51 / 124
第4章
6話 消えたエフィーメラ
しおりを挟む結婚式の翌日。
生家の職業柄、手伝いなどの為に早朝から起き出す習慣のあるエフィーメラは、この日もいつも通り夜明け前に起床した。
式の翌日という事もあり、流石に少しばかり疲れが出て、欠伸をしながらではあったが、それでも仕事の為、牧場での作業に適当な服をクローゼットから引っ張り出して着替える。
ついさっきまで共に眠っていた夫、コリンの事は起こさなかった。
同じ牧場勤務ではあるが、チーズ職人としての仕事の他、牛の世話の手伝いなどもしているエフィーメラと違い、コリンは完全な経理担当者である。夜明け前から叩き起こす必要はない。そう判断しての事だ。
夫の髪を微笑みながら軽く撫で、静かに寝室を出たエフィーメラは、顔を洗って歯を磨いたのち、ひとまず朝食までの繋ぎとして、チーズを乗せたパンを1枚腹に収めた。
未だ、従業員の出勤時間にもならない静かな家の中。両親の姿や気配は既にない。
恐らく自分より早く牧場へ行ったのだろう。
働き者の両親にはいつも頭が下がる思いだ。
手早く身支度を済ませた後は、陽が昇る直前の、深い青と鮮烈な赤が入り交じって生まれる、独特の風合いを湛えた紫色の地平線を鑑賞しながら、薄暗い道を行く。
エフィーメラは子供の頃から、この神秘的な光景がとても好きだった。
(できれば、コリンやお姉様にも見て欲しいけど……だからって、流石に何の用もない夜明け前から起こすのは、悪いわよね。私だって、慣れるまでは早起きするのが辛かったもの)
内心でそんな事を思い、苦笑しながら通い慣れた道を進む事数分。
エフィーメラは突如、異様な光景を目の当たりにして足を止めた。
路地裏近くの通りで、紺色のワンピースとおぼしき服を着た、若い女性を担いでいる不審者の姿を目撃したのだ。
近くには、小さな子供を担いだ者がもう1人いて、更にその傍に、誰も担いでいない者も1人いる。
計3名と思われる不審者達は、どちらも濃い灰色のマントを身に纏い、頭もフードですっぽりと覆い隠していた。怪しい事この上ない。
エフィーメラは慌てて近くの物陰に姿を隠し、そこから不審者達の様子を確認する。幸いにも、咄嗟に身を隠したその場所からは、不審者達の様子を比較的よく観察できた。
見た限り、担がれている子供も女性もぐったりとしていて、起き出して騒ぐ様子などは見受けられない。
それに――今の居場所からはよく見えないが、不審者達の陰に誰かもう1人、4人目の不審者がいる。その4人目の不審者が身に付けているのは、灰色のマントではないようだ。
灰色のマントとマントの隙間から見え隠れするのは、割と明るい色味をした蝦茶色。多分スカートではない。ローブかなにかだろう。
(……ダメね。ローブ姿の人の様子は見えないわ。でもこれって……もしかしなくても人攫いよね……? 大変だわ、警備兵の詰め所に行って、この事を知らせないと……!)
一気に高まった緊張と恐怖から手足が震える。
急激に、バクバクとうるさく脈打ち始めた心臓を必死になだめ、ゆっくりと後ずさってその場を離れようとするエフィーメラ。
自分の背後に、音もなく佇むもう1人の不審者がいると気付かないまま。
◇
エフィとコリンさんの結婚式の翌日。
私は今日も元気に、いつも通りの時間に目を覚ました。
ていうか、周囲が牧歌的光景に溢れていると、宿の空気などもその影響を受けるんだろうか。なんだかとっても爽やかな目覚め。
宿の中でも質のいい、いわゆるスイートに泊まらせてもらえた事も、この目覚めのよさに繋がってるのかも知れないけど。
カーテンを開け、朝の光を室内に入れると、シエラもすぐに目を覚ました。
ただ、未だにだいぶ眠そうだ。
酒はバリバリに強いけど、朝はあんまり強くないんだよね、シエラは。
「おはよう、シエラ。ほら起きて」
「ん~……。おはよ、プリム……もう朝なのね……。まだ眠いわ……」
「うんそうね。あんたがまだおねむなのは、見れば分かるわ。――さ、まずは気合入れてベッドから出よう! 顔を洗えばシャキッとするわよ」
「分かってるわよぅ……。ふあぁあ……」
私に腕を引っ張られ、シエラは渋々ベッドから起き出した。
部屋の中にある鏡台の前にシエラを座らせ、シエラの荷物の中からクシを出して渡すと、シエラは小さなため息交じりに、受け取ったクシで髪を梳かし始める。
私はしっかり目が覚めてるから、立ったままでもちゃんと髪を梳かせます。
「……あー、なんか、ちょっと目が覚めてきたかも……。ねえ、今日はどうするんだっけ……?」
「いや、まだ思い切り寝ぼけてて、全然目ぇ覚めてないじゃない。……ほら、今日も観光しようって、昨夜みんなで相談して決めたでしょ?
エフィが、宿代とか食事代とか持ってくれたお陰で旅費に余裕ができたから、もう1日くらい見て回ろうかって」
「あー、そう言えば、そうだった気がする……。帰りが予定より遅くなる分、お土産もう少し買い足そうとか、シエルと話したわ……」
「あ、やっぱり? そうよね。お金に余裕があったらそりゃ買い足すわよね。私も、モーリンへのお土産買い足そうと思ってるし」
「そうよねえ。モーリン様、あんたと一緒にこっちへ来たがってたもの。でも、仕方なく諦めたのよね」
「うん、そう。自分から、曲がりなりにも守護してる土地を放り出して、他所の土地で何日も遊んでる訳にいかないって言って、泣く泣くね。
いつも、食い意地張っててお気楽で自由なのに、土地の守護してる自覚はあったんだって思って、ちょっと驚いたわ」
「……。食い意地張っててお気楽で自由、ねえ。どっちかというと、巫女のあんたの性格が感染ったんじゃない? それ……」
「なぁに? シエラちゃん? 今なんか言いましたぁ?」
「ううん。別になんにも言ってないわよ? 今日の朝ご飯何かしら? 昨日の朝ご飯に出たオムレツ、美味しかったわよね」
「そーね。美味しかったわね」
私は、思い切りしらばっくれた挙句、わざとらしい話題転換を図ってくるシエラの頭を軽く小突き、苦笑する。
まあいい。ここの宿のご飯が、朝晩問わず美味しいのは事実だ。
さぁて、今日の朝ご飯はなんでしょね☆
個人的には、半熟目玉焼きとソーセージのセットが食べたい気分なんだけど、どうかな。
頭の中の思考を、半分以上朝ご飯の事で埋めながら適当に髪を結い、室内に備え付けられている洗面台(流石はスイート)で顔を洗って歯を磨いてから、普段着に着替えて1階へ下り、食堂へ向かう。
すると食堂の隅にある席に、もう既にリトスとシエルが向かい合って座り、何事か話し合っていた。
テーブルの上に置いてある、コップに入った水の残量から察するに、もう結構な時間、ここで私達を待っていたようだ。
ちょっと申し訳ない気分になる。
「もうとっくにここへ来て待ってたのね、2人共。暇持て余して2人でダベってるくらいなら、呼びに来てくれてもよかったのに」
「……。あいつら未だに、馬鹿正直に抜け駆け禁止令守ってるし、そもそも起き抜けで会いに来る度胸もなかったんでしょ。多分」
「え? なに? シエラ。今なんか言った?」
「ああ、ただの独り言だから気にしないで。それより、早く合流してさっさと朝ご飯食べちゃいましょ」
「そうね。今日は北区の端の方まで足伸ばして、羊毛フェルトの小物を見てみたいから――」
「――すみませんっ! ここにエフィがっ、僕の妻が来ていませんか!?」
私達の呑気な会話は、血相変えて宿に駆け込んで来たコリンさんが発した、悲痛な叫びを含んだ声によって遮られた。
68
お気に入りに追加
296
あなたにおすすめの小説

転生したので好きに生きよう!
ゆっけ
ファンタジー
前世では妹によって全てを奪われ続けていた少女。そんな少女はある日、事故にあい亡くなってしまう。
不思議な場所で目覚める少女は女神と出会う。その女神は全く人の話を聞かないで少女を地上へと送る。
奪われ続けた少女が異世界で周囲から愛される話。…にしようと思います。
※見切り発車感が凄い。
※マイペースに更新する予定なのでいつ次話が更新するか作者も不明。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

追放された引きこもり聖女は女神様の加護で快適な旅を満喫中
四馬㋟
ファンタジー
幸福をもたらす聖女として民に崇められ、何不自由のない暮らしを送るアネーシャ。19歳になった年、本物の聖女が現れたという理由で神殿を追い出されてしまう。しかし月の女神の姿を見、声を聞くことができるアネーシャは、正真正銘本物の聖女で――孤児院育ちゆえに頼るあてもなく、途方に暮れるアネーシャに、女神は告げる。『大丈夫大丈夫、あたしがついてるから』「……軽っ」かくして、女二人のぶらり旅……もとい巡礼の旅が始まる。

水しか操れない無能と言われて虐げられてきた令嬢に転生していたようです。ところで皆さん。人体の殆どが水分から出来ているって知ってました?
ラララキヲ
ファンタジー
わたくしは出来損ない。
誰もが5属性の魔力を持って生まれてくるこの世界で、水の魔力だけしか持っていなかった欠陥品。
それでも、そんなわたくしでも侯爵家の血と伯爵家の血を引いている『血だけは価値のある女』。
水の魔力しかないわたくしは皆から無能と呼ばれた。平民さえもわたくしの事を馬鹿にする。
そんなわたくしでも期待されている事がある。
それは『子を生むこと』。
血は良いのだから次はまともな者が生まれてくるだろう、と期待されている。わたくしにはそれしか価値がないから……
政略結婚で決められた婚約者。
そんな婚約者と親しくする御令嬢。二人が愛し合っているのならわたくしはむしろ邪魔だと思い、わたくしは父に相談した。
婚約者の為にもわたくしが身を引くべきではないかと……
しかし……──
そんなわたくしはある日突然……本当に突然、前世の記憶を思い出した。
前世の記憶、前世の知識……
わたくしの頭は霧が晴れたかのように世界が突然広がった……
水魔法しか使えない出来損ない……
でも水は使える……
水……水分……液体…………
あら? なんだかなんでもできる気がするわ……?
そしてわたくしは、前世の雑な知識でわたくしを虐げた人たちに仕返しを始める……──
【※女性蔑視な発言が多々出てきますので嫌な方は注意して下さい】
【※知識の無い者がフワッとした知識で書いてますので『これは違う!』が許せない人は読まない方が良いです】
【※ファンタジーに現実を引き合いに出してあれこれ考えてしまう人にも合わないと思います】
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾もあるよ!
◇なろうにも上げてます。

【本編完結】ただの平凡令嬢なので、姉に婚約者を取られました。
138ネコ@書籍化&コミカライズしました
ファンタジー
「誰にも出来ないような事は求めないから、せめて人並みになってくれ」
お父様にそう言われ、平凡になるためにたゆまぬ努力をしたつもりです。
賢者様が使ったとされる神級魔法を会得し、復活した魔王をかつての勇者様のように倒し、領民に慕われた名領主のように領地を治めました。
誰にも出来ないような事は、私には出来ません。私に出来るのは、誰かがやれる事を平凡に努めてきただけ。
そんな平凡な私だから、非凡な姉に婚約者を奪われてしまうのは、仕方がない事なのです。
諦めきれない私は、せめて平凡なりに仕返しをしてみようと思います。

城で侍女をしているマリアンネと申します。お給金の良いお仕事ありませんか?
甘寧
ファンタジー
「武闘家貴族」「脳筋貴族」と呼ばれていた元子爵令嬢のマリアンネ。
友人に騙され多額の借金を作った脳筋父のせいで、屋敷、領土を差し押さえられ事実上の没落となり、その借金を返済する為、城で侍女の仕事をしつつ得意な武力を活かし副業で「便利屋」を掛け持ちしながら借金返済の為、奮闘する毎日。
マリアンネに執着するオネエ王子やマリアンネを取り巻く人達と様々な試練を越えていく。借金返済の為に……
そんなある日、便利屋の上司ゴリさんからの指令で幽霊屋敷を調査する事になり……
武闘家令嬢と呼ばれいたマリアンネの、借金返済までを綴った物語

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!
暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい!
政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

妹が聖女の再来と呼ばれているようです
田尾風香
ファンタジー
ダンジョンのある辺境の地で回復術士として働いていたけど、父に呼び戻されてモンテリーノ学校に入学した。そこには、私の婚約者であるファルター殿下と、腹違いの妹であるピーアがいたんだけど。
「マレン・メクレンブルク! 貴様とは婚約破棄する!」
どうやらファルター殿下は、"低能"と呼ばれている私じゃなく、"聖女の再来"とまで呼ばれるくらいに成績の良い妹と婚約したいらしい。
それは別に構わない。国王陛下の裁定で無事に婚約破棄が成った直後、私に婚約を申し込んできたのは、辺境の地で一緒だったハインリヒ様だった。
戸惑う日々を送る私を余所に、事件が起こる。――学校に、ダンジョンが出現したのだった。
更新は不定期です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる