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第4章
閑話 姿を消した子供達
しおりを挟む街の一角で、華やかなウエディングパーティーが開かれているその一方、メリーディエの治安維持を担う警備兵詰め所では、緊迫した空気が流れていた。
ここひと月の間、街に2か所ある孤児院から、子供が1人2人と、少しずつ姿を消す事件が発生し続けているのだ。
今日もまた、2人の子供の行方が分からなくなっており、今も警備兵達は隊長の指揮の元、3、4人の班を作った上で、街中やその周囲を捜索している。
事件発生の発覚からこの方、一向に解決のめどが立たない案件に業を煮やした、警備兵を指揮する警備隊長は、領主から与えられた権限を使い、同領内の別の街から応援の兵を呼びよせ、今も子供達の捜索に当たっているが、芳しい結果は得られていない。
孤児院というのは、お世辞にも恵まれた生活ができるとは言い難い場所だ。
ゆえに、自身の将来や行く末を悲観して命を絶つ子供、もしくは、よりよい環境での暮らしを夢見て姿を消す子供などが、ごく稀に出る。
しかしながら、こうまで立て続けに何人もの子供が姿を消すなど、今までの傾向から見ても有り得ない事だった。
特に、ここメリーディエの孤児院は数年前、酪農産業で大成功を収めた移民の実業家・クリフ夫妻の功績によって、街そのものが豊かになった影響から、受け取れる支援金や物資が増えた為、他所の街と比べて過ごしやすく、安定した環境へと変わってきている。
つまり、昨今の孤児院は子供達にとって住みよい場所で、出ていく理由は希薄になっているはずなのだ。
となれば、当然警備の兵達が次に疑うのは、人攫いの存在である。
だが、どれほど街中をくまなく捜索し、聞き込みを続けても、なぜかそれらしき情報は全く出て来ない。
分かった事と言えば、まるでお伽話に出てくる精霊のかどわかしのように、どの子供達も、なんの痕跡も残さぬまま忽然と消えているようだ、という事だけ。
警備隊長は頭を抱えるばかりだった。
なお、幸い今の所、街の治安の悪化を懸念する声などは特に上がっていない。
言い方はよくないが、いなくなっているのは全て、親のない孤児ばかりだという事もあって、騒ぎ立てる大人がほとんどいないからだ。
むしろ、孤児院の子供がいなくなっているという事に、全く気付かず過ごしている者の方が圧倒的に多い。残念ながら、街で普通に暮らしている大人達と孤児院の子供達との接点は、それほどまでに薄いのである。
「――失礼します。捜索状況の進捗をお知らせに参りました」
そんな中、苦虫を嚙み潰したような表情を隠す事もなく、詰め所の中で兵の指揮を執り続けている警備隊長は、戻って来た部下にうなづきながら答えた。
「ああ、ご苦労。どうだ、何か進展はあったか?」
「いえ。今の所、全く。やはりどこへ行っても、不審な者を見たという情報すら出て来ません。ただ……」
「ただ?」
「レカニス王国を経由してきた、複数名の商人に聞き込みをした所……どうやらここ数日の間、北の関所で荷の出入りが活発になっているようです。証言によると、大した量もない似たようなサイズの木箱を、国境間で何度も持ち込んだり運び出したりと、随分忙しない様子だったそうで。
それを怪訝に思った商人の1人が、世間話を装って、荷の出し入れをしている者に話を訊こうとした、らしいのですが……。なんでもその者達は、レカニス王家の御用商人だという事らしく……。その、それもあって、何も訊けなかった、と」
「それはまあ、当然だろうな。自国にせよ他国にせよ、王家の御用商人に、運んでいる荷の内容物の事なんぞ訊ける訳がない。だが……」
「……。はい。自分も臭いと思います。ですが、他国の王家が絡んだ話となると、一介の警備兵にしか過ぎない自分達にできる事など……」
「みなまで言うな。しかし……うむ。だからと言って座視するには、あまりに怪し過ぎるか……」
「……。いかが致しますか、隊長」
腕組みしながら唸る警備隊長に、部下の兵士が様子を窺うような視線を向ける。
だが警備隊長は、そう長くは悩まなかった。
「……そうだな。ここはひとまず、アイトリア辺境伯公に事の次第をお伝えし、判断を仰いでみるとしよう。だが、過度な期待はするんじゃないぞ。
辺境伯公は何においても、国王陛下より賜ったご自身の領……ひいては我が国の領土を死守せねばならんという、重責を担っておられる。
場合によっては大事の為に小事を切り捨てる、そういった非情な決断を下さねばならんお方だという事を、ゆめゆめ忘れるな」
「分かっております。自分の実家の両親も、辺境伯公にお仕えしている身ですから。……しかし……何と言いますか、先月から兵の間で流れてる件の噂といい、昨今は嫌な話ばかり耳に入ってきて、精神的にキツいですよ……」
部下の口からやおら零れた、愚痴めいた言葉を耳にした警備隊長が片眉を上げる。
「噂? ――ああ、隣国のレカニス王が、戦争の準備を進めているらしいとかいう話か。確かにあの国も、8年ほど前にあった国王の代替わりあとから、あまり動きが読めなくなっているからな。
まあ、現王は前王と比べて、随分と優秀らしいという話はよく聞くが……」
「その話は自分も聞いてますけど……かと言ってその優秀な王が、どこの誰に対しても善良であるという保証は、どこにもないじゃありませんか」
「ああ、分かっているとも。ここで俺達が他国の王に関してあれこれと語った所で、状況は何も変わらんという事も含めてな。――さて。俺は今から、アイトリア辺境伯公へ報告の手紙を書く。お前は引き続き、子供達の捜索に当たってくれ。
何か判明した事があれば、即座にここへ戻ってきて報告しろ。どんな小さな事でもだ。いいな」
「はっ。速やかに捜索に戻ります。失礼しました」
略式の敬礼を取ったのち、言葉通り速やかに踵を返し、室外へ出ていく部下の背に目を向けながら、警備隊長は深く長いため息を吐き出した。
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