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第4章

閑話 人攫い達の目的

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 エフィーメラが目を覚ますと、後ろ手に縛られた格好で、板張りの床の上に転がされていた。
 ここがどこなのかは分からない。
 分かるのは、ここが灯りのない小さな小屋の中だという事くらいだ。

 何かの薬でも嗅がされたか、頭がぼんやりしてジワジワと痛み、身体が怠い。そのせいで身を起こす気力が湧かず、やむなくエフィーメラは寝転がったまま視線を周囲へ巡らせる。
 ガラスの嵌め込まれていない、ごく小さな窓から差し込んでくる光を頼りに周囲を見回せば、自分のすぐ近くに数人の子供達と、シスターとおぼしき身なりの女性が1人、自分と同じように縛られ、意識のないまま床に転がされているのが見えた。

(……なに、これ……。これって、どういう事なの……?)

 今だ朦朧とする頭を必死に働かせ、状況を確認しようとするエフィーメラ。
 しかしその必死の思考は、小屋の外から近付いてくる複数の話し声と足音で中断された。声のトーンから察するに、みな男だ。
 エフィーメラは咄嗟に身体から力を抜き、目を閉じて、気を失ったままの振りを始める。

 せめて、自分の身に何が起きたのか。
 今ここで、一体何が起きているのか。
 それだけでも知っておきたい。
 ただその一心で、エフィーメラは耳に神経を集中させた。


 ――なあおい、いいんすか? 先方がご所望なのは、8歳以下のガキなんじゃあ……。

 ――確かに予定外ではあるが、構わん。そのうち、年若い教会関係者も招く予定だったのが、少し早まっただけの事。まあ……そこからすると、そこの女は完全におまけだが……。

 ――あ? 教会関係者? なんでまた、そんな極端な絞り方するんです?

 ――そりゃあ勿論、恵まれねえ人々の為に日々働いておられる、慈悲深い教会関係者のお方々の方が、『持ってる』可能性が高いってこったろ?

 ――なあ、それってホントに存在すんのか? 聖女が持ってるっつースキル……ええと、美徳系スキルの、『慈愛』だっけか?

 ――ちげーよ。慈愛じゃなくて『慈善』な。……俺も話を聞くまで眉唾だと思ってたが、一応、記録に残ってるみたいだぜ? 何百年か前、そのスキルを持った聖女様が降臨して、死病に侵された街を丸ひとつ、死人も出さずに救ったんだとよ。


 エフィーメラはじっと息を殺し、不穏な話に耳をそばだて続ける。
 聞こえてくる声から察するに、ここへやって来た人攫い達の数は、おおよそ5、6人といった所のようだ。


 ――へえ。そりゃすげぇ。そんな力が使えるんなら、どんな病気も怪我も怖くねえよなあ。

 ――そうだな。だが、それはまた後回しの案件だ。俺達の本命の探し物は……。

 ――わあってますって。大罪系スキル『強欲』の所有者を探す事だろ?

 ――ああそうだ。今話した『慈善』も凄まじい権能を持ったスキルだが、『強欲』はそれ以上に凄まじい代物らしい。聞く所によると、所有者の魔力を対価にするだけで、望んだものを何でも出せるとか……。

 ――うっひょお……! マジかそれ! 何でも出せるって!? 確かにそいつぁすげぇ! その『強欲』のスキルがありゃあ、金銀財宝も出し放題って事じゃねえか!

 ――そうだ。それに……戦に必要な物資全般や武具、消耗品なども、無尽蔵に用立てられる。私の主が望んでおられるのは、主にそちらのほうだな。だからこそ今現在、こうして手段を選ぶ事なく、『強欲』の捜索に血道を上げておられるのだ。

 ――はあ? 他所の国に戦争吹っ掛ける為に『強欲』探してんのかよ。やっぱ、お偉い方の考える事ってのは分からねえなあ。

 ――仕方ねえさ。やんごとない御方ってのはよ、俺達平民とは頭のてっぺんから爪先まで造りが違うのさ。
 つーか、なんでその『強欲』の持ち主が、8歳以下のガキだって分かるんだろうなあ。それもみなしごを当たるとか……。意味が分からねえよ。

 ――……。以前、主の前に現れた『強欲』の所有者は、齢10に至ったばかりの小娘だった。だがその小娘は、『強欲』の価値を理解できん馬鹿共によって、北の山に放逐された。もはや生きてはいないだろうというのが主のお考えだ。
 そして、『強欲』のみならず、一世代に1人しか所有者を見出さない希少なスキルは、自身を宿すに相応しい者を探して、人の間をうつろうモノであり、またそれでいて、前の所有者に比較的近しい場所で生まれた人間に宿りやすい、と伝承にはある。つまり――

 ――その気の毒なお嬢ちゃんがおっ死んで、『強欲』の所有者がいなくなった以上、レカニス王国かその隣国の僻地で生まれた別のガキに、『強欲』が引き継がれてる可能性が高いって訳っすか。

 ――そりゃ大層な話だな。つか、自分のお国の中は探したんですかい、そのやんごとないお方はよ。

 ――全ての都市や町村を探し終えた訳ではない。だが、現在めぼしい場所に生まれた子供に、その兆しは見られなかった。だからこそ、残りの国内の捜索と並行して、他国の辺境を捜索し始めたのだ。
 ……訊きたい事はそれで全部か? ならば、もうこれ以上余計な事には気を割かず、与えられた仕事を全うするよう努めろ。もし今後、目当ての子供を探し出せれば、お前達には望む通りの褒美を山と与えてやる。
 だが、仮に事が露見した時はどうなるか。分かっているだろうな?

 ――わ、分かってるって。そうカリカリしなさんな。今までだってバレやしなかったんだ、今度だって上手く捌けばバレやしねえよ。な、なあ?

 ――あ、ああ。そうだな。ひとまずあれだ、シスターの方はそのままガキと一緒に連行して、そっちの女は適当な所に売り払っちまえば……。

 ――いや。念の為そこの女も連行する。『慈善』は、あくまで教会関係者が所有している可能性が高い、というだけで、他の平民は絶対に所有していない、とまでは言い切れん。……私は一度報告の為本国へ戻る。お前達はいつも通り、『移送』の準備を進めろ。いいな。

 ――へ、へい。分かりました……。

 その会話を最後に、人攫い達の中でも一番歳を重ねているとおぼしき男の声が途切れ、小屋のドアが開閉する音が場に響く。
 エフィーメラは耳にしか会話の中に出て来た話を反芻し、ただ内心恐怖に震えていた。

 あの男達が言っていたスキル『強欲』とは、確か、姉のプリムローズが所有しているスキルだったはずだ、と思い出して。

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