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第3章

4話 転生令嬢、難民問題に直面する

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 よそから来た盗っ人が村に入り込むという事件が起きてから、10日以上経過した。
 いよいよ季節は真冬の頃へと突入し、ザルツ山でも頻繁に雪が降るようになった為、数日前から村では毎日のように雪かき作業が行われている。
 当然、村から少し離れた場所に居を構えている私とリトスも、家の屋根や周囲、村までの道の除雪作業に追われる毎日だ。

 もっとも、私の身体はチート仕様で体力もバリバリあるし、いつの間にか祠を引き払い、完全にウチの居候と化したモーリンにも除雪作業を手伝わせてるので、言うほどしんどい作業ではない。
 モーリンは最初の頃、『森神である妾に雑務をさせるでないわ』だの、『精霊使いが荒いのじゃ』だのとか言って文句垂れてたけど、味の違うマカロンを幾つかあげたら完全に黙った。チョロい。

 それ以降、作業がひと段落するごとに、マカロンのみならずカヌレや生チョコ、生キャラメルなどを貢ぐようにしたら、黙るどころか率先して雪かきしてくれるようになったので、正式に屋根の雪下ろし係に任命しました。
 ウチの屋根って、ソーラーパネルがくっつけてある関係上、雪下ろしも頻繁にしなくちゃいけないし、よそのお家の屋根より足場が不安定で登るの危ないから、とても助かっている。

 今日も今日とて、私があげたソフトキャンディをご機嫌で頬張りしながら、本日2回目の雪下ろしに取り掛かってくれているモーリンと、家の周りの雪かきをしてくれているリトスの姿を遠目に見ながら、私は村へ続く道の除雪作業を続けていた。
 チープなドピンクのカラーリングが良くも悪くも雪に映える、プラスチック製のスコップを使って雪を掬い取り、道の外に向かって、ぺいっ、と放り投げるだけの簡単なお仕事です。
 作業の継続にはクソほど体力要るけども。

「……はぁ……」

 ふと作業中、口から勝手にため息が出た。
 大して頭を使わない、単純作業を延々続けていると、却って色々な事が脳裏をよぎる。
 例えば、どこぞへ誘拐されてしまったらしい愚妹の事とか。

 盗っ人事件の発生から、芋づる式に王都で起きている事態が判明して以降、私はずっとモヤモヤした気分を引きずっている。
 この気分を、明確に言い表すのは難しい。
 なんて言うんだろう、これ。
 心配だから探しに行きたいような、でも諦めて忘れたいような、どっちつかずのよく分からない気持ちが、胸の中でせめぎ合って競り合っているような、そんな気分。

 つか実際、心配だから探しに行こうと思った所で、私が単独でエフィーメラを探しに行くってのは、到底現実的なプランじゃないんだよなあ。
 でも、だからと言って私の個人的な我が儘で、あの性悪な愚妹を探しに行くのに、村の人達を巻き込むなんて論外もいいとこだし、ついでに言うなら、リトスは体力面や護身の面で不安があるので、ここで留守番確定って事になる。
 正直言って、リトスをこの家でひとり留守番させるなんて物凄く嫌だ。心配で心配で仕方ない。

 それらの事を鑑みれば、私がここでなにもせず、いつも通りの生活を続けているのは、理屈としては決して間違ったものじゃないと思う。
 にも関わらず、ずっとモヤモヤしてるとなると、やっぱ感情の面ではその理屈に納得いってないって事なんだろう。

 なんでかな。
 屋敷で暮らしてた時は、嫌なクソガキだとしか思ってなかったのにな。
 なんでこんな、こういう事になってから、妹の事でウダウダ悩んでるんだろ。私。

「はあぁ……」

 またもや勝手にため息が出る。
 あー、ヤダヤダ。ネガティブ思考が止まらねえ。
 気分転換も兼ねてここらでちょっと休憩入れて、甘い物でも食べようかな、と思って手を止め、ふと正面に目を向けると、村の入り口が見えた。

 ……あれ? おかしいな。
 さっきまで、家の庭のちょっと外で雪かきしてたはずなんだけど。
 え、ナニコレ。マジ?
 一体全体こっから私の家まで、単純距離で何百メートルあると……。

 もしや思考の海に没入し過ぎて、完全なる雪かきマシーンと化していたのか?
 しかも全然疲れてないし!
 怖っ! 我ながら怖っ!

 思わずその場に立ち尽くし、顔を引きつらせていると、後ろから誰かが「おーーい!」と呼び掛けてくる。
 この声は、ジェスさんか?
 振り返って見てみれば、やはり山道の下からジェスさんが、こちらへ小走りで上がってきているのが見えた。

「ジェスさん、どうかしたんですか?」

「はあ、はあ……え? ああ、プリムか。いや、大変なんだよ! 山のふもとに、ぼろをまとった集団が座り込んでて……! 多分あれ、王都から流れてきた難民だ!」

「ええっ!? なっ、難民!?」

 血相変えたジェスさんの言葉に、私は思わず裏返った声を上げた。



 山のふもとでキャンプを形成していた難民達の数は、老若男女含め、優に50人を超えていた。
 老齢のトーマスさんに代わってふもとへ下り、難民達の代表と話をしたジェスさん曰く、難民達の大半は元々貧民街の住民で、新王の政策によって突然貧民街を潰され、居場所がなくなってやむなく街を出て来た人達ばかりらしい。

 ついでに言うなら、街を出る時にはもっともっと人の数が多かったらしいのだが、道中で幾つかのグループに分かれ、別々の方角を目指して歩き出した事と、長い道のりを進むだけの体力がなく、途中で命を落とした人が何人もいたせいで、今の人数になったのだとか。

 それってつまり、あのクズ王の後釜になったクソ王子が、自分の勝手な都合でいきなり人の居場所ぶっ壊して、住んでる人達を全員街から追い出したって事?
 ああ、やっぱりクズ王の子もクズな王になりやがったか。
 蛙の子は蛙とはよく言ったものだ。
 今すぐ1人で無意味に爆散して、後も残さずこの世から消えてくんないかな、あの野郎。


 さして長くない話し合いの後、ザルツ村の人達は、人道的見地のみならず村の保安の為にも、ここは難民達の一時保護を行おう、と決めて動き出した。
 つか、『村の保安の為』ねえ。
 一応今はモーリンがちゃんと、村に敵意や悪意を持った人間が入り込めないよう、『忌み人避け』の結界を張っているので、思い余った難民達に村を襲われる、なんて事は起こらないし、村の人達もそれを分かってるはずなんだけどな。
 こんな小さな辺境のコミュニティの中にも、人助けに建前を欲しがるツンデレがいるのか、と思うと、ちょっとおかしくなる。

 ともあれ、私とリトスも村の人達を手伝って動き始めた。
 元から村に、火災などで家がなくなった時を想定して保管してあった、やや型の古いテントを見せてもらって、それとそっくり同じ物を、難民の人達が全員身を寄せられるだけ出したり、村で普段から作ってる保存食やパンを出して、炊き出しの下準備を手伝ったりとか。

 そこから更に、魔力切れを起こさないよう、時折シュークリームなどをモグモグしつつ、身体を洗う為のお湯や飲み水、体温を維持できる冬用の着替え、寝床を作る為の厚手の毛布、怪我やちょっとした体調不良を治療する為の、村で採れる薬草由来の薬とか、そりゃあ色んなモンを出しましたとも。

 以前の備蓄倉庫の件があるから、リトスやシエル達にはかなり心配されたが、そこはそれ。
 魔力を酷使したせいか多少頭が重いけど、私が所有するもう1つのスキル、『暴食』さんがとってもいい仕事をしてくれたので、それ以外は全くなんの問題もございません。普通にピンピンしています。
 一晩ぐっすり眠れば、頭の重さも綺麗に吹っ飛んでる事だろう。

 あと、出来れば人数分のきちんとした靴も出したいんだけど、これに関してはサイズに個人差があり過ぎて、適当に一括でポンと出してハイおしまい、とかいう訳には行かないから、ジェスさん達に、難民の人達に各自、紙に足形捺してもらってサイズ表みたいなものを作って、とお願いしてある。

 あ、そうだ。ゴム製で伸縮する、断熱材入りのモコモコあったかスリッパなんてどうだろう。伸縮するフリーサイズならざっくりした想像でも出しやすいし、外履きにはできないけど、テントの中で履いてれば夜寝る時、寒さが軽減されると……いや、ダメだわ。

 村の中の資材で作ったと思ってもらうには、幾らかモノが不自然だ。
 特に、断熱材とか完全アウトなブツだった。やっぱ疲れてるな。私。
 なんにしても、まず足のサイズを知る所から始めないと、にっちもさっちも行かないわ。

「――プリム! リトス! 入るわよ!」

 そんな風に、自分の家のベッドでゴロ寝して、ああでもないこうでもないと考えていた時。ふもとの難民キャンプで炊き出しをしていたはずのピアさんが、いきなり家に駆け込んで来た。

「え、なになに? どうしたんですか、ピアさん」

「急に押しかけてごめんなさいね、でも、ふもとの難民キャンプで何人も急病人が出て、大変なの! 手を貸してちょうだい!」

「えっ!? わ、分かりました! リトス、行くよ!」

「うっ、うん!」

 私達はピアさんの先導の元、薄暗くなり始めた山道を下り、急ぎ難民キャンプへ走った。
 ピアさん曰く、急病人はお年寄りが8人と子供が2人の計10人。
 あくまで疲労と寒さにやられているだけで、感染うつる類の病でない事は、村のお医者さんの診断ではっきり分かっているのだが、いかんせん誰も彼も衰弱具合が酷く、きちんと誰かが傍について、体調の変化に注視していなければいけないほどらしい。

 ピアさんが、急病人の説明に関して幾らか言葉を濁したって事は、ここの医療レベルと備品、設備じゃ、容体の急変が起こった時点で、もう助からないってのと同義なんだろうけど。

 ちょっとだけ重い気分になりつつ、ピアさんに頼まれた通り、リトスと一緒に寝込んでいる子供の傍に近付いた瞬間。
 私は思わず動きを止めて、寝ている2人の子供のうちの1人を凝視する。
 随分と痩せこけ、髪も驚くほど短くなっていたが――それでもすぐに分かった。
 粗末な寝床で寝込んでいるその子が、自分の妹のエフィーメラだという事に。

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