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第3章

9話 転生令嬢と姉妹のありよう・後編

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 背中の傷跡を見て動きを止め、絶句する私を不思議に思ったのだろう。
 背後の私を振り返りながらエフィーメラが、「どうしたの?」と訊いてくる。

「え、あ、ああ。ごめんね。なんか……随分痩せちゃったなって思ったのよ。これから、ちょっとずつでもしっかりご飯食べて、身体を元に戻さないとね」

「? うん」

 私の言葉に、素直にうなづくエフィーメラ。
 多分、エフィーメラは今の自分の背中の惨状を、ハッキリとは分かってないに違いない。周囲にいる人達だって、無神経に指摘するのは憚られたはずだ。
 そう思い直し、改めて「身体拭くよ」と声をかけて清拭を始めた。
 特に背中の部分は、まだ傷が塞がって間もない、比較的新しい傷が多いように見えるので、あまり強くこすらないよう注意を払いながら清拭していく。

 ていうか、エフィーメラを捕まえてた奴隷商は、金払って買った『商品』に、よくもまあここまで酷い傷をつけたもんだな。幾ら顔が無事でも、ここまであっちこっち傷だらけにしたら売値下がるだろ。普通に考えて。頭悪いんじゃないの?
 つーかどこのどいつだよ。探し出してシバいたろか。

 清拭を続けるうちにムカついて来て、思わず頭の中で、顔も知らない奴隷商に罵詈雑言を浴びせる。
 そんな私に、エフィーメラがおずおず「ねえ」と声をかけてきた。

「え、なに?」

「お姉様は、どうして私に優しくしてくれるの? 私……お屋敷ではお姉様に、何度も酷い事して、酷い事言ったのに……」

「……うーん……。どうして、かあ。どうしてかな。私にも、よく分からないのよね。でも……そうね。あんたは信じられないかも知れないけど、私、屋敷で暮らしてた時から、あんたの事心配してはいたのよ?」

「え……。しん、ぱい……?」

「そう。……今あんたの前で、両親の事を悪く言いたくないんだけど、あの人達はあんたを甘やかすばっかりで、大人になる為に必要な事、なんにも教えようとしてなかったから。
 あの人達は、あんたの今の子供としての可愛さしか見てなくて、自分以外の大人にどう見られてるのか、とか、あんたの大人になってからの苦労とか、そういう事をなんにも考えてないみたいだったわ。
 そんなの、ペットを可愛がるのと同じじゃない。……そう、おかしいと思ってたのよ。人間の子供に対する扱いじゃないと思ってた」

「…………」

 私は、エフィーメラの背中を拭きつつ、頭の中の考えをまとめるように言葉を紡いていく。そうして話しているうち、私は、自分でも今まで分からずにいた事を急激に理解し始めた。

「あの人達のそういう所、凄く嫌だった。あんたと違って、全然構われなくて放っておかれる事を、運がいいなんて思っちゃうくらいにはね。あんまり酷いもんだから、私が何とかした方がいいんじゃないか、なんて思った事も、一度や二度じゃなかったわ。
 結局、何もしなかったし何も出来なかったけど。……だから……うん。そうね。きっと私、あの屋敷であんたの為に何もしなかった事とか、あんたの為にできる事を探さなかった事を、後悔してるのよ。
 だから今、あの時できなかった事をしたいと思って、あんたの事こうやって構ってるのかも知れない。……ごめん。虫がよすぎるわよね。あんたからしてみたら、何もかも今更なのに。本当にごめん」

「……。ううん。ありがとう。お姉様。私こそ、ずっと意地悪して、いじめたりして……ごめんなさい。私、自分が意地悪されて、いじめられて、ようやく自分がどれだけ酷い事をしてたか、分かったの。
 本当は、自分が意地悪されなくても、いじめられなくても……っ、や、やっちゃいけない事だって、分からなくちゃいけなかったのに……。ごめんなさい。ごめんなさい……っ」

 深く項垂れ、か細い声で繰り返し、ごめんなさい、と言いながら、しゃくり上げ始めるエフィーメラに、「もういいのよ」とだけ言う。
 何べん謝っても足りないのは私も同じだ。
 あの屋敷で私は、エフィーメラの『お姉ちゃん』じゃなかった。
 自分の事ばっかりで、『お姉ちゃん』になろうとすらしなかった。
 なろうと思えばなれたはずなのに。
 私は転生者で、単なる小さな子供じゃなかったのに。

 でも、その事をどれだけ後悔しても反省しても、過去の行いはもう変えられない。
 これからは、その辺の事も全部飲み込んで、前を向いてやっていくしかない。
 時々、ほんのちょっとだけ後ろを振り向いて、昔を忘れないようにしながら。

「ねえ。もうお互い、「ごめんなさい」って言うのはやめない? その代わり、今度はお互いに、「ありがとう」って言えるようにしていこうよ。すぐには、無理かも知れないけど……。ね? ちょっとずつ、そうしない?」

「ぐす、ひっく……。う、んっ、わ、私も、そうしたい……っ、おねえさまっ……!」

「ほらほら、泣かないの。それよりちょっと立ってくれない? 足も拭かないと」

「う、うん……。……あ、あのね、私も、自分の身体拭くわ。だからね、拭き方、教えて欲しいの……」

「いいわよ。でもその前に、濡らしたタオルの絞り方から覚えなくちゃね。いい? よく見てるのよ?」

「うん……っ」

 エフィーメラはのろのろと私の方を振り返り、私が桶の中のお湯にタオルを浸し、それを絞る様子をじっと見つめる。
 私達はお互い、随分遠回りしてしまったように思う。
 そのせいで私も、二度と取り返せないものが幾つもできたし、エフィーメラも、まだ幼い心と体に消えない傷を負ってしまった。

 だからせめて、ここから少しでも新しいものを積み重ねて、少しでもいい関係を築けたらいい。
 不慣れなたどたどしい手付きで、縦長に丸めた濡れタオルを捩じって絞るエフィーメラの様子を見守りながら、私はそう思った。



 その後、エフィーメラは他の人達同様、少しずつ体力と食べる量を取り戻していったが、難民キャンプの保護を行って半月以上が経過して以降も、以前のような、強気ではきはきとした言動を見せるようにはならかった。
 やはり、不当で理不尽な暴力が、エフィーメラの幼い心を壊してしまったのかも知れない。

 勿論、それ以外にも問題はある。
 以前と比べて明らかに口数が減った上、いつも不安そうに身体を縮こまらせていて、首やその周辺に触れられるのを酷く嫌がり、酷い時にはパニックを起こすようになった。それに、事あるごとに身体をびくつかせる。

 きっと奴隷商の所に捕まっている時、何かにつけて殴る蹴るされたり、首を締められたりしていたんだろう。
 だから、自分の近くで手を上に挙げる人がいるのを見ると反射で身体がすくんでしまうし、首周りに触れられると、首を締められた時の事を瞬間的に思い出してパニックを起こす。

 おまけに夜も、時折うなされて跳び起きては、それ以降、何時間も眠れなくなったりする事がままある。
 特に、夜うなされて跳び起きた後は、私を含めた気を許せる相手にしがみ付いていないと、再び眠るどころか身体の震えが止まらない。酷い時には吐いてしまう事もあった。
 ホントもう、マジでその奴隷商探し出してフルボッコにしてやろうかと、何度思った事か。

 そんな中、唯一幸いだったのは、そうなった時にエフィーメラをなだめたり、慰めて落ち着かせることができる人が、難民キャンプの中にも何人かいてくれる事だった。
 1人は、難民キャンプの代表のクリフさん。もう1人は行商をしている最中に盗賊に襲われ、弟妹共々奴隷商に売られてしまった経歴を持つ、アニタさんという20代の女性。それからアニタさんの5つ下の、双子の弟妹・リド、リナの計4人。

 そんなこんなで今もまだ、その4人と私の5人全員で協力し合い、辛抱強くエフィーメラを見守り続けているのだが――エフィーメラが精神的に落ち着く兆しは、未だ全く見えないまま。
 今後、エフィーメラの将来の事を考えるなら、素人だけの見守りには見切りをつけ、専門家の力を借りた方がいいのかも知れない。
 そう思いはするのだが、肝心の専門家に関する情報が何もないので、動きを取ろうにも取れない状態だ。

 つーか、この世界にメンタルケアなんて概念があるのかさえ分からんし。
 一体どうすりゃいいんだろう。
 私は頭を悩ますばかりだった。

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