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第4章

11話 暴君の魔手と精霊の導き

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 モーリンからの念話を受け取ってすぐ、私とリトスは大急ぎで宿へ戻り、食堂でのんびりしていたシエルとシエラに声をかけ、半ば強引に私の部屋に引っ張り込んだ。
 それから、モーリンから念話があった事、村に危機が訪れているらしい事、ひとまず明日の朝まで待つよう一方的に言われた事などを説明し、明日の朝、モーリンから何を言われても慌てず行動できるよう、荷をまとめて私の部屋で全員待機する事にした。

 しかし……これほどまでに夜明けを遠く感じた事が、未だかつてあっただろうか。
 私だけでなく、リトスとシエル、シエラも、誰1人口を利かず、まんじりともしないまま、椅子だったりベッドの淵だったりと、思い思いの場所に腰を落ち着けている。

 ちなみに、私はどうにもじっとしてられなくて、ずっと窓際で立ったり座ったりを繰り返しながら、窓の外の空を見据えていた。
 ああ見えてモーリンはかなり高位の精霊だし、人間の兵士如きに後れを取ったりはしないだろうが、状況が何も分からないせいで、悪い事や後ろ向きな事ばかり考えてしまう。
 でも、多分表情からして、悪い方向に思考が傾きがちなのは、私だけではなさそうだったけど。


 一体どれだけ、早く朝になれ、朝になれ、と、馬鹿の一つ覚えのように念じ続けただろうか。
 深い宵闇が徐々に薄れ、窓の外に遠く霞む山々の輪郭が、薄ぼんやり浮かび上がり始めた明け方頃、再びモーリンから念話が届いた。

『――プリムよ、聞こえるか。妾じゃ、モーリンじゃ』

「! ――モーリン! 聞こえるわ! 今はもう大丈夫なの?」

『うむ。大事ない。色々とごたつきはしたが、猟師会の者共の尽力もあって死者は出ておらぬゆえ、安心するがよい』

「そ、そう……。よかった……。でも、一体どういう事なの? なんでレカニス王国の兵士が、あんな辺鄙へんぴな村に攻めて来たのよ?」

『妾も詳しい事情は与り知らぬ。10人を超える人数で押しかけてきおった者共ではあるが、最初に応対に出たトーマスとの会話から察するに、初めから村を攻撃するつもりで出向いてきた訳ではないようじゃ。もっとも、はなから悪意あっての来訪であった事には相違ない。
 なにせあの連中、妾が村の周囲に張り巡らせておる、『忌み人避けの結界』に阻まれて村の中へ入り込めず、結界の外から「村長を出せ」だの、「王の遣いをないがしろにしてタダで済むと思うな」だのと、それは口汚く喚いておったからの』

「うわあ……。なによそれ……。ほとんどチンピラと一緒じゃない、そいつら。ていうか、村の中に入り込めないんなら、無視しちゃえばよかったのに」

『そういう訳にもいかぬ事情があったのじゃ。当時、夕刻前に山菜などを含めた森の恵みを求め、村の外に出ていた者も複数人おった。ゆえに、下手に無視を決め込めば、外から戻る者達が危害を加えられる危険性があったのじゃ』

「あー……。成程ね……。確かにそれは避けなくちゃいけないか。――で、そいつらはトーマスさん呼んで何を要求してきたの?」

『うむ……。そやつらは「王の御代の、更なる繁栄と栄光の為、8歳以下の子供を差し出せ」、などと言うてきおった。「さすればその子供はみな、王に仕えるという栄誉を無条件で賜れるぞ」…とも言うたの』

 モーリンの言葉に、私は思わずドキリとする。
 8歳以下の子供って、昨日捕まえた人攫い達が言ってた条件と、まるっきり同じじゃん!

「8歳以下の子供を差し出せ……? 鑑定させろとか、話をさせろとかじゃなくて、いきなり差し出せって? どんな暴君の命令よ、それ!」

『お主が憤るのも無理はない。トーマスも内心、同じように思うたようじゃからな。ゆえにトーマスは、ひとまず兵の命令に待ったをかけたようじゃ。親から子を無下に取り上げる訳にはいかぬゆえ、一度子供らの親と話をさせて欲しい、とな。
 それも無理からぬ事じゃ。現状村には、8歳に近しい年の頃の幼子はおらぬ、との事らしいからのう。如何な王の命とは言え、なんの猶予もなく、突然親元から幼子を引き離すようなむごい行いなぞ、村の長としても軽々には働けまいて。それをあやつらめ……』

 モーリンの念話に、嘆息の色が混じる。
 なぁんか、先の話が読めてきたぞ、これ……。

「……。もしかして……その兵士達、トーマスさんの物言いを聞いて逆ギレして、暴れ出したとか言うんじゃ……」

『うむ……。実の所、残念ながらその通りだったりするのじゃ。あやつらめ、トーマスの返答を耳にした途端、「王命に逆らう不届き者め、見せしめに首を刎ねてくれる!」などと言うて、いきなり揃って抜剣しおっての。
 念の為、トーマスの傍に控えておったアステール達が迎撃した事と、妾の守りの術が寸での所で間におうた事もあって、手酷い傷を負う者は出なんだが……お陰で村中大パニックになったのじゃ。
 全く、あの痴れ者共め。1人残らず山の外に叩き出すにも、随分と時間を食うてしもうたわ』

「そうだったの……。あ、もしかして、昨夜モーリンが私に念話を送ってくれたのって、騒ぎが起きてる真っ最中に、うっかり村に戻って兵士達に襲われないようにする為、だったりとかする?」

『無論、その通りに決まっておろう。山から叩き出され、どこぞの道進んでいる最中のあやつらに遭遇でもしたら、洒落にならんじゃろうが』

「そうね……。知らせてくれてありがとう、モーリン。ただ、私達の方でもちょっと色々あって、まだメリーディエから出てないんだけど……」

『なんとまあ。まだ街で遊んでおったのか、お主らは。いいご身分じゃのう』

「別に遊んでたんじゃありません! 今言ったでしょ、色々あったんだって! ねえ聞いてモーリン、実は――」

 私がちょっと腹を立てつつ事情を説明すると、モーリンが気色ばむのが気配で分かった。

『なんじゃと!? それはつまり、本来身命を賭して民草を守るべき王たる者が、あろう事か水面下で人攫いに手を染めておったという事か! なんたる邪知! なんたる暴虐! 愚かしいにも程がある! 一刻も早く断罪するべきじゃ!』

「いや、私に怒んないでよ。っていうか、どんだけクズだろうが一国の主だって事に変わりないんだし、私みたいないち平民に断罪しろとか言われても困るって言うか……」

 ため息交じりに眉根を寄せて、「そりゃ、私だってあのクソ王をボコしたい気持ちでいっぱいだけど」と唸る私。
 しかしモーリンは、なんでか知らんが打って変わって余裕綽々な口調で、『ほう。そうかそうか。ボコりたいならボコればよかろう』なんぞとのたまう。
 その挙句――

『プリムよ。まずはレカニス王国の南端、精霊の生まれる地ユークエンデを目指せ。そこにおわす土の精霊王、レフコクリソスに目通りし、助力を乞うのじゃ!』

 なんか知らんが、だいぶ壮大な事を言い出した。

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