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第5章

6話 宝石郷と精霊王

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 鬱蒼うっそうとした密林の中、綺麗に舗装された石畳の道が一本だけ伸びているという、何だかシュールな光景の中、私達は不安と期待を胸の中に押し込めて、黙々と歩を進めていく。
 道を挟んで生い茂る密林の中は、文字通り宝の山と言うべき場所だった。

 柵で囲まれてる道の外では、七色に輝く翅を持つ優美な蝶と、眩いほどの金色に光り輝くカブトムシっぽい甲虫が、同じく黄金色の輝きを湛えた樹液に群がり、真珠の光沢を持つ純白の毛皮をまとった山猫が、道のすぐ隣を悠然と闊歩する。

 その近くには、細い翡翠の茎にエメラルドの葉を生い茂らせ、ルビーやサファイアを実らせる背の高い植物が何本も生えていた。それらの植物は、どこからともなく吹いてくる微風に揺れて、時折シャラシャラと涼やかな音を立てている。
 あ、向こうの木に絡まってる蔦に咲いてる花、クリスタルかな。生ってる実はダイヤモンドだけど。

 なんかもう、どこもかしこもキラキラしくてめっちゃゴージャス。
 これは、どっかのお伽話に出てくる黄金郷……いや、宝石郷とでも言うべきか。
 はあ凄い。あまりに凄すぎて語彙能力が退化しそう。
 うひょー、やべー。映えー、写真撮りてぇー。

 頭の中でIQの低い言葉を吐き散らしつつ、思わず立ち止まりそうになるのを我慢しながら先へ進むが、ついつい観光意識が湧いて歩く速度が落ちてくる。

「うわぁ……! ねえ見て! これ、ルビーの木苺だわ!」

「わ、本当だ……! あ、ねえプリム、こっちにはアメジストのブドウが生ってるよ」

「こっちの地面には、トパーズのどんぐりが落ちてるわ。……はぁ……。本当に凄い光景ね……!」

 私もリトスもアンさんも、ちょっとはしゃいだ声を出してしまう。
 クリスは今の所なにも言ってこないが、その目はしっかり金色のカブトムシに向いているようだ。
 その気持ち分かります。あのカブトムシ、綺麗なだけじゃなくて、ボディのメタリックな質感が何とも言えずカッコいいよね。

 しかし、美しい見た目をした多種多様な生き物達は、すぐ隣と言っていい場所を通り抜けていく私達にはなんの関心もないようで、ただのんびりと自分の時間を刻んでいる。

 ちょっと手を伸ばせば、普通に触れそうな距離に人がいるっていうのに、警戒心の『け』の字もないよ。滅多に人間が入り込まない場所だからなのかな。
 まあ、明らかに人の世界に存在していい類の植物や生き物じゃないし、こっちとしても手に取って持って帰ろうなんて思わないけど。

 そもそもここは土の精霊王様の領域。ざっくりした表現をするなら、精霊王様ん家の庭って事になる訳だ。
 詰まる所、ここの植物や生き物を勝手に取るという事は、よそ様ん家の庭にあるものをかっぱらうのと同義なんですよ。庭の持ち主が誰だろうと、ンな真似していい訳ないでしょ。

 あと単純に、道から出て脇に逸れるの怖い。
 だって別世界もいいトコだもん、この密林。
 一度道から出たら二度と戻って来れなくなりそうで、すげぇヤダ。
 ここは、『君子危うきに近寄らず』を合言葉にして進むべきだと思う。

 なので、道を進んでいるうちに「金色のカブトムシ欲しい!」とか言い出すクリスの要求も、当然却下。
 しまいには、「一匹くらいいいだろ?」と駄々をこね始めたクリスを、やむなく「よくない! よそ様のお家のモン勝手にパクろうとするんじゃありません!」と一喝したのち、リトスに頼んでクリスを小脇に抱えてもらい、強制連行の刑に処した。

 全くもう。精霊王様にお父さんとお母さん助けてもらうのが、あんたのそもそもの目的だったんじゃないんかい。
 つか、自分の家のものを物欲に駆られて盗むような奴、精霊どころか人間だって助けないからな。その辺分かってるのか、このバカちんが。
 でも、私の「人ん家のもの盗むな」という説教が多少は効いたのか、ふて腐れてはいるものの、騒いだり暴れたりはしていないので、まだマシだろう。



 ちょっとした騒ぎはありつつも、特にそれ以上の揉め事もトラブルも起こらないまま、私達は細く長い道を進み続けていた。
 なんでか知らんけど、道を進んでいうちに途中から植生が変わってきて、今は葉っぱがグリーンダイヤでできた、柳に似た木の群生を鑑賞しながら道を歩いている所だ。綺麗だなあ。

 ……にしても、この道長いわー。どこまで行けばいいんだろ。
 だんだん歩くのかったるくなってきたし、自転車でも出そうか……ああいや、ダメだわ。リトス達自転車乗れないじゃん。
 私は内心でがっくり肩を落とす。

 確かに周囲の光景は見応えがあるけれど、行けども行けども終着点が見えてこない道を歩き続けるのは、やっぱり精神的にしんどい。
 本当、一体いつまで歩けばいいのか、と思い始めたその時。
 突然目の前の空間が歪んで道が途切れ、直径数メートルはあろうかという花のつぼみが出現した。

「……っ、な、なに、これ……。中からヤバいもの出てきたりしないわよね……?」

 ――あはは、安心しな。アタシはヤバいもんなんかじゃあないよ。

 思わず半歩後ずさり、独り言ちる私の耳に、妙に明るい声が聞こえてきた。
 背後を振り返れば、リトス達も驚いた顔を周囲をキョロキョロ見回している。
 私だけに聞こえたんじゃないみたいだ。でもなんか今の、田舎の酒場で働いてるお姉さんみたいな声と口調だったような……。

 目の前の光景と聞こえた声に戸惑う私達をよそに、でっかい花のつぼみがほころんで解け、見る間に花開いていく。
 目にも鮮やかな黄色の花弁を持つ、薔薇に似た花の中にいたのは、緩やかに波打つ金色の髪を長く伸ばした、琥珀の双眸を持つ絶世の美女。
 透けるような白い肌を持つ細身の身体は、昔のギリシャ人の服にどことなく似ている、生成り色の長衣に覆われていた。ちょっと露出が多めです。
 つかこの人、よくよく見たらあぐら掻いてるよね?

『やあやあ、遠路はるばるよく来たねぇ。アタシこそが、このユークエンデを守護する土の精霊王、レフコクリソスさ。あいつがここの鍵の封印を解いてあんたに渡した時から、あんた達の事をずうっと見ていたよ』

 女性は人好きのする気安い笑みを浮かべながら、なんとも軽い口調でそう述べる。
 ――って、土の精霊王って女性体だったのかよ!?
 私は驚きのあまり、口をあんぐり開けたまま数秒固まってしまった。

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