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第3章
7話 転生令嬢と精霊の愛し子
しおりを挟む私がフラスコを抱え持ったまま、あまりに間の抜けた顔でポカンとしていたからだろう。
モーリンが呆れ顔で、『しっかりせぬか』と突っ込みを入れてきた。
いやムリ。しっかりできない。
訳が分からん。ちょっと待って。マジで。
そう口に出して言おうとしたけど、上手く声が出てこない。
いやだって仕方ないじゃん!?
エリクサーなんて、ゲームやファンタジー系小説の中にしか出てこないブツでしょうが! そんな伝説のアイテムを何の脈絡もなくポンと出されて、冷静でいられる訳ないでしょ!?
私は心の中でシャウトした。
しかし、そんな私の内心を知ってか知らずか、エリクサーを製造した当の本人は、至って涼しい顔をしたまま話を続ける。
『もっとも、お主の歳の頃では、エリクサーの伝承なぞほとんど聞いた事もなかろうから、ひとまず説明しておいてやろうかえ。
先ほども言った通り、エリクサーとは緑を司る精霊のみが作り出せる神秘の霊薬。人の子が一口含めばあらゆる病と傷が癒え、二口含めば若返り、三口含めば寿命が延びると言われておる。
その効能の凄まじさから、人の子達は、緑を司る精霊の力を用いる事なく、エリクサーを作り出そうと過去幾度も試みてきたが、その試みが結実したという話は、千年の時を生きる妾でさえ、とんと耳にした事がないの』
あー、まあ、そりゃそうだろうな。
そんなとんでもない代物、人の力だけで作り出せるはずがない。もし仮に作れるようになったとしても、その恩恵を受けられる人間はほんの一握り。特権階級と富裕層の人間だけだろう。
そして、持てる者と持たざる者の格差は一層広がり続け、やがて決して埋められなくなる。
後に残るのは、選民思想と差別主義がデカデカと掲げられたディストピアだけ。
いや、その前に、人間って種族そのものの生態サイクルが根底からぶっ壊れるかも知れない。
どっちにしても、ろくなことにならなさそうだ。
私が色々な事を考えているその間にも、モーリンの話は続く。
『本来ならばエリクサーとは、精霊の力と存在の源である魔力の全てを捧げ、我が身の消滅を対価として作り出す代物なのじゃ。しかしながら、今妾の傍にはお主がおった。
お主がスキルで出す供物は、他のそれより遥かに良質であるがゆえ、多量の魔力へと変換でき、魔力への変換自体も極めて容易じゃ。ならば、お主が差し出す良質な供物を食して取り込み、取り込んだそばから魔力へ変換して溜め込めば、我が身を対価とせずとも霊薬を生み出せるはず。
そう踏んで試しにやってみたのじゃが――案の定上手くいきおったわ』
「……そ、そうなんだ……。でも、なんでエリクサーを作ってくれたの? 食べ物を魔力に変換して溜め込むのだって、確証があってやった事じゃなかったんでしょう? なんでそんな、危ない橋を渡るような事してまで……」
『なぜ? 異な事を言うものじゃな。先程お主は「妹が永らえる事を望むか」という妾の問いに、うなづいたであろう。ゆえに妾は、その為に成せる事を成した。それだけの事じゃ。
よいかプリムよ。妾を、人から貢がせるだけ貢がせて自分はろくな仕事をせぬ、昨今の阿呆でツラの皮の厚い王侯と一緒にするでない。お主がこれまで妾に貢いだ分は、今後も相応の形でお主にきちんと還元してやるゆえ、ありがたく思うのじゃ!』
モーリンは胸を張って、ふん、と鼻を鳴らした。
口調が若干ツンデレっぽい。
でも……そっか。そんな風に考えてくれてたのか。
正直、今のはちょっとグッときたぞ。おキツネ様。
ていうかその発言、お城でふんぞり返ってるどっかの誰かに聞かせてやりたいよ。
『さあ、分かったなら、はようそのエリクサーをお主の妹と、他の人の子らに分け与えてやるがよい。それだけの量があれば、三口含ませても十分全員に行き渡るじゃろう。
もっとも……徒に人を若返らせたり寿命を延ばしたりするのは、あまり勧めらぬがの』
「……うん! 分かった! ありがとうモーリン! 取り敢えず一口だけ飲ませて回ってくるわ! 後でお礼するから! 行こ! リトス! みんなにエリクサー飲ませるの手伝って!」
「うんっ!」
『うむ。自宅で楽しみに待っておるぞ。我が巫女よ。……さて。それまでひと眠りするかのう』
モーリンに深く頭を下げて礼を言い、踵を返して走り出す私とリトスの背中にそんな言葉をかけた直後、モーリンの気配がフッと消えたのが背中越しでも分かった。家の寝床に帰ったのだろう。
本当にありがとう。モーリン。
雪かきや雪下ろしの時、チョロいなんて思ってごめん。
◆
その後、急病人用のテントに駆け戻った私の説明を聞いたクリフさんは、しばしの間半信半疑な様子(さもありなん)だったが、どちらにせよ他に頼るものもなし、とため息をつき、エフィーメラ含めた急病人全員に、エリクサーを飲ませる事を同意してくれた。
同意が得られたので、ひとまずモーリンに言われた通り、一口分のエリクサーを大きめのスプーンの中に慎重に注ぎ入れ、抱き起したエフィーメラの口の中へそっと流し込む。
するとあら不思議。
飲ませたそばから見る間に熱が下がり、呼吸が穏やかになったのだ。
体力までは回復し切っていないからか、エフィーメラはその場では目覚める事なく、そのまま引き続き穏やかな眠りへと没入していったが、もう心配要らないであろう事は、誰の目にも明らかだった。
うおおおおっ! 効いた! めっちゃ効いたあああっ!
ありがとう! 本当にありがとう! 神様仏様モーリン様!
もうこれからなんでも貢ぐ! なんでもリクエスト聞いちゃう!
私は思わず小躍りしそうになるのを堪えつつ、リトスとクリフさんに手伝ってもらって、残りの急病人の皆さんにも同じ要領でエリクサーを飲ませていく。
無論、エリクサーを飲んだ全員が、その場で生還を確約された事は言うまでもない。
神秘の霊薬、万歳。
ちなみに、後になって知った事なのだが、どうもその時既に、他の急病人の中に容体が悪化し始めていた人が何人かいたらしい。
そんな状況下にあったからこそ、クリフさんは出所の分からない薬(しかもなんか光ってるし)を受け入れる気になったそうだ。
それこそもう、藁にも縋る思いだったのだと、苦笑しながらクリフさんは言っていた。
ま、なんにしてもこれにて一件落着。めでたしめでたし。
結果よければ何もかもオールオッケーってね。
それからしばらく後。
すっかり気が抜け、眠りこけてしまっていた私がふと意識を浮上させると、誰かにおんぶされて運ばれている状態だった。なんかこう、全体的に感触が柔らかくて、いい匂いがする。女の人かな。
目が覚めたんだから、もう自分で歩けますって主張して、背中から降りるべきなんだろうけど、どうにもその気力が湧かないし、声も出ない。
つーか眠い。目ぇ開けてられないくらいの勢いで眠いわ……。
そんな風に半分寝コケてる私の耳に、人の話し声が聞こえてくる。
あー……。これ、アステールさんとセレネさんかな……。
あと、シエルとシエラの声も聞こえるような……。
――全く、まさかエリクサーが出てくるとは……。プリムには毎度毎度驚かされてばかりだな。
――そうね。でも、お陰で死人が出ずに済んだわ。……何も願わずとも精霊が力を貸してくれるだなんて、プリムは精霊の巫女というより、精霊の愛し子みたいね。
――あ、私、それ知ってる。お母さんが前に買ってくれた絵本の話ね。
――はあ? 絵本?
――青い鳥に姿を変えてたせいで、罠にかかって傷付いた精霊を助けた女の子の話よ。精霊を助けた女の子は、その事が切っ掛けで精霊に気に入られて、精霊が色々助けてくれるようになるの。
それで周りの人達は、女の子を『精霊の愛し子』って呼ぶようになるのよね。
――ふーん。都合のいい話だな。
――またあんたはそういう事言う。それでね、女の子が精霊に好かれてる事に気付いた悪い領主がいて、女の子を捕まえて魔法で洗脳しちゃうのよ。それで精霊の力を悪だくみに使おうとするの。
けど、それを知った精霊は物凄く怒って、大きな雷を呼んで領主を屋敷ごと消し飛ばしちゃうの。
――それで女の子は正気に戻って、めでたしめでたし、ってヤツだろ? やっぱ都合のいい話じゃねえか。
――もう! なんであんたはそうやって、人の気に入ってる話を悪く言うのよ!
――こらこら、喧嘩すんな。それに、あの絵本の話はそうバカにできたもんじゃないんだぞ? あれは、遠い昔にあった実話を元に描かれたものだからな。
――ええ。精霊は、良くも悪くも純粋で真っ直ぐで、好意を持った相手にはびっくりするくらい優しくて、あれこれ尽くしたりもするけれど、一度嫌った相手にはどこまでも容赦がないの。それこそ、人の命を奪うような事ですら、息をするように平然と行う。
だから、精霊に嫌われるような悪事は、決して働かないようにしなさい、っていう教訓話でもあるわね。
――……。そっか。でも、ウチの村ではそんな心配要らねえよ。みんなプリムの事気に入ってるし、プリムに意地の悪い事する奴なんて、どこにもいねえって。
……ま、まあ、もしそんな奴がいたとしたら、俺がぶっ飛ばしてやるけど。
――ふーん、へーえ。そっかあ。頼もしいわねえ。それ、プリムに直接言ってあげたら?
――なっ……! だっ、誰が言うかよっ! そういうのはなあ、押しつけがましく話して聞かせるモンじゃねえんだよ!
――ほらシエル、ちゃんと足元を見て歩きなさい。夜道は危ないっていつも言ってるでしょう。
――分かってるって!
あはは。なんか、微笑ましい会話だなあ。
絵に描いたような仲良し家族って感じ。
……。いいな。正直ちょっと羨ましい。
私もエフィーメラも……アステールさんや、セレネさんみたいな親の所に生まれてたら、きっと……。
そこまで考えた所で、ついに私は睡魔に負けて再び意識を手放す。
家について起こされるまでの間、何か夢を見てたような気がするけど、思い出せなかった。
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