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第4章
9話 事件の解決
しおりを挟む縛り倒された挙句、目隠しに猿轡まで噛まされているエフィの姿を見た途端、人攫い共への怒りと、妹がひとまず五体満足である、という事への安堵が一緒くたに湧いて出て、ほんの数秒思考が止まった。
しかし、今この場にはまだ、大きな問題が残されていると思い出し、どうにか再び頭を働かせる。
すなわち、どうやってエフィ達を安全に助け出すのか、という事だ。
なんせこの小屋、結構小さくて狭い。
ベッドも水場も見当たらないが、広めに見積もっても8畳なさそうなサイズ感の、正方形の室内のど真ん中に、存在感のあるデカめのテーブルと椅子が設置されている事と、中に詰めてる人攫い共のガタイがいいせいで、余計狭っ苦しく感じる。
ついでに言うなら、人攫いとおぼしき男達がいるのが室内中央で、エフィ達が転がされているのはそこより奥まった部屋の隅という状況もまた、実によろしくない。
これでは、正面から乗り込んでもエフィ達を人質に取られ、動けなくなるのが関の山だろう。当然、奴らがエフィ達を連行しようとしている所を押さえよう、というのも無理筋。
そんなもん、素人にだって分かる事だ。
参ったな、こりゃ。
ぶっちゃけ犯人と被害者の距離が近すぎて、にっちもさっちもいかないぞ、これ。
斥候隊の人達もそれを分かっているからか、みんな苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。
だけど、あんまり悠長に悩んでる時間もない。
小屋の中の男共は、そろそろここから『荷物』を運び出そうか、なんて話を始めている。
その言葉通り移送が始まってしまったら、今この場にいる頭数と戦力では、エフィ達の身の安全を確保しながら人攫い共の制圧に動くのは難しい……いや、まず不可能だ。
かと言って、こっそり移送の後を尾けて救出の機を窺うなんてのは論外。
ここから先には、ひたすらだだっ広くて平坦な、見渡す限りの大平原が広がるばかり。
後を尾けた所で速攻見付かっておしまいだ。
ああもう! 本当一体どうすれば……!
(……プリム、こうなったら僕が何とかするよ)
引き続き音を立てないよう、明かり取りの窓の下にそろそろと座り込みつつ、内心で頭を抱えて唸る私に、傍らのリトスが小声で話しかけてきた。
(……へ? り、リトス? 何とかするって言ったって、どうやって?)
(魔法を使う。こんな狭い所じゃ攻撃魔法は使えないけど、それ以外に使えそうな魔法に、心当たりがあるから。
……今すぐ、斥候隊の人達と一緒に小屋の出入り口へ回って。小屋の中が騒がしくなったら、それを合図と思って一斉に踏み込んでくれればいい)
(で、でも……)
(お願い、僕を信じて! もう時間がないよ……!)
(……。うん。分かったわ。そこまで言うならお願いする。――斥候隊の皆さんも、お願いします)
(……分かった。正直、不安は尽きんが……今は問答している時間が惜しい。全員、出入り口へ回るぞ)
私と斥候隊の人達は、姿勢を低くしたままコソコソと移動し、小屋の出入り口付近に張り付く。
リトスは一体どうするつもりなんだろ。
ていうかリトス、魔法系統のスキルなんて持ってたっけ?
内心色々と考えていると、突然小屋の中から何かを蹴倒すような派手な音と、人が倒れ込むような音が立て続けに聞こえてきた。
よく分かんないけど、これがリトスの言ってた『合図代わりの音』か!?
よっしゃ行くぞ! 女は度胸だ! 突撃!
斥候隊の人達とほんの一瞬顔を見合わせ、私はいの一番に、小屋の出入り口にあるドアを思い切り蹴破る。
するとまあ、なんという事でしょう。
人攫い共は1人残らず、魔法でできた水の球で頭部をすっぽり覆われて、息ができなくなって藻掻いていた。
結構やり口えげつないな。リトス君。
しかし、この状況下なら最適解に近い撃退法だとも言える。
とってもグッジョブです。
「成程、水魔法か! こいつはいい! よし、今のうちに1人残らず気絶させてふん縛れ!」
「おう!」
「了解!」
「分かりましたっ!」
私は、斥候隊を仕切っている男性の指示に従って、手近な場所に引っくり返ってジタバタしてる、人攫いAのみぞおち部分に思い切り蹴りを入れる。
なんかヤクザキックみたいになっちゃったけど、この世界にはヤクザなんていないし、気にしない方向でお願いします!
まあ、なにはともあれ、こうして私達は、リトスの奥の手を借りた電光石火の突入によって、人攫い共を1人残らず制圧・捕縛し、無事エフィ達を無傷で取り戻す事に成功したのだった。
◆
絶対にこの場から逃げ出せないよう、人攫い共の身体をガッチガチのグルグル巻きに縛り上げた私達は、斥候隊の1人が上げてくれた連絡用ののろしに気付き、街から増援が来てくれるのを待つ間、拘束を解いたエフィ達を小屋から運び出し、林の外で待機していた。
どうやら人攫い共は、エフィ達を厳重に拘束するだけでは飽き足らず、薬まで嗅がせていたようで、揺さぶって呼びかけても軽く叩いてみても、誰1人目を覚まさない。
呼吸や脈はみんな正常だから、大丈夫だとは思うけど、街に戻ったらまず病院に運ばなくちゃいけないな。
「本当、今回はエフィーメラさんも災難だったね。無事に助け出せてよかったよ」
空を見上げながらぼんやりしていると、横からリトスが、やおら声をかけてくる。
「あ、うん。ホントそうよね。結婚式の翌日に人攫いに遭うだなんて、普通あり得ないわよ。これで無事じゃなかったら、私こいつらに何してたか分かんないわ。
……所で、話変わるんだけど、あんた一体いつの間に水魔法なんて覚えたの?」
「あれが使えるようになったのは、ついこの間。実はあれ、『覚えた』んじゃなくて、スキルの権能で『写し取った』魔法なんだ。――プリムは僕が持ってる大罪系スキルの事、覚えてる?」
「え、ああうん。確か『嫉妬』よね? ……あ、そっか、『嫉妬』には、他の人のスキルを写し取る権能があったっけ。じゃあさっきのは……」
「そう。猟師会での訓練中、サージュさんが使って見せてくれた魔法を、そっくりそのままコピーしたものだよ。
まあ、コピーと言っても、何度か使って慣れてくれば、ネックだった魔力の消費量も減ってくるし、より明確な指向性を持たせたり、魔法効果自体を分割して効果範囲を広げたりもできるようになるから、それなりに使い勝手はいいよ」
「そうなんだ。……あんたが持ってるスキル、結構いいよね」
「……そうかな。でも『嫉妬』だよ? 人を妬んだり、羨んだりする気持ちを力に変えるなんて、個人的にはなんか、あんまり気分良くないんだけど……」
「字面だけ見ればそうかもね。でも、あんたはただ人を妬んだり羨むだけで終わらないで、ちゃんとその感情を、努力で自分の血肉に変えて、人を助けたり、守ったりする為に使ってるじゃない。
私個人の意見だけど、そういうの、なんかちょっとカッコいいなって思うわ」
「そっ……、そそ、そう、かな?」
「うん。私はそう思う」
「……。そっ、か。……ありがとう。お陰で、自分の力を今までよりずっと、もっと前向きに捉えられた気がするよ」
「そう? それは何よりだわ。これからもよろしくね、リトス。頼りにしてるから」
「……っ、う、うん! 任せておいて! そのっ、これからも君は、君の事は、僕が守るから……っ!」
リトスは真っ赤な顔をしながらも真剣な表情で、力強くそう言い切る。
私を大切に思ってくれるのも、自分の力に意義を見出して張り切ってくれるのも嬉しい。
けど、あんまり頑張り過ぎたり、力み過ぎて怪我とかしないように気を付けて欲しい。
私だって、リトスを大切に思っているんだから。
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