今回目標の村にいる精霊は、土の高位精霊だって言うじゃねえか。そこまで行くともう、人の力が及ぶ存在じゃねえって聞くぜ。機嫌を損ねた日にゃどうなるか、知れたもんじゃねえよ」
「ンだよ。大袈裟な奴だな」
「大袈裟じゃねえって! ……昔ばあちゃんがよく言ってたんだ。高位の精霊ともなれば大地の流動さえも意のままに操って、大地震や地割れなんかも簡単に引き起こせるんだぞって。だから、絶対に精霊様を怒らせちゃいけないぞってさ……」
「ははっ。ビビリかよ、ばあちゃん子。心配要らねえって。陛下も出陣前の演説で言ってたじゃねえか。今回の派兵の為に、宮廷魔法使いが何カ月もかけて開発した精霊封じの魔法と、改良を重ねた特殊な隷属魔法があるってな」
「だよな。それがあれば精霊の魔力や魔法を無効化できるし、精霊が構築した結界も打ち消せるって話だろ?」
「すげぇよなあ。人類の英知ってのはよ。そうやって精霊を抑え込んでる隙に村に雪崩れ込んで片ぁ付けて、精霊と通じてる巫女を押さえて隷属魔法をかけちまえば、それでもう戦は終わり。精霊は陛下に逆らえなくなるって寸法なんだろ?」
「ああ。従軍魔法使いやってる俺のダチもそんな風に言ってたし、確かな話なんじゃねえのか? 創世神話に連なる伝承や、各国の興亡史に出てくる伝説の精霊王じゃあるまいし、高位精霊なんて恐れるに足らずってヤツよ! それに――」
「……それに?」
「そもそも、じかに精霊と戦り合うのは、俺達じゃねえだろ」
「ククッ、それ今ここで言うか? だがまあ……言い得て妙ではあるな」
「あ、ああ、それもそう、だよな。今回俺らは言うなれば、安全圏から高みの見物するだけだもんな。自分の命の心配する必要なんてねえよな……」
「そうそう。正面切って乗り込んで戦わねえ分、現場で美味しい思いもできねえけどな」
「今回は別にいいだろ。村は干からびる寸前のジジババばっかで、若い女はほとんどいねえって話だぞ。ド田舎だから金品の貯えも期待できねえし」
「そういやそうだったな。あー、そう思ったらなんか、どうでもよくなってきたぜ」
「だから、そういう事口に出して言うんじゃねえっつってんだろうが。下手すりゃ懲罰モンだぞ。ったく」
「へへっ、悪い悪い」
「……ま、なんにしても今回は、俺らにゃ全く実入りのねえ戦だ。とっとと終わって欲しいって気持ちは、分からなくもねえさ」
「確かに」
「ホントだよな」
後方支援兵達は互いに顔を見合わせて苦笑し、肩を竦めながら荷馬車の後ろを歩き続ける。
自分達が属する軍の勝利を、微塵も疑わぬまま。
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