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第4章
10話 新たな火種
しおりを挟む人攫い共をふん捕まえ、エフィ達の救出に成功したその日の夜。私はなぜか、エフィが経過観察の為に入院している病院の先生に、密かに呼び出された。
病院の先生曰く、エフィが、どうしても、一刻も早く姉に話さなければならない事があるのだと言い張って、譲ろうとしないのだという。
また、あまり多くの人に聞かせたくない話なので、出来れば話をするのは姉1人、妥協しても、姉が信用している人間1人までにして欲しい、と主張しているそうだ。
一刻も早く話さなければならない事、ねえ。
しかも、不特定多数に人間には聞かせたくない話となると、きな臭さも倍増だわ。
十中八九、捕まっている間にヤバい話を聞いてしまったんだろうけど、なにゆえそれを真っ先に、なんの権限もない私に話そうとするのやら。
私はただ首を傾げるばかりだったし、なんか嫌な予感がバリバリしたのだが、だからと言ってエフィの主張を無視したい訳でもない。
ひとまずリトスに同席を頼んで病院へ向かい、顔を出したエフィの病室にて、エフィの話を聞いた私とリトスは、思わず言葉を失った。
かつての私の婚約者、レカニス王国の現王であるシュレインこそが、今回の誘拐事件の裏の主犯であり、美徳系スキル『慈善』の所有者と共に、新たに大罪系スキル『強欲』の所有者となった者を見付け出し、水面下で探して手中に収めようとしている可能性がある、という話を。
しかもその理由が、他国へ戦争吹っ掛ける為の物資やらなにやらを、スキルを使ってタダで入手・半永久的に補給し続けられる環境を作る為らしい、とも聞かされ、更に愕然とする羽目になった。
まあ、私がもう死んでる可能性が高いと考えるのは無理もない事だけど、だからって配下に命じて人攫いまでやらせるか? 普通。
自分の目的を果たす為なら、他所の国の子供にまで平然とちょっかい掛けるとか、どこまでクズなんだよあの野郎……!
ていうか、他所の国の民を私欲で攫うなんて、事が露見したら国際問題になる……どころか、マジで戦争の引き金にもなりかねない案件だぞ、これ! 何考えてやがんだ!
内心でギリギリ歯ぎしりしていると、エフィが気遣わし気に声をかけてくる。
「お姉様……。大丈夫?」
「え? ええ、大丈夫よ。ただ、思ってた以上にクズな現王に、腹立ってしょうがないだけだから」
「……。そうね。私も、今のレカニス王が酷い人なのは身を持って知ってたけど、まさかこんな、人の風上にも置けない事まで平気でやる人だなんて、思ってなかったわ」
ベッドの上で身を起こしているエフィは、当時の事を幾らか思い出したようで、苦虫を嚙み潰したような顔をした。
そういやエフィ、私が追放された後に私の代わりとして、立太子の為の名ばかり婚約者にさせられてたんだっけか。奴の事だから、まだ当時8つだったエフィに、さぞ酷い事しやがったんだろう。
一緒について来てくれたリトスも、クソ王のクズっぷりには大いに心当たりがあるからか、なんとも言えない渋い顔をしている。
そういや、初めて城の庭で会った時も、リトスは奴にいじめられて泣いてたっけね。
内心で、ああ、あのクソ王ぶん殴りたい、という思いを抱く私をよそに、エフィの話は続く。
「……ただ……私もあの時は薬で朦朧としてたし、直接的に現王の名前が出た訳じゃないから、全部が全部事実だとは限らないんじゃないか、って最初は思ってたの。けれど、その考えはすぐに消えたわ。あの人達、お姉様が追放された大まかな経緯と、追放先の事を知ってたから。
当時の話を知ってるのは、レカニス王国の貴族と一部の教会関係者だけだったはず。だから間違いないわ。今回の誘拐事件の主犯はレカニス王よ。
こうして確信が持てた以上、私もカスタニアの民として、今回の事は明日にでも、警備隊の人達にきちんと証言するつもり。……お姉様と、お姉様が持ってるスキルの事は除外した上で」
「え……。包み隠さず、全部証言しなくていいの? 私関連の話を抜かして話すと、折角の信憑性が薄まっちゃうわよ」
「構わないわ。そうする事で話の中に所々抜けが生まれたり、筋の通らない部分が出たとしても、「ただ単に、人攫いの話を盗み聞いただけだから」って説明すれば、それで納得してもらえると思う。
……お姉様。お姉様自身に、自覚があるかどうかは分からないけど……お姉様が持ってる力は、誰より特別で何より強力なものよ。事実を知れば、レカニス王だけじゃなく、カスタニア王だってお姉様の力を欲するはず。ここで正直にお姉様の事まで証言すれば、私はカスタニア王からお褒めの言葉を頂けるでしょうね。それこそ、たくさんの褒美と一緒に。
ねえお姉様。お姉様は、カスタニアの貴族になりたい? 自分の力目当ての王様や王子様に見初められて、お姫様や王妃様になって暮らしたい? ……違うわよね。お姉様は、そんなものに興味なんてないでしょう?」
「うん、そうね。全然興味ないし、今更特権階級の暮らしに戻るなんて、絶対にごめんだわ。だって私、今の平民としての暮らしを気に入ってるから」
「でしょう? だから、私は黙ってる方を選ぶわ。私はあの日、私を助けて優しくしてくれたお姉様を、他の誰かに売り渡すような事なんて、絶対にしたくない。
私はもう……お姉様の不幸を喜んで笑うような、そんな醜い子には二度と戻らないわ。もう絶対に。そう決めてるの……!」
私をしっかり見つめながら言うエフィの瞳は、どこまでも真っ直ぐで澄んでいる。
他の人にはどう見えるか分からないが、私には間違いなくそう見えた。
◆
明るい月明かりの下、リトスと共に宿への帰路につく。
昼からずっと天気がよく、雲が少ないせいだろう。
月だけでなく、星も綺麗に光っているのがよく見える。
結局、エフィは当初の考え通り、警備隊の人達には私の事を除外して、「レカニス王国の人間が、特別なスキルを持った子供を探しているようだ」…とだけ証言すると決めたようだ。
どうせそのうち、とっ捕まえた人攫いから、もっと突っ込んだ情報がもたらされるはずだし、今被害者であるエフィがあれこれ言わずとも、いずれカスタニア王国はレカニス王国のクズ行為に気付く事だろう。
私達も、警備隊の人達にあれこれ聞かれる前に、街を出て村へ戻る事にした。
今や、単なる村人AだのBだのという身分しか持ち合わせない私達にできる事は、現状もう残されていないしね。
「ただ……それが元で国家間の揉め事ができて、そのうち戦争にもなりかねないって所は、凄く気にかかるわよね」
「……。そうだね。戦争なんて嫌だよね。けど……」
「分かってる。今の私達にできる事なんて、何ひとつないって事くらい。まあそれでも、私のスキルの話を表に出さなければ、火に油を注ぐような事だけは、避けられると思うけど」
「うん。兄上がプリムの事、死んでると思い込んでるって事だけが、不幸中の幸いだね。……後は……仕方がないから神様に祈っておこうか」
「そうね。そうしましょ」
言葉の裏に諦めが滲む、なんともスッキリしない会話を交わし、苦く笑いながら夜道を歩いていたその時。
いきなり頭の中に、聞き覚えのある甲高い声が響いた。
『――プリム! 聞こえるかプリム、我が巫女よ!』
「ファッ!? ももっ、モーリンっ!? なによいきなり! 心臓に悪いし悪目立ちしかねないから、出先では念話使わないでってあれほど」
『そのような事を論じておる場合ではない! 緊急事態じゃ! レカニス王国の兵共が、村を襲ってきておる!』
「――はあ!? なによそれ! どういう事なの!?」
『すまぬが、今は妾も守りに徹しておるゆえ、余裕があまりない! どうにか人死にを出さぬよう尽力するゆえ、ひとまず明日の朝まで待て! よいな!』
「ちょ、ちょっと待って! どういう事なのモーリンッ!」
私は何度も思念を飛ばしてモーリンに呼びかけるが、それ以降モーリンが念話に応える事はなかった。
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