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第5章
3話 袖擦り合うも他生の縁
しおりを挟む夕暮れ時の空の下、私達はひとまず、アンさんにとっ捕まえられた少年を起こした上で、取り調べを開始する事にした。
少年も、起こされた当初は青い顔で狼狽え、怯えていたが、危害を加えられないと分かると比較的すぐに落ち着きを取り戻し、こちらの質問にも素直に答え始める。
少年の名前はクリスで、王都在住の9歳。
愛嬌のある面立ちと、ありふれた栗色の髪と目を持った少年だが、先だって述べた通り、クリスが身に付けている服は、まるでかつての難民キャンプの人達が着ていたような薄汚れたボロ服で、身体も随分と痩せている。
当人曰く、つい先日まで両親と共に王都で暮らしていたらしいが、ここ最近は税率が上がって暮らし向きが厳しくなり、王都を出て別の街へ行こうとしていたらしい。
しかしその直前、いきなり家に押しかけて来た兵士達に脱税の容疑で両親を連れていかれ、クリス自身は孤児院に放り込まれてしまったのだという。
挙句、訳も分からないまま放り込まれた孤児院では、周囲から『犯罪者の子供』呼ばわりされ、肩身の狭い思いをする日々を送っていたそうだ。
それから半月。クリスはついに、後ろ指差されながらの孤児院暮らしに耐えかね、孤児院を抜け出し王都からも出た。
以前母親から聞いた昔話に出て来た、精霊王の力を借りれば両親を助けられるのではないかと、そう思って。
「――で、着の身着のままノープランで王都を飛び出したはいいけど、お腹が減ってどうしようもなくなった所で私達を見付けて、食べる物をちょろまかそうとした、と。あんたねえ、どんだけ無計画なのよ……」
同情すべき点も大いにある――どころか、もはや同情する所しかない身の上ではあるが、幾ら小さな子供とはいえ、あまりにも行き当たりばったりな行動に頭が痛くなり、私は思わずため息をついた。
「し、仕方ねーだろ! 腹が減って倒れたら、精霊王様の所まで行けねーじゃんかよ! ……母ちゃんが読んでくれた本には、精霊王様は必ず正しい者を救ってくれるって書いてあったんだ!
だったら絶対、精霊王様は父ちゃんと母ちゃんを助けてくれる! だから俺、絶対に精霊王様ん所まで行かなくちゃいけねーんだよ!」
「確かに、お伽話にはよく、悪をくじいて正しきを助ける精霊王様の話は出てくるわね。私も昔、トリアによく精霊王様の絵本を読み聞かせてあげていたから、話自体はよく知ってるわ。
けれど……その精霊王様に会う為に、あなた自身が悪い事をしてどうするの。精霊王様は、悪い子には会って下さらないわよ?」
「うぐっ!」
「それにね、クリス。ここは王都から見ると西側に当たる場所だよ? 精霊王様がおわす土地があるのは南の端なのに、なんでこんな所にいるの。
ひょっとしなくても、自分ではまともに方角も調べられないんじゃないのかい、君は。なのに王都を単身飛び出すなんて、自殺行為もいい所だよ」
「うぐぐっ!」
「ていうか、まだ盗みを働こうとしたのが私達相手だったからこの程度で済んでるけど、下手すりゃあんた、この場で殺されててもおかしくなかったわよ?
この国には、『街の外で盗賊……盗みを働く奴に遭遇した場合、荷物や身を守る為なら盗賊を殺しても罪にはならない』って決め事があるんだから。自分がどんだけ危ない真似をしたのか、ちゃんと分かってるの?」
「うぐぐぅっ!」
アンさんとリトス、それから私に突っ込まれるたび、分かりやすく顔をしかめて呻くクリス。
流石ノープラン少年。本当に本気でなんも考えてなかったのか。
うーん、色んな意味で危険なガキンチョだなあ。
「……で、でも……俺は悪い奴でも、父ちゃんと母ちゃんは悪い奴なんかじゃない。ダツゼイなんか、絶対してねえもん。ちゃんと毎月、税金を集めに来る人に……っ、ちゃんと金渡してたもん……!
だから精霊王様も、俺の事は助けてくんなくても、父ちゃんと母ちゃんの事は、助けてくれるもん……っ!」
しまいには、ぷるぷる震えながら涙声でそう訴えてくる。
物を知らない子供の発言に、あんまり理屈で固めた突っ込みなんて入れたくないけど、こりゃもう精霊王様に助けを求める以前の問題だ。
ぶっちゃけクリス1人じゃ、精霊王様のいる所に辿り着く事さえ出来やしないだろう。
でも、そう言って聞かせた所で納得するような子にも見えないし……。
私は再びため息をつく。
ったく、しょうがないな。
「――所でクリス。あんた私達に言わなくちゃいけない事、あるんじゃない?」
「……。そ、その……。荷物を盗ろうとして、すいませんでした……」
「ん、よし。必要最低限の常識はあるみたいで何より。ついでにひとつ訊くけど、あんたこれから先で見聞きする事全部、人には話さないって約束できる? 約束できるなら、精霊王様のいる所まで連れてってあげる」
「えっ!? ほ、本当か!?」
「本当よ。私達も訳あって、精霊王様の所に行こうとしてる最中だから。子供1人増えた所でそんなに問題はないし、いい子にしてるんなら一緒に来ていいわよ。……いいでしょ? リトス、アンさん」
「プリムがそうしたいと思うなら、僕は反対しないよ」
「そうね。それにあなたの事だから、そう言い出すんじゃないかなって思ってたわ」
「あはは。ありがとう2人共。――じゃあ話がまとまった所で、夕ご飯にしましょうか。てかクリス、あんたここに来るまでご飯何食抜いた? 食べられないものはある?」
「ここに来るまで? ……ええと、きょ、今日は、水は飲んだけど、朝からなんも食ってない。あと、別に嫌いなモンはない、かな。野菜はあんまり好きじゃねーけど、食えないほどじゃない……」
いきなり話が変わったせいか、キョトン顔をするクリス。
「そう。じゃあ揚げ物系とか脂の多い肉とか、そういう重たいものはやめといた方がいいわね。……チーズ抜いたハムサンドなら平気かしら。あと、マヨネーズ少なめにした卵サンドと……スープは私達と同じでいいかな。
クリス、最初は量少なめで出すけど、足りなかったら遠慮しないで言いなさいね」
「え……。飯、分けてくれんの……?」
「なに言ってんの、当たり前でしょ。でも、今晩は私達と同じものは食べさせないからね。朝からなにも食べてないんなら、まずは軽いものから食べて様子見ないと、お腹壊す可能性もあるし。
ああそうそう。ご飯の前にまず身体と手を拭いて、適当なチュニックにでも着替えてもらえる? 汚い手でご飯食べるのも、汚れた身体でずっと過ごすのも病気の元になるからね。分かった?」
「……う、うん……。……。あの、あんた達の名前、ちゃんと聞いていい?」
「ええ勿論。私の名前はプリムローズ。プリムでいいわ。こっちの銀髪の男の子がリトスで、焦げ茶色の髪の美人がアンさんよ」
「……。分かった。……ありがとう……俺にできる事があったら、何でも言って。俺、ちゃんと頑張るから」
「あらそう? じゃあ何かあって手を借りたくなったら、遠慮なく頼らせてもらうわ。改めてよろしくね、クリス」
「よ、よろしく……」
クリスは、私が差し出した手をおずおずと握り返してくる。
その後、清拭と着替えを済ませたクリスは、私達と一緒に薪を囲んで、野原の上に直座りしながら夕飯のサンドイッチにかぶり付き、美味い美味いと喜びの声を上げていた。
うん、どうやら心配していた胃の具合の方も、特に問題なさそうだ。
私も一安心とばかりに、ローストポークたっぷりのサンドイッチに思い切りかぶり付き、ソースを纏った豚肉の旨味と柔らかなパンのハーモニーに舌鼓を打つ。
クリスは時折、ハムとレタスを挟んであるサンドイッチを頬張りながら鼻を啜ったり、目をこすったりしているようだったが、それに関しては特に指摘せず、黙って見て見ぬふりをした。
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