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第5章

閑話 酷薄の王

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 北方にあるザルツ山より、更に北に位置する関所の隣接地に、あまり規模は大きくないが、極めて堅牢な造りをした建造物がある。
 それこそが、レカニス王国北部国境警備隊の本拠、サラード砦だ。
 このサラード砦は今から約8年前、新王の即位とほぼ同時期に、警備隊総隊長への着任を命ぜられた若き公爵、トラゴスの指揮下にあった。

 トラゴスは、ザクロ風邪によって当主と跡継ぎの嫡男を相次いで失い、降爵の末にようやっと家を維持している、ガイツハルス元公爵家より筆頭の名と権威を引き継いだ、ピエトラ公爵家の次男である。
 レカニス王国の貴族としては特に珍しくもない、金髪碧眼と甘いマスクを何より自慢としているこの男は、現王がザクロ風邪を利用して前王と王妃を排そうと画策していた折、真っ先に当時王太子であった現王の前に跪き、忠誠を示した人物だ。

 そして――それと同時に、自身が身を置くピエトラ公爵家の継承、繁栄と引き換えに、病に倒れゆく何人もの同期と肉親を含めた親類縁者、幾つもの貴族家を、素知らぬ顔で見殺しにした外道でもある。


 現在、サラード砦の中枢たる総隊長室では、総隊長であるトラゴスが、希少な通信用魔法具を用いて現レカニス王・シュレインと、極秘の通話を行っていた。

《……それはつまり……我が兵が、山中に引き籠っている田舎の自警団くずれに後れを取った挙句、這う這うの体で貴様の元へ逃げ込んできた、という事か》

「――はい。幾ら末端とはいえ、栄えあるレカニス王国軍に属する兵士として、誠に不甲斐なき事とは存じますが……事実にございます」

 淡い輝きを放ちながら宙に浮かび、主の声を遠方より届けてくる、直径10センチ程度の水晶の前に跪き、深く頭を垂れて報告を行うトラゴス。
 その表情は、なんとも言えぬ苦々しさに歪んでいた。

「兵達の不甲斐なさにも辟易致しますが、それ以上に、北の山猿共の厚顔無恥ぶりは、甚だ許し難きものがございます。陛下の命とご意思を携えて来訪した兵に逆らったばかりか、牙を剥くなど……。決して許されぬ事でございましょう。
 あくまで個人的な意見ではございますが、かくなる上は我が武力を以てして、陛下のご威光をあまねく知らしめるべきかと愚行致します」

《……。そうだな。仕えるべき王に子を差し出す、その程度の役目さえ果たせぬ者共なぞ、我が臣民に非ず。トラゴスよ、即時国境警備隊の中より兵を選抜し、明日の朝には件の村へ向けて出陣せよ。
 情けも容赦も不要だ。歯向かう者、逃げ出す者、そして降伏を訴える者にも、皆等しく死を与えろ。だが、村にいる8歳以下の子供は殺すな。いつも通り捕縛・回収ののち王都へ送れ。よいな》

「はっ! ――お任せ下さい。このトラゴス、必ずや陛下のご命令を果たして御覧に入れます!」

《うむ。任せた》

 トラゴスの言葉に対して鷹揚に、それでいて素っ気ないほどの短さで答え、シュレインは一方的に通話を終えた。
 その直後、輝きを失い、ゆるゆると下降して元の台座へ収まる水晶を一瞥する事さえなく、トラゴスは足早に総隊長室を飛び出していく。

(全く……「明日の朝には出陣せよ」だと? 確かに件の村へは、軍馬を使えば1時間もかからず到達できるが、派兵の準備には相応の時が必要だというのに……!
 陛下は相も変わらず平然と無茶を言う! 用兵の何たるかをご存じないのか!)

 人目がないのをいい事に、トラゴスは盛大に顔をしかめながら舌打ちする。
 しかし、どれほど現王の手腕と命に不平不満があろうとも、もはや今のトラゴスの心中において、シュレインに逆らうという選択肢は存在しなかった。

 シュレインは過去の真実を、トラゴスのかつての所業の全てを知っている。
 無論の事、トラゴスもまたシュレインの所業を知っているが、身分的にも性格的にも、それを盾に脅しをかけられるほど容易い相手ではない。
 むしろ、あの酷薄な王相手に、そのような真似など仕出かしたが最後、逆にこちらが八つ裂きにされる事だろう。
 腹立たしい事だが、それが現実なのだ。

 トラゴスとってシュレインは、自身の確固たる地位と名誉、栄華を約束する神であると同時に、過去の弱みという名の剣を、常に喉元に突き付けてくる悪魔でもある。
 ならばどうするのか。
 どうすればいいのか。
 その答えならば、とうの昔に出ている。

(――ああいいさ、やってやる! ここで噛み付いて破滅するくらいなら、最後まで付き従って王様のご機嫌を取ってやるよ! それで勝ち馬に乗り続けていられるなら安いものだ!)

 トラゴスは小さく、クソッタレめ! と一言呟くと、多数の兵士達がいるであろう練兵場へ向かって駆け出した。

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